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第一章
十一話
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話し合いが終わり、エドアルドから夕食の誘いを受けたが、ベルは丁重に断りを入れた。この世界にきて、初めての食事となるのだ。せっかくならば、ロセウスたちとあの家で取りたい、そう思ったからだ。
ベルが目覚めたばかりということもあり、エドアルドはベルの心情を察してくれたのだろう。何度も誘うようなことはしなかった。
帰りは行きと同じように、召喚獣に乗って帰ることとなった。行きはアーテルに乗ってきたが、帰りはロセウスに乗ってほしいと言われた。白熱したじゃんけんを知らないベルは、首を傾げるもののまあいいかと了承した。城内の出るタイミングで三人が獣化をし、ベルはロセウスに跨った。アーテルやアルブスと違い、ロセウスの毛は長く掴みやすかった。
「ロセウス、毛を握っていても痛くない?」
「それぐらい、平気さ。では行こうか」
なのでロセウスが走っても、アーテルの時のように、しがみつかなければならない事態にはならなかった。そうなると余裕も若干出てくるもので、景色を楽しむことができた。スピードは結構出ていて、まるでジェットコースターに乗っている気分だ。なにより体に当たる風が、思いのほか気持ちがいい。
城壁まで辿り着くと、その向こう側には行きよりもさらに人が増えていた。
「わお……」
驚きの声を上げてしまう。
大勢の騎士たちがベルたちの道を作ろうと、必死に働いているが、それを上回るほどの人数が押し寄せてきていて、城壁の中まで人が押し寄せてきそうな勢いだ。これでは城壁から外へ出ることも難しい。
ベルにいち早く気づいた騎士が、申し訳なさそうに頭を下げ、周囲の騎士たちに伝えようとしているが、声という声があちらこちらから上がり、誰にも届いていなかった。
どうしたらいいものかと顎に手を当て考えていると、アルブスに声をかけられた。
「いい方法がある」
「いい方法?」
「ああ。だからお嬢は少し耳を塞いでいてくれないか?」
(耳を塞ぐ?)
突飛な方法に首を傾げるが、言われた通り耳を両手で塞いだ。
ロセウスとアーテルはその一言でやることが分かったのだろう。アーテルは一緒にやると嬉々として参戦し、ロセウスは自身の尻尾を二本使って己の両耳を塞ぎ、一本はベルの両耳を塞ぐ両手の上へ、被さるように後ろから頭を覆ってくれた。思わぬもふもふにベルの頬は緩んでしまう。
アルブスはベルがきちんと耳を塞いでいることを確認すると、アルブスとアーテルは瞳を合わせ、大きく息を吸った。そしてこの場にいる全員に聞こえるよう、大きな咆哮を上げた。それは地面すら震わせるようなもので、ベルは耳を塞いでいて心底よかったと思った。
いきなりの咆哮に、人々は静まり返っていた。
耳が痛いのか、誰もが眉間に皺を寄せ、耳を手で覆っていた。しかしその咆哮を上げたのが、ベルの召喚獣だと気づくと、その顔に笑顔が戻る。そして検問所のときのように人垣が綺麗に二つに分かれ、ベルの目の前に綺麗な道が一つ出来上がった。
「おおおお……」
まるで自衛隊の訓練でも見ているような錯覚に陥る。
目を真ん丸くしていると、ロセウスがその道を堂々と歩きだした。その半歩後ろを付き従うように、アーテルとアルブスが歩く。行きと同じように真横を歩かなくていいのかと疑問に思ったが、それはすぐに解消された。綺麗に道ができたことで、騎士たちが率先して、その道を守るように一定の距離を保って立っていたからだ。
「お仕事ご苦労様です」
感謝の気持ちをこめて、その時近くにいた騎士に声をかけると、騎士が勢いよくベルの方を振り返った。騎士の顔は驚きと嬉しさに染まっていた。雲の上のような存在であるベルに話しかけられてよほど嬉しかったのだろう。その場を通り過ぎた頃に、後ろから男性の野太い声と、羨ましがる声が聞こえてきた。思わずクスリと笑ってしまう。
