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第一章
二十六話
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少しだけ四限目の授業の時間を越してしまったが、どうにか十人全員の指導を終わらせることができた。
「では私の授業はこれにて終了となります。皆、お疲れさま」
一人あたり最長でも三十分と短い時間ではあるものの、全体では午前全ての授業時間を費やした。途中、休憩を挟みもしたが、疲れはあるはずだ。
それでも人化に成功したものは、最高の笑みを。まだの者は悔しさを浮かべていた。その理由の一つとして、ベルが今回のみの特別講師として呼ばれたことを薄々気づいていることが挙げられるだろう。
契約術師の頂点に立つ存在。それが召喚術師だ。その召喚術師であるベルが、直接教えてくれる機会は滅多にないということを誰もが認識していた。国王より上の立場であり、生徒たちからしたら、雲の上のような存在だ。今回こうして授業に参加できたことは奇跡に近いと思っているかもしれない。
生徒たちの認識通り、ラシードとの約束は今回の授業一回のみ。当初はベルもそのつもりできた。しかし人化の手伝いをしているうちに思ってしまったのだ。クラス全員が人化できるまで見守りたい、と。
その旨を教室から出て、廊下を歩きながらラシードに伝える。ベルのそんな言葉を耳にするとは思ってもみなかったのか、とても驚いた顔をしていた。それでも美形とは得なもので、どんなに変な顔をしても、その美しさが損なわれないのだから不思議なものである。
「でも、よろしいのですか?」
「構いません。中途半端が嫌いなので、全員が成功するまでやりたいんです」
「そうですか、わかりました。日程ですが、どうなさいますか?」
「何回で全員が習得できるかは私にもまだ分からないので、とりあえず次の日時だけでもいいですか?」
「もちろんです」
「では、四日後の一限から四限までを私にください。復習を兼ねて、今回人化できた生徒たちの成長具合も確認したいので」
「わかりました。では四日後、お待ちしております」
「お願いします」
実はそれだけが理由ではないが、これはラシードに伝えることではない。もう一つの理由はロゼリアとその契約獣のノアだ。関係は他の生徒たちと同じように表面上は仲良さそうに見える。しかしノアの魔力は明らかに言動とは真逆。いくら契約術師と契約獣だからといっても、喧嘩をしないわけでもない。互いに心があるから、喧嘩だってする。けれどノアの魔力はそんな生易しいものではない気がした。見えない何かにずっと抗っているような、そんな魔力を感じた。
ここで見過ごしてはならない。そんな予感がしたのだ。
ロセウスたちがそれに気づいているかどうかは話してみないとわからない。色んな意見が聞きたいこともあって、家に帰ってから相談をしようと決めた。
そうと決まれば、次の案件だ。
「それと先生、これからお時間ありますか? ほんの十五分ほどで大丈夫なんですけど」
まさか自分が話を振られるとは思ってもみなかったのだろう。反応が遅れて返ってきた。
「……私は大丈夫ですが、理由を尋ねても?」
「先生の契約獣の件です」
「ソフィの?」
猫又族である契約獣の名前はソフィと言うらしい。
「はい。ここでも大丈夫なのですが、人目もありますので、できればどこかの部屋を借りれれば、と」
ちらりと視線を動かせば、大勢の生徒がベルたちの周りを囲い始めていた。輝人であるベルや、ナツゥーレ国の王子であるラシードの姿を少しでも見ようと集まってきているのだろう。個人的な問題となるので、なるべき人に聞かれない方がいい。
「では、教師用として貸してもらっている私の部屋でよければどうぞ。狭いところではありますが、それでもよろしければ」
「構いません。では案内していただけますか? では、ラシード殿。私はこれから所用ができたので、これで失礼しても?」
「大丈夫ですよ。ではまた三日後に」
ラシードはベルたちに頭を下げると、その場を去って行った。ラシードのあとを追いかけるように集まった半分ほどの生徒たちがいなくなる。ベルたちも生徒が少なくなった隙に動いた方が動きやすいと判断して、すぐに移動をした。
先生の部屋は教室からすぐ近いところにあった。
中に入ると、本棚が壁一面を覆っていた。どれもが契約術師に関するもので、よほど勉強熱心なのだろう。
扉を閉めると、早速と言わんばかりに先生へ話しかけた。
「用件というのは、ソフィが人化できるよう治せるかもしれないということです」
「ほ、本当ですか!?」
先生は目を大きく見開けたあと、ベルの肩を掴もうと歩み寄ってきった。しかしそれをやんわりとロセウスに止められてしまう。
「す、すみません。動揺してしまい……」
「いえ。仕方のないことだと思います。ですので、出来ればソフィの魔力の流れを見させていただきたいのですが、可能でしょうか?」
直接ソフィに聞けばいいことなのかもしれないが、ソフィは先生の契約獣。先に契約術師である先生に確認をするのが筋というものだろう。
「治るのであれば、構いません。ソフィ」
先生の足元にずっと尻尾を絡ませていたソフィは、軽い足取りでベルの元まで歩いてくると、目線を合わせやすいように、近くに会った机の上までジャンプをして飛び乗った。
「ありがとう、ソフィ。では見させていただきますね」
神経を目に集中させて、ソフィの魔力の流れを辿っていく。するとある一か所でその流れが切れてしまっているのが判明した。ここが昔に傷を負った箇所なのだろう。黒い毛で隠されているから、傷跡はわからないが、魔力の流れだけははっきりとわかった。
(これくらいなら大丈夫そうだ)
「先生、これくらいならおそらく治せます。今から治療を開始してもいいですか?」
