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第一章
四十二話
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神という存在がいたのかと、変なところに感動を覚えたりもするが、逆恨みもいいところな話だった。
幸い召喚獣の三人をはじめとして、ノアやイトナ、ロゼリアはクライシスの魔法にかかって、眠りにつかされていた。話を聞かれないのならば、ちょうどいい。召喚獣という、召喚術師を守る者がいないから命の危険性はあるが、ベルの正体がばれず、クライシスの意図を聞くのに絶好のチャンスだ。といっても、ずっと目覚めないのも困るので、ベルは話を聞きながら、クライシスに気づかれない微量の魔力を少しずつ三人へと流すことにした。
「なるほど、ね。でもそれって逆恨みもいいところじゃないの? 私はあっちで死んでこの世界にきたけど、その神様って人に会ってすらいないんだから」
気が付いたら、ベルとしてこの世界にいた。
神が実在していたのも、クライシスの口から出てきてから知ったことだ。
「うるさい! 君が神を知っている、知らないなんてどうでもいいんだよ!! ただ僕は君のせいでこうしてこの世界に転生させられたんだ。それだけでも迷惑なのに、どうして僕が君を幸せにしなきゃいけないんだよ……!!」
クライシスの不注意でベルがホームから落ちて、電車に引かれて死んだ。その事実はどうやっても覆すことができない。それでもクライシスの言葉を信じるならば、きちんと向こうの世界で星野鈴を死に追いやってしまったことを、償ってきたのだろう。
ベルは今更、そのことに対してどうこう文句を言うつもりは全くない。向こうの世界に未練があるといえば、ある。けれどそれは普通に仕方のないことだ。未練がない人なんてそうそういないのだから。両親に会いたい。友人に会いたい。途中だったゲームをやりたいし、連載していたマンガの続きも気になる。挙げればきりがないほどに未練がある。
しかしそれはそれ。今は今とベルはすでに割り切っていた。
もしこの世界がベルの知らない世界で、ロセウスやアルブス、アーテルがいなかったら、まだ割り切れなかっただろう。でもこの世界はベルがよく知っている世界で、そこには愛している三人がいた。両親や友人に会えない寂しさがあっても、それを埋めてくれるほどに愛情をくれる三人がいた。
「別にクライシスが私を幸せにしてくれなくてもいい。私にはセスやアル、アーテがいるから。だからクライシスはクライシスの幸せを探せばいい。まあロゼリアにしたような悪さはさすがに駄目だけどね」
自由になっていい。
ベルがそれを望めば、きっと神はそれを許してくれるだろう。
そういうつもりで言ったつもりだったのだが、クライシスにはそう聞こえなかったらしい。
「何様のつもりなんだよ、君」
「え?」
「傲慢なんだよ、その考え。僕は僕の幸せを探す? こんな前世の記憶や力を持っていたら無理に決まってるでしょ。それに僕はこの世界に来たくて来た訳じゃない。君のために来させられたのに、君は僕を見放すの?」
クライシスの話には矛盾が起こっていた。
自由でいいよ、と背中を押しただけなのに、今度は見放すと言ってくる。けれどもしここでベルが私を幸せにするまで許さない、等と言えば怒りをぶつけてくるのだろう。子どもの癇癪と同じだ。
どうすればいいのかと、考えていると壊れたようにクライシスが笑いはじめた。
「君なんかもう一度死んでしまえばいいんだ。君が死んで僕も死ねば、僕は自由になれるのだから……!!」
召喚術師はどんな大けがを負っても死にはしない。それは一重に龍脈との繋がりがあるからだ。召喚術師を殺す唯一の方法、それはラシードが行おうと企んでいたこと。つまりは輝人の世代交代しかない。
だからクライシスがベルをどうやって殺そうとしているのか、検討がつかなかった。
「不思議そうな顔をしているね。そうだよね、輝人は世代交代をするしか方法がないのだから。でも大丈夫だよ、僕は長い年月をかけて、一つの魔法を完成させた。そう、輝人と龍脈の繋がりを断ち切り、殺す方法を。でも安心するといい。僕はまだこの魔法を君にかけたりはしないから。君が死にたいと願うまで、その身に僕が味わった苦しみを刻み付けてやるまではね!!」
クライシスは心底楽しそうに笑うと、懐にしまっていたナイフを一本取り出し、ベルに向かって襲いかかってきた。
ベルは輝人の誓約により、魔法を使うことができない。よって今ベルにできることは、クライシスの持つナイフから逃げることだけだった。まずは教室内から逃げようとしたものの、クライシスの生み出した炎の壁によって阻まれてしまう。そのせいで教室内をぐるぐると回るように逃げることとなってしまった。
椅子や机をせめてもの妨害として倒したり投げつけたりするが、魔法を使えるクライシスは軽々とそれらを躱してしまう。ベルが逃げ惑う姿が余程面白いのだろう。常に教室内にクライシスの笑い声が響いていた。
ベルの体力は、輝人とはいっても、元が人間なので他の人達とそれほど変わりはしない。数十分もの間、走って逃げ続けたことを褒めてほしいくらいだった。
「っ……」
体力の限界が近づいてきて、なんてことのない僅かな段差に足が躓いてしまった。体勢を整える余裕もなく、その場に倒れ込んでしまう。急いで足を立たせて、逃げようとするが、それよりもクライシスが追いつく方が早かった。
