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ルートT(つきみ) 番外編
物語開始記念日特別編 つきみアサルト
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「はぁ、はぁ、はぁ……」
ボクの名前は宇佐美つきみ。
高校二年生。
現在、ボクは謎の生命体と交戦している。
西暦二◯二八年、日本に突如として現れた謎の生命体「アンドロ」により、日本全土は危機に瀕していた。
アンドロが現れると同時に、成層圏の外まで届く謎の壁が日本中を包み、日本と世界は完全に遮断され、他国からの応援は呼べなくなった。
日本に存在する自衛隊や米軍だけではとても太刀打ちできないほどにアンドロの数は多い。
アンドロは人の形をした全身真っ黒の生命体で、人間にできる攻撃は何でもやってくる。
殴る、蹴る、絞める、噛み付くのは勿論のこと、ナイフや銃など、人間の武器を使って攻撃を仕掛けてくる恐ろしい化け物だ。
ボクは迷彩柄のジャケットに身を包み、アサルトライフルを両手で抱え、この市街地という戦場を駆け抜けている。
ボクたち高校生部隊の役割はアンドロの注意を引きつけながら一体ずつアンドロを銃で倒す事にある。
アンドロは日本全国で総数百万体と言われており、数が増える事はない。
つまり、一体ずつ確実に数を減らせばいつかは必ず終わりが訪れるということだ。
一秒でも早くこの危機から脱するため、日本政府は高校生や大学生にも呼びかけ、こうして軍の総数を増やす事でアンドロの恐るべき数に対応している。
勿論高校生など大した戦力ではない。武器を扱う訓練などもした事がない。
アンドロは不眠不休で人間を襲うため、学生を軍人に育成する暇などない。
だからこそボクらの役割はあくまで囮なわけで。
高校生部隊が討ち漏らしたアンドロを自衛隊が叩く。
それが本作戦「脱兎の逆襲」の要。
ボクは一体一体の胸部を的確に狙い、数を減らしていく。
人型である以上、頭が弱点だと思いがちだが、アンドロは頭が吹っ飛んでも二、三十秒は追いかけてくる。
心臓を貫けば即時絶命。
頭より胴の方が当然面積は広く、攻撃は命中しやすい。
確実にダメージを与えながら、あわよくば心臓への一撃が当たるというこの状況はボクら初心者の幸運と言える。
「グギャギャッ!」
「うわああああっ!」
また一人犠牲者が出てしまった。
相手は死を恐れぬ化け物、こちらは死を恐れる人間。
当然恐怖に飲まれれば負ける。
ボクは唇を噛み締めながらも冷静に囮役を続け、隙を見て撃ち続ける。
ここまで二十体以上倒したが、やつらの数が大きく減ったとは思えない。
核兵器を使って一網打尽にしたいところだが、ヤツらを倒した後で街を復興させる手間を考えるとそうも言ってられない。
何せ、物理的鎖国状態がいつ解除されるのかも分からない以上、他国の力を借りずに壊滅状態から元に戻すのは容易ではない。
「新たなアンドロ二十体、接敵!」
「何っ……!」
ボクは街のあらゆるところからアンドロがこちら目掛けて走ってくるのを確認し、一層気持ちを引き締める。
この状況……やらなければ、確実にやられる。
「世界の理を統べし者よ、我に戦神の加護を!」
ボクは自分を奮い立たせる魔法の言葉を言い放ち、その場で深く腰を落とし、アサルトライフルを乱射する。
アンドロ十体以上をその乱射で倒したが、やはり撃ち漏らしがあり、残りのアンドロは接近してくる。
ボクは接近したアンドロ一体を体術で捌き、腰に装備していたナイフを取り出し、心臓を一突きにする。
そのアンドロを盾として使い、再びアサルトライフルに持ち変え、二、三発ずつそれぞれアンドロの胸部に弾を撃ち込む。
こうしてボクは危機を逃れた。
直後、部隊長がボクに話しかけてきた。
「すごいな君、助かった。しかし一体なぜ君にここまでの力があるんだ? 過去に何か訓練でもしていたのか?」
「そんな事はありませんよ。ボクはただ死にたくないだけです。そのために最善を尽くしています。必要に迫られるのなら恐怖だって殺します」
「そ、そうか」
ボクの強さには秘密がある。
その秘密とは、ボクが倒したアンドロを捕食しているという事。
