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第4章 バーティミアス

44. 精霊喰い

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「なっ‼叫び声!?」

……ギャァァァ!……
……ニンゲン!……
……イヤァァァァァァ!……
……コナイデ!……

「⁉ 急にこれはなんだ! ……急に何かの叫び声が聞こえる……兄上!」
 壮絶な叫び声に過敏に反応するヴァレリーと対照的に平然としているヴァレドローズ。
「まあ……これから起こることを静かにみてな! 兵士の誕生の感動シーンだ!」
 ヴァレドローズはヴァレリーに黙って静かに見るように指示する。檻に入った兵士は光を追いかけて……なんと光を精霊を素手で捕まえたようだ!

……イヤッ! ハナシテーー!……
……イタイ!……イタイッ!……

 嫌がる精霊の声が響き渡る! 抵抗し逃げようと躍起になっているが人間の力に抗うすべがない精霊。
「うるさい! バタバタするんじゃない。チョロチョロしやがって! 静かにしないんだったら……こうしてやる!」
 檻の中の兵士が精霊を捕まえるともう片方の羽根をおもむろに鷲掴みにしている。ミシミシっと音がするそのたびに精霊は悶え苦しんでいる!

……イタイッ! ヤメテ! ヤメテ‼……

 泣きながらやめてくれと叫んでいるが兵士は精霊の声など気にもとめず鷲掴みの羽を一枚、また一枚と羽を一枚びらっとさせては一枚の羽の先をつまんでいる。
 指を根本にするりと滑らせ一気に力を入れる!
 その空気を敏感に察知するヴァレリーは嫌な予感しかしない!慌てるヴァレリーが叫ぶ。
「まさか……まさか羽を⁉ やめろっっダメだ! 精霊が死んでしまう! やめろー‼ 兄上、やめさせてくれ!」
 ヴァレリーの叫びも虚しく兵士は目を見開いて羽根の根本にグッと力を入れた次の瞬間、兵は叫びながら残虐な行為に手を染めていく。
「うるさいやつめ! チョロチョロできないようにしてやる!」
ミリミリミリッ!
 羽根の根元がきしむ音がすると同時に、涙を流しながら悲痛な痛みを!声を精霊が叫び続けている。

……イヤァ! イタイイタ‼ ヤメテヤメテ!……

 兵は無理やり引っ張り続けているがここぞとばかりに力いっぱい兵が根本から羽を引きちぎる!
ブチブチブチ!

……ギャァァァ‼……

「⁉」
「っ………」
 絶叫に近い叫びにヴァレリーが絶望に心を痛めると、兵士は無理やり引きちぎった羽根を口に入れて噛み砕き飲み込み! なんと……喰らっている!
パァァァァァァ……
 羽根を喰らった兵士の体が光だし途端に不思議な力がみなぎってくる。
「はあぁぁ……気持ちがいい。力が溢れてくる! ははははっ! ヴァレドローズ様……ゲインセイ様ありがとうございます!」
 そう言いながらむしゃむしゃと羽根を食べすすめると、欲を出した兵士は未だに手のひらに捕まえた精霊を見ながら舌なめずりをする。
「羽根を喰うだけでこれだ! こいつを喰ったらもっと強くなれるはずだ!」
 もはや兵の目が正気じゃない!手に握った精霊を美味しそうに見ている!もはや怪物……魔物だ! こんなの人間じゃない!

……イヤァァ……イタイ!……
……コナイデ!……タベナイデ!……

 にやっと笑い、舌なめずりをした兵士が次の瞬間!
バクッ! バキバキバキバキ……
ブチブチブチッ!
ゴクン……ゴクン……
 あろうことか精霊を頭からまるごとかぶりつき喰いちぎられる。そして兵の歯で噛み砕かれて飲み込まれていく。精霊に対する凄惨な現場にヴァレリーは耐えられない! 必死に兄に話すヴァレリーだが……聞く耳を持たないヴァレドローズ。
「あぁっ! こんな事今すぐやめてくれ兄上! みんなを止めてくれ! 精霊を助けてくれ……兵達もみんな正気なんかじゃない!」
「……なんだヴァレリー……精霊喰いすれば力が入るのだ! 力を手に入れ豊かな国を作って何が悪い。喰らうだけで力を手に入れられる。なんて単純で簡単じゃないか? アイツらが土地を明け渡すまではこちらは辞めるわけにはいかないんだ!」
 頑なにヴァレドローズにヴァレリーが膝まづいて懇願するが必死なヴァレリーに……冷たい口調で問う。
「精霊とは対話でなんとか和平を望めます! こんな酷いことは今すぐやめにしてくれ!」
「なぜ……対話で和平を望めると思うのだ? 対話などあちらが姿を見せぬのだ……話にもならんな! 奴らを根絶やしにし我らが国を栄えさせ、なにが悪い!」
「兄上! どうかどうか……」
 必死なヴァレリーの姿にふと……失踪前のヴァレリーの事を思い出すヴァレドローズ。あの時もヴァレリーは精霊との対話を望んでいたが、戻ってきてますます対話を望むとは……何か意図があるのか……
 しばらく沈黙していたヴァレドローズが帰城してからの様子に疑問をいだきヴァレリーに問う。
「ヴァレリー……私に何か隠していることでもあるのか?」
「⁉……兄上には……話したいことがたくさんあるが聞かれたくない人がいる。ゲインセイ殿の事はまだ私は信用できないんだ! 席を外してもらいたい!兄上と二人だけで話をさせてくれ!」
 必死な様子のヴァレリーにやれやれと思いながらもヴァレドローズはため息をつきながら要求通りゲインセイを下がらせた。
「ゲインセイ、お前はしばらく下がれ……呼ぶまで近づくな」
「………………」
 そういうとゲインセイは無言でスゥっとその場から居なくなる。すると居なくなった瞬間、フッと体が軽くなる。禍々しい空気が嘘のようにその場からなくなっていったのだった。
 居なくなったことを確認しヴァレドローズが語りかける。ヴァレリーはこれまでの事をヴァレドローズに打ち明けることにした。