「僕の味わった苦しみを君も味わうといい」
ナイフを持ったクライシスの手が、ベルに向かって振り下ろされた。
幸い召喚獣の三人をはじめとして、ノアやイトナ、ロゼリアはクライシスの魔法にかかって、眠りにつかされていた。話を聞かれないのならば、ちょうどいい。召喚獣という、召喚術師を守る者がいないから命の危険性はあるが、ベルの正体がばれず、クライシスの意図を聞くのに絶好のチャンスだ。といっても、ずっと目覚めないのも困るので、ベルは話を聞きながら、クライシスに気づかれない微量の魔力を少しずつ三人へと流すことにした。
「なるほど、ね。でもそれって逆恨みもいいところじゃないの? 私はあっちで死んでこの世界にきたけど、その神様って人に会ってすらいないんだから」
気が付いたら、ベルとしてこの世界にいた。
神が実在していたのも、クライシスの口から出てきてから知ったことだ。
「うるさい! 君が神を知っている、知らないなんてどうでもいいんだよ!! ただ僕は君のせいでこうしてこの世界に転生させられたんだ。それだけでも迷惑なのに、どうして僕が君を幸せにしなきゃいけないんだよ……!!」
クライシスの不注意でベルがホームから落ちて、電車に引かれて死んだ。その事実はどうやっても覆すことができない。それでもクライシスの言葉を信じるならば、きちんと向こうの世界で星野鈴を死に追いやってしまったことを、償ってきたのだろう。
ベルは今更、そのことに対してどうこう文句を言うつもりは全くない。向こうの世界に未練があるといえば、ある。けれどそれは普通に仕方のないことだ。未練がない人なんてそうそういないのだから。両親に会いたい。友人に会いたい。途中だったゲームをやりたいし、連載していたマンガの続きも気になる。挙げればきりがないほどに未練がある。
しかしそれはそれ。今は今とベルはすでに割り切っていた。
もしこの世界がベルの知らない世界で、ロセウスやアルブス、アーテルがいなかったら、まだ割り切れなかっただろう。でもこの世界はベルがよく知っている世界で、そこには愛している三人がいた。両親や友人に会えない寂しさがあっても、それを埋めてくれるほどに愛情をくれる三人がいた。
「別にクライシスが私を幸せにしてくれなくてもいい。私にはセスやアル、アーテがいるから。だからクライシスはクライシスの幸せを探せばいい。まあロゼリアにしたような悪さはさすがに駄目だけどね」
自由になっていい。
ベルがそれを望めば、きっと神はそれを許してくれるだろう。
そういうつもりで言ったつもりだったのだが、クライシスにはそう聞こえなかったらしい。
「何様のつもりなんだよ、君」
「え?」
「傲慢なんだよ、その考え。僕は僕の幸せを探す? こんな前世の記憶や力を持っていたら無理に決まってるでしょ。それに僕はこの世界に来たくて来た訳じゃない。君のために来させられたのに、君は僕を見放すの?」
クライシスの話には矛盾が起こっていた。
自由でいいよ、と背中を押しただけなのに、今度は見放すと言ってくる。けれどもしここでベルが私を幸せにするまで許さない、等と言えば怒りをぶつけてくるのだろう。子どもの癇癪と同じだ。
どうすればいいのかと、考えていると壊れたようにクライシスが笑いはじめた。
「君なんかもう一度死んでしまえばいいんだ。君が死んで僕も死ねば、僕は自由になれるのだから……!!」
召喚術師はどんな大けがを負っても死にはしない。それは一重に龍脈との繋がりがあるからだ。召喚術師を殺す唯一の方法、それはラシードが行おうと企んでいたこと。つまりは輝人の世代交代しかない。
だからクライシスがベルをどうやって殺そうとしているのか、検討がつかなかった。
「不思議そうな顔をしているね。そうだよね、輝人は世代交代をするしか方法がないのだから。でも大丈夫だよ、僕は長い年月をかけて、一つの魔法を完成させた。そう、輝人と龍脈の繋がりを断ち切り、殺す方法を。でも安心するといい。僕はまだこの魔法を君にかけたりはしないから。君が死にたいと願うまで、その身に僕が味わった苦しみを刻み付けてやるまではね!!」
クライシスは心底楽しそうに笑うと、懐にしまっていたナイフを一本取り出し、ベルに向かって襲いかかってきた。
ベルは輝人の誓約により、魔法を使うことができない。よって今ベルにできることは、クライシスの持つナイフから逃げることだけだった。まずは教室内から逃げようとしたものの、クライシスの生み出した炎の壁によって阻まれてしまう。そのせいで教室内をぐるぐると回るように逃げることとなってしまった。
椅子や机をせめてもの妨害として倒したり投げつけたりするが、魔法を使えるクライシスは軽々とそれらを躱してしまう。ベルが逃げ惑う姿が余程面白いのだろう。常に教室内にクライシスの笑い声が響いていた。
ベルの体力は、輝人とはいっても、元が人間なので他の人達とそれほど変わりはしない。数十分もの間、走って逃げ続けたことを褒めてほしいくらいだった。
「っ……」
体力の限界が近づいてきて、なんてことのない僅かな段差に足が躓いてしまった。体勢を整える余裕もなく、その場に倒れ込んでしまう。急いで足を立たせて、逃げようとするが、それよりもクライシスが追いつく方が早かった。
「僕の味わった苦しみを君も味わうといい」
ナイフを持ったクライシスの手が、ベルに向かって振り下ろされた。
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