「……っ、はい。よろしくお願いします」
治せる、その言葉がよほど嬉しかったのだろう。先生の声が少しだけ震えていた。
「では私の授業はこれにて終了となります。皆、お疲れさま」
一人あたり最長でも三十分と短い時間ではあるものの、全体では午前全ての授業時間を費やした。途中、休憩を挟みもしたが、疲れはあるはずだ。
それでも人化に成功したものは、最高の笑みを。まだの者は悔しさを浮かべていた。その理由の一つとして、ベルが今回のみの特別講師として呼ばれたことを薄々気づいていることが挙げられるだろう。
契約術師の頂点に立つ存在。それが召喚術師だ。その召喚術師であるベルが、直接教えてくれる機会は滅多にないということを誰もが認識していた。国王より上の立場であり、生徒たちからしたら、雲の上のような存在だ。今回こうして授業に参加できたことは奇跡に近いと思っているかもしれない。
生徒たちの認識通り、ラシードとの約束は今回の授業一回のみ。当初はベルもそのつもりできた。しかし人化の手伝いをしているうちに思ってしまったのだ。クラス全員が人化できるまで見守りたい、と。
その旨を教室から出て、廊下を歩きながらラシードに伝える。ベルのそんな言葉を耳にするとは思ってもみなかったのか、とても驚いた顔をしていた。それでも美形とは得なもので、どんなに変な顔をしても、その美しさが損なわれないのだから不思議なものである。
「でも、よろしいのですか?」
「構いません。中途半端が嫌いなので、全員が成功するまでやりたいんです」
「そうですか、わかりました。日程ですが、どうなさいますか?」
「何回で全員が習得できるかは私にもまだ分からないので、とりあえず次の日時だけでもいいですか?」
「もちろんです」
「では、四日後の一限から四限までを私にください。復習を兼ねて、今回人化できた生徒たちの成長具合も確認したいので」
「わかりました。では四日後、お待ちしております」
「お願いします」
実はそれだけが理由ではないが、これはラシードに伝えることではない。もう一つの理由はロゼリアとその契約獣のノアだ。関係は他の生徒たちと同じように表面上は仲良さそうに見える。しかしノアの魔力は明らかに言動とは真逆。いくら契約術師と契約獣だからといっても、喧嘩をしないわけでもない。互いに心があるから、喧嘩だってする。けれどノアの魔力はそんな生易しいものではない気がした。見えない何かにずっと抗っているような、そんな魔力を感じた。
ここで見過ごしてはならない。そんな予感がしたのだ。
ロセウスたちがそれに気づいているかどうかは話してみないとわからない。色んな意見が聞きたいこともあって、家に帰ってから相談をしようと決めた。
そうと決まれば、次の案件だ。
「それと先生、これからお時間ありますか? ほんの十五分ほどで大丈夫なんですけど」
まさか自分が話を振られるとは思ってもみなかったのだろう。反応が遅れて返ってきた。
「……私は大丈夫ですが、理由を尋ねても?」
「先生の契約獣の件です」
「ソフィの?」
猫又族である契約獣の名前はソフィと言うらしい。
「はい。ここでも大丈夫なのですが、人目もありますので、できればどこかの部屋を借りれれば、と」
ちらりと視線を動かせば、大勢の生徒がベルたちの周りを囲い始めていた。輝人であるベルや、ナツゥーレ国の王子であるラシードの姿を少しでも見ようと集まってきているのだろう。個人的な問題となるので、なるべき人に聞かれない方がいい。
「では、教師用として貸してもらっている私の部屋でよければどうぞ。狭いところではありますが、それでもよろしければ」
「構いません。では案内していただけますか? では、ラシード殿。私はこれから所用ができたので、これで失礼しても?」
「大丈夫ですよ。ではまた三日後に」
ラシードはベルたちに頭を下げると、その場を去って行った。ラシードのあとを追いかけるように集まった半分ほどの生徒たちがいなくなる。ベルたちも生徒が少なくなった隙に動いた方が動きやすいと判断して、すぐに移動をした。
先生の部屋は教室からすぐ近いところにあった。
中に入ると、本棚が壁一面を覆っていた。どれもが契約術師に関するもので、よほど勉強熱心なのだろう。
扉を閉めると、早速と言わんばかりに先生へ話しかけた。
「用件というのは、ソフィが人化できるよう治せるかもしれないということです」
「ほ、本当ですか!?」
先生は目を大きく見開けたあと、ベルの肩を掴もうと歩み寄ってきった。しかしそれをやんわりとロセウスに止められてしまう。
「す、すみません。動揺してしまい……」
「いえ。仕方のないことだと思います。ですので、出来ればソフィの魔力の流れを見させていただきたいのですが、可能でしょうか?」
直接ソフィに聞けばいいことなのかもしれないが、ソフィは先生の契約獣。先に契約術師である先生に確認をするのが筋というものだろう。
「治るのであれば、構いません。ソフィ」
先生の足元にずっと尻尾を絡ませていたソフィは、軽い足取りでベルの元まで歩いてくると、目線を合わせやすいように、近くに会った机の上までジャンプをして飛び乗った。
「ありがとう、ソフィ。では見させていただきますね」
神経を目に集中させて、ソフィの魔力の流れを辿っていく。するとある一か所でその流れが切れてしまっているのが判明した。ここが昔に傷を負った箇所なのだろう。黒い毛で隠されているから、傷跡はわからないが、魔力の流れだけははっきりとわかった。
(これくらいなら大丈夫そうだ)
「先生、これくらいならおそらく治せます。今から治療を開始してもいいですか?」
「……っ、はい。よろしくお願いします」
治せる、その言葉がよほど嬉しかったのだろう。先生の声が少しだけ震えていた。
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