悪役たちの鎮魂歌

いちごみるく

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3.ピーターパンのフック船長

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まさか、あんな人だとは思っていなかった。
ニコニコした人好きのする顔で子供たちを殺すキチガイだとは思っていなかった。
信じてこの世界に来てしまった自分がばかだった。
大人になってしまい、もう二度と帰れないなら、自分が止めよう。
出来るだけ沢山の子供を救おう。
ピーターパンを殺そう……。




「僕と一緒にネバーランドにおいで。」
自分の影を追いかけて、部屋に入ってきた少年―――ピーターパンはそう言った。
母親と喧嘩して、困らせてやろうと思っていた故、付いて行ってしまった。
これが悪夢の始まりだとは思いもせずに……。

ネバーランドは楽しかった。
沢山の自分と同じくらいの子供たちがいた。
お調子者のスミ―にしっかりもののお姉さんリリー。
リリーは少年たちの母親役だった。
インディアンに人魚たち。
見たこともない生き物とも遊んだ。
ピーターパンをリーダーに、毎日毎日冒険をした。

ある日、リリーがピーターパンに呼ばれた。
なんだろう?
興味に勝てなかったスミ―と二人が入っていった部屋をこっそりのぞく。
そこは、開かずの部屋だった。
いつも鍵がかかっていて、ピーターパンも開けようとしない部屋。
少し開けた隙間から見えたのは、天井からつり下がった幾つもの血だらけの死体だった。
血の滴るその部屋の真ん中でピーターパンはナイフを握っていた。

スミーを連れてその家から逃げ出した。
あの一瞬で分かったことは、ピーターパンが人殺しで、リリーも殺されたってことだけだった。
走って、走り続けると、海岸に出た。
そこにある岩の洞窟で二人で縮まって休んだ。
ピーターパンへの恐怖とリリーを失ったことへの悲しみに押し潰されそうになりながら……。

そのうち、落ち着くとあの家に残してきた仲間のことが心配になった。
2人で考えた。
あの家に戻れば、ピーターパンに口を封じられる可能性がある。
それでも、もう誰かが死ぬのは見たくなかった。
2人で練りに練った計画で、ピーターパンを誘きだしそのうちにみんなを連れて逃げようとした。
家に戻った僕らに仲間が掛けた言葉は
「君たち誰?」

え?
頭には?が浮かぶばかり。
確かに、こいつは……こいつらは、数日前まで一緒に暮らしていた仲間だった。
見間違えるはずもない。
「あーあ、お帰り。僕を殺そうと思ったらしいけど残念だったね。」
恐怖で半分も聞こえない声は……この聴きなれた声は……。
カチコチになった体で必死に振り向くとニヤニヤと嗤っているピーターパンとティンクがいた。
「みんな、海賊だ。海賊が僕たちを殺しに来たよ!」

それなりに運動神経が良かったから避けれたが、問題はスミ―だった。
攻撃を全てよけられたピーターパンは攻撃の的を後ろにいたスミ―に変えた。
――――庇わずにはいられないのを知っていて。
元仲間たちの歓声の中、右手が落ちた。
ピーターパンのナイフによって。
激しい痛みが襲った。
傷口から血がドクドクとあふれでてくる。失血のショックと痛みで意識がとびそうになる。
「ピーターパン万歳!!!」
そんな歓声が飛ぶなか、ティンクが言った。意識が薄れゆく中彼女の声だけはっきりと聞こえた。
「妖精の粉はすてきでしょ。」
ティンクの最後の言葉がもう誰も救えないことを教えてくれた。
必死の思いで2人で洞穴に戻ると止血をした。
それでも腕がない状態は何かと不便だった。
スミ―が「ごめんね。」と海で拾ってきたフックを手に付けた。

もう元の世界に帰るすべもない。
それならば……それならば……ここに楽園を作ろう。
子供も大人も暮らせる世界を……。
「誰も正面から救いに行けないなら、ピーターパンから奪えばいいんだ。殺される前に……。」
そう……彼らは海賊と呼んだ。
それならば……利用してやろう。
ピーターパンから全て奪う者――――フック船長の誕生だった。

船はネバーランドの木から作った。
最初はただの子船だったけど仲間が加わるにつれて大きくなっていった。
ピーターパンから奪った子供達は最初は抵抗したが、ティンクの妖精の粉をかけられることが無くなり正気を取り戻していった。
ティンクの粉は記憶を左右する薬――――――麻薬だから。
ティンクの粉を浴びなくなった者たちは次々と思い出していった。
大人になった仲間たちの死を……。

仲間も増えてきた。
順調だった……はずだった。
「うわぁー、ホントに海賊がいる!!!!ネバーランドって凄い。」
新しくピーターパンが連れて来た綺麗な女の子は言った。
「リ……リー……。」
思わずつぶやいてしまった。
違うとはわかっていたのに……。
振り向いた顔は記憶の中の顔と一緒だった。

