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第一章 幸運のヒゲ
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場所は戻り、『銀の皿』店内。
この時間にまだ座空いている座席があったのは幸運だろう。
未だ客足と喧騒とが途絶えることのない店内は、ラッキー・クローバーの狙い通り、「最強の騎士」と「最強の治癒術師」にとって都合の良い隠れ蓑になっていた。
オリヴィア・ベルナールの鮮やかな緋色のローブだけでなく、ようやっと服を着て尊厳を取り戻したリモン・カーディライトの持つ、余りにも巨大な盾すら奇跡的に目立っていない。
そんなものを気にする暇もないほどに、この店の食事は美味である。
「──まずは話のスタート地点。オリヴィアちゃんが例のあのギルドを追放され、その後すぐ盾騎士様が追放されました、というところから」
オリヴィアならびにその横に座るリモンが頷く。
一応の配慮か、今回は【ドラゴンスレイヤーズ】の名前は意図的に伏せられていた。
「その直後、盾騎士様が教会協会カレドゥシャ本部までやって来ました」
リモンが目を瞑りうんうんと3回頷く。
「私はたまたま受付業務をする中、盾騎士様の素性を知ってしまいます。彼こそ私の夢、最強のギルドに必要な『最強の騎士』と見込み、これは運命、夢の実現のため手を貸してほしいとお願いしました」
「行く宛もなかった俺は、ラッキーを頼ることにした。これもまた運命だと受け入れたのだ」
「事情を知った盾騎士様から『最強の治癒術師』の話を聞いた私は、これまた運命に違いないと、オリヴィアちゃんがここに来るのを待っていたわけです」
「オリヴィアはまだ幼い。他所の協会ではまず信用されないと考え、ここカレドゥシャに銀時計を取りに来ると踏んだ。どうだ、俺の推理は凄いだろう」
──別に凄くはない。
ギルド【ドラゴンスレイヤーズ】は裏の仕事も取り扱う都合上、万にひとつ身元が判明した場合、ギルドでの活動に支障が出ることが多々ある。
そのリスクを減らすべく、身分を簡単に示すことのできる冒険者資格を証明する銀時計、ならびに冒険者印をカレドゥシャの銀行に預けるのは通例。もちろん、リモン本人もそうしていた。
彼とオリヴィア、二人は今や【ドラゴンスレイヤーズ】から追放されている。素性が明るみになっても特に問題はない……となると、身分証明の役割を持つ銀時計・印鑑は持っておくに越したことはない。
ここに来ることは偶然でも運命でもなく、ただの必然。推理など不要。
ついでに、オリヴィアは「幼い」と評されたのを快く思わない年頃だ。色々と言い返すべく口を開きかけるが──ここで口を出すと面倒になりそうなので、大人しくしておくことにした。
「どうします?ギルド入っちゃいます?」
「オリヴィアがやめておくなら俺もやめる。オリヴィアでないと駄目だからだ。俺は最強だが、人間だから限界はある。その限界を引き上げるのが治癒術師たる君。故に俺は、オリヴィアなしでは真の最強ではない。最強でない俺は、ラッキー、君にとっても不要な存在だ」
「こんなこと言ってますオリヴィアちゃん、頼みます、お願いします、すごいチャンスなんです。私の夢の実現のための……!」
無言のままオリヴィアは考える。
相変わらず笑顔のリモンと、やや焦った様子のラッキーの顔を交互に眺め。
考えて、考えて、考え抜く。
ラッキーの真意は。リモンの真意は。自分へのメリットは。デメリットは。
ひたすらに、これ以上ないというほどに考え抜いた結果。
「じゃあ、入ってあげてもいい」
「うぉぉぉおおおおっ!!やった!いえい!Foooo↑↑↑」
紆余曲折……と言うには短い道のりではあったが、オリヴィア・ベルナールは申し出の通り、ラッキーの創設する新たな非公認ギルドのメンバーになることを了承する運びとなった。
ラッキーは大喜び。なりふり構わず奇声を上げて、席を立ち小躍りしている。
「やった!やった!やった!やった!」
「リモンさんがどうしてもと言うから、です。治癒術師ですから、見捨てられない人はいるというか」
「やった!やった!やった!やった!やった!」
「一番傷つく前衛、彼らのそばに居るのは治癒術師として当然のことですし」
「やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!」
「聞いてます?」
リモンは
「フフン」
と満足げな笑みをこぼした。
こうなると見越していたかのような。
「笑ってますけどねリモンさん、あなたが、わたしが居ないと駄目だって言うからですね」
「そうだ、俺はオリヴィアが居ないと駄目だ」
「~~~~~ッ」
オリヴィアがフードをがっしりと掴むその様子を見て、ラッキーは細い目をさらに細める。
「あれ~もしかしてお二人は~らぶらぶ~だったり~?」
「違う」
「ち、違いますよっ」
双方ともに亜音速で否定した。
一見照れのようにも見えるが。
「違いますから。本当に。そういうのやめてください。気持ち悪い」
オリヴィアはフードを深く被りながら……ずっとハの字だった眉が逆向きに釣り上げた。
かなり真面目に、怒っていた。
「フン……」
「えっ、ごめんなさい、そんなに怒るとは思わなくて……」
思わずリモンとラッキーