偽物の番は溺愛に怯える

にわとりこ

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君は偽物だったんだ

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「ああああああ!!!」


その日、俺の世界はバラバラに砕け散った。

驚いて目を見開いたまま固まるこの世の誰よりも愛おしい存在を前に、俺は絶狂する。

いっそこのままこときれてしまいたかった。

こんな辛いことを思い出すくらいなら、死んだ方がマシだった。



『ごめんね、君は偽物だったんだ』

『どういうことだ……!お前のつがいは、俺だろう!?俺のことを愛してると言ったじゃねえか!』

『なにかの間違いだったみたいだ。……今までのこと、全て忘れてほしい』

『本当のつがいとは、既に契約・・をしてる。だから───』
  


「あ………あ………」

「……ッッ、誰か!侍医を呼んで!!早く!!」



愛しいつがいの声がする。

これは、どっち・・の声だ?

嫌だ、やめてくれ
お前は俺のものだろう。
何故そんな遠い目をする?

やめろ、行くな。
行かないでくれ。

それ以上、なにも言わないでくれ───




『本当のつがいからは目の届かないどこか遠くの場所に行ってくれないかな』



そこで俺の意識は、プツリと途切れた。







俺とハイドが出会ったのは、まだお互いが7歳で、将来の主従として顔合わせをさせられた時だった。

その姿を見た瞬間に、運命だと確信した。

新雪のような肌に、銀色の髪。
兎みたいに赤い瞳。

全てが俺と対をなす色。

ほしいと思った。
絶対に自分の物にしたいと思った。

相手は将来皇帝の座につく男だが、関係ない。どんな手を使っても隣に並び立つと決めた。

それはハイドも同じだったらしく、7歳のガキとは思えない官能的かつ不穏な瞳でこちらを見下ろす赤眼が印象的だった。

幸い俺は侯爵子息とそれなりに高貴な家の息子で、俺たちは早々に主従ではなく婚約者としての縁を結んだ。

8歳ではじめてのキスをして、10歳ではじめてのデートをして、14歳ではじめてひとつになった。

幸せだった。
この幸せが永遠に続くと思った。








「シェリクス、お前と殿下の婚約が破棄されることになった」 


さも懐疑的な表情でそう言い放った父親の発言に、最初なにかの間違いかと思った。

あんなにも自分に執着している愛しいつがいが、自分との婚約を破棄するだなんてありえない。

ついこの間だって、早く俺のうなじを噛みたいと癇癪を起こしていたのだ。

だが、俺の長年培われた傲りは簡単に打ち砕かれた。


「うん。僕、君とは別の子とつがうことになったから」


湖のように凪いだ瞳だった。

なぜ、その目が俺に向いている?

信じられなかった。長年隣で見続けてきた、その視線の意味を。

「……冗談にしてはたちが悪いぞ、ハイド。今度はなにを企んでやがる」

それでも俺は、何かの間違いだと馬鹿な妄想に取り憑かれて、必死に笑顔を取り繕った。

これが俺の人生最後の笑顔だった。

「本当だよ───君は、偽物だったんだ」

まるで突き放すような───面倒だと言う雰囲気を隠そうともしない冷たい声音に、俺はどん底へと突き落とされた。






後日ハイドが連れてきたのは、癖のある銀色の髪と紅い瞳をもった天使のような顔立ちの青年だった。

髪といい瞳といい肌といい、全てハイドと同じ色彩だった。

幸せそうにハイドの横に寄り添う彼のお腹は、その華奢な体にそぐわず大きくて。

俺は無意識のうちに脳内に組み立てられる物騒な計画を、表情に出さないことで精一杯だった。

どうして、俺ではない男にそんな目を向けている?

偽物はそっちだろう。

だって、

俺のからだは今も、こんなにもお前を求めて止まないのだから。

「───これで冗談じゃないってわかった?」

隣の偽物に向けられていた双眸が俺に向いた途端、ふとその温度を変える。

そうだよな。

お前はつがい以外の人間には、その目を向けるんだ。

心の底からどうでもいいと言わんばかりの目。そして目の前の相手が、自分のつがいを害するものかどうかを見極める目だ。

王族として義務的にでてた夜会でも、お前はそんな目してたよな。俺は未来の皇帝としてのお前の未来が心配で……その分、少し嬉しくもあったんだ。

それが俺には絶対に向けられないと知った上で、俺はその目を愛していたんだ。


「リヒト、その人はだあれ?」


ハイドの隣の男が、涼やかな声で聞いたことも無い愛称を呼ぶ。



「………なんでもないよ、ユーリ」



少し掠れた低い声が、長い言葉の羅列を紡ぐ。


そういえば、もう3日もおやすみの声を聞いていない。

次はいつ抱いてくれるんだろう?実は意外とたくましい腕に包まれていないだけで、こんなにも心細い。

ああ、あれだけでも十分気持ちが良いのに、うなじを噛んで本当の意味で番となればもっと快感が得られると聞く。

かんでもらえる日が待ち遠しい。この首輪はいつになったら外せるのだろう?

そう遠くはないはずだ。
俺たちは愛し合っているのだから。


……ちがう?

……ちがう。


ハイドは、もう俺を愛していない。

もう二度と俺を抱くこともないし、うなじを噛んでくれることもない。

俺の髪を勝手にいじって遊ぶことも?

使用人と会話に盛り上がっていた俺を不機嫌そうに回収していくことも?

快感のあまり泣く俺に優しくキスしてくれることも?


………そうか。

俺はつまり、最初からハイドのつがいではなかったのか。

"なんでもない"

なるほど、実に的を得た言葉だ。

そうか。





最初から俺は、1人だったんだな─────






俺はその場で舌をかみきって、死んだ。


俺は感情に任せて自らの命を経ったことを今更ながらに後悔している。


自分が死ぬ前に、ハイドも一緒に殺しておけばよかった。


だって半身を失ったこの身一つでは、地獄に堕ちるには寂しすぎる。


そんな俺の後悔の結果なのか────






気がつくと俺は、シェリクス・ローゼンとして再び生を受けていた。


「シェリクス……ッ!どうしたの!?おねがい!しっかりして……!!」


ハイドと初めて一つになれた夜に、


前世・・の記憶を思い出すという最低最悪な形で。
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