アンドロが現れてから一ヶ月が経過したが、アンドロの生態は未だ不明。
だからボクはある日、アンドロを食べようと考えた。
ボクの体に何か変化が起きれば、この現状を打破するきっかけになるかもしれない。
そしてそれを実行に移した結果、ボクの筋力や空間把握能力が向上し、一人前の軍人以上の強さを手に入れる事ができた。
ボクが食べているのはアンドロの心臓。
ここがヤツらの力の源。
アンドロの心臓には未知のエネルギーが詰まっており、それを体内に取り込むと、強烈な吐き気、眩暈、頭痛、筋肉痛に襲われる。
それに耐え切ると体が以前と比較にならない程強化される。
ボクは既に捕食を十回以上繰り返している。
元々幼く可愛いと言われていた丸っこい顔付きはどこかへ、ボクの顔はバトル漫画のイケメンキャラのようになっていた。
「まだ足りない。もっと、もっと力を……」
アンドロの心臓を食べた副作用か、ボクは力を欲していた。
もっと多くのアンドロを取り込めばボクは神すら超える事ができる……そんな予感。
ボクは部隊長や他の隊員の目を盗んでアンドロの死体からこっそりと心臓を抜き取り、丸呑みする。
何故隠れる必要があるのか。
それはパニックを避けるためでもあり、食べる事のリスクを背負わせないためでもあり、何より他の誰かに強くなってほしくないから。
強ければ戦場に駆り出され、精神力が伴わなければ求められる重圧に耐えられない。
誰かにその責任を押し付けたくない。
だが。
「本日の作戦における犠牲者は十五名! その内、十四人は高校生、一人は自衛隊員だ」
もしボクがアンドロを食べると強くなれると教えていれば犠牲者は減ったのか。
そんなら疑問が頭に過ぎる。
いいや、そんな事はない。
ボクはすぐに自分の疑問を否定する。
普通の人間は最初の一口で挫折する。
アンドロ捕食による人体強化は『生きたまま焼かれるより苦しい』のだ。
ボクが「幸せの妖精サラ」と呼ばれていた頃味わったあの苦しみより、これは更に苦しい。
あの犬の化け物と戦った時に自らの体が崩壊しかけたあの感覚よりもだ。
今、この世界には女神でも干渉できなくなっているようだった。
この宇佐美つきみの体でもミルクウィードさん達には声は届くようになっているはずなのに、何故か届かない。
この世界は完全に外側と遮断されていると考えざるを得ない。
誰かなんて求めちゃダメだ。
ボクがやらなきゃダメなんだ。
ボクが率先して敵を殲滅しなければならない。
ヤツらが増える事がない以上終わりは存在する。
ボクはその終わりに希望を抱いて進み続けるしかない。
国のお偉いさん方の殆どはシェルターに篭って出てこない。
正義に燃えるほんの一部がこうして戦っているに過ぎない。
まだまだ足りない。
もっと、強く……!
それから半年が経過し、日本に存在するアンドロは完全に消えた。
だが、未だに日本と世界は隔絶されたまま。
果ての見えない壁は消えない。
「ぐっ……あああっ………! もっと、もっと力をっ……!」
ボクは力に飢えていた。
ボクは五十体を超えるアンドロを食った。
心臓だけでなく、腕や足など体の殆どを食い尽くした。
どれだけの苦痛を味わおうと、僅かでも強くなれるという快楽にボクは飲まれていた。
そしてやがては欲に溺れる。
狂おしいほどに力が欲しい。
まるで砂漠で三日水を飲めていない者のように、欲しくて欲しくて堪らない。
堪らないのだ。
「うああああああああああっガァ!! グギギギガガグガガアァァッ!!」
力を求める欲が限界を迎えたその時、ボクの体はアンドロと同じ姿になってしまった。
「ボクは……何だ? ボクは神だッ! ボクより強いものはないッ!! 全てを倒し、ボクが最強であると証明するッ!! そしてもっと強く! もっともっともっとォォ!!」
ボクは正気ではなくなっていた。
ボクは全身に力を込めて地面を蹴る。
地面にはクレーターのような大きな窪みが出来る。
ボクの体は空気を切り裂いて弾丸よりも速く跳ぶ。
体全体で風を感じるが、不思議と目も開けていられるし痛くも熱くも寒くもない。
ボクの体はあっという間に成層圏を超えた。
グッと体に力を込めるとボクの体は宙にピタリと停止する。
ボクの目の前に果てしなく広がる宇宙。
この宇宙を全部ボクのものに……!
「それ以上はやめておけ。戻れなくなる」
宇宙空間でボクに話しかけてきたのは一人の男だった。
黒とも緑とも言えぬ髪の毛、襟の立った紫と黒の服、そして左手には赤い眼の装飾のついた魔剣が握られている。
どこかで会った事があるような気がするが……どこで?
「誰だお前ハ……ボクを止める気、カ?」
「ああ、その通りだ。そして同時に救いに来た。俺の名はレアル……魔王レアル・ディブレーツだ。ここでお前を止めなければ、お前は『全ての宇宙を食い尽くし』てしまう。この世界にアンドロが解き放たれてしまったのは災難だったが、まさかそれを食べてしまうとはな。これはお前自身のミスだ」
ボクを止める?
この男は何を言っている?
魔王だと?
偉そうに……!
「何だとッ!? ボクは何も間違っていない! ボクはいつだって正しかった! 間違っているのはこの世界だ! グガガガッ!!」
「なるほど。記憶がかなり混濁しているな。人間の体で人間の領域を超えるとこんな事が起こるのか……可哀想なヤツだ。その意見には俺も大賛成だが……俺の世界を滅ぼそうとしているヤツだけは止めなければならない。魔族の頂点に立つ者として、魔族の未来は俺が守るっ!! アナザー、来いッ!!」
魔王レアル・ディブレーツと名乗った男は左手の魔剣に宿し「アナザー」に命令を下す。
魔王の一声で魔剣は変形し、魔王の左手に纏わりつき、融合した。
そして、魔王は叫んだ。
「真・魔王破壊掌ッ!!」
魔王の左手から打ち出された音速をも超えた掌底はボクの体を打ち抜き、凄まじい衝撃がボクを襲った。
「グガガアァァッ!?」
真っ黒だったボクの体の外側がパキパキと音を立てて割れ、黒い破片となって宇宙に散っていった。
「俺の必殺技は全ての力を打ち消す。気分はどうだ?」
「はあ……はあ……うん、ちょっと体が痛いけど、何ともない。アンドロを食べる前の状態のままだよ」
「ならよかった。手こずる事も想定していたのだが。『敵は自分の想像の十倍は強いと思え』だからな。さて、この宇宙で俺がやる事はもうなくなったわけだ。だが、また暴走するようなら止めにくる。今度は命の保証はできないがな」
「うん。ごめんね、レアル」
「呼び捨てか……『初対面の癖に』この魔王相手に随分と偉そうだな?」
「あれ? 君はレアルなんだよね?」
「ん? ああ、なるほど……『そう』だったな。確かに俺はレアルだが、お前の知るレアルではない。まあ状況によってはそうとも言えるのだが……」
「何を言ってるの?」
「クハハッ、このルートのお前には関係のない話だ。お前を止めたのは魔王……そしてこの先暴走するようならそれを止めるのもこの魔王。それだけ覚えていればいい」
「……なるほどね。ありがとう」
「では、さらばだ」
魔王は左手で横穴に似た空間を作り、その中に入り込み、横穴に似た空間ごと消えた。
こうして魔王は自分のいるべき世界へと戻っていった。
ボクも元の体に戻れて心から良かったと思う。
いつのまにやらボクは自室のベッドで寝ていた。
そして気がついたら時には既に日本中にあった壁も消えていた。
あれは夢だったのかもと思いながらも、体の痛みに顔を歪め、やはり現実の出来事なのだと思い知る。
「ボクはもう力を求めない。ただこの現実世界で生きるだけ。ボクが主人公だった時代はとっくに終わってたんだ。そう、ボクはただの宇佐美つきみ。もう幸せの妖精サラでもアンドロ抗戦軍の切り札でもない。ただし……」
ボクは枕元に置かれたうさぎのぬいぐるみを見て微笑む。
「うさぎのぬいぐるみの物語はこの胸の中に確かにあるってね」
ボクはその時、うさぎのぬいぐるみの後ろに隠れていた黒くて素早く動く例のあの生き物を見てしまい、叫ぶ。
「うわああああっ!! 最後くらいいい感じで終わらせてよおおおおおっ!!」
黒くて素早く動く例の生き物は長い二本の触角をピクピクと動かした後、羽を展開し、ボクの顔目掛けて飛んできた。
「色んな意味で終わりだあああっ!!」
ボクの名前は宇佐美つきみ。
高校二年生。
現在、ボクは謎の生命体と交戦している。
西暦二◯二八年、日本に突如として現れた謎の生命体「アンドロ」により、日本全土は危機に瀕していた。
アンドロが現れると同時に、成層圏の外まで届く謎の壁が日本中を包み、日本と世界は完全に遮断され、他国からの応援は呼べなくなった。
日本に存在する自衛隊や米軍だけではとても太刀打ちできないほどにアンドロの数は多い。
アンドロは人の形をした全身真っ黒の生命体で、人間にできる攻撃は何でもやってくる。
殴る、蹴る、絞める、噛み付くのは勿論のこと、ナイフや銃など、人間の武器を使って攻撃を仕掛けてくる恐ろしい化け物だ。
ボクは迷彩柄のジャケットに身を包み、アサルトライフルを両手で抱え、この市街地という戦場を駆け抜けている。
ボクたち高校生部隊の役割はアンドロの注意を引きつけながら一体ずつアンドロを銃で倒す事にある。
アンドロは日本全国で総数百万体と言われており、数が増える事はない。
つまり、一体ずつ確実に数を減らせばいつかは必ず終わりが訪れるということだ。
一秒でも早くこの危機から脱するため、日本政府は高校生や大学生にも呼びかけ、こうして軍の総数を増やす事でアンドロの恐るべき数に対応している。
勿論高校生など大した戦力ではない。武器を扱う訓練などもした事がない。
アンドロは不眠不休で人間を襲うため、学生を軍人に育成する暇などない。
だからこそボクらの役割はあくまで囮なわけで。
高校生部隊が討ち漏らしたアンドロを自衛隊が叩く。
それが本作戦「脱兎の逆襲」の要。
ボクは一体一体の胸部を的確に狙い、数を減らしていく。
人型である以上、頭が弱点だと思いがちだが、アンドロは頭が吹っ飛んでも二、三十秒は追いかけてくる。
心臓を貫けば即時絶命。
頭より胴の方が当然面積は広く、攻撃は命中しやすい。
確実にダメージを与えながら、あわよくば心臓への一撃が当たるというこの状況はボクら初心者の幸運と言える。
「グギャギャッ!」
「うわああああっ!」
また一人犠牲者が出てしまった。
相手は死を恐れぬ化け物、こちらは死を恐れる人間。
当然恐怖に飲まれれば負ける。
ボクは唇を噛み締めながらも冷静に囮役を続け、隙を見て撃ち続ける。
ここまで二十体以上倒したが、やつらの数が大きく減ったとは思えない。
核兵器を使って一網打尽にしたいところだが、ヤツらを倒した後で街を復興させる手間を考えるとそうも言ってられない。
何せ、物理的鎖国状態がいつ解除されるのかも分からない以上、他国の力を借りずに壊滅状態から元に戻すのは容易ではない。
「新たなアンドロ二十体、接敵!」
「何っ……!」
ボクは街のあらゆるところからアンドロがこちら目掛けて走ってくるのを確認し、一層気持ちを引き締める。
この状況……やらなければ、確実にやられる。
「世界の理を統べし者よ、我に戦神の加護を!」
ボクは自分を奮い立たせる魔法の言葉を言い放ち、その場で深く腰を落とし、アサルトライフルを乱射する。
アンドロ十体以上をその乱射で倒したが、やはり撃ち漏らしがあり、残りのアンドロは接近してくる。
ボクは接近したアンドロ一体を体術で捌き、腰に装備していたナイフを取り出し、心臓を一突きにする。
そのアンドロを盾として使い、再びアサルトライフルに持ち変え、二、三発ずつそれぞれアンドロの胸部に弾を撃ち込む。
こうしてボクは危機を逃れた。
直後、部隊長がボクに話しかけてきた。
「すごいな君、助かった。しかし一体なぜ君にここまでの力があるんだ? 過去に何か訓練でもしていたのか?」
「そんな事はありませんよ。ボクはただ死にたくないだけです。そのために最善を尽くしています。必要に迫られるのなら恐怖だって殺します」
「そ、そうか」
ボクの強さには秘密がある。
その秘密とは、ボクが倒したアンドロを捕食しているという事。
アンドロが現れてから一ヶ月が経過したが、アンドロの生態は未だ不明。
だからボクはある日、アンドロを食べようと考えた。
ボクの体に何か変化が起きれば、この現状を打破するきっかけになるかもしれない。
そしてそれを実行に移した結果、ボクの筋力や空間把握能力が向上し、一人前の軍人以上の強さを手に入れる事ができた。
ボクが食べているのはアンドロの心臓。
ここがヤツらの力の源。
アンドロの心臓には未知のエネルギーが詰まっており、それを体内に取り込むと、強烈な吐き気、眩暈、頭痛、筋肉痛に襲われる。
それに耐え切ると体が以前と比較にならない程強化される。
ボクは既に捕食を十回以上繰り返している。
元々幼く可愛いと言われていた丸っこい顔付きはどこかへ、ボクの顔はバトル漫画のイケメンキャラのようになっていた。
「まだ足りない。もっと、もっと力を……」
アンドロの心臓を食べた副作用か、ボクは力を欲していた。
もっと多くのアンドロを取り込めばボクは神すら超える事ができる……そんな予感。
ボクは部隊長や他の隊員の目を盗んでアンドロの死体からこっそりと心臓を抜き取り、丸呑みする。
何故隠れる必要があるのか。
それはパニックを避けるためでもあり、食べる事のリスクを背負わせないためでもあり、何より他の誰かに強くなってほしくないから。
強ければ戦場に駆り出され、精神力が伴わなければ求められる重圧に耐えられない。
誰かにその責任を押し付けたくない。
だが。
「本日の作戦における犠牲者は十五名! その内、十四人は高校生、一人は自衛隊員だ」
もしボクがアンドロを食べると強くなれると教えていれば犠牲者は減ったのか。
そんなら疑問が頭に過ぎる。
いいや、そんな事はない。
ボクはすぐに自分の疑問を否定する。
普通の人間は最初の一口で挫折する。
アンドロ捕食による人体強化は『生きたまま焼かれるより苦しい』のだ。
ボクが「幸せの妖精サラ」と呼ばれていた頃味わったあの苦しみより、これは更に苦しい。
あの犬の化け物と戦った時に自らの体が崩壊しかけたあの感覚よりもだ。
今、この世界には女神でも干渉できなくなっているようだった。
この宇佐美つきみの体でもミルクウィードさん達には声は届くようになっているはずなのに、何故か届かない。
この世界は完全に外側と遮断されていると考えざるを得ない。
誰かなんて求めちゃダメだ。
ボクがやらなきゃダメなんだ。
ボクが率先して敵を殲滅しなければならない。
ヤツらが増える事がない以上終わりは存在する。
ボクはその終わりに希望を抱いて進み続けるしかない。
国のお偉いさん方の殆どはシェルターに篭って出てこない。
正義に燃えるほんの一部がこうして戦っているに過ぎない。
まだまだ足りない。
もっと、強く……!
それから半年が経過し、日本に存在するアンドロは完全に消えた。
だが、未だに日本と世界は隔絶されたまま。
果ての見えない壁は消えない。
「ぐっ……あああっ………! もっと、もっと力をっ……!」
ボクは力に飢えていた。
ボクは五十体を超えるアンドロを食った。
心臓だけでなく、腕や足など体の殆どを食い尽くした。
どれだけの苦痛を味わおうと、僅かでも強くなれるという快楽にボクは飲まれていた。
そしてやがては欲に溺れる。
狂おしいほどに力が欲しい。
まるで砂漠で三日水を飲めていない者のように、欲しくて欲しくて堪らない。
堪らないのだ。
「うああああああああああっガァ!! グギギギガガグガガアァァッ!!」
力を求める欲が限界を迎えたその時、ボクの体はアンドロと同じ姿になってしまった。
「ボクは……何だ? ボクは神だッ! ボクより強いものはないッ!! 全てを倒し、ボクが最強であると証明するッ!! そしてもっと強く! もっともっともっとォォ!!」
ボクは正気ではなくなっていた。
ボクは全身に力を込めて地面を蹴る。
地面にはクレーターのような大きな窪みが出来る。
ボクの体は空気を切り裂いて弾丸よりも速く跳ぶ。
体全体で風を感じるが、不思議と目も開けていられるし痛くも熱くも寒くもない。
ボクの体はあっという間に成層圏を超えた。
グッと体に力を込めるとボクの体は宙にピタリと停止する。
ボクの目の前に果てしなく広がる宇宙。
この宇宙を全部ボクのものに……!
「それ以上はやめておけ。戻れなくなる」
宇宙空間でボクに話しかけてきたのは一人の男だった。
黒とも緑とも言えぬ髪の毛、襟の立った紫と黒の服、そして左手には赤い眼の装飾のついた魔剣が握られている。
どこかで会った事があるような気がするが……どこで?
「誰だお前ハ……ボクを止める気、カ?」
「ああ、その通りだ。そして同時に救いに来た。俺の名はレアル……魔王レアル・ディブレーツだ。ここでお前を止めなければ、お前は『全ての宇宙を食い尽くし』てしまう。この世界にアンドロが解き放たれてしまったのは災難だったが、まさかそれを食べてしまうとはな。これはお前自身のミスだ」
ボクを止める?
この男は何を言っている?
魔王だと?
偉そうに……!
「何だとッ!? ボクは何も間違っていない! ボクはいつだって正しかった! 間違っているのはこの世界だ! グガガガッ!!」
「なるほど。記憶がかなり混濁しているな。人間の体で人間の領域を超えるとこんな事が起こるのか……可哀想なヤツだ。その意見には俺も大賛成だが……俺の世界を滅ぼそうとしているヤツだけは止めなければならない。魔族の頂点に立つ者として、魔族の未来は俺が守るっ!! アナザー、来いッ!!」
魔王レアル・ディブレーツと名乗った男は左手の魔剣に宿し「アナザー」に命令を下す。
魔王の一声で魔剣は変形し、魔王の左手に纏わりつき、融合した。
そして、魔王は叫んだ。
「真・魔王破壊掌ッ!!」
魔王の左手から打ち出された音速をも超えた掌底はボクの体を打ち抜き、凄まじい衝撃がボクを襲った。
「グガガアァァッ!?」
真っ黒だったボクの体の外側がパキパキと音を立てて割れ、黒い破片となって宇宙に散っていった。
「俺の必殺技は全ての力を打ち消す。気分はどうだ?」
「はあ……はあ……うん、ちょっと体が痛いけど、何ともない。アンドロを食べる前の状態のままだよ」
「ならよかった。手こずる事も想定していたのだが。『敵は自分の想像の十倍は強いと思え』だからな。さて、この宇宙で俺がやる事はもうなくなったわけだ。だが、また暴走するようなら止めにくる。今度は命の保証はできないがな」
「うん。ごめんね、レアル」
「呼び捨てか……『初対面の癖に』この魔王相手に随分と偉そうだな?」
「あれ? 君はレアルなんだよね?」
「ん? ああ、なるほど……『そう』だったな。確かに俺はレアルだが、お前の知るレアルではない。まあ状況によってはそうとも言えるのだが……」
「何を言ってるの?」
「クハハッ、このルートのお前には関係のない話だ。お前を止めたのは魔王……そしてこの先暴走するようならそれを止めるのもこの魔王。それだけ覚えていればいい」
「……なるほどね。ありがとう」
「では、さらばだ」
魔王は左手で横穴に似た空間を作り、その中に入り込み、横穴に似た空間ごと消えた。
こうして魔王は自分のいるべき世界へと戻っていった。
ボクも元の体に戻れて心から良かったと思う。
いつのまにやらボクは自室のベッドで寝ていた。
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あれは夢だったのかもと思いながらも、体の痛みに顔を歪め、やはり現実の出来事なのだと思い知る。
「ボクはもう力を求めない。ただこの現実世界で生きるだけ。ボクが主人公だった時代はとっくに終わってたんだ。そう、ボクはただの宇佐美つきみ。もう幸せの妖精サラでもアンドロ抗戦軍の切り札でもない。ただし……」
ボクは枕元に置かれたうさぎのぬいぐるみを見て微笑む。
「うさぎのぬいぐるみの物語はこの胸の中に確かにあるってね」
ボクはその時、うさぎのぬいぐるみの後ろに隠れていた黒くて素早く動く例のあの生き物を見てしまい、叫ぶ。
「うわああああっ!! 最後くらいいい感じで終わらせてよおおおおおっ!!」
黒くて素早く動く例の生き物は長い二本の触角をピクピクと動かした後、羽を展開し、ボクの顔目掛けて飛んできた。
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