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第三章 ラッキー・クローバー冒険者試験編
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しおりを挟むルーナが最初に立ち上がった。
服についた土を払い、そしてそのまま駆け出した──かと思えばエル・ザニャの目前にまで到達している。その超人的な速度に、見ていたラッキーは呼吸すら忘れた。
「憤!」
針短剣を顎の下から突き刺そうとするルーナを、彼は的確に、杭を打ち込むが如き拳のたった一撃で殴り飛ばす。
防御することも躱すこともできず、ルーナはそのまま白目を剥き──意識を、失った。
倒れかける彼女を、男のたくましい腕が支える。
「ルーナちゃんの『殺しのスイッチ』入れたでしょ、ティラちゃん」
「………ぐっ」
遅れながらもよろめき立ち上がるティラに、じりじりとエル・ザニャは寄っていく。
「全部が不愉快ですわ」
「ザニャさん。仕事なんだ、邪魔しないで」
「あら。ならそんな仕事やめておしまいなさい」
ティラは何度か『糸々累々』から糸を出そうと試みたが、痛みのせいか、それとも状況がそうさせるのか、いずれにしても集中ができず失敗に終わる。
「まっすぐ帰れば、あなたは殴らないであげるわよ」
「女の子に手を挙げるんですか」
「わたくしも女の子だもの」
「………あなたは自由すぎる。リヴと同じだ、組織の統率を乱す」
「自由で結構。そのほうが楽しいですわ」
「邪魔するんですか。アイツを──」
混乱し固まったラッキーを、ティラの冷たい視線が一瞥した。
「──連れて帰るだけ。それだけなんですけど」
「ええ。お邪魔しまくりです。わたくしブチギレてますもの」
「………」
よろよろとした足取りで、彼女は出口の方へと歩みだした。
すれ違いざま、床に転がるレールを睨み、ザニャと呼ばれた男も睨む。
レールが微かに呼吸をしているのを確認したティラは、奥歯を噛み締め左の腕を抱くように押さえた。
「ザニャさん」
そうして振り向き、告げる。
「ボク、許さないから」
「あらあら」
「お前もだラッキー・クローバー」
……硬直していたラッキーがぴくりと身構える。
その時はじめて、やっと、ラッキーはティラの顔をまじまじと見つめた。
怒りに歪んだその顔。凄まじい憎悪。嫌と言うほどの悪意。ややツリ目がちの猫目、黒髪は外側に跳ねた癖毛。褐色の肌と赤い瞳。
「…………殺せばよかった」
ティラは呟き、そのままラッキーの真横を通り過ぎ、気配すら消して去ってしまった。
「………私は……生き……あれ」
状況の把握と同時に、ラッキーは体を持ち上げてすらいられなくなる。ぐでんとその場に倒れ込み、深い呼吸を繰り返す。
「まあまあまあっ、大丈夫ですこと!?」
ドスドスと巨体が駆け寄る音。
それから大きな手のひらが2、3回、彼女の頬をペチペチ叩いた。
「あの──私はいいので、あっちの、片腕の、男の子を」
「……生きてる子がいるの? あなた以外に?」
「はい……」
「分かったわ。待っててね。あなたは寝てていいですわよ。大丈夫、わたくしどちらかと言えばたぶん、あなたの味方ですから」
外見とはちぐはくな物言い。
だがその優しさに触れ、安堵し、そのままラッキーは張り詰めていた意識を手放した──。
ラッキー・クローバーは夢を見た。
子供の頃の夢だった。
…………とても不快な夢だった。
「お目覚めになりまして?」
耳障りの良い少女の声で目覚める。
するとそこは膝の上。
やわらかな感触と、覗き込む愛らしい雰囲気の瞳とに挟まれ、ラッキーは一言
「天国……?」
と寝ぼけたまま呟いた。
「イヤですわ、あなた生きてますわよ」
風で華が揺れるように笑う少女のその言葉遣いと……ロールを巻いた紅藤色の髪、それにフリルだらけのピンクのドレス。
「え、誰……」
「申し遅れましたわね。わたくしはエル。エル・ザニャ」
「エル・ザニャ……………エル………ザニャ……『魔滅大君』?」
「ご存知でしたの!? うれしいですわ~」
その名をラッキーが知っていたのは偶然ではない。
協会内部の人間であれば知らぬ者はまずいない、「最強のダンジョン攻略者」。魔物をものともせず突き進むその姿からついた二つ名は『魔滅大君』。
