悪役たちの鎮魂歌

いちごみるく

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1.白雪姫の継母

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初めて見たとき、なんて美しい子だろうと思った。
名前の通り、雪のように白い肌に、黒檀の窓枠のように美しい黒髪。
本当の母と子ほど年は離れていないけど自分の子のように大切にしようと思った。
愛しいあの人の子だったから。
いつか生まれるだろう私の子とも仲良くしてほしい。
そんなはかない夢さえ抱いていた。

私の一族は許さなかった。
「子供を産め、前妻の子を孤立させろ。」
でもやっぱり愛しかった。
親に会うたびに詰られても、義娘がその傷を癒してくれた。
前妻ほどの寵愛は得られなかった。
子を孕まなかった。
それでも良かった。
義娘もは私に本当の母親のようになついていてくれた。
我が子が愛しかった。
親から本当に愛されたことのない私は私に分かるだけの最大の愛を注いだ。
娘もなついてくれた。
夫は仲良くしている継母と子を愛しいものを見るように見つめた。

私は20の誕生日、親から魔法の鏡を、幼い義娘から髪留めを貰った。
魔法の鏡を自室に、髪留めは常に付けていた。

鏡は魔法を使った。
親だけでなく鏡までもが責め立てる。
呪いのように繰り返す。
「子供を孕め、前妻の子に孤立を。」
何度外しても、元に戻る。
何度叩き割っても、元に戻る。
追い詰められていた。

あまりに子ができないのを不思議に思って、こっそり受けた健診で告げられた。
「あなた様には子供が出来ません。」

ついに夫が亡くなった。
最後の言葉は「やっと愛しい人に逢える。」
私を見ていなかった。私を通してもういない愛しい人を見ていただけだった。
偽りでもよかった。
偽りと分からなければ。

嫡男のいない王に代わって私の一族が権力を握った。
我が物顔で王宮に居座り、母と義娘の時間でさえも邪魔をする。
ある日、父が言った。
「いつまであの娘に肩入れする気だ?お前がやらないならその時は……。」
私が傷つけなければ、あの子は……。
もういい。
どうせ、家でも王宮でもはみ出し者の自分だから。
嫌われてもいい。嫌われてもいい。
貴方は生きて幸せを掴むのよ。
そのためになら、なんでもする。

次の日から義娘をいじめ抜いた。
ドレスを取り上げボロ服に。
おもちゃを取り上げモップに。
嫌味もたくさん言った。
義娘の瞳に写る感情は敬愛から憎しみに変わった。
いじめては後悔に苛まれて自室で泣くこともしばしばだった。

ある日私は政務のため、王宮を数日留守にした。
そのすきに両親は義娘を追い出した。
憎かった。
自慢げに言った両親の顔をぶん殴りたかった。
そんなことする権利は無いとわかっていたけれど。

魔法の鏡が教える。
「あの子は生きているよ。しぶとく生きているよ。森の中で小人たちとともに暮らしているよ。」
生きていてくれことが嬉しかった。
抱きしめに行きたかった。
また一緒に笑いたかった。
でも、ここよりそこのほうが安全だから。どうか幸せに。

両親は満足しなかった。
「いつになったら殺すの?」
そう尋ねる。
ああ、そこも危ない。
飾り紐に毒の櫛。
先手を打った。あいつらが殺さぬうちに。
飾り紐には伸縮性のある素材を、毒の櫛には弱く解毒しやすい毒を。
そして、100年死んだように眠る眠り薬をリンゴに。
100年経てば私も、あいつらもいない。
やっと幸せになれる。

魔法の鏡は言った。
「あの子はとうとう死んじゃった。」

数日後、またもや魔法の鏡はこう言う。
「あの子は眠りから覚めた。隣の国の王子様と幸せだ。」
どうやら、あの子は幸せらしい。
100年の呪いは解けたけど……。
良かった。
やっと幸せになれたんだ。

隣の国での結婚式。
せめて一目と、こっそりあの子の晴れ姿を見に行った。
許してもらえはしないけど。
また抱きしめることはできないけど。
あの子は私を見つけると、笑った。
私を許してくれるの?
笑って近づこうとすると後ろから兵士たちに羽交い締めにされた。
なぜ?
あの子の笑いは嘲笑だった。
ああ、やっぱり許してくれないのね。
私の前に真っ赤に焼けた鉄の靴。
あまりの恐怖に逃げようとするが、兵士たちは強かった。
「早くやれ。」
私の足は熱さに耐えかね踊りだす。
熱い。
あなたはそんなにも辛かったのね。
私の愛しい子。
幸せに。
そうつぶやくと意識を手放した。
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