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第一章

番外編(アーテル)前編

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 ロゼリアたちの事件がひと段落し、落ち着いてきた頃。

 定期的にベルが引き受けている特別講師の仕事で学院にきていたアーテルたちが廊下を歩いていると、前方からクリーム色の髪を一つにまとめた女生徒がこちらに向かって歩いく姿が視界に入った。その女生徒は自身が歩いている方にアーテルたちの姿があることに気が付くと、さっと血の気を顔から引かせて表情を固まらせた。

 アーテルの前を歩いていたベルがそのことに気が付き、大丈夫? と声をかけるが、ベルの手が肩に触れた途端、びくっと体を震わせた。

「どうしたの? 体調が悪かったりする?」

 そんな女生徒を気遣うベルに、女性徒がこうなる原因を知っていたアーテルは苦笑しながら、女性徒へと話しかけた。

「久しぶりだな。クリスティーナ・ビルド公爵令嬢?」

「は、はい。お久しぶりです……アーテル様」

「なに? 知り合いなの、アーテ」

「まあな」

 首を傾げるベルの頭を撫でながら、当時の事を思い出すようにベルへ話した。










 ベルが眠りについてもうすぐ九年が経とうとしていた時のことだった。

 最初の頃は、ベルが深い眠りについたことを知って、国中が騒然としていた。当たり前だろう。一つの国に一人しか存在しない輝人が眠りについてしまったのだから。最初は国王を始めとする多くの人がベルの様子を見に訪ねてきた。

 しかしベルを少しでも穏やかな場所で眠らせてあげたかったアーテルたちは、面会を望むものを拒み続けた。けれど納得しないものや強行突破しようとする者は出てくる。そういった者たちは力づくで追い返した。

 そんな毎日にも少しずつ慣れ、ベルの寝顔を見てからギルドの依頼を受けに街へと出かける日々も習慣づいてきた。ただ慣れてきたとはいっても、決してベルのことを諦めたわけではない。むしろその逆だった。寝顔を見て、早く目を覚ましてくれと声をかける。もう九年も目覚めてくれないベルに、ずっと寝たままの状態ではないのかという恐怖心が募るばかりだった。

 後ろ向きな感情を振り払うために、アーテルはわざとギルドの依頼の中でも難易度が高いものを選ぶようにしていた。さすがに難易度が高すぎるものはアルブスと二人で依頼を受けることもあったが、基本仕事はローテーションで外に出るようにしていたので、一人で請け負うことの方が多かった。

「今日はこれにするか」

 掲示板から一枚の紙をとり、受付へと持っていく。最初は色々と声をかけられたものだが、最近ではたまにしかなくなった。受付の女性へと紙を渡すと、申し訳なさそうに視線をよこしてきた。

「どうしたんだ? もう、受付は終わったのか?」

 掲示板に貼ってあっても、稀に他の冒険者たちが先に受付を済ませてしまっている場合もある。アーテルとしては、どうしても受けたい依頼ではないため、受けることができなくても特に問題はない。

「そういうわけではないのですが……」

 しかしどうやら、受付が終わっているわけではないらしい。どういうことかと内心首を傾げながら、女性の話に耳を傾けた。

「そういうことか、仕方ない。俺が引き受けよう」

 話を全て聞き終えると、アーテルは口角を上げた。

「本当ですか!?」

「ただし、一つだけ条件がある」

 アーテルが依頼に関する条件を一つだけ提案すると、女性はもちろんと言わんばかりに顔を輝かせた。

「ぜひ、よろしくお願いします」










 ギルドで指示された待ち合わせ場所に行くと、すでにメンバーが集まっていた。どうやらアーテルが一番最後のようだ。

「待たせたな」

 アーテルが一声かけると、動きやすそうではあるが、やたらと華美な衣装を纏った女性が目を輝かせてアーテルに近寄ってきた。

 クリーム色の髪を頭上で一つに縛り、腰にはこれまた派手な魔法具である杖が数本セットされていた。

(こいつか……)

