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第一章

三話

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 ベルが十年の間眠っていたことによって起こった障害が一つ。それはナツゥーレの総戦力の低下だ。他の四つの国にはそれぞれ輝人が一人ずつ存在している。彼らとはもちろん面識もあるし、それなりに仲もいい。ナツゥーレを含む五つの国が平和条約を結んだということは、今のところ国同士の戦争は起こらないとみて大丈夫だろうと判断できる。それでも、起こる可能性は決してゼロパーセントではないのだ。これから先ずっと平和に暮らしていきたいと考えるのならば、ベルが目覚めたことを国に伝え、他国に発信してもらうのが最善だ。

 顎に片手をあて、確認をするように三人の顔を順に見ていった。

「となると、やることは二つかな? 国王への謁見と、他国にいる輝人四人へ目覚めたことの伝達。本当は四人と直接会った方がいいかもだけど、優先するのは、伝えることだし」

「お嬢の言う通り、国王に会いに行くことを最優先した方がいいかもな。そうすれば、国王がすぐに他国へお嬢が目覚めたことを勝手に広めていってくれるはずだ」

「アル、そんな勝手にって……」

 相手は国王だ。アルブスの言い方は流石にまずいだろうと思い諫めようとするが、それを遮るようにアーテルが同意を示した。

「勝手に、でいいんだよ、お嬢。国王もお嬢の目覚めをずっと待っていたんだ。もちろん国の為に、だけれどね」

 どこか棘のある言い方に思わず首を傾げてしまう。ロセウスに視線を投げれば、二人の意見を肯定するように頷かれてしまった。ベルが眠っていたというこの十年間に何かあったのかもしれない。理由を聞きたくもあったが、それをすれば話が脱線してしまう。ならばそれは後回しにしておくべきだ。頭の片隅に聞きたい欲をおいやり、話の続きを促した。

「その際に、他国にいる輝人へ伝達を頼んでおけば問題ないさ。むしろ率先してやってくれるに違いない。どの国も輝人への繋がりを少しでも欲しているだろうから」

「それは他国の輝人でも?」

 ロセウスの言い方では、まるで他国の輝人との繋がりさえも欲しているように聞こえた。他国の輝人は様々な理由があることから、今住んでいる国から住処を変えることはない。それは国の上層部も把握していることである。なのになぜ、繋がりを欲するのだろうか。

「ああ、その認識で間違いはないよ。他国とはいえ、輝人は輝人だからね。まあ、仲良くしておくに越したものはない、ということさ」

「へえー、そういうもんなんだ」

 ゲーム時代にはなかった、ベルの考えが及ばない様々なことが関係してくるのだろう。このことに関しては深く掘り下げても意味のないことだと判断し、考えることを途中で放棄した。

「お嬢、どうする? お嬢がすぐにというのなら、今から国王に会いに行くこともできるけど」

「俺たち的には別に急ぐことはないから、そこはお嬢の判断に任せるよ。お嬢はまだ目覚めたばっかだし、体を休めることも大切だからな」

「いや、目はばっちり覚めているし、早めの方がいいとは思うけど……。そんなすぐに謁見できるものなの? 相手、国王だよ? トップの人だよ?」

 ゲーム中ならそんなこと、気にする必要はなかった。けれど今は現実だ。国のトップの人にすぐに会うなんてことは中々難しいだろう。

 それにゲーム中では会っても中身がAIだということもあって、然程緊張をしていなかった。しかし今は現実。国王も実際にいる人となる。元の現実世界で雲の上のような人と会ったことがなかったので、会いに行くことを想像するだけで緊張してきてしまう。

 ベルの緊張を察したのか、隣に座っていたロセウスが軽く肩を抱いてきた。VRとはいえ、五感を完全に再現するのは難しく、ゲーム中はどれだけくっついても温かみを感じることができなかった。触っているという感触はあっても、それがどういった触り心地なのか、冷たいのか熱いのか。そういったものを感じることができなかったのだ。

 それが現実となった今、確かな温もりが服越しに伝わってくる。一人ではないということを、この温もりを通して改めて実感させられた。頭上にあるロセウスの顔を見上げれば、優しい眼差しでベルを見ていた。

「大丈夫だ、私たちがいる」

 自信を持った口調ではっきりとロセウスが断言をしてくれた。

「うん、そうだね」

「それにな、お嬢。お嬢は少し勘違いをしている」

「勘違い?」

 一房だけ長い白い髪を人差し指にくるくると巻き付けながら、アーテルはそうだよ、と教えてくれた。

「お嬢は庶民で、国王は貴族よりもさらに上の存在、つまりはトップ。地位的には明らかな差がある。そう思っているんでしょう?」

「うん」

「けれどそこが勘違いしている箇所なんだ。お嬢はこの世界にたった五人しかいない輝人でもある。それはどんな地位よりも上にいるということを意味するんだ。発言も、力も、ね」

 要するに、輝人は国王より偉い、ということだろうか。確かに力だけでいえばこの三人がいれば、そこらにいる人たちに負けない自信がある。でも発言まで通るというのは些か力押ししているようでならない。その考えに行き当たり、まさかと思ってアーテルに視線を合わせればにっこりと微笑まれてしまった。

「つまりお嬢は、国王相手に萎縮しなくても大丈夫だよってこと。お嬢が国王に会いたいっていうのなら、会いにいけばいい。国王はどちらかといえばお嬢に謁見する立場だからな」

 それはベルの考えていたことがあながち間違っていないということを意味する。通りで先程から謁見という単語を使わないはずだ。謁見というのは目上の人に会うときに使う言葉。つまりベルは国王に使われる立場なのだ。

 まさか自分がそんな地位についていたとは知らず、内心渇いた笑みを浮かべた。あまり知りたくなかった事実に目を背けたくもなるが、現実問題そうすることは難しい。自身の気持ちはとりあえず頭の片隅に避けておくことにした。

「わかった。だったら、今日行くことにする。だから誰か背中に乗せていってほしい」

 善は急げとよく言うし、嫌なことは早く終わらせておくに限る。

 窓から見える空の色からしてまだ昼を少し過ぎたくらいだろう。家を構えている場所は王都ではなく、一つ隣にある街の片隅。ベルの知識では、ここから王城まで三人のうち誰かの背に乗れば、二時間ほどで辿り着けるはずだ。

 それに誰かの背中に乗るということは、召喚獣である三人のうち、獣化した誰かの毛皮を思う存分堪能できるということでもある。もふもふ好きなベルとしては、たまらなく至宝な時間とはいえるだろう。もちろん断られないという前提もあるのだが、そこは問題ない。なぜなら、三人の目は自分を指名してほしいとでもいうように、キラキラと目を輝かせていたからだ。

 ベルとしては堪能できるのなら誰でもよかった。

 しかしベルを自身の背中に乗せたがった三人の召喚獣は、ベルが外出をするために服を着替えに私室へ戻った間に、じゃけんで勝者を決めるという謎の白熱した戦いをしたというのはここだけの話だ。
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