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第十一話
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ウィルフレッド同様に、レオナルドにエマが魔物討伐に同行することが伝わったら、と想像したようだ。頭の回転が早い自慢の弟であるリカルドは。すぐにエマが考えていていたことを把握したらしい。
「ええ。だからミアカーナには秘密にしておいてほしいのよ」
そのことについて隠す必要はどこにもない。リカルドに対して頷けば、その瞳は真剣味を帯びた。
「明日にでも噂で王都中に広がるとは思うけれど、国内でA級の魔物が発見されたらしいの」
A級の魔物は数十年に一度しか発見されないが、極めて危険な魔物だ。最後に出現したのはエマが物心つく前。ロゼッタはその時のことを思い出したのだろう。強張った表情でまさか、と呟いていた。リカルドも次期公爵として知識は入っているらしく、ロゼッタほど動揺してはいないものの、目が大きく見開かれていた。
そして次のエマの言葉を予想したのか、閉じていた口が開きかける。リカルドよりも先に自身の口で告げたかったエマは、リカルドの口から声が発せられる前に、再び口を開いた。
「A級の魔物討伐だから危険を考慮して、治癒魔法師が二人同行することが決まったわ。その内の一人が私なの」
騎士として前線で戦うのではなく、後方で怪我をした騎士たちを治癒することがエマの仕事となる。騎士たちよりも危険度は低いが、それでも危険であることに変わりはない。前回出現したときは、治癒魔法師こそ誰も死ぬことがなかったが、騎士は八十七名の犠牲を出した。討伐部隊全体から見れば最小限の犠牲で済んだのかもしれないが、八十七という人数は決して少なくない人数だ。
それを踏まえても、今回の討伐でも少なからず同等かそれ以上の犠牲が出ることは必須。つまり今回の討伐の犠牲者の中にエマの名前が上がる可能性もある。
「……っ、姉上が行かなくてはならないものなのですか?」
「そうよ、貴女じゃなくても、他にも……」
二人の言う通り、エマじゃなくてもいいのかもしれない。
騎士団専任の治癒魔法師はエマを含めて十人。エマの他にあと九人もの治癒魔法師がいる。彼女らはエマよりも経験豊富で、魔物討伐に同行したこともある。
(けれど――)
「私は行くわ。公爵令嬢としてではなく、こうして治癒魔法師として働くことで、有り難いことに『聖女』の二つ名をもらったわ。そして『聖女』の名をつけてくれた騎士たちが私と共に戦場へ行くことを望んでいるの。それはとても光栄なことだわ」
「しかしっ……!!」
「ねぇ、聞いてリカルド」
エマが同行するのに全身で反対しているリカルドに優しく話しかける。
「私は死にに行くわけではないのよ? もちろん生きて帰ってくるわ。……それにね、こうして魔物討伐に同行することでレオナルド殿下の役にも立つことができるの。私はもうレオナルド殿下の隣に立つことはできないから、少しでもこうして役に立ちたいのよ。分かってちょうだい」
隣に立てない分、少しでも役に立てる仕事がしたい。そう思うのはエマの我侭だ。レオナルドはそんなこと、望んではいないことは十分に承知しているのだから。
リカルドは辛そうに唇を噛みしめ、ズボンの上で硬い拳を二つも作っていた。
エマはソファから立ち上がると、リカルドとロゼッタが座るソファまで近づいて、二人を両腕で抱きしめた。
「大丈夫よ。私は絶対に死なないわ。だって私は魔力過多症に勝った唯一の生存者なのよ?」
二人の耳元で安心させるように囁く。
ロゼッタの方からはすでにすすり泣く声が聞こえてきた。リカルドからは何かを堪えるような息遣いが聞こえる。
「私は信じてちょうだい、お母様、リィ」
「エマ、くれぐれも無茶だけはしないで。帰ってきてまた貴女の笑顔を私に見せてちょうだい。それだけは約束してほしいわ」
「ええ、約束するわ」
ロゼッタとの約束に力強く頷く。
「……っ、その呼び方はしないでくださいと、以前に言ったではありませんか」
「ふふ、そうね」
リィ、とリカルドを呼んだのはわざとだ。呼んでしまったのはなんだか今のリカルドが、小さい頃の弱気なリカルドに見えてしまったからだ。
「姉上」
「なに?」
「無事に帰ってきてください。帰ってきたら俺のことをどう呼んでも構いませんから」
「あら、いいの? リィと呼んでも」
「今は駄目です。無事に帰ってきたら、です」
「ふふ、わかったわ、リカルド」
楽しみな約束事があるとなれば、どんなことをしてでも生きて帰ってこなければならない。エマは二人の背に回した両腕に力を込めた。
ロゼッタとリカルドが落ち着いた頃合いを見計らって、夕食を摂ることになった。ちょうどそのタイミングでミアカーナと父親も帰ってきたようで、久しぶりの家族揃っての食事となった。ミアカーナがいるから、父親にはまだ話せていない。
しかしエマと視線が交わる度に、何かを言いたそうにしていたので、エマの魔物討伐への同行を反対していると伝えたかったのかもしれない。