 ギルドで教えてもらった特徴と照らし合わせる間でもなく、すぐにわかった。女性の名前はクリスティーナ。家名は忘れてしまったが、ナツゥーレの公爵令嬢らしい。クリスティーナの周囲には、そこそこ腕に覚えのありそうな冒険者がいた。おそらく両親が金で雇った護衛なのだろう。でなければまだ学生のクリスティーナが、危険度の高い依頼を受けるはずがない。

「はじめまして。わたくし、クリスティーナ・ビルドと申します。ナツゥーレの輝人であるベル様の召喚獣であるアーテル様と依頼をこなせるだなんて、光栄ですわ」

(光栄、ね。自分で仕組んだ癖によく言う)

 そうは思いながらも表情には出さず、愛想笑いを浮かべた。

「こちらこそ。今日はよろしく頼む」

 クリスティーナは手を差し出してきたが、その手を握り返す気には到底なれず、アーテルは流すようにして依頼の話へと話題を持っていった。

 今回の依頼は、街から馬で一時間ほどのところで魔物同士が縄張り争いをしているので、それを被害が周囲に出る前に止めてほしいというもの。魔物とは、瘴気を纏った植物や動物のことを指す。今回争いをしているのは、動物同士ではなく、植物と動物とのことだった。これが小物同士であればそれほど力を入れなくても簡単に終わらせることができるのだが、大物となればそうもいかない。依頼内容には、五メートルほどの樹木と大熊が争っている旨が書かれていた。場所は街から馬を一時間ほど走らせた森だという。争いに街が巻き込まれたら大変だからこそ、大人数での討伐を依頼してきたのだろう。

 もちろんアーテル一人で討伐できる自信はあった。しかしクリスティーナの話をギルドで聞いてしまっては、そうもいかなくなってしまった。

(面倒なものは先に片づけておくに限る。お嬢が起きる前に、な……)

 そんなアーテルの内心を悟られることなく、作戦会議をしながら現地へ向かうこととなった。アーテルよりも先に依頼を受けていたクリスティーナたちはすでに馬を用意していたが、先程依頼を受けたばかりのアーテルは、まだ馬を用意していない。いつもなら少し出発を待ってもらい馬を用意するところだったが、あまりクリスティーナと長くいたくなかったアーテルは、その場で本来の姿である黒虎の姿へと形を変えた。

 人型から元の姿へ戻るのを初めて目の当たりにしたからか、誰もがアーテルへ驚きの眼差しを向けていた。それはいつものことなので、当たり前のようにその視線を無視する。

「行くぞ」

 そのまま顔をこれから向かう方向へ向ければ、クリスティーナに声をかけられた。

「あの、アーテル様」

「なんだ」

「その素敵な毛並みを少し触らせて頂きたいのです」

 アーテルの艶やかな黒い毛並みにうっとりと瞳を潤ませていた。傍からみれば、可愛らしい少女が黒虎に頼み込む、物語に出てきそうなシーンに見えていることだろう。基本的に愛想のいいアーテルだ。クリスティーナの護衛もアーテルは触らせてくれるだろうと思い込んでいるのか、アーテルが返事をせずとも近寄ってくるクリスティーナを止めるものはいなかった。

 あと数センチで触られる、というタイミングでクリスティーナの手を躱し、代わりに苦言を吐いた。

「俺はお嬢にしかこの体を触らせないと決めているんだ。それに、今は依頼の途中。もう少し緊張感を持った方がいい」

「そ、そうですよね。すみません」

 断られるとは思ってもみなかったのか、クリスティーナは目を大きくして驚いていた。しかしすぐにそれを消し、悲し気な表情で謝ってくる。作り物めいた表情に内心覚めながら、クリスティーナたちに背を向けた。

「俺は時間を無駄にするつもりはない。遊んでいるんだったら、置いていくぞ」

 そう言って現地へと足を向けたアーテルを、慌てて追うようにクリスティーナたちも馬を走らせた。
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