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第八話
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治癒魔法師が出向する場所は主に三つに分けられる。診療室、鍛錬場そして討伐現場。先程頭に浮かべたことを再び頭の中へ浮かべていく。聖女を押す、それはつまりA級魔物の討伐部隊に同行するということ。
実力を認められたことは素直に嬉しい。しかし討伐隊と一緒に行くイコール、命を賭けることに直結する。エマが治癒魔法師になって二年。B級の以下の魔物討伐は何度かあったが、どの討伐も先輩の治癒魔法師が同行していた。エマが聖女として呼ばれる発端となった治癒魔法を施したのは、鍛錬場で鍛錬していた騎士が大怪我を負ったときに行ったもの。だからもし治癒魔法師の同行がエマに決まれば、今回が初の同行となる。
(そういうこと……)
己の両手に視線を落とす。
「この手を必要としてくれる人がいるのならば、私は討伐に同行します」
まさかこの場で即決するとは思っていなかったのか、ウィルフレッドの肩を掴む力が強くなる。痛みに眉を寄せれば、すぐさま気づいたウィルフレッドが謝りながら力を抜いてくれた。
エマとウィルフレッドの話し合いだからか、ウィリアムは口こそ出してこないが、口を出したくて仕方がないというオーラが嫌というほど伝わってくる。内心苦笑しながらも、ウィルフレッドの視線を真っすぐに受け止めた。
「私は魔力過多症という病に侵され、この国の王妃という地位を諦めるしかありませんでした。しかし私は、魔力過多症を強引な方法ではありますが、克服したことでこの治癒魔法師という地位を得ることができました。この地位を得たのは、影ながらレオナルド殿下を支えることを決めたためです」
怖くないと言えば嘘になる。現に両手は汗ばんでいて、微かに震えている。それでもこの覚悟に迷いはなかった。
それにある程度の怪我ならば、余命を覆したある裏技のおかげで瞬時に治すことだって可能だ。一瞬で命を奪われる事態に陥らない限り、エマが死ぬことはない。このことを知るのは家族とウィリアムくらいだ。それを知っているからこそ、余計にウィリアムは口を出したくて仕方がないのだろう。でも口を出させるわけにはいかない。だからこそ先手を打つようにして言葉を続けた。
「ですから私の力が必要とされるのであれば、喜んで討伐部隊に同行しましょう」
国王であるライアンが直接エマを呼び出さず、ウィルフレッドを遣いに出して断れるように仕向けたのは、少しの間ではあるが、義父と義娘としての関係を築いていたからなのだろう。そんな気遣いに感謝し笑みを浮かべる。
「本当にいいんだな?」
これが最後の確認なのだろう。エマははっきりと頷いた。
「はい。ただ、一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「レオナルド殿下には出発まででいいのです。私が同行することを内密にしていただけませんか?」
レオナルドのことだ。婚約を解消したといっても、エマが同行することを許すはずがない。
「約束はできん。人の口に戸は立てられぬというからな。それでもよければ善処してみよう」
レオナルドの姿を想像したのだろう。内密にすることはウィルフレッドも同意のようだ。
「……ではそれも踏まえて、父上に伝えておこう。これにもサインをしておいてくれ」
手渡された紙をさっと確認すると、それは念書という名の書類だった。エマは魔物討伐についていくのは今回初めてなので、念書をもらうのも初めてになる。騎士は命を懸ける仕事のため、騎士に任命されるときに書くだけらしいが、治癒魔法師は討伐について行く
度に書かされると聞いたことがある。説明で聞いていた時はそうなんだ、としか思っていなかったが、実際にもらってみると魔物討伐で命を落とすことがあるだと嫌でも実感してしまう。
たった一枚。薄っぺらい紙のはずなのに、ずっしりとした重みを感じる。そこに署名してしまえば最後。命を落としても文句は親族であったとしても言えない。もちろんそれは王族とて例外ではない。
「では、こちらにサインをして後日提出しに参ります」
それでもエマに迷いはなかった。
すでに覚悟をしていたからだ。
「ああ、よろしく頼む」
「こちらこそ、道中はよろしくお願いいたします」
ウィルフレッドは用件を言い終えると、席を立ち診療室のドアを開ける。
「なあ、義姉上」
「どうしましたか?」
そのまま出て行くのかと思いきや、ウィルフレッドがドアのノブを持ったまま、顔だけをエマに向けていた。
「もちろん反対する声もあった」
「反対しているのは、私の父でしょうか」
父のことだ。フォルモーサ公爵家の名を捨てても、エマを大切に想ってくれていたことをひしひしと肌で感じていた。
「そうだ。あとな……俺は騎士団副団長としては賛成しているが、義弟からの立場から言わせてもらえば大反対している」
副団長という立場からは賛成していても、身内としては大反対。『大』のつけどころにくすりと笑ってしまう。
「ありがとうございます」
「礼を言われることは何もしていない」
