治癒術師が前衛なのはマズいですか?

れもんぱん

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第三章 ラッキー・クローバー冒険者試験編

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 少年レール・スピリッタは16歳で村を出た。

 彼の故郷・アズリの村はカレドゥシャより遥か北の雪国、アインフリーレン王国との国境代わりにもなっている山脈の麓にある。
 小さな村で教会すらない。暮らしも決して豊かではない。住人たちは厳しい冬の寒さに耐え抜きつつ、自然の中で日毎の糧を得られるか得られないかという、ほとんど自給自足のような生活を送っていた。

 レールには夢がある。
 それはいつか都会に出て、えっちなお姉さんとイイ感じになる────のではなく、冒険者となること。そして正義の味方【聖歌隊】に名を連ね、人々の安全を守ることだ。
 そしてやがてはおっぱい───はさておき、冒険者として活躍し稼ぎを得て、その金でたくさんの食べ物を買い込み、アズリの村で暮らす家族たちに良い思いをさせてやる。それが彼の夢。
 もはや野望と換言してもいいだろう。レールはそんな野望を叶えるべく3年間、欠かすことのない鍛錬を積んだ。

 腕っぷしにはもとから自信があった。木こりの父ゆずりの肉体は頑健で、病気とも無縁だ。
 13歳になるとアズリの村付近の魔物を狩る自警団組織に入った。半ば無理矢理入ったようなものではあったが、それも【聖歌隊】になるため。正義の味方になるため。おかげでコボルトやゴブリン一匹程度ならひとりでも倒せるくらいの実力は身に着けた。レベル20くらいの能力は既に持つ。
 ここまでやってくるのにも、荷馬車の護衛やちょっとした魔物退治を腕試しついでに引き受けてきた。幸い路銀に困ることはなかった。
 どんな苦労もすべて、冒険者になるため。

「ここが、『はじまりと冒険の街』……!」

 どうしても訪れたかったその地に、彼はやっと足を踏み入れる。
 決して都会とは言えない、精々田舎の中枢ほどの規模のカレドゥシャではあるが、アズリの村を片手で数えきれるほどしか出たことのない彼にとっては、十二分に大都会だ。
 行き交う人、人、人。
 その殆どが冒険者なのだろう、屈強な肉体をしている。
 時折荷馬車が遠くを過ぎていく。
 何を運んでいるのだろうか、レールには考えが及ばない。

「すっげぇ………」

 レールは田舎者丸出しで、カレドゥシャの猫背な建物たちをキョロキョロ見回す。街のど真ん中、噴水広場のその真ん中で、彼は目まぐるしく変わる風景をくるくると眺めている。
 純真な少年にとっては、それだけでも娯楽になった。

「すっげぇ、すっげぇ」
「きゃあ~ん!」

 そんな彼に誰かがぶつかり、石畳の上でずっこけた。

「いったぁ~い」
「ああっ、すんませんボーっとしてて。大丈夫ですかっ?」
 
 彼が声をかけたのは銀髪で猫目。
 すらっとしていて、大人びた雰囲気。
 ──これが都会のオンナか。
 レールは驚いた。これほど美しい人が自分にぶつかってくるなんてことがあるのかと。アズリの村ではすれ違ってもばあちゃんばかりだぞと。
 都会ってスゲェ……レールはひたすらにそう思った。
 どさくさに紛れて上着の襟元から見えるか見えないかくらいの胸元をガン見する彼の視線に、倒れた彼女……ラッキー・クローバーは気づく。

 瞬時に弾き出した結論。

 彼は「田舎者」。彼がここに来るタイミングと見た目年齢からして「冒険者試験を受けに来た」。体は鍛えられており「それなり強い」。そして「思春期相応にオンナに興味がある」。

 ──完璧な逸材。
 ラッキーは自身の幸運に感謝した。

「いえ、大丈夫。私も不注意だったから」

 ピラッ

 その日その時のために履いてきた「清潔感はあるが決して長くはない丈のスカート」から計算された角度で「ギリギリ下着が見えないくらいのふともも」──即ちをごくごく自然にチラ見せしつつ、彼女は立ち上がった。

 瞬間、レールに電流走る………!!

 これは…………彼が待ち望んだ……「えっちなお姉さん」…………!!
 圧倒的衝撃………田舎育ちの16歳には………強すぎる、刺激………ッ!! 

