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十話「マンガ家」
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手紙を来夢先生に送ってから一週間後。私は悠くんとばったり会った本屋にきていた。断じてもう一度悠くんと会えたら、とかそんな気持ちできたわけではない。……いや、少しそんな気持ちがなかったとは口が裂けても言えないけど。
でも主な理由は、ずっと買っているライトノベルの発売日が今日だったからだ。最初はお母さんにお願いしていたのだけれど、残念なことにお母さんの仕事が今日は休みの日だった。明日は出勤するらしいから、明日買ってきてあげるのに、と言われたけれどそうもいかない。なんたって、前巻がすごく気になるところで終わってしまったのだ。しかもこのライトノベルの作者は半年に一回しか新刊を出さない。続きが気になりすぎて、買いに行かずにはいられなかった。残念ながら美優はライトノベルを読んだことがあまりないらしく、このライトノベルで盛り上がることはできなかった。けれど物語に興味はあったらしく、今度貸す約束をした。
「んーと、ベルウッド文庫だからここらへんかな?」
天井からつりさげられている案内板で大体の場所を把握して、右から左へと順に本棚に並べられている本を見ていく。せわしなく視線を動かしていくと、目的のライトノベルが山積みされているのを発見した。
「あった」
それに手を伸ばし、一番上の一冊を手にする。その場ですぐにでも読みたい衝動に駆られるが、今は我慢だ。ここで読んでは店員さんにも他のお客さんにも邪魔になってしまう。家までの三十分、自転車をこげば読めるのだから。
にんまりとだらしない顔をして、ルンルン気分でレジへと向かった。レジは夕方ということもあって、違う学校の制服を着た学生や、会社帰りの社会人がレジに並んでいた。その人たちの後ろに並んで、順番を待っていると右隣から肩を叩かれた。列はちょうど通路を邪魔するように形成されていたので、もしかしたら邪魔になっていたかもしれない。少しずれようと、顔を横に向けるとそこには暗めの茶色の髪を襟首近くまで伸ばした男性がいた。
「ゅ……桐嶋さん」
「ん、結芽。また会ったな」
片手を上げる悠くんに、思わず前世の時のように呼んでしまいそうになった。危ない、危ない。
「お久しぶりです」
「久しぶり。何日ぶりだっけ?」
「十日ぶり、くらいですかね?」
「もうそんなに経ったのか」
早いようで短いような。そんな感じがする。悠くんも同じように思っているのか、私と同じような反応をしていた。
「今日はそれを買いに?」
「はい。ずっと気になっていたラノベの新刊で」
「そうなんだ。実は俺も」
そう言って、色んな画材が入ったカゴの中から一冊の本を取り出した。それは私が手にしていたものと同じ本だった。
「あっ。桐嶋さんも読んでるんですか? なんか意外」
悠くんがライトノベルを読んでいるだなんて、本当に意外だった。悠くんがライトノベルを読んでいる姿を見たこともなかったし、聞いたこともなかった。私だけが知らなかった、だなんてそんなこともないだろう。ということは読みはじめたのはつい最近のことなのかもしれない。
「そうか? まあ昔はこういうの興味なかったけどな。読んでみたら意外とハマったんだよな、これが。勉強にもなるし」
「そうなんですね……って勉強?」
ライトノベルを読んで何を勉強するのだろう。首を傾げながら、カゴの中に視線を落とす。よくよく見てみればマンガでよく使われるトーンやコピックなどがたくさん入っていることに気が付いた。
「……もしかして!!」
そんな私の視線に苦笑しながら、人差し指を口元に持ってきて静かにな、と注意する。慌てて口元を抑えると、悠くんは照れたように頷いた。
「そこまで有名じゃないけどな」
「でもすごいですよ! 私、桐嶋さんのマンガ読みたいです」
「あとで教えてやるよ」
「えー、ちょうど本屋にいるから買っていきたいのに」
「ほら、いいから会計行ってこい。レジ空いたぞ」
悠くんに促されて、仕方なくレジの店員さんにライトノベルを渡す。そのままお金を払って、あれからすぐにレジの列に並んだ悠くんの会計が終わるのを待った。
店内では騒がしくできないから、店の外で立ち話をすることになった。
「どれ飲む?」
近くに設置されていた自動販売機に悠くんがお金を入れて、私に尋ねてきた。さすがにおごられるわけにはいかないので、断ろうとするものの、おごられとけと押し切られてしまった。