エマからの願い通り、リカルドとロゼッタは食事の場で魔物討伐の話について一切触れることはなかった。
「ええ。だからミアカーナには秘密にしておいてほしいのよ」
そのことについて隠す必要はどこにもない。リカルドに対して頷けば、その瞳は真剣味を帯びた。
「明日にでも噂で王都中に広がるとは思うけれど、国内でA級の魔物が発見されたらしいの」
A級の魔物は数十年に一度しか発見されないが、極めて危険な魔物だ。最後に出現したのはエマが物心つく前。ロゼッタはその時のことを思い出したのだろう。強張った表情でまさか、と呟いていた。リカルドも次期公爵として知識は入っているらしく、ロゼッタほど動揺してはいないものの、目が大きく見開かれていた。
そして次のエマの言葉を予想したのか、閉じていた口が開きかける。リカルドよりも先に自身の口で告げたかったエマは、リカルドの口から声が発せられる前に、再び口を開いた。
「A級の魔物討伐だから危険を考慮して、治癒魔法師が二人同行することが決まったわ。その内の一人が私なの」
騎士として前線で戦うのではなく、後方で怪我をした騎士たちを治癒することがエマの仕事となる。騎士たちよりも危険度は低いが、それでも危険であることに変わりはない。前回出現したときは、治癒魔法師こそ誰も死ぬことがなかったが、騎士は八十七名の犠牲を出した。討伐部隊全体から見れば最小限の犠牲で済んだのかもしれないが、八十七という人数は決して少なくない人数だ。
それを踏まえても、今回の討伐でも少なからず同等かそれ以上の犠牲が出ることは必須。つまり今回の討伐の犠牲者の中にエマの名前が上がる可能性もある。
「……っ、姉上が行かなくてはならないものなのですか?」
「そうよ、貴女じゃなくても、他にも……」
二人の言う通り、エマじゃなくてもいいのかもしれない。
騎士団専任の治癒魔法師はエマを含めて十人。エマの他にあと九人もの治癒魔法師がいる。彼女らはエマよりも経験豊富で、魔物討伐に同行したこともある。
(けれど――)
「私は行くわ。公爵令嬢としてではなく、こうして治癒魔法師として働くことで、有り難いことに『聖女』の二つ名をもらったわ。そして『聖女』の名をつけてくれた騎士たちが私と共に戦場へ行くことを望んでいるの。それはとても光栄なことだわ」
「しかしっ……!!」
「ねぇ、聞いてリカルド」
エマが同行するのに全身で反対しているリカルドに優しく話しかける。
「私は死にに行くわけではないのよ? もちろん生きて帰ってくるわ。……それにね、こうして魔物討伐に同行することでレオナルド殿下の役にも立つことができるの。私はもうレオナルド殿下の隣に立つことはできないから、少しでもこうして役に立ちたいのよ。分かってちょうだい」
隣に立てない分、少しでも役に立てる仕事がしたい。そう思うのはエマの我侭だ。レオナルドはそんなこと、望んではいないことは十分に承知しているのだから。
リカルドは辛そうに唇を噛みしめ、ズボンの上で硬い拳を二つも作っていた。
エマはソファから立ち上がると、リカルドとロゼッタが座るソファまで近づいて、二人を両腕で抱きしめた。
「大丈夫よ。私は絶対に死なないわ。だって私は魔力過多症に勝った唯一の生存者なのよ?」
二人の耳元で安心させるように囁く。
ロゼッタの方からはすでにすすり泣く声が聞こえてきた。リカルドからは何かを堪えるような息遣いが聞こえる。
「私は信じてちょうだい、お母様、リィ」
「エマ、くれぐれも無茶だけはしないで。帰ってきてまた貴女の笑顔を私に見せてちょうだい。それだけは約束してほしいわ」
「ええ、約束するわ」
ロゼッタとの約束に力強く頷く。
「……っ、その呼び方はしないでくださいと、以前に言ったではありませんか」
「ふふ、そうね」
リィ、とリカルドを呼んだのはわざとだ。呼んでしまったのはなんだか今のリカルドが、小さい頃の弱気なリカルドに見えてしまったからだ。
「姉上」
「なに?」
「無事に帰ってきてください。帰ってきたら俺のことをどう呼んでも構いませんから」
「あら、いいの? リィと呼んでも」
「今は駄目です。無事に帰ってきたら、です」
「ふふ、わかったわ、リカルド」
楽しみな約束事があるとなれば、どんなことをしてでも生きて帰ってこなければならない。エマは二人の背に回した両腕に力を込めた。
ロゼッタとリカルドが落ち着いた頃合いを見計らって、夕食を摂ることになった。ちょうどそのタイミングでミアカーナと父親も帰ってきたようで、久しぶりの家族揃っての食事となった。ミアカーナがいるから、父親にはまだ話せていない。
しかしエマと視線が交わる度に、何かを言いたそうにしていたので、エマの魔物討伐への同行を反対していると伝えたかったのかもしれない。
エマからの願い通り、リカルドとロゼッタは食事の場で魔物討伐の話について一切触れることはなかった。
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