上 下
5 / 41

第四話

しおりを挟む
 レオナルドの発言に、ミアカーナが口を挟むことはなかった。しかし挟まなかっただけで、心中は様々な気持ちが渦巻いていることだろう。一瞥すれば、表情に出すまいと必死に堪えているミアカーナの姿がそこにあった。エマと同じようにミアカーナも、レオナルドに恋する女性の一人。辛くないはずがない。申し訳ないと思いつつ、レオナルドに現状を正直に告げる。

「何度も申し上げますが、私は治癒魔法師ですので。この体である以上、私は生涯添い遂げる人を作る気はありません。ですのでその先は決して口になさらぬよう、お願い申し上げます」

 エマは確かに魔力過多症を克服した。しかしそれは完全にではない。ただ一つの打開策を見つけたに過ぎなかった。

 魔力過多症と体が不釣り合いな量の魔力を勝手に作り続けてしまい、有り余った魔力が体を攻撃してしまう恐ろしい病だ。大量に作られてしまうのならば、その分魔力を使い続ければいい、余分な魔力全てを体外に発散してしまえばいいと一度は考えるだろう。

 しかし魔力過多症になった者に限らず、基本的に人間は普段と同じ以上の魔力を出すことができない。そのため普段と同じ量の魔力しか外に放出することができず、どんどんと体に魔力が蓄積してしまう恐ろしい病だった。時間をかけて外に出す訓練をすれば放出量は増えるが、残念なことに魔力過多症になった者にそんな時間の猶予はなく、病にかかった誰もが命を散らせていった。

 ――打開策を見つけたエマ以外は。

 余命を宣告されてからもうすぐ一年。余命まで残り七日になった時、エマは息を吸うことすら辛い状況でふと思ったのだ。

 魔法は属性等の適正が無ければ使えない。特に治癒魔法が使えるものは希少で、数が少なかった。しかしエマは幸いにも治癒魔法の適正があった。

 魔力は体外に普段と同じ量ずつしか放出できないが、その逆、体内への治癒魔法として放出してはどうなのかと考えてしまった。誰も試したことはないのか、そうした話は今まで聞いたことがない。

 だから試しに魔力で傷ついた体を治癒魔法で癒してみたのだ。すると下手ながらにも普段の何倍もの量がある魔力のおかげで、体は見事に回復をしていった。

 久しぶりに軽くなった体に喜んだエマだったが、治癒魔法を止めた途端、有り余る魔力が再びエマを襲ったのだ。その時エマは察してしまう。

 膨大な魔力に常時体を蝕まれているため、常に治癒魔法で体を回復させなければ、エマが生きる方法はないのだと。

 最初は常時治癒魔法を発動させていることが辛くて仕方がなかったが、今となっては呼吸をするように自然とできるようになった。

 今のエマの体は、治癒魔法が常時発動している状態で、魔法によって命を永らえているに過ぎない。そんなエマが、子どもを産めるはずがなかった。常に治癒魔法で元の状態へと戻ってしまうのだから。医師にも妊娠する可能性は限りなくゼロに近いと確認を取ったのだから間違いない。

 レオナルドもそのことは国王ライアン伝えで聞いて知っているはずだ。だからこそもうエマが誰かと婚約をすることや、結婚することも一生無いことを、自分自身の口ではっきりと告げた。

「そっか……。治癒魔法師の仕事、頑張って」

「勿体無きお言葉、ありがとうございます」

 そんなエマたちを見て居た堪れなくなったのか、話を切るようにしてミアカーナが口を挟んできた。

「ねぇお姉様、たまには家に顔でも出してちょうだい。父上や母上、リカルドもお姉様に会いたがっているわ」

「……はい」

「行きましょう、レオナルド様」

「うん」

 二人が腕を組んで去っていく後ろ姿を見て心が痛む。

(でも、私にこんな気持ちを抱く資格なんてない)

 泣きたくなる気持ちを堪え、痛みで消し去ろうと両頬を叩いた。

「お嬢様……」

「なに、ワトソン君?」

「本当によろしかったのですか?」

 ウィリアムが言いたいことなど、言葉にしなくてもすぐにわかる。けれどエマは敢えて気づかないふりをした。

「なにが? 私はこれでも幸せなのよ。余命を宣告されたあの日からもう五年も長く生きられたのだもの。皮肉なことに体を蝕んだこの膨大な魔力のおかげで、誰かの役に立つ仕事につくことも出来た」

 たとえレオナルドの婚約者という立場から身を引いたのだとしても。

 政略結婚とはいえ、互いに想いあっていたのだとしても。

 レオナルドの新しい婚約者候補は妹のミアカーナに決まった。それはリアム国の決定事項だ。エマが覆すことなどできはしない。それに問題を抱えた体のエマよりも、健康な体を持ち、子どもが産める体を持つミアカーナと婚約した方がいいに決まっている。まだエマのことを少なからず想ってくれているようだが、エマに気づく前まではあれだけミアカーナと楽しそうに話していたのだ。時間が経てばエマとのことなど忘れ、ミアカーナだけを愛するようになるだろう。全ては時間が解決してくれる。

 その際に痛むエマの心など、些細な事に過ぎない。

「幸せなのよ、私は」

 自身に言い聞かせるように、再度呟く。

 そんなエマの呟きに、ウィリアムが言葉を返すことはなかった。ただ、エマの心を守る騎士のように、何も言うことなくただ隣にいてくれた。

 そんな好意に甘えるように、傷ついた心から目を逸らせるようになるまで、頭をウィリアムの肩に預ける。

 それを振り向いていたレオナルドに見られていたとも知らずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

処理中です...