治癒術師が前衛なのはマズいですか?

れもんぱん

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第二章 まやかし

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「オレの正義は──」

 アルコが駆け出す。
 初速から加速している。
 その異常さにリモンも気づく。この速度には魔法か、それに類するものの力が加わっているのだと。

「──『悪の敵であること』」

 盾が攻撃を弾く。
 弾かれることはアルコも承知だ。
 そのまま翻り、回り込み、リモンの背後を取った。
 反応こそできたものの躱すのも盾での防御も間に合わない。アルコの動きは速すぎる。

「フン……っ」

 ──攻撃は的確に鎧の継ぎ目を狙ってくる。
 そのことはリモンも重々承知だった。咄嗟の判断というより反射で、彼は15度だけ前に屈む。
 案の定アルコの刃は鎧の部分に当たり、リモンの肌には届かない。だがその衝撃たるや凄まじく、超接地で地面にめり込むほど直立していたリモンが半歩、後ずさった。

「我々【聖歌隊】は悪と戦い続ける」
「……その速度……何者かに魔法をかけてもらっているな」
「悪とはなにか」

 盾を持ち上げる。
 攻撃のためだ。
 武器は知るものとは変っていたが、その一撃の重さをアルコは記憶している。
 木の葉が巻き上がるようにして、彼は宙空を舞って距離をおいた。

「無辜の人々を傷つける者だ、彼らを恐怖に陥れるものだ。社会の規律や法に反し、調和と平和と乱す者だ。彼らに反省を促す。彼らを教え諭す。それでも駄目なら彼らと戦う。討ち滅ぼす。市民のために悪を消す。それがオレの『正義』」

 リモン・カーディライトは行き場のなくなった盾を地に叩きつけ、それを支えとして珍妙なポーズをとった。

「このままだと一般人まで巻き込む。続けるか?」
「この区画は『吹き溜まり』だ。一般人などいない」
「そも、お前はお前の正義に則り俺に教え諭さんのか」
「絶対悪にそんなことをする余裕は、ない」
「絶対……フゥン」

 彼なりに今考えられる最も格好良いポーズをキめ、リモンは大きく息を吸い。

「俺の正義は『責任』。俺は、強い」

 宣言する。

「ふざけているのか?」
「あいも変わらず、戦いの中にも関わらずよく舌が回るよな。お互い」
「オレはお前を圧倒できるだけの力がある。言葉くらいはくれてやるさ」

 アルコの言葉は確かにリモンへ届く。
 しかしリモンは動じない。
 ただ笑っている。真面目に笑っているのだ。

「真に強い者は」

 カレドゥシャの石畳を金属が引っ掻く音。巨大な盾が轍を刻むようにしてゆったり動く。

「弱い者を守らなくてはならない」

 それはリモン・カーディライトが動く音なのだ。黒い要塞が音を立てて敵に向かう音。

「俺は何より強くなった」

 一歩。

「ので、この世の全ての命を守る『責任』がある」

 また一歩。

「ので、転じて、『全ての命を守ることそのもの』が今の俺の正義だ」
「………ふざけているのかと聞いたが」
「俺は真剣マジだぜ。アルコ・ロードリエス。悪の敵で有り続けるという」

 彼は立ち止まり、おもむろに兜を脱ぎ捨て──。

「お前のその正義、浅くないか?」

 ──笑った。

「──どの面が──ッッッッ!!!!」
「この面だよ。キレ症は相変わらずかアルコ」

 アルコにも信念がある。この街を守るという信念だ。【聖歌隊】を正しく導こうという信念だ。それをこれまで行動で示してきた。そのために悪を許さぬ非情さを持った。
 そのすべてを馬鹿にされたような気がしてたまらない。
 キレる。頭に血が上る。激昂する。リモンの『呪い』抜きに、彼はそういう男だ。自尊心の塊だ。
 こうなるとアルコは思考が直線的になる。そんなこと、リモンはもう知っていた。
 リモンの呪いがアルコの怒りを、敵意を引き付け離さない。もうアルコには「退く」ことや「仲間を呼ぶ」という選択肢は浮かばない。最低限リモンを戦闘不能に追い込むまでは止まらないだろう。
 これで他の誰かが巻き添えになることもない、状況が悪化することもない。
 ──リモンさえ耐え続ければ、それで良い。
 これが彼の『責任』の果たし方だ。彼にとっての「守る」とは常にそういうこと。最も痛みを背負うことだ。

「……ナメるなよ【ドラゴンスレイヤーズ】」

 青筋を立て、アルコは語る。

「オレたちはかつての【聖歌隊オレたち】じゃない。オレたちは聖イルミネアが誇る絶対の矛だ。聖女様の加護があるかぎり悪には決して屈しない、敗北など有りえん」
「聖女……?」
「お前は知らなくとも良いことだ──ッッ」

 そうして駆け出そうとして、アルコは立ち止まる。
 正しくは「それ以上動けなくなった」。
 これ以上踏み込めば、今彼の喉元にあてがわれている狩猟用のナイフが深く傷を生む。

「オリヴィア、早かったな」









 ほんの少しばかり時間は遡る。
 
 巨漢の【聖歌隊】隊員、ジン・ボルテモアに川辺で聞き取り調査……もとい尋問を受けていたオリヴィアは、「彼女の知らないリモン・カーディライト」の話を聞いていた。
 
「あの人が【聖歌隊】?」
「口外無用でお願いします。よりによって実名で活動されたのが最悪なのです。我々の隊員から【ドラゴンスレイヤーズ】──いいや、人殺しが出たという事実が明るみになれば、ただでさえ持ち直したばかりのイメージが再び転落する恐れがある」
「イメージ、ねえ」
「ここで落ち合う予定の隊長が、リモン・カーディライトが抜けた当時を知る男でして。普段は真面目で誠実なのですが、【ドラゴンスレイヤーズ】の話となると目くじらと青筋を立てて饒舌になるのですよ。いやはや、そのくらいの確執があるのです」
「まあ、その確執とか何とかはうっすらは知ってますけど」
「でしょうね」
「ん…………」

 ──もういっそ口外しようか。
 オリヴィアは考える。
 それでジンという男が嫌な顔をするのならそれでもいいとさえ思ってしまう。
 しかしジンも決して愚かではない。ここでオリヴィアにこの事実を伝えたのは即ち、彼女ごときがこのことを喧伝しようともどうにでもできることの表れ。

「でも、まあ。あの人ももうやめましたよ、あのギルド」
「なんと」
「何か。わたしを追いかけてきた、みたいな?」
「リモン・カーディライトはロリコンだったのか……」
「それは分かりませんし多分違いますけど」

 それに。

「リモンさんはリモンさんでしょう。どうせ」
「それはどういう意味で?」
「平和を守る正義の味方でも、暗殺の片棒をかついでも、リモンさんは馬鹿です」
「やはり殺人には関与していた、と」
「またそうやって」

 オリヴィアが揚げ足を取られたところで、彼が駆けつけてきた。

「オイ!!そこのデケェ【聖歌隊】!!助けろ!!」

 穴のない面を少しずらし、口元を顕にした姿勢の悪い黒髪の男。それがオリヴィアたちの対岸で大きく手を振っている。
 ノッペラは息を荒げながら街を駆け抜け、「赤いガキ」の目撃情報を追い、やっとのことでその場に辿り着いた。
 するとどういうことか、オリヴィアまで【聖歌隊】に絡まれているではないか。
 リモンの危機を直接的に伝えても【聖歌隊】が邪魔をするのは必然。彼女をリモンのもとへ向かわせるには、なんとかして引き剥がすしかない。
 だがノッペラはそうするための正解が分からない。横の男に気づかれないように、オリヴィアにだけ伝える方法───。
 ……面倒くせェ、がその答え。
 面倒臭いので、ことにした。
 
