上 下
41 / 136
第一章

四十話

しおりを挟む
 クライシスは両の口角を上げ、にんまりと笑みを浮かべた。

「だとしたら?」

 否定をしないということは、そういうことなのだろう。じんわりと汗がにじんできた手を握りしめて、自身を鼓舞する。

「なぜ記憶改ざん魔法を彼女に? そもそもどうやって魔法の譲渡を?」

「たくさんの質問だね。それを全て僕が答えるとでも?」

「そんなこと思うわけがない。ただ答えてくれたらラッキーってなだけ」

「なるほどね。そんな召喚術師さんに、一つだけ教えてあげよう。ロゼリアに記憶改ざん魔法『メモリーズテンパー』を譲渡したのは、ただ楽しそうだったから」

「……楽しそうだった、から?」

 まるで子どものような理由だ。ロゼリアと似たような性格の持ち主なのだろうか。

「そう。だって、彼女は我儘で傲慢だ。特別な力は持っていなかったけれど、たくさんの魔力を持っていた。だから彼女に必要な特別な力を僕がプレゼントしたのさ。プレゼントの見返りは、魔法を使ったことで変わったことを毎日手紙で報告すること。彼女からもたらされる日々のスパイスは些細な物ばかりだったけれど、召喚術師さんが釣れたのはまさかの出来事でね。思わず興奮して、ここまで来るほどに楽しい出来事だったよ」

(いや、違う。……この人はロゼリアみたいに子どもの性格をしていない!!)

 声を上げて笑うその姿は、ただの狂人にしか見えなかった。

 空を仰いで笑っている紳士は、ベルたちの方を見ておらず、ただ狂ったように笑うばかり。初めて会う人種に恐怖を覚えるが、このチャンスを見逃すわけにはいかない。

 視線で三人に合図を送ると、各々紳士に向かって魔法を撃った。

 ロセウスが結界の魔法で閉じ込め、アーテルと水の魔法を、アルブスが風の魔法を結界内に放った。それぞれ得意分野の魔法であることから、室内であることから程度威力は落としているとはいえ、それなりの威力はある。それにアーテルとアルブスは互いのことをベル以上に知り尽くしている。だから互いの意思を汲み取って魔法を相乗効果で高め合っていた。アルブスは風を極限まで冷たくし、その風でアーテルが魔法で創り出した水を凍らせ、紳士の体を氷漬けにした。

 全く動けない状態で、自身を覆う結界まで張られている。普通の人ならば、ここで慌てたりなどの行動をするはずなのだが、紳士からはその動作が一切見受けられなかった。むしろ余裕すら感じ取れる。紳士は己の体に起こった異変に気づくと、ゆっくりと口を開けた。

「このような子ども騙しで僕を捕らえられるとでも?」

 子ども騙し、というレベルの魔法ではない。けれど全力の魔法でないことは確かだ。教室という室内でそれぞれが全力を使えば、原形をとどめないほどに破壊をしてしまう。結界に関しては、ロセウスは現在ベルたちが住む家、ロゼリア、ノア、イトナと合わせて五つの結界を張っていることになる。それはつまり維持をするのに魔力をずっと使い続けているということ。幾らロセウスが結界を張るのに長けていて、魔力が多いといっても、これだけの結界をそれなりの強度で張り続けていれば、紳士に対して全力で結界を張るには難しいものがあった。

 紳士は自身の体に炎を纏わせると、その氷を徐々に溶かして見せた。次いで結界も炎で一点集中の攻撃をし、時間がそれなりにかかりはしたものの、結界を壊して見せた。

「君達の力はこれくらいのものなのかな?」

 まるで小馬鹿にしたような言い方だった。

「召喚術師も召喚獣も大したことないようだ」

「そう? その割には時間がかかっているみたいだけれど?」

 これはただの時間稼ぎ。だから、魔法を破られようが関係はない。

 ロセウスたちもベルの魔力の流れを最初から読み取っていたからこそ、時間を稼ぐ程度の威力がある魔法を放ったのだ。

「それに、私はただぼうっと突っ立っていたわけじゃない」

 この場面でやることは二つあった。

 一つはノアの記憶を取り戻させること。もう一つはロゼリアと、ロゼリアを助けにきた紳士を捕獲すること。優先順位としては後者を取るべきだが、今後のことを予想して動くとなれば、ノアの記憶を取り戻すことが鍵となってくる。

 だからベルは紳士が登場した時点で、ノアの体内に自身の魔力を流し続けていた。今となっては、教室に入った時点で行うべきだったと思いもするが、こればかりは仕方がない。ロゼリアとの件が終わってから魔法を解こうと思っていたのだから。

 本来ならば魔法を解きたい相手の体に触れながら流す方が効率がいい上に、互いの負担も少ない。しかしこの状況で互いの体に触れ合いながらの魔力を流すのは、非常に難しい。その為、大地に流れる龍脈を辿って、ノアに魔力を流し続けていた。これは非常に効率が悪い上に、激しく魔力を消耗する非効率なやり方だ。幸い龍脈の力を借りられるベルにとっては微々たる魔力量ではあったが、それでも離れた相手に魔力を流すのは、相当に神経を使うものであった。紳士と話ながらの作業だったので、それは尚更だ。

 紳士の視線を誘導するように、ノアへと視線を向ける。するとそこには涙を一筋流す優しいイトナの契約獣がいた。イトナの名前を何度も呼ぶ姿は、先程までロゼリアに付き従っていたときとは全然違って見えた。

 ロセウスがもう結界を解いても大丈夫だと判断したのだろう。イトナとノアに張っていた結界を解いた。

 イトナとノアは互いに駆け寄ると、熱く抱擁を交わしていた。ノアは記憶改ざんされていた時にノアの肩口に牙を剥いてしまったことを悔いているのだろう。怪我をした箇所を舌で何度も舐めている。そんなノアにイトナは優しく声をかけ、大丈夫だと背中を叩いていた。

「これでロセウスの負担が減って、イトナの守りもできた。私たちは貴方に負ける気はない」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

めるの
恋愛
仕事に疲れたアラサー女子ですが、気付いたら超絶美少女であるアナスタシアのからだの中に! 魅了の魔力を持つせいか、わがまま勝手な天才魔術師や犬属性の宰相子息、Sっ気が強い王様に気に入られ愛される毎日。 幸せだけど、いつか醒めるかもしれない夢にどっぷり浸ることは難しい。幸せになりたいけれど何が幸せなのかわからなくなってしまった主人公が、人から愛され大切にされることを身をもって知るお話。 ※主人公以外の視点が多いです。※他サイトからの転載です

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

処理中です...