優しく目を細めるその仕草は、レオナルドにそっくりで思わずレオナルドを思い出さずにはいられなくなる。頭からレオナルドの顔を振り払うように、ウィルフレッドが診療室を去ったあと、そっと目を閉じた。
実力を認められたことは素直に嬉しい。しかし討伐隊と一緒に行くイコール、命を賭けることに直結する。エマが治癒魔法師になって二年。B級の以下の魔物討伐は何度かあったが、どの討伐も先輩の治癒魔法師が同行していた。エマが聖女として呼ばれる発端となった治癒魔法を施したのは、鍛錬場で鍛錬していた騎士が大怪我を負ったときに行ったもの。だからもし治癒魔法師の同行がエマに決まれば、今回が初の同行となる。
(そういうこと……)
己の両手に視線を落とす。
「この手を必要としてくれる人がいるのならば、私は討伐に同行します」
まさかこの場で即決するとは思っていなかったのか、ウィルフレッドの肩を掴む力が強くなる。痛みに眉を寄せれば、すぐさま気づいたウィルフレッドが謝りながら力を抜いてくれた。
エマとウィルフレッドの話し合いだからか、ウィリアムは口こそ出してこないが、口を出したくて仕方がないというオーラが嫌というほど伝わってくる。内心苦笑しながらも、ウィルフレッドの視線を真っすぐに受け止めた。
「私は魔力過多症という病に侵され、この国の王妃という地位を諦めるしかありませんでした。しかし私は、魔力過多症を強引な方法ではありますが、克服したことでこの治癒魔法師という地位を得ることができました。この地位を得たのは、影ながらレオナルド殿下を支えることを決めたためです」
怖くないと言えば嘘になる。現に両手は汗ばんでいて、微かに震えている。それでもこの覚悟に迷いはなかった。
それにある程度の怪我ならば、余命を覆したある裏技のおかげで瞬時に治すことだって可能だ。一瞬で命を奪われる事態に陥らない限り、エマが死ぬことはない。このことを知るのは家族とウィリアムくらいだ。それを知っているからこそ、余計にウィリアムは口を出したくて仕方がないのだろう。でも口を出させるわけにはいかない。だからこそ先手を打つようにして言葉を続けた。
「ですから私の力が必要とされるのであれば、喜んで討伐部隊に同行しましょう」
国王であるライアンが直接エマを呼び出さず、ウィルフレッドを遣いに出して断れるように仕向けたのは、少しの間ではあるが、義父と義娘としての関係を築いていたからなのだろう。そんな気遣いに感謝し笑みを浮かべる。
「本当にいいんだな?」
これが最後の確認なのだろう。エマははっきりと頷いた。
「はい。ただ、一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「レオナルド殿下には出発まででいいのです。私が同行することを内密にしていただけませんか?」
レオナルドのことだ。婚約を解消したといっても、エマが同行することを許すはずがない。
「約束はできん。人の口に戸は立てられぬというからな。それでもよければ善処してみよう」
レオナルドの姿を想像したのだろう。内密にすることはウィルフレッドも同意のようだ。
「……ではそれも踏まえて、父上に伝えておこう。これにもサインをしておいてくれ」
手渡された紙をさっと確認すると、それは念書という名の書類だった。エマは魔物討伐についていくのは今回初めてなので、念書をもらうのも初めてになる。騎士は命を懸ける仕事のため、騎士に任命されるときに書くだけらしいが、治癒魔法師は討伐について行く
度に書かされると聞いたことがある。説明で聞いていた時はそうなんだ、としか思っていなかったが、実際にもらってみると魔物討伐で命を落とすことがあるだと嫌でも実感してしまう。
たった一枚。薄っぺらい紙のはずなのに、ずっしりとした重みを感じる。そこに署名してしまえば最後。命を落としても文句は親族であったとしても言えない。もちろんそれは王族とて例外ではない。
「では、こちらにサインをして後日提出しに参ります」
それでもエマに迷いはなかった。
すでに覚悟をしていたからだ。
「ああ、よろしく頼む」
「こちらこそ、道中はよろしくお願いいたします」
ウィルフレッドは用件を言い終えると、席を立ち診療室のドアを開ける。
「なあ、義姉上」
「どうしましたか?」
そのまま出て行くのかと思いきや、ウィルフレッドがドアのノブを持ったまま、顔だけをエマに向けていた。
「もちろん反対する声もあった」
「反対しているのは、私の父でしょうか」
父のことだ。フォルモーサ公爵家の名を捨てても、エマを大切に想ってくれていたことをひしひしと肌で感じていた。
「そうだ。あとな……俺は騎士団副団長としては賛成しているが、義弟からの立場から言わせてもらえば大反対している」
副団長という立場からは賛成していても、身内としては大反対。『大』のつけどころにくすりと笑ってしまう。
「ありがとうございます」
「礼を言われることは何もしていない」
優しく目を細めるその仕草は、レオナルドにそっくりで思わずレオナルドを思い出さずにはいられなくなる。頭からレオナルドの顔を振り払うように、ウィルフレッドが診療室を去ったあと、そっと目を閉じた。
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