「じゃあ、ミルクティーで」
「りょーかいっと。ほれ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
悠くんはスポーツ飲料にしたようで、出てきたそれを一気に半分ほど飲み干した。私も買ってもらったミルクティーに口をつけ、ちびちびと飲んでいく。
「桐嶋さん、早く教えてくださいよー。私早く買いに行きたいのに」
「そう焦るなって。買うくらいだったら、家に何冊かあるからやるよ」
「えっ、それってもらっても大丈夫なやつなんですか? 私、売り上げに貢献したいんで、買いますよ?」
「ガキが気にするな。何冊もあるから逆にもらってくれた方が助かる」
「ならいいんですけど……」
悠くんは、履いていたジーパンのポケットからスマートフォンを取り出して、何かしらを検索しだした。そして出てきた画像を見せるためにスマートフォンを私に差し出してきた。画面に映し出された画像を見ようと、受け取ればそこには私の大好きなマンガ『vampiredoll』の一巻表紙が映し出されていた。
「もしかして、これを?」
「ああ。知ってるか?」
知ってます。大好きです。ファンレター書くほど大ファンです。それを言えたらどんなによかったことか。一気に気持ちが高揚するものの、ファンレターのことを思い出して、急激に心が冷えていく。
ファンレターには間違えたままの住所と名前が記載されている。まあいいかと思ったのは自分。来夢先生は夢が生まれ変わってるなんて知らない、死んだはずの人からの手紙がきた、だなんて気づかないと勝手に判断したのは自分だ。
どうしてあのとき、書き直さなかったのだろう。どうしてあのとき、大丈夫だなんて判断したのだろう。ぐるぐると色んな感情がごちゃまぜになって、心の中を渦巻いていく。
「結芽……?」
「あ、すみません。知っているマンガだったので、びっくりしちゃって。友人がこのマンガ好きなんです」
ごめん、と美優に心の中で謝りを入れておく。
「そうなのか、それは嬉しいな。ああそうだ。今度この地元でサイン会やるんだ。よかったら来てくれ。そんときにマンガ渡すからさ」
悠くんは財布から二枚の整理券を取り出した。それはいつも行きたかったのに、なかなか抽選に当たらなくて行けなかったサイン会の整理券。十日前だったら素直に喜べるのに、今は喜べなかった。必死に表情を取り繕ってなんとか自分をごまかす。
「わー! ありがとうございます!! 絶対に行きますね」
「ああ、楽しみにしてる」
でも主な理由は、ずっと買っているライトノベルの発売日が今日だったからだ。最初はお母さんにお願いしていたのだけれど、残念なことにお母さんの仕事が今日は休みの日だった。明日は出勤するらしいから、明日買ってきてあげるのに、と言われたけれどそうもいかない。なんたって、前巻がすごく気になるところで終わってしまったのだ。しかもこのライトノベルの作者は半年に一回しか新刊を出さない。続きが気になりすぎて、買いに行かずにはいられなかった。残念ながら美優はライトノベルを読んだことがあまりないらしく、このライトノベルで盛り上がることはできなかった。けれど物語に興味はあったらしく、今度貸す約束をした。
「んーと、ベルウッド文庫だからここらへんかな?」
天井からつりさげられている案内板で大体の場所を把握して、右から左へと順に本棚に並べられている本を見ていく。せわしなく視線を動かしていくと、目的のライトノベルが山積みされているのを発見した。
「あった」
それに手を伸ばし、一番上の一冊を手にする。その場ですぐにでも読みたい衝動に駆られるが、今は我慢だ。ここで読んでは店員さんにも他のお客さんにも邪魔になってしまう。家までの三十分、自転車をこげば読めるのだから。
にんまりとだらしない顔をして、ルンルン気分でレジへと向かった。レジは夕方ということもあって、違う学校の制服を着た学生や、会社帰りの社会人がレジに並んでいた。その人たちの後ろに並んで、順番を待っていると右隣から肩を叩かれた。列はちょうど通路を邪魔するように形成されていたので、もしかしたら邪魔になっていたかもしれない。少しずれようと、顔を横に向けるとそこには暗めの茶色の髪を襟首近くまで伸ばした男性がいた。
「ゅ……桐嶋さん」
「ん、結芽。また会ったな」
片手を上げる悠くんに、思わず前世の時のように呼んでしまいそうになった。危ない、危ない。
「お久しぶりです」
「久しぶり。何日ぶりだっけ?」
「十日ぶり、くらいですかね?」
「もうそんなに経ったのか」
