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第一章

二十七話

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「……本当に? 本当に治るの?」

 声が震えていたのは先生だけではなかった。ソフィが柔らかいソプラノ声で、信じられないとでもいうように呟いていた。小さな手を口元に当て、毛と同じ色の瞳からぽろぽろと涙を零していた。その涙を人差し指で拭い、もちろんと答えた。

 教室にベルが入ってからずっと、授業の時も、授業が終わって先生と一緒に廊下歩いている時もずっとベルを見ていた。もしかしたら、と淡い期待を抱いていたのかもしれない。それでもずっと見ているだけで声をかけようとしなかったのは、ベルが遠い存在であると、自分が声をかけられるような存在ではないと自分を諌めていたからなのだろうか。

 ソフィの脇に手を入れ、そのまま胸元で抱きしめる。異性であれば、ロセウスたちが黙っていないだろうが、ソフィは同性。これくらいならば許されるだろう。

「ソフィ、私が必ず治すから。このまま、リラックスをして。かなり違和感があるかもだけど、我慢をしてね」

「はい」

 ソフィはベルに身を委ねるように、そっと力を抜いてきた。

 ベルも、集中をするために瞼をゆっくりと閉じる。そして龍脈を整えるような手順で、ソフィの魔力の流れに沿って、自身の魔力を一緒に流していく。魔力の流れ道を大きく阻害している箇所は一カ所のみ。そう時間はかからないだろう。魔力の流れ道を阻害している原因は、昔に負った傷が魔力を込めた攻撃でついたからなのだろう。まだそこに魔力の残滓が残っていた。これを取り除いて修復さえしてしまえば、上手く治るはずだ。

 残滓を自身の魔力で覆い、体外へと持っていく。そして外へ放りだすと、次に魔力の道の修復に取り掛かった。無意識で常時行っている、龍脈を整える作業とかなり酷似しており、思ったよりも簡単に治すことができた。

 他人の魔力を受けているソフィは時折、体をピクリと動かしていた。それでもベルの魔力を追い出そうとしないのは、一重にソフィの頑張りや慣れからくるものだろう。怪我を負う以前は人化ができていたということは、先生の力を借りて人化になったりもしていたはず。日常的にはしていなくても、練習は何度もしてきたはずだ。

 だからなのだろう。生徒たちのように、ベルの魔力を追い出そうとはしないのは。

 それでも契約術師ではないベルの魔力を受けるのは、かなりの違和感があるに違いない。人化の手助けの時は、ただ魔力の流れを誘導していただけだった。けれど今回は残滓を取り出し、魔力の道の修復までしている。誘導の比ではないほど、体に負担がかかっているはずだ。

「よし、終わったよ。ソフィ」

 なるべくソフィに負担がかからないよう、最短の時間で終わらせ、一つ息を吐いた。

 ソフィを椅子の上に降ろし、試しに人化をするよう促す。

 ソフィも自身の体の魔力の巡りが、いつもとは違うことに気づいていて、すぐに了承をしてくれた。

 部屋にいる全員が見守る中、ソフィの体を光が包みこむ。光が全身を包みこみ、猫又の姿から人間の姿へと形を変えていき、光が消えるとともに、二十代ほどの大人しそうな女性が椅子に座って現れていた。黒色のストレートの髪に、同じ色合いの瞳。その瞳は己の手や腕を確認するなり、涙を零し始めた。その涙を拭うこともなく、己の契約術師である先生を視界に映すなり立ち上がった。椅子が倒れるのも構わず、先生に駆け寄るとその体に抱き着いた。

「ルーク! 私、私っ!!」

 ルークとは先生の名前なのだろう。ルークはソフィを抱きしめ返すと、ソフィのように喜びの声を上げていた。

「ソフィ、よかった。本当に、よかった……!!」

 二人の喜びようはまるで恋人同士のようだった。

(いや、むしろ本当にそうなのかも)

 その証拠に二人の顔はあと数センチで唇がくっつきそうなくらいに近い。

 二人の喜びの邪魔をするつもりはないので、ベルは先程までソフィが座っていた椅子を元に戻すと、そのまま椅子に座ってベルの存在に気づいてくれるのを待つことにした。しかし二人とも椅子を直す音にすぐ気づいてしまい、座る間もなく、頭を下げられてしまった。

「ソフィを治してくださり、ありがとうございました」

「お礼として何を返せばいいのか……。私たちにできることなら、なんでもしますので言ってください」

「いや、そういうつもりでしたわけじゃないから、お礼は特に」

 そう断りを入れたが、二人とも首を縦には振ってくれなかった。

「それでは私たちの気が収まりません」

「ソフィの言う通りです。何かお礼をさせてください」

 二人の意思は硬く、何かお礼をするまで意地でも頭を上げないつもりなのだろう。

 困ったなあと頬を掻いていると、アーテルが耳打ちをしてきた。それはとてもいい案で、即採用をすることに決めた。

「では二つお願いがあります」

「私たちにできることなら何でも。ですがその前に、ベル様。今更ですが、私に敬語は不要です。ベル様は私たちの頂点にいる召喚術師であり、恩人なのですから。ソフィと同じような話口調で構いません」

 先生なのだからと、敬語で接していたのだがそれは不要だったようだ。つい少し前まで学生だったので、慣れで敬語を使っていた。だがこう言われてしまっては、直すしかないだろう。

「わかった」

「ありがとうございます。それで、お願いというのは?」

「それは――」

 ベルが二人に頼んだことは、二人からしたら意外なことだったのだろう。しかし何かを探るような真似はせず、ベルの求めた願いを聞き受けてくれた。
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