「ベル、手でも振ってあげるといい。皆喜ぶはずだよ。私たちのように、彼らもベルの目覚めを待っていたからね」
手を振る、で思い出すのはテーマパークのパレードだった。パレードのような豪勢な華やかさや音楽はないが、彼らの瞳はそれを見るのと似ていた。
クラスでは目立つような方ではなかったし、目立ちたいという願望も特に持ち合わせていなかった。だからこれほどまでに注目されるのは人生で初めてだった。そんな初めての経験の中、手を振るというのはハードルが少し高い。
けれどベルが手を振ることで皆が喜ぶのなら、振らないという選択肢はベルの中から消え失せる。
右手をロセウスの毛から離し、胸の辺りで小さく手を振ることにした。本当なら頭上まで手を上げて大きく振った方がいいのだろう。しかしベルにそんな勇気はなく。ベルなりに頑張った結果、こうなった。
それでも、ベルの姿が見える位置の人々からは歓声が上がる。
歓声の中、耳を澄ませば、老若男女色んな人の声が耳に入ってきた。
――ベル様がこちらに手を振ってくださった
――ベル様と目があった
――召喚獣のロセウス様はいつにも増して凛々しい
――アーテル様とアルブス様は二匹揃うとさらに素敵ね
――ベル様とロセウス様、アーテル様、アルブス様が一緒にいるとこをもう一度この目で見られるとは
嬉しそうな会話を耳にする度に、ベルの心も温かくなっていく。ロセウスたちを一瞥すれば、誰もが自慢げな表情を浮かべていた。
パレードのようなものは、検問所のところで終点を迎えた。ベルが家のある街へ帰ってしまうことに残念な声が上がり、苦笑をしてしまう。
(明後日にはまた来るんだけど……。まあ今は言わなくてもいいか)
ラシードのお願いで、ベルは二日後に王都を訪ねることを約束していた。
ベルは最後に一度、大きく手を振った。
最初は恥ずかしいと思っていたこの行為も、検問所が近づくにつれ、恥ずかしさよりも楽しさが勝っていた。
街の人たちもベルへ手を振り返してくれた。
「行こうか、セス、アーテ、アル」
ベルたちは検問所をくぐると、再び走り出した。
ベルが目覚めたばかりということもあり、エドアルドはベルの心情を察してくれたのだろう。何度も誘うようなことはしなかった。
帰りは行きと同じように、召喚獣に乗って帰ることとなった。行きはアーテルに乗ってきたが、帰りはロセウスに乗ってほしいと言われた。白熱したじゃんけんを知らないベルは、首を傾げるもののまあいいかと了承した。城内の出るタイミングで三人が獣化をし、ベルはロセウスに跨った。アーテルやアルブスと違い、ロセウスの毛は長く掴みやすかった。
「ロセウス、毛を握っていても痛くない?」
「それぐらい、平気さ。では行こうか」
なのでロセウスが走っても、アーテルの時のように、しがみつかなければならない事態にはならなかった。そうなると余裕も若干出てくるもので、景色を楽しむことができた。スピードは結構出ていて、まるでジェットコースターに乗っている気分だ。なにより体に当たる風が、思いのほか気持ちがいい。
城壁まで辿り着くと、その向こう側には行きよりもさらに人が増えていた。
「わお……」
驚きの声を上げてしまう。
大勢の騎士たちがベルたちの道を作ろうと、必死に働いているが、それを上回るほどの人数が押し寄せてきていて、城壁の中まで人が押し寄せてきそうな勢いだ。これでは城壁から外へ出ることも難しい。
ベルにいち早く気づいた騎士が、申し訳なさそうに頭を下げ、周囲の騎士たちに伝えようとしているが、声という声があちらこちらから上がり、誰にも届いていなかった。
どうしたらいいものかと顎に手を当て考えていると、アルブスに声をかけられた。
「いい方法がある」
「いい方法?」
「ああ。だからお嬢は少し耳を塞いでいてくれないか?」
(耳を塞ぐ?)