 全身が石化したかのように固まっていたレールが正気を取り戻すまで、多少の時間を要した。

「───っ、いえそんな」
「こんなに広いカレドゥシャでぶつかるなんて、なんだか運命的ですね」

 ラッキーがはにかむ。
 生唾をごくりと飲む音が聞こえた。
 レールの喉から鳴ったものだ。

「ええと、あなたのお名前は……?」
「オレ、レールです。レール・スピリッタ」
「私はラッキー。これも何かの縁ですね、レールさん」
 
 【ボーイ・ミーツ・ガール作戦】

 既にラッキー・クローバーの冒険者試験は始まっている……!



 

 適当なベンチに腰掛け、二人は語らう。

「あなたも冒険者試験を?」
「まさかラッキーさんも?」
「ええ。もう20歳なんですけど、チャレンジしてみようかな、と」

 レールは気の良い少年だった。
 ラッキーが大げさにこけたのを真に受け、怪我はないかと心底心配そうに何度も尋ねた。
 垢抜けない少年の善意を、彼女は存分に利用することにした。

「実は父が亡くなって」
「……え」
「冒険者だったんです。かなりやり手で、稼いでくれてて。それで今家族3人収入ゼロ。私も冒険者にならないと首が回らない……だから」
「そ、そうなんスね」

 息をするように嘘を吐き、瞬きするより早く虚言をばら撒く。

 ラッキー・クローバーは口八丁の擬人化足り得る。そのところ、ある意味で彼女も人の域にない。
 ただし良心の呵責がない──というわけでもない。きちんと心は痛む。健在な父を思うと申し訳なくなるし、心を痛めてくれたレールの顔を見ると、胸の奥がモヤッとして、これでいいのかと自問自答してしまう。
 それでも「これでいいのだ」と自己肯定できるのがラッキーの強みだ。大人になるために学んだ割り切り。諦め。妥協。
 鬱屈と心の底に溜まっていく負の感情を踏み台にして、彼女は一気にレールの心の中に侵入していく。

 汚れた足元の自分を、それでも彼女は肯定できた。それが強さだと、賢いラッキーは理解していた。

「すみません辛気臭い話しちゃって。未来ある若者にこんな」
「言ってもラッキーさんもそんな歳変わらないし」
「私のほうがお姉さん、ですもんね?」

 そのいたずらっぽい微笑みに、レールの心は震度6強で揺れた。

「でもスゴいことですよ。家族のために北の村からはるばるここまで」
「絶対に親に恥ずかしい姿見せたくなくて。貧乏なのに、俺、すっごい大事に育ててもらったから」
「…………」
「だから冒険者になる。そして【聖歌隊】になる。そして正義の味方として街を守って、金を稼いで、親父も母さんも一生楽できるくらい食わせてやるんです!!」
「あはは、若さが眩しいや」
「俺たち、か、家族のために頑張る者同士………ですねっ」

 勇気を振り絞って投げかけた少年の言葉。
 ラッキーはハッとして。
 ──違います、全然。
 心の中でだけ、そんな返事をして。

「そうですねっ。私達結構似た者同士みたい!」

 また嘘をついた。
 それを咎めるように、教会の鐘の音が響く。

「レールくんはこれからどこへ?」
「いやそれが着の身着のままなもんで。観光でもして宿探し、かなぁ」
「よかったら案内しましょうか」
「ええっ。ぶつかった上にそんなことまで……流石に」
「いいんですよ。他生の縁です、他生の縁」

 その愛想のいい笑顔に、100人中99人が騙される。

「なら………お言葉に甘えてもいいですか?」
「もちろん!」


 
 



 並んで去っていくふたりの様子を物陰からこっそり眺めていたリモンは横転した。
 文字通りの横転。
 横向きに、倒れた。

「むうぅ」

 彼がラッキーと出逢ったときも。
 殆ど同じ手段で近づいてきたような。
 もちろんリモンは彼女の語った理想のため、共に戦うことを選んだのだが。

「武器は見た目と言葉、そしてそれを扱えるだけの知性とセンス。やはり彼女は心強い……だが……いや何も言うまい、これでいいなら、もうそれでいい。どうせ試験には俺たちは手出しできんのだから」
「あのオンナ」

