黒の煽動

白井しのの

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俺のピリオド

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 俺が俺を名乗るのはこの世界と戦うためだった。
 いつ、いかなる時でも冷静で温厚で正義に満ちたそんな存在。
 物心ついた時からそうなる事を求められていると気づいた。
 だから俺は俺の中の正義を貫いた。
 悪の汚名を被ろうとも、自らの心に迷いが生じようとも、ただその道を進み続けた。

 俺は誰からも感謝される事はない。
 正義とは自らを正義と名乗ってはならない。
 常に自分より誰かを最優先に考える。
 それでこそ俺は俺として社会に、世界に認められる。
 正義を貫いてこそ、初めて生きる事を許される。

 だが。

 俺は正義である事に誇りを持てなくなっていた。
 この世界は間違っている。
 どれだけ俺が誰かを庇おうとも、そいつらは庇われた事にすら気づかない。
 ただ俺を見て変なやつだと思うだけ。

 無論、俺は感謝されたいわけではない。
 たったの一人でいいから、俺の正義に気づいて欲しかったのだ。
 たった一言くれるだけでよかった。
 たった一回。

 それはもう正義ではなかった。
 ただの欲望。

 誰かに認めて欲しい。
 たった一言、一回。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
 俺は人を救い続け、正義を実行した。
 何十、何百回人を助けただろうか。

 だが、たったの一度ですら、俺の正義に気がつかない。
 皆、ただ自分勝手に生きている。
 ああだといいな、こうだといいな、などとありもしない未来を妄想しては口に溢す。
 何も行動しない癖に。

 ある時俺の中で何かが音を立てて壊れた。
 俺はそれが何なのか、いまだ分からない。
 そう、わかるはずもない。

 今日は体が汗でずぶ濡れになるほど天気がいい。
 猿の鳴き声が心地よい。
 赤く光る蛍が車に止まっている。
 右手に握った車の鍵まで汗でびっしょりだ。

 おや、猿が鳴きながら近づいてきた。
 猿が腐りかけのバナナで俺を指差している。
 さて、正義執行だ。
 遊んでやろう。

 俺は猿の腹部に車の鍵を押し付けた。

「ぶうううううぅん!! 君は自動車だ! さあさあエンジン音を聞かせてくれ!」

 猿はよだれを垂らしながら俺の顔にバナナを押し付ける。

 パァン

 あれれ おかいしいな
 おれ ずどん おと くろい じゅう
 もてる ほうちょないふ ひと ぶすり
 おれしぬるる? くろいわっか

 排水管から白く赤い液体が流れる光景
 処理水を流す川だろうか?
 いや、これは俺だ。
 いや、だ。

「げばばばばばばばばばばばばばばばばばばば…」

 俺が流れていく。
 白い魂が溶け込んだ赤い血。
 川は海へと続く。
 真っ黒な海。
 白も赤も飲み込む真っ黒な海。

 ああ、そうか。
 あの世なんてないのか。
 ただ永遠の暗闇に俺は溶けて消えるのか。

 少し眠た なってきたよ な感じ 。
 や りそ いう とな だな
 あ も だ……

 ──俺の、ピリオド。
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