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第三章 ラッキー・クローバー冒険者試験編
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しおりを挟む──ダンジョン。
それは、いつから存在するのかも不明な建築・建造物。
はるか昔に起きた戦争の遺構とも言われているが、定かではない。
ただ分かっていることがひとつ。
それは。
「いちばん稼ぎがいい!」
「この子すーぐお金の話する……」
「だって」
「まあ分かります、冒険者ってそうですものね」
そこにお宝が眠っているということ。
遺物はみな現在では作成不可能なものばかり。魔法が今より遥かに盛んだった時代が産んだ物品たちがダンジョンには眠っている。
「私も受付嬢として愛想笑いし続ける日々にはもー懲り懲り。やるぞ、やるぞ、冒険者になるぞっ」
「その意気やよし……!」
腕相撲をしながらリモンが口を開く。
毎朝の日課である。
相手をさせられているのっぺらぼうの面の男・ノッペラも、このルーティンには慣れてきたようだった。
「ノッペラ。君とオリヴィアとラッキーでっ、ダンジョン攻略に……向かいたまえ………!」
「あ……?たまえじゃねェよシバくぞクソカスが……ッ」
勝負は拮抗しているように見える。
しかし微かに、ほんの僅かだけ、ノッペラが押されているのをオリヴィアだけが気づいている。
「あの女……使い物に……なんねェンだろ!?」
「だから、ふたりで……行け!!」
「私からもお願いします。試験を受ける前に、ダンジョンがどういう場所なのか、知識や情報だけでなく、実体験を持っておきたいですから」
「別にノッペラさんは留守番でいいじゃない、わたし強いし」
白熱した戦いを冷めた視線が見つめる。
彼女らには理解できないものがそこにはあるのだ。
「コミュニケーションチャンスだ、ノッペラ。君は……女性陣とあまりコミュニケーションとってないだろ」
「るせェな……不要だからしてねェんだろ」
「この勝負で………俺に負けたら…行けっ」
「クソが───っ」
一瞬だけノッペラが押し返す。
しかしそこでリモンが雄叫びのような何かを叫び、形勢は逆転。
腕相撲はリモンの勝利で終わった。
「フン」
「────チッ」
そういうことになった。
「入る前に」
カレドゥシャ近郊のダンジョンは全て攻略され尽くしている。
もはや掘り返しても何も出ない。
それ故に人が近づくことはなく、野生の魔物たちの棲家となっている事がほとんどだ。
「この『侵入カード』を書く」
オリヴィアは手に持っていた紙に氏名と年齢、そして所属するギルドと緊急連絡先としてリモンの名を記入する。最後に冒険者印を押し、ダンジョンの入口はるか手前のポストに投函した。
「一週間帰らなければ、この侵入カードをもとに教会協会から捜索依頼が出される」
「それはまぁ、私も知ってますけど」
スラスラと自分の分を書き上げたラッキーだったが、彼女には押す印がない。
「母音でも押しとけ」
ノッペラは冗談半分で言ったつもりだったのだが、ラッキーはオリヴィアからインクを借りると、律儀に右手の親指の指紋をくっきり侵入カードに残した。
「この『メロのダンジョン』は本ッッッ当に何もないの、だから魔物との戦闘やダンジョン内での基本的な行動様式を学ぶには丁度いいと思う」
「実際の試験がどのダンジョンかは知らねェけど。実際はあんな洞穴みてェなところに、何十人かがぶわっと一気になだれ込む」
「へえ」
「そして数層下に降りて、チェックポイントを通過して、生きて帰れば合格」
「なるほど」
「それがアンタにできンのかね……」
ノッペラはボリボリ頭を掻くと、ズカズカと猫背のまま先頭を歩き始めてしまう。
「あっ、ちょっと」
ふたりは彼を追うようにして、迷宮へと踏入るのだった───。
──『メロのダンジョン』は、冒険者メロが発見してから長い長い時が経った。
冒険者たちの中心地、はじまりと冒険の街カレドゥシャにほど近いこともあって、攻略が完全に完了して久しい。
どこをどれだけ漁っても有益なものは何も出ない。絶対に。そんなお墨付きが冒険者管理事務局、教会協会より出るほど、何もない。
ほぼ人は寄り付かず、魔物たちがひっそり暮らすだけ。
「 ミ゙」
「奇声上げても駄目。歩いて歩いて」
「も゛ー、む゛り゛」
そんなメロのダンジョンは地下に4階層続く、比較的オーソドックスな構造をしている。
一層あたりは広大とも言えず、各層入口の対角線上にある階段を目指していけば、下層に辿り着くのは容易だ。
魔物との戦闘ばかりは避けられないものの、それを踏まえても困難な道のりではない。