 倒れたリモンのことなど気にする様子もなく、ノッペラは独り言つ。

「要はさっきのガキにツバつけたわけか」
「言い方」
「あのガキに実技試験手伝ってもらう算段だろーが」
「まあ、そう、なる」

 リモンがむくりと立ち上がる。

「ンな上手くいくのかァ?」
「上手くいくと思うぞ」
「何でだよ」
「いやしかし俺が地に手をついたのは何年ぶりだろうか」
「だから何でだよって聞いてンだろ答えろカス」
「我々は指示通り、暫く彼女からは離れていよう」
「チッ、ガン無視かよ」

 わちゃわちゃする男ふたりとは他人のふりをしながら、オリヴィアは思った。

 ──ラッキーが怖い、と。

 運が良すぎる。
 物事が都合よく運びすぎる。
 そう思わせるほど、ことを円滑に運ぶ準備をしているのは確かだったが。
 それを踏まえてもなお。

「神様に愛されてるのかな、あの人………」





   * 
 


 2日後。



 筆記試験を終えたラッキーは大きく息を吐いた。

 全問正解の自信がある。
 一般常識も、法務関連も、魔物の対処法も理論だけなら、完璧。
 念のため元協会の受付嬢とバレないよう簡単な変装をしてきたが、幸い試験官の中に見知った顔はない。

「一安心、ですね」

 雑な化粧を落とし、纏めていた髪を下ろす。季節外れの厚手の上着を脱ぎ捨て、彼女は口角を上げた。
 業務用の作り笑いはいつまで経っても忘れられそうにない。

「さて彼は──」

 今回の受験者は18名。
 例年と比較するとかなり少ない。
 幸い、見知った顔を探すのには手間取らない。
 
「お、居た居た。レールくーん」
「ぁぁ………ラッキーさん……」

 彼の顔に初対面時の快活さは無かった。薄着のラッキーを見てもときめいた様子はない。

「俺、終わったかもです……………」
「そんなにですか」
「そんなッス。」

 少年レール・スピリッタは勉強が得意ではないらしい。
 カレドゥシャ案内の際にも、筆記が心配だと吐露する場面があったのをラッキーは思い出した。
 彼女は善意で、真実を告げてやることにした。

「でもまだ3割ですから」
「3割…………?」
「実は試験のうち、この筆記は全体の評価点のうちたった『3割』しか占めんのですよ」

 ──得点の比率は筆記と実技で3:7。合格ラインは7割。
 つまり筆記試験がボロボロでも実技さえ完璧にこなせば冒険者になれる。かなりザルな試験である。
 内部の人間だったラッキーも「筆記0点合格者」──その名もリモン・カーディライト──から話を聞くまでは知らなかった情報だ。
 
「私の知り合いも筆記0点から合格してます。まだ挽回のチャンスあります、一緒に頑張りましょ」
 
 レールはパクパクと何度か口を動かし、その瞳に光を宿した。
 
「ありがとうございますっ、声かけてくれて。ラッキーさんのおかげで俺、力湧いてきたっつーか、なんつーか!」
「いえいえ」
「俺やります、実技試験で満点取ってみせます!」
「そこで、ですよレールくん」
「そこ……?」
「ちょっと耳貸してください」

 やる気に満ち溢れる彼に対し、ラッキーはついに本題を切り出した。

「あの……よければ、なんですけど。一緒に攻略、しませんか?」

 あざとさ5倍で媚びるように。
 彼女のウィスパーボイスがレールの脳を揺らし、ほぼ反射で赤面させた。
 
「え、あ、で、でもそれって、試験として──」
「チェックポイント通過と帰還、それ以外にルールはないんです。、あるいは……要は人脈とコミュニケーション能力。ここも評価基準になっているんだと、私は推測してます」

 その推測は当たっていた。
 当然単身で攻略を成す者にも相応の評価はされる。実際のダンジョンの攻略となればなおさら。遺物の取り合いであるため、他を蹴落としてでも先へ進むハングリーさは必要不可欠。
 ただ、これは試験で、「冒険者」としての適格を見るためのものである。
 
 冒険者たるもの、ギルドに所属すればどこの誰と関わりを持つか分からない。災害などの緊急時には面識のない冒険者たちと連携する必要もある。
 極論、誰とでも仲良くなる必要がある。
 即ち対人コミュニケーション能力。その有無が評価点に加算されないはずもない。

「そんなわけで」
「……わかりました、俺からも是非!」

 

 そういうことになった。




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