「黒い騎士が乱闘してンぜオイ!!」
「なんと」

 ジンは一瞬オリヴィアに視線をやったが、彼の正義の味方たる心は、見かけ上無辜の市民たるノッペラの助けを呼ぶ声に傾く。

「話はまた後日となりそうです」

 ジンは会釈程度に頭を下げると、ひとっ飛びに向こう岸へ、その巨体を軽々と跳躍させる。
 しかし寸前、オリヴィアがジンの制服の裾を掴む。

「たぶんコレ正解ですよね、ノッペラさん」
「うるせェそーだよ、流石だよ!」

 仮面の下の口元から、黄ばんだ歯がちらりと覗いた。

「なぜ、くっついて!?」

 驚愕するジンだったが、既に走行速度は馬並みに達している。今更彼女を振り落とすのは、彼のポリシーに反した。

「わたしも一緒に行くのっ!!」
「……黒い騎士、なるほどそういう」
「急いで!!」

 そして体感し、オリヴィアはやっと解明した。ジンの身軽さ、速さの秘密。
 だ。
 ジンの身体や身につけているものの重さが変化している。文字通りに身軽になっている。
 彼女はそういうことかと理解した。
 重力の魔法が絡んでいる、と
 画期的な移動法だ。人間は筋力がなければ速度が落ちるが、筋肉がつけばつくほど重くなり、遅くなる。しかしその筋肉の重さを度外視できたなら。
 その持久力が続く限り、人はとてつもない加速を生み出せる──。
 跳躍し屋根を伝い、極力人のいない道を選ぶジン。その速度で市民を傷つけることがないよう、注意深く、慎重に駆け抜けている。オリヴィアはそんな動きに関心しつつ──。

「見えたっ」

 ──黒と白とがぶつかり合う場所を指差す。

「【聖歌隊】?」
「隊長だ……」
「止めなきゃ」
「何故、私は止める義理は」
「リモンさんはもう【ドラゴンスレイヤーズ】じゃないし、犯罪を犯した証拠もないっ」
「だが」
「今はリモンさんもわたしと一緒でただの市民!あなたが守る対象ってこと!!」
「─────っ、あぁ、もうっ、だから貴様らは嫌いなんだ」
「うるさい!もういい!」

 ひょい、とオリヴィアはジンから飛び降り、ゴロゴロと路面を転がると、即座に立ち上がって全力疾走でもって彼らのもとへ駆け出した。
 そうしてそれをジンが追い──。




 アルコの背後からまとわりつく赤い色。それに安心した風に呼びかけるリモンだったが、彼もまたそれ以上動けない。
 リモンの背後に立つ白い服の巨漢は、その大剣を振りかざし、いつでもリモンの頭を両断できる体勢にあった。

「そして何故敵を増やした……?」
「ノッペラさんに言って」

 オリヴィアを鬱陶しがるアルコだが、その視線はリモンから外れない。彼の知らないリモンの弱点……『呪い』が、結果的に今は功を奏した。

「ボルテモアさんッ、オレに構うな、リモンを──」
「僭越ながら隊長」

 巨漢、ジン・ボルテモアは低い声を響かせる。

「私はあくまでオリヴィア・ベルナールへの牽制のために構えているだけであってリモン・カーディライトを攻撃する意思は全くない」

 リモンは背後から微かにしか感じない敵意を読み取り、ジンの言うことが真実なのだとひとり納得した。
 音にならない程度の小さく息が漏れる。これ以上誰かが傷つくことのないこの状況に安心した様子だ。
 
「我々最大の目的即ち【ドラゴンスレイヤーズ】の排除には……彼らは役立たない。私が保証します」
「何を言っている、リモン・カーディライトは」

 リモンはハッとした。
 さんざん言葉をかわしたが、その事実は伝えていない。

「アルコには言ってなかったな、俺はもうやめたぞ、あの組織」
「……………ンンンンンンッッッ」
「そも、俺がお前の言うような人殺しだという証拠はないはず。捕まえられるのか、俺を」

 アルコという男のこめかみの血管、いまにもブチ切れて出血してしまいそうだ……オリヴィアはそう思った。
 それから彼は一度深く息を吐き、般若のような顔で一言。

「…証拠は、ない」

 ポツリとこぼす。
 そして。

「帰る!!」

 そう宣言した。
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