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第一章

七話

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 検問所をくぐると、まるで中世ヨーロッパのようなレンガ調の街並みと、ベルたちの目的地である王城の一角が街の奥の方から姿を現した。ベルたちが家を構えている街は、どちらかといえば自然が多く舗装されていない土の道が多い。けれどさすが王都というべきなのか、しっかりと隅々まで舗装されていた。王都は何度もゲーム内できたことがあったが、やはりVRと現実では三百六十五度どこでも見られるという点は同じでも、感じるものが全く違った。

 検問所をくぐってすぐのメインの道の両脇には様々な屋台が並び、おいしそうな匂いがベルの鼻をくすぐってくる。食べ物の他にも雑貨や武器などを売っている店もあって、それが中央にある噴水広場まで続いているようだった。

 その大きな道を、ベルはアーテルに乗って進むことになった。人通りが多いということもあって、王都の中を召喚獣で全力疾走するのは些か難しい。だから王都までは徒歩で以降と、アーテルの背中から降りようとしたのだが、それをアーテルがよしとしなかったのだ。

 ベルとしては、王城へ行く前に色んな屋台を覗いてみたかったのだが、ロセウスとアルブスにも降りるなといわれてしまったので、仕方ないと断念した。

 道中は全力疾走だったので、アーテルにしがみついていたが、今の速度はベルが歩く速度とあまり変わらない。なので上体を起こし、普通に座ることにした。多少揺れはするが、そこは自前のバランス感覚でどうにかなりそうな範囲だったからだ。

 ベルを乗せたアーテルを中央に、右にロセウス、左にアルブスが横一列に並んで歩いた。道が広くてもさすがに横一列は幅を取り過ぎだろうと、三匹を注意しようとしたが、逆にベルの方がロセウスに注意されてしまった。

「ベル、周囲をよく見渡してみるといい」

 ロセウスに言われた通り見渡してみると、その理由がよくわかった。

 ベル・ステライトというナツゥーレの輝人が眠りから覚めた。

 検問所をベルよりも先に通り抜け、そのことを知って興奮をした人たちが街中に喋った結果がこれなのだろう。街はお祭り騒ぎのように賑わいを見せ、メインのこの道に一目でもベルを見ようと押し寄せてきていたのだ。検問所をくぐったときはまだどの屋台が何を売っているのかベルの位置から確認ができていたはずなのに、気が付けば左右の屋台が並ぶ前に人が大勢集まってきていて、今では屋台の屋根しか確認ができない。後ろを振り向けば、すでに道が塞がっていて、少しでも長くベルの姿を見ようと後ろをついてきていた。

「アーテルに乗っていなければ、色んな人に声をかけられ前へ進めないし、私たちが両脇に控えていなければ、ベルが通る道はもっと狭く通ることが難しくなっていただろうね。だからベル、大人しくアーテルの上にいなさい。いいね?」

 ロセウスの言っていることはまさしく正論だった。左右をロセウスとアルブスが固めていなければ、こんなにも悠々と歩いていくことはできなかったに違いない。それにしても、ロセウスたちがいて、ベルを見たさに群がるのはすごいと思ってしまう。なにせ三匹とも大型の動物並みに大きい。三匹が怖くないのかとも思い人々の顔色をそっと窺ってみるが、誰もが目を輝かせていた。次いで人々の視線の先にある三匹に視線を移す。そこでようやくベルは納得した。

 そうか、美しすぎるのだと。

 ベルの目から見ても、召喚獣である三匹は美しい。しなやかな体に、艶やかな毛、堂々とした佇まい。明らかに野生の動物とは違うものがそこにあった。元の世界での表現を使うとすれば、まるで三匹は聖獣のような神聖さがある、といったところだろうか。この世界に聖獣は存在しない。彼らはベルの召喚獣だ。それでもその聖獣のような姿が、人々に恐怖を与えない要因となったのかもしれない。

 ぞろぞろと人を引き連れて歩くこと約一時間。家から二時間で王城の中まで行けるかと思っていたが、ベルの想定内のことが起きすぎたせいで予定していた時間を過ぎ、ようやく王城の前へ辿り着くことができた。

 王城はいつ敵が襲ってきても大丈夫なように、山の上に建てられている。その山を丸ごと囲うように城壁があり、表門には何人もの騎士が姿勢を正して並んでいた。門に近づくと、一斉に最敬礼を示した。驚いて肩をびくっと揺らしてしまう。

 その騎士たちの中の一人が、最敬礼をしたまま門を開けるよう指示した。

 地響きのような音を立てながら、二枚の扉が開かれていく。

「ベル・ステライト様。ならびにロセウス・ウルペース様、アーテル・ティグリス様、アルブス・ティグリス様。どうぞ中へお入りください」

 どういった方法をとったのか、ベルたちよりも先に検問所から連絡が王城へ行っていたみたいだ。整列した騎士たちの中央を通り、門の中へ入った。ここでベルたちの後をずっとついてきていた人たちともお別れだ。王城の中には誰も入ってこようとしない。それは当たり前のことだったが、ずっと見られているせいで緊張をしていたベルは、そのことにほっと肩をおろした。

 最初は城壁から王城まで馬車での移動を勧められたが、元々アーテルの背に乗っていたこともあって、断ることにした。するとアーテルが嬉しそうに細い尻尾を揺らすのが視界に入った。

 先導をする騎士が馬に乗っていたこともあって、そこから王城の中までの移動はスムーズに行うことができた。

 城内に入ると、まるで城下街とはどこか違う、堅苦しい空気が漂っていた。先導を任されていた騎士から案内役を引き受けた男性のあとに続き後ろを歩いていく。さすがに城内でアーテルにずっと乗っているのはまずいだろうと、自分の足で歩くことにした。これに関しては街のときのように人が押し寄せてはこないから、ロセウスたちは何も言うことはしなかった。

 時折すれ違うメイドや侍従たちは、教育が行き届いているのか、不躾な視線を向けられることはなかった。しかしベルが通り過ぎたあと、後ろから視線を感じてはいたので、もしかしたらちらちらとこちらを見ていたのかもしれないが。

 目的の部屋の扉前に着くと、両脇に控える騎士たちに指示を出していた。ただの案内役と思っていたが、実は結構上の役職の人なのだろうか。

 騎士二人によって、扉は開かれていく。

 扉の先を覗けば、そこには広々とした部屋があった。

「お入りください」

 男性に頭を下げられ、入室をするための一歩を踏み出す。

 一歩、また一歩と歩くたびにベルのブーツがカツン、カツンと音を鳴らす。その音が部屋中に響き渡るほど、しんと静まっていた。部屋の中を軽く見渡し、人数を確認した。

 中央にある華美な装飾はないものの、明らかに材質のよい机に肘を乗せ指を組み、椅子に腰をかけている老人、つまりは国王の傍に四人の男性が立っていた。

 国王はベルの姿をその瞳に捉えるなり、翡翠の瞳に歓喜の色を映し出す。椅子からゆっくりと立ち上がると、深々と頭を下げた。

「お目覚めを心よりお待ちしておりましたぞ。ベル様」

 最後に国王の姿を見たのは、ベルからしたらつい数日前でも、国王からしてみれば十年振りなわけである。想像していた姿より皺が幾つも増え、金色の髪に白髪も混じっていた。それでもその威厳ある声は、どこも変わらない。

「顔を上げてください。エドアルド様」
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