「おれが全部魔物倒してどーすンだよ、その猫女に戦わせなきゃだろーがよ」
「誰が、猫女、ですか」
ラッキー・クローバーは頭脳労働者である。生まれも比較的裕福で、こと体を動かすという行為に関しては無関心であったし、自ら進んで取り組むということもなかった。
そうしてできたのが今の貧弱な肉体だ。
15歩走れば息が切れるし、魔物を前にすれば腰が抜ける。120歩も歩けば全身汗塗れで──ともかく、体を動かすという行為全般が不得手なのだ。
「猫はねえ!もっと!機敏ですよ!!」
それに今回は本格的な攻略を想定し、簡易的なテントや火起こしの道具、携帯食料や飲料も担いでいる。
並の冒険者にとっては朝飯前の量でも、彼女にとっては大荷物だ。
「どこにキレてンだよバカかよコイツ……なァ赤チビ」
「赤チビぃ!?」
オリヴィアは顔をしかめたあたり自覚はあるらしかった。
「次言ったらお面ばちばちに砕くわよ」
「何にせよコイツガチでダメだ。魔物との戦闘ができませ~ん、ならカワイイもんだったが。歩けませ~んは話にならねェ、マジカスだ」
「散々、言って、くれますね」
現在2階層入口手前。
ここまでの魔物との戦闘……大型のクモのような魔物、グリムスパイダーとの戦闘が3回。
ラッキー・クローバーが泣いた回数2回。腰を抜かした回数7回、泣き言を言った回数28回。
現在休憩、6回目。
「……ふぅ、やっと落ち着いてきましたねえ」
「ふぅじゃねェよ。本格的にヤベェよアンタ。一体どれだけ時間かけりゃ気がすむ。このままじゃ冒険者になれねェぞ」
「でしょうね……」
ラッキーは冷静だった。
疲れていることを除けば平常運転だ。
「もう試験官にカネを握らせるしか無い」
「不正を嫌って【ラッキーウィスカー】作ったんでしょ。教会をぶっ壊すんでしょ」
「だって……!!」
そして泣く。
今日3回目。
3回とも同情を誘うためのウソ泣きだ。
「私可愛くて美人で、頭も良いから……自分で無理だって分かりますもん、分かっちゃってるんですもん!!」
──こりゃダメだ。
オリヴィアとノッペラは顔を合わせ、そんなジェスチャーをした。
「ノッペラさん、今日はもうラッキーさん連れて引き上げよう」
「だな」
そういうことになった。
「勘違いしないでくださいねっ」
ダンジョンの出口。声を上げたのはラッキーだった。
「確かにかなり厳しいですけど。諦めません、私は最強のギルドのギルドマスターになるんですからっ」
意地か、根性か。
彼女はきっぱりそう言い放つ。
「ノッペラさん」
「ンだよ」
「ぶっちゃけ幻滅したんでしょ」
「………」
ノッペラはぼりぼり頭を掻いた後々、目に見えて疲労困憊のラッキーを眺め、小さく舌打ちをする。
「ああそうだよ幻滅したよ。【百鬼夜行】を追い詰めたギルドのアタマがこんなヒョロボケだとは思わなかっぜオレはよ」
「でも私がクロードさんの悪事を暴いたのは事実です」
「………あ?」
「あなた方が魔物をひっそり増やしていたのを明らかにしたのも私」
やけに挑発的な言葉。
彼女なりの話術だ。
「資金の流れを知り、依頼の内容を精査し、魔物を育てていることも推理してみせた。悪事を暴き弱みを握って協力関係を築いた。段階を踏み入念な準備を経て計画を練り結果、こうしてあなたはいま、私のギルド【ラッキーウィスカー】にて臨時で仲間になっている」
「そりゃスゲェって褒めてほしいのか。それとも、ガチで喧嘩売ってンのか」
「あなたはとても信頼されている。クロードさんから信頼されているから、増やした魔物の管理も任されていたし、私達の『監視役』にも任ぜられた。そうでしょう」
「……………口だけ軽いなテメェ」
「私にはそうする力があって、そっちのほうが向いている。ラッキー・クローバーは動かなくとも──いいえ動けなくても実行できる」
「ゴタゴタうるせェッ、何が言いてェんだ、あぁ!?」
ラッキー・クローバーが何を言いたいのか。
掴みかかろうとするノッペラを制止するオリヴィアはそれ理解し、そして呆れ、絶句した。
「私の武器は剣じゃなくて頭、魔法じゃなくて思考力。立っているものは親でも竜殺しでも容赦なく使うのがこの私、天才幸運美女ラッキー・クローバー!」
「コイツ他人にダンジョン攻略してもらうつもりか………!!」
「はい」
「それ試験でアリなのかよ!?」
「細則には載ってません」
断定形のその言葉。
彼女が元協会の受付嬢であることも相まって、説得力はある。
「替え玉は禁止されてましたけどね」
「じゃあどうすンだ、周り全部ライバルだろーが」
「まあそこは、お楽しみに」
……他力本願。
そんな四文字がオリヴィアの脳裏を高速で通り過ぎていった。
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