突飛な方法に首を傾げるが、言われた通り耳を両手で塞いだ。
ロセウスとアーテルはその一言でやることが分かったのだろう。アーテルは一緒にやると嬉々として参戦し、ロセウスは自身の尻尾を二本使って己の両耳を塞ぎ、一本はベルの両耳を塞ぐ両手の上へ、被さるように後ろから頭を覆ってくれた。思わぬもふもふにベルの頬は緩んでしまう。
アルブスはベルがきちんと耳を塞いでいることを確認すると、アルブスとアーテルは瞳を合わせ、大きく息を吸った。そしてこの場にいる全員に聞こえるよう、大きな咆哮を上げた。それは地面すら震わせるようなもので、ベルは耳を塞いでいて心底よかったと思った。
いきなりの咆哮に、人々は静まり返っていた。
耳が痛いのか、誰もが眉間に皺を寄せ、耳を手で覆っていた。しかしその咆哮を上げたのが、ベルの召喚獣だと気づくと、その顔に笑顔が戻る。そして検問所のときのように人垣が綺麗に二つに分かれ、ベルの目の前に綺麗な道が一つ出来上がった。
「おおおお……」
まるで自衛隊の訓練でも見ているような錯覚に陥る。
目を真ん丸くしていると、ロセウスがその道を堂々と歩きだした。その半歩後ろを付き従うように、アーテルとアルブスが歩く。行きと同じように真横を歩かなくていいのかと疑問に思ったが、それはすぐに解消された。綺麗に道ができたことで、騎士たちが率先して、その道を守るように一定の距離を保って立っていたからだ。
「お仕事ご苦労様です」
感謝の気持ちをこめて、その時近くにいた騎士に声をかけると、騎士が勢いよくベルの方を振り返った。騎士の顔は驚きと嬉しさに染まっていた。雲の上のような存在であるベルに話しかけられてよほど嬉しかったのだろう。その場を通り過ぎた頃に、後ろから男性の野太い声と、羨ましがる声が聞こえてきた。思わずクスリと笑ってしまう。
「ベル、手でも振ってあげるといい。皆喜ぶはずだよ。私たちのように、彼らもベルの目覚めを待っていたからね」
手を振る、で思い出すのはテーマパークのパレードだった。パレードのような豪勢な華やかさや音楽はないが、彼らの瞳はそれを見るのと似ていた。
クラスでは目立つような方ではなかったし、目立ちたいという願望も特に持ち合わせていなかった。だからこれほどまでに注目されるのは人生で初めてだった。そんな初めての経験の中、手を振るというのはハードルが少し高い。
けれどベルが手を振ることで皆が喜ぶのなら、振らないという選択肢はベルの中から消え失せる。
右手をロセウスの毛から離し、胸の辺りで小さく手を振ることにした。本当なら頭上まで手を上げて大きく振った方がいいのだろう。しかしベルにそんな勇気はなく。ベルなりに頑張った結果、こうなった。
それでも、ベルの姿が見える位置の人々からは歓声が上がる。
歓声の中、耳を澄ませば、老若男女色んな人の声が耳に入ってきた。
――ベル様がこちらに手を振ってくださった
――ベル様と目があった
――召喚獣のロセウス様はいつにも増して凛々しい
――アーテル様とアルブス様は二匹揃うとさらに素敵ね
――ベル様とロセウス様、アーテル様、アルブス様が一緒にいるとこをもう一度この目で見られるとは
嬉しそうな会話を耳にする度に、ベルの心も温かくなっていく。ロセウスたちを一瞥すれば、誰もが自慢げな表情を浮かべていた。
パレードのようなものは、検問所のところで終点を迎えた。ベルが家のある街へ帰ってしまうことに残念な声が上がり、苦笑をしてしまう。
(明後日にはまた来るんだけど……。まあ今は言わなくてもいいか)
ラシードのお願いで、ベルは二日後に王都を訪ねることを約束していた。
ベルは最後に一度、大きく手を振った。
最初は恥ずかしいと思っていたこの行為も、検問所が近づくにつれ、恥ずかしさよりも楽しさが勝っていた。
街の人たちもベルへ手を振り返してくれた。
「行こうか、セス、アーテ、アル」
ベルたちは検問所をくぐると、再び走り出した。
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