早いようで短いような。そんな感じがする。悠くんも同じように思っているのか、私と同じような反応をしていた。
「今日はそれを買いに?」
「はい。ずっと気になっていたラノベの新刊で」
「そうなんだ。実は俺も」
そう言って、色んな画材が入ったカゴの中から一冊の本を取り出した。それは私が手にしていたものと同じ本だった。
「あっ。桐嶋さんも読んでるんですか? なんか意外」
悠くんがライトノベルを読んでいるだなんて、本当に意外だった。悠くんがライトノベルを読んでいる姿を見たこともなかったし、聞いたこともなかった。私だけが知らなかった、だなんてそんなこともないだろう。ということは読みはじめたのはつい最近のことなのかもしれない。
「そうか? まあ昔はこういうの興味なかったけどな。読んでみたら意外とハマったんだよな、これが。勉強にもなるし」
「そうなんですね……って勉強?」
ライトノベルを読んで何を勉強するのだろう。首を傾げながら、カゴの中に視線を落とす。よくよく見てみればマンガでよく使われるトーンやコピックなどがたくさん入っていることに気が付いた。
「……もしかして!!」
そんな私の視線に苦笑しながら、人差し指を口元に持ってきて静かにな、と注意する。慌てて口元を抑えると、悠くんは照れたように頷いた。
「そこまで有名じゃないけどな」
「でもすごいですよ! 私、桐嶋さんのマンガ読みたいです」
「あとで教えてやるよ」
「えー、ちょうど本屋にいるから買っていきたいのに」
「ほら、いいから会計行ってこい。レジ空いたぞ」
悠くんに促されて、仕方なくレジの店員さんにライトノベルを渡す。そのままお金を払って、あれからすぐにレジの列に並んだ悠くんの会計が終わるのを待った。
店内では騒がしくできないから、店の外で立ち話をすることになった。
「どれ飲む?」
近くに設置されていた自動販売機に悠くんがお金を入れて、私に尋ねてきた。さすがにおごられるわけにはいかないので、断ろうとするものの、おごられとけと押し切られてしまった。
「じゃあ、ミルクティーで」
「りょーかいっと。ほれ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
悠くんはスポーツ飲料にしたようで、出てきたそれを一気に半分ほど飲み干した。私も買ってもらったミルクティーに口をつけ、ちびちびと飲んでいく。
「桐嶋さん、早く教えてくださいよー。私早く買いに行きたいのに」
「そう焦るなって。買うくらいだったら、家に何冊かあるからやるよ」
「えっ、それってもらっても大丈夫なやつなんですか? 私、売り上げに貢献したいんで、買いますよ?」
「ガキが気にするな。何冊もあるから逆にもらってくれた方が助かる」
「ならいいんですけど……」
悠くんは、履いていたジーパンのポケットからスマートフォンを取り出して、何かしらを検索しだした。そして出てきた画像を見せるためにスマートフォンを私に差し出してきた。画面に映し出された画像を見ようと、受け取ればそこには私の大好きなマンガ『vampiredoll』の一巻表紙が映し出されていた。
「もしかして、これを?」
「ああ。知ってるか?」
知ってます。大好きです。ファンレター書くほど大ファンです。それを言えたらどんなによかったことか。一気に気持ちが高揚するものの、ファンレターのことを思い出して、急激に心が冷えていく。
ファンレターには間違えたままの住所と名前が記載されている。まあいいかと思ったのは自分。来夢先生は夢が生まれ変わってるなんて知らない、死んだはずの人からの手紙がきた、だなんて気づかないと勝手に判断したのは自分だ。
どうしてあのとき、書き直さなかったのだろう。どうしてあのとき、大丈夫だなんて判断したのだろう。ぐるぐると色んな感情がごちゃまぜになって、心の中を渦巻いていく。
「結芽……?」
「あ、すみません。知っているマンガだったので、びっくりしちゃって。友人がこのマンガ好きなんです」
ごめん、と美優に心の中で謝りを入れておく。
「そうなのか、それは嬉しいな。ああそうだ。今度この地元でサイン会やるんだ。よかったら来てくれ。そんときにマンガ渡すからさ」
悠くんは財布から二枚の整理券を取り出した。それはいつも行きたかったのに、なかなか抽選に当たらなくて行けなかったサイン会の整理券。十日前だったら素直に喜べるのに、今は喜べなかった。必死に表情を取り繕ってなんとか自分をごまかす。
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