彼女の名はウェンディ。
リリーじゃない。
頭の中で分かっていても、心じゃ理解できない。
彼女だけは助けたかった。
もうあんな悪夢は嫌だった。
滅多刺しにされて血まみれになった彼女を見たくなかった。
それでも彼女はこう言った。
「私、大人になりたくないの。」

ピーターパンはちゃんと迎えに来た。
さらわれたウェンディ達を救いに。
シナリオ通りだ。
ピーターパンと刃を交えた時彼はぼそっと言った。
「そっくりだろう……何と言ったっけなぁ……きみと君と仲良くしていた子に。あの子の代わりにみんなの母親になってもらおうと思ってね。」
殺した子の名前なんて覚えていないよ―――そうピーターパンは笑った。

覚えて……いない?
なんで?……殺したのに?
リリーはお前のことしか見ていなかったのに?
こっちを向いてくれることはなかったのに?
怒りが全てを飲み込んだとはこのことらしい。剣をピーターパンに向かって振り回す。
ピーターパンは避けて、避けて、奴に向かって突き出した剣の上に立った。
まるで、サーカスの綱渡りように……。
「殺す気はないよ、ウェンディのこと。」
ピーターパンはぼそっと言った。
「母親役見つけるのめんどくさいし。」
ピーターパンはそう言った。
「だからさぁ、今日はひいてくれない?じゃないとウェンディ殺しちゃうよぉ。」
挑発するようにニコニコしていた。
こう言えば引かざるをえないのを知っているくせに。
退避―――そう皆に命令する。
彼女を守るために……。


「やあやあ、―――君。」
ピーターパンが久しぶりにやってきた。
やつは二人きりの時だけ本名を呼ぶ。
もう誰も呼ぶことのないこの名を……。
これなんだと思う?と差し出してきたのは、どす黒い赤で染まった丸いもの。
嫌な予感がした。
「正解はねぇ―――ウェンディのお目目だよ。綺麗だよねぇ。」
ああ、やっぱり狂ってる。
俺もお前も。

「殺さないと……殺さないと言ったではないか!」
ああ、そうだった。
こいつはサイコパスだった。
約束なんて守るわけなかった。
それでも信じてしまったのは、あいつは一度も子供達に噓をついたことがなかったからだ。
あいつは子供とした約束は必ず守った。
異常な程に……。
ある一つの考えが頭に突然浮かんだ。
そうだった、俺はもう子供じゃなかった……。

刃が交わる中、ピーターパンはうめくように言った。
「ウェンディが帰りたいって言ったんだ。帰ってほしくなかったのに……。」 
ああ、なるほど。
皮肉なものだ。
俺はリリーに恋し、お前はウェンディに恋をした。同じ顔でも異なる性格。
おしとやかなリリーに、お転婆なウェンディ。
「まるで、俺達みたいだな。顔が同じなのに性格が違うなんて。なぁ、ピーターパン、いや叔父さん……。」
目の前の不幸な叔父を見つめる。
彼は憎々しげに見つめ返していた。




小さい頃会ったことがあった。自分とそっくりな少年に。確か……祖父の葬式だった。まるで鏡の前に立ったかのように自分と一糸も違わない少年が時分の叔父であると知ったのはもっと先のことだった。
彼は不幸な人間だった。
小さい頃患った病で、体の成長が子供のまま変わってしまった。気味悪がられ、誰からも愛されず、誰も愛されなかった彼が唯一持っていたものはお金だった。




ピーターパンは熾烈な攻撃を繰り返した。
怒りの表情で。
剣の才能は彼に味方した。
グサッ
小さな効果音と共にピーターパンの刃が体を貫いた。
不思議と痛みは感じなかった

薄れ行く意識の中、ピーターパンが叫ぶのが聞こえた。
「ついにフック船長を倒したぞ!」
そして広がる歓声。
沢山の暴言と共に投げられた石や木の枝は体を傷つけた。抗う気力すら無かった。
暫くして子供たちとピーターパンは気が済んだのか、森へと帰ってしまった。

スミー、あとは頼んだぞ。
沢山の子供たちを助けてくれ。

子どもたち、大人になるんだ。
運命に抗うんだ。

そして、ジョンにマイケル。
姉の敵をうちたければ来い、ネバーランドへ。

そんな風に本人達に届くわけでもないのに頭で伝えて、意識を手放した。
深い深い闇の底へ落ちて行った。

小さな島の大きな木に一人の少年が腰を掛けていた。
「あれー、君たち見たことある気がするなぁ?」
「久しぶり、ピーターパン。姉さんがお世話になったね。」
ピーターパンはハッという顔をした。
「僕らはフック船長の意思を継いで、お前を倒してみんなで大人になるんだ!」
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