「何を隠しているのだ。血分けた兄弟ではないか? 何を隠す必要がある。言えないことなのか?」
「……まだ兄上に伝えていない事があるんだが実は私には妻と子供がいるんだ……」
「なっ……なんだと!」
 それを聞いた瞬間、ヴァレドローズは衝撃が走るが……それと同時に険しかった顔が一変してほころんで喜んでくれる。
「なんだと! まさかお前が……いつの間に⁉ 喜ばしい事ではないか。お前が結婚?それに子供がいるだと……なぜ、なぜ私に帰還と同時に伝え紹介してくれないのだ!」
 驚くヴァレドローズに静かにヴァレリーが兄が思う精霊に対する疑問を投げかける。
「兄上は精霊は嫌いなのか?」
「いいや……精霊は嫌いというわけではない。我が国が広くなるために、盤石になる為に領地さえ明渡してくれさえすれば精霊には危害は加えない」
「説得さえできれば……ホントに危害は加えないと約束できるのか?」
「ああ。だからそうだと言っている。だがなぜ精霊なのだ? なぜ先程から精霊、精霊と一体何なのだヴァレリー?」
 意を決してヴァレリーがこれまでの事を打ち明ける事にした。崖から転落し、精霊達に世話になり精霊界で過ごしたこと。そしてその世界でたくさんの精霊の優しさに触れたこと。そして……
「実は……私の妻は精霊なのだ。娘と息子も私と精霊の血をひいている……」
「まさか⁉」
 ヴァレドローズはヴァレリーの話にさらに衝撃を受けて驚いている。まさか弟が精霊と結ばれ、子を成したなど……そんなことが可能だとは! それに家族までいる。この領地争いは平行線だと思っていたが精霊と対話が可能だと?
 ヴァレドローズは混乱しながらも話を整頓し冷静さを取り戻したうえで静かに口を開く。その言葉にヴァレリーはきっぱりと答える。
「ヴァレリー、お前の嫁や子供には私はすぐにでも会えないのか?」
「それは……兄上には会わせてあげたいさ! だが……今のこの精霊喰いを推奨するのであれば俺は兄上には紹介できない! 精霊は家族だ……今のこれは彼女達にはツライ悲劇だから!そんな悲しい思いを家族にさせたくない……」
 確かに……精霊側のヴァレリーからすると同胞が無差別に痛めつけられて喰われていれば、警戒心が強い精霊がことさらでてくるはずもない……
 だがヴァレドローズは自分の姪や甥に当たるヴァレリーの……いや自分の家族には会いたいと思う気持ちが勝っている。この世で肉親と呼べるヴァレリーの家族に。
「血の繋がりのある姪や甥に合わせてはもらえぬか? 危害は加えないと約束しよう。それに私がお前の大切な家族に何かする訳はないだろう……私はお前を大事に思っている。もし対話が成り立つと思うのならお前がその橋渡しをし成り立たせて国を守ってみろ!」
 ヴァレドローズの言葉を信用するかどうか悩んでいるヴァレリーだったがヴァレドローズは約束する。
「兄上……兄上にだけなら家族に合わせたい。だがそこにはたくさんの争いの嫌いな精霊が平和に暮らしてるんだ。だから絶対に手を出さないと約束してくれ!」
「あぁ……わかった! 私だけでも構わないからその場所に連れて行ってくれ」
「わかりました。では、明日兄上の部屋に迎えに行きます。特にゲインセイには知られないようにしてください。あの悲劇に家族が悲しむから……」
「ああ……約束しよう! 必ず一人で行く」
 そう話し合うと禍々しい地下から地上に上がり二人は別れる。

外に出ると風がふき雲ひとつない夜空が広がっていた。この場所の空気は地下と違って澄んでいた。

……ダイジョウブ?……
……ミンナニアウ?……

 心配そうに見つめるシルフィード達の頭を撫でながら笑うヴァレリー。 
「兄上なら大丈夫だ……ゲインセイは正直信用していないが君たちにも危害は加わらないように守るからね」
 温かい光りに包まるれるヴァレリー。だが、それを遠くからジッと視ているのは……ゲインセイだ。
「クックック……どうやら精霊の里に入るには、アイツがカギのようだな。あと少し……あと少しで、私の目的のものが手に入る! クックック……」

 不気味な笑い声がまわりに響き渡っていた……

 一方その頃…………
 ヴァレドローズは明日のヴァレリーの家族に会うのが楽しみで嬉しくてたまらない。
 なぜならヴァレドローズとヴァレリーの父は早くに亡くなり、母も病で亡くなっている。
 長いこと二人だけの血を分けた兄弟だったのだ。王の不在の玉座……その二人だけの皇族兄弟に家族ができる喜び。ヴァレドローズは結婚していない為、ヴァレリーの家族が同じ血縁になる事が何よりも喜ばしいのだ。
「我が兵以外での血の繋がった家族……早くヴァレリーの家族に会いたいな。どんな子達なんだろう……」
 ヴァレリーとヴァレドローズ……いろんな思いを馳せながら翌日を迎える……
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