ただ、その仰々しい呼び名が眼の前の少女にふさわしいとは、ラッキーには思えなかった。
どちらかといえば、先程見た巨漢。彼のほうが『魔滅大君』という呼び名に合致していたような。
「あの、さっきの男性は」
「わたくしですわ」
「……………??」
怪訝そうな顔をするラッキーに、エルを名乗る少女は1枚の手鏡を見せた。
「魔導具『遷変卍華』。これを見ながら自分のなりたい姿を思い浮かべると、半日だけその姿へと変身できる、本当の姿を映す手鏡。わたくしがいくつものダンジョンを制覇し、ずっと追い求めてきた魔導具。先日ついにやっと手に入りましたの」
「どっちが、本当のあなたなんですか」
エルは笑って
「どっちも」
と答えた。
「あっそうだ、レールくんはっ。あの子、血がいっぱい出てて」
無理矢理に体を起こそうとするラッキーをエルは制す。
「大丈夫。大丈夫ですわよ。寸でのところで『遷変卍華』を見せることができましたから、彼はなりたい自分になった。白い服の正義のヒーローに、もちろん五体満足で」
柔らかにラッキーを支え起こした彼女は、そのすぐ近くで横たわる【聖歌隊】隊員を指さした。
捩じ切られたはずの左腕も、何事もなかったかのように確かに存在している。
「でも半日しか持ちませんから。急ぎ病院へ行きませんと」
「ああっ、待って、聞きたいことがまだ沢山」
「今は病院ですわ。病院病院。それに【聖歌隊】にも通報しなくちゃ。ご遺体を回収してもらわなきゃいけないでしょう」
遺体という言葉が現実へと意識を戻し、ラッキーは事態の重大さを思い出す。渦中に自身がいた事に対する恐怖がやっと、ぞわぞわと奥底から湧いてくる。
天井から落ちた死体は、エルにより几帳面に真っ直ぐ並べられていた。目を逸らそうとしたラッキーだったが、それよりも先に、聖イルミネア式の祈りを捧げることはできた。
「わたくしは先に出ます。見つかると捕まるかもしれませんから」
よっこらせ、と立ち上がるエルの背に、そいつはいた。
簀巻きにされたルーナだ。
「この子を入口に置いていきますわ。【聖歌隊】や協会の人が来たら、犯人として差し出してくださいまし。そうしたら丸く収まるでしょう、対外的には」
「あなたも、【ドラゴンスレイヤーズ】……」
「ええ」
困ったような顔で、しかし力強く頷くエル・ザニャ。その仕草には確かに、先程の精悍な男の面影が微かにだけ残っていた。
「発煙筒は?」
「あ、あります」
……オリヴィアに持たされた発煙筒が、ラッキーのポケットにはある。
それにより放たれる桃色の煙は「救難信号」。それを見た冒険者たちは救助する義務を負うこととなる。
「借りてよろしい? わたくし持っていないの」
「ええ、もちろん……」
「それと」
ひょい、とエルがレールを片腕で抱える。
余りにも見た目不相応な腕力に、流石のラッキーも若干ではあるが引いた。
「この子はわたくしが責任を持って病院に届けます。ですから………後のことすべて、あなたにお任せしたいのですわ」
「………あなたや【ドラゴンスレイヤーズ】に不利にならないよう、取り計らえってことですか」
「そこまでは申しておりません、ですが、わたくしが関与したことは内密にしていただければ」
拒否する理由など無かった。ラッキーが間を置かず「はい」と答えるや否や、エルは
「ありがとう存じますわ~」
……とだけ言い残し、あっという間に走り去ってしまった。
「…ぅう、」
ストレスが臨界点に達したラッキーがうずくまり、そのまま幾ばくか時間だけが過ぎる。
ダンジョンを出たエルが放った発煙を目印に、巡回中だった【聖歌隊】がふたり駆けつけたのは、まだ日が沈みきらないうちのことだった。
後にこの騒動は
『冒険者試験襲撃事件』
の名で広く知られることとなる。
記録上【ドラゴンスレイヤーズ】が絡んだ殺人において、はじめて生存者が確認された事件。しかも3人、さらにうちひとりは犯人である。
幸運にも生き残った女性の名前が「ラッキー・クローバー」であることも重なり、最強と謳われるギルド【ドラゴンスレイヤーズ】の異常性が世間的にも広く知られるきっかけとなっていくのだった──。
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