悪役たちの鎮魂歌

いちごみるく

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2.ラプンツェルの魔女

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私には生まれた時から母が居なかった。
私を産んだ時に体の弱かった母は死んでしまったという。
周りからは、母を殺した悪魔と罵られた。
それでも、父も姉も慈しんでくれた。
幸せだった。

幸せは長く続かない。
重い重い病気にかかった。
高熱が出て、体に激痛が走った。
顔には沢山の痣が出た。
姉も同じ病気にかかった。
うつしてしまった。
村人たちは、うつるのを恐れてか村から追い出した。
罵倒や投げれられる石とともに。
父と病人二人。
各地を転々とした。
その疲れか、父は亡くなってしまった。
病気の娘二人で何が出来るだろう。

ある山の中で疲れに疲れ休んでいた。
優しい医者が拾ってくれた。
薬草を摘みに来ていたという。
迷惑な病人の私達の世話をしてくれた。
温かい食事をくれた。
人の優しさに久しぶりに触れた。
信じていた。
医師はひとまず姉に調合したという薬をあげた。
姉はみるみる治っていった。
痣がひき、元の綺麗な顔に戻っていった。
私にも薬をくれた。
治った。
治ったけど、顔は醜く変形した。

それでも、姉は慈しんでくれた……。

何日か寝込んでいた。
その間に姉はいなくなっていた。
医者に聞いても、いきなり居なくなったと言う。
医者を信じていた。
私の顔を治そうとしてくれた。
でも、その夜聞いてしまった。
「姉の方は高く売れた。妹の方も傷が治り次第……。まあ、姉の半分にも満たないだろうが……。」

後は何があったか覚えていない。
とっさに近くにあった花瓶で医師の頭を叩き割った。
何度も、何度も。
動かなくなるまで殴った。
そして、血まみれの私一人が残った。

血だらけのその姿で雨の降る中、外に出た。
そして嗤う。
信じて、騙されてしまった自分に。
この雨が涙を、血を、殺意を隠してくれると信じて。

村の人たちはこう語った。
あの女は魔女だと。
人を殺し、雨の中高らかと笑った魔女だと。

姉を迎えに行こう。
そう決意した。
どこにいるか分からない。
私のことを分かってくれるか分からない。
それでも、探しに行こう、そう決意した。

くそ野郎の家の中をくまなく探した。
姉さんをどこに売ったのか。
その情報を知りたかった。
姉を売って得たと思われる大金はあった。
でも、それ以外は何も無かった。

村人に聞こうにも、みんな私を怖がって家から出てきもしない。
たまたま、畑で働いていた農民に声を見つけ、声をかける。
帰ってきたのは、返答の代わりに、沢山の悪意だった。
「魔女めが。この村から出ていけ。」
そうして投げつけられた石は、顔にも心にも消えない傷を残した。

帽子を深く被って、城下町を歩く。
情報が欲しかった。
姉が何処にいるのか聞きたかった。
歩いていた時、ある仲の良さそうな男女とすれ違う。
懐かしい顔に驚いて、女性の服の袖を掴む。
「……お……お姉ちゃん。」
着飾った姉はぎょっとした顔をする。
「なんで……?」
喜んでいるのだと思った。
真っ青になっていることには気がつかなかった。
「どうした?妹か?」
そう言って、男のほうが聞く。
姉は黙ったままだった。
気がついてないのかと思い、帽子を外す。
姉は絶望した顔をし、男の方はぎょっとした顔をする。

「どうしたの、お姉ちゃん?」
黙ってしまった姉に向かって聞く。
そんな私に対して姉は冷えた目でこう言った。
「あなた、誰?」
その目は冷えきっていた…。   
「もしかして……お前のことが好きなんじゃないか?」
そう聞く男に対して姉はこう答えた。
「嫌だ。気持ちが悪い。」
軽蔑の目でこう言った。

笑っている二人をナイフが切り裂いた。
恐怖の顔をしていた姉にバイバイと微笑んで、切りつける。
どのくらい経っただろうか?
返り血で真っ赤に染まった自分が血溜まりの中に居た。
野次馬たちがこう罵った。
魔女と。

いたたまれなくなって駆けだした。

各地を転々とするが、どこでも魔女と石を投げつけられる。
私は誰からも愛されない。
生きる意味を見つけることができない。
誰からも愛されないなら……。
せめて、愛せる存在、自分が生きていた証拠が欲しい。
自分の子供が欲しい。

でも、誰も恐れて近づかなかった。
孤児院で引き取ろうにも、魔女と罵られる。
誘拐は心が痛んで出来なかった。

結局、最後にたどり着いた村で一人寂しく暮らすこととなった……。
その村では誰も近寄らなかったけれど石を投げてくることはなかった。

ある夜、隣の家の男が育てていた野菜を盗みに来た。
男は妊娠している妻にあげるのだという。
どうしてもと言う男に言った。
「代わりにこれから生まれる貴方の子供を頂戴。」

かわいい子だった。
「お母さん。」と、呼んでくれる女の子だった。
育てていくうちに愛情も湧いてきた。
本当の我が子のように育てた。
何度も望んだ私の子供だから。
年を重ねるごとに可愛くなっていく娘を守るために塔に閉じこめた。
愛しい我が子よ、一生私のもの。

名はラプンツェルとつけた。彼女のおろかな父親が盗もうとした野菜と同じ名前を……。

娘は年をとるごとに美しく育っていった。
その青い瞳と金髪の長い髪は美しかった。
特にその金髪の髪はとても長く、最初はロープを使って出入りしていたのを、代わりにその髪を使うほど長くなっていた。
髪を代わりに使うことでラプンツェルが脱走する恐れがあったが、我が娘はおとなしく脱走などしなかった。
だから、安心しきっていたのだ。

10歳を過ぎた時だろうか、毎日夜帰ってくると娘がそわそわしているようになった。
思春期によくあることだと思ってた。
ある日、帰ってきた私にこう言った。
「お母さん、最近お腹がきつくて苦しいの。新しい服を頂戴。」

ラプンツェルは妊娠していた。
なぜ?相手は……?
ああ、なんということ……。必死で育ててきた娘なのに……。
抑えられぬ怒りで、男と引き合わせたラプンツェルの長い髪を切り、誰もいない砂漠へ追い出した。

ラプンツェルをたぶらかした男が何も知らずいつものようにやって来た。
その男は、王子様だった。
よくも、私の子をたぶらかしてくれたね。
真実を伝えると、男は絶望で塔から落ちていった。
そうして、ふらふらとどこかに行ってしまった。
後には、男が落ちた時に彼の目から飛び出した目玉が二つ残っていた。

追い出して、少しして後悔した。
大事な娘だったのに……なぜ追い出したりしたのか……。
何度も何度も悔いた。
それでも、娘は帰ってこないのに、大声で泣いた。
その声を聞いた村の人たちは、魔女だと言った。

ある日、その扉が叩かれた。
もしかしたら、ラプンツェルかもしれない。
嬉々として開けた扉の前に立っていたのは……王兵だった。

王都に連れていかれ、見せ物にされる。
「魔女。」
そう呼ばれて、人々に投げられたものが当たる。
額から流れ落ちた血が口に入って鉄の味がした。
今まで同じ様な事を受けてきたから、つらくはなかった。
それより、何が何なのかが分からなかった。

ある晴れた日、処刑場に連れていかれた。
そこには、ラプンツェルと王子がいた。
嬉しくて近寄ろうとするも、足枷が邪魔をする。
より美しくなった娘の顔には軽蔑の表情が浮かんでいた。
「どうして?」
その瞬間、大きな斧が首をはねた。

魔女の死体は王家の墓に埋められた。
「育ててくれたことだけは感謝している……。」
王妃は墓に向かってそう言った。
まだ、魔女を本当の母だと信じていた。

結局、この魔女は二つの名を残した。
一つは、世界一恐ろしい魔女。
もう一つは……

愛情ぶかき婦人。



この不幸な魔女の話は、後も語られることとなる。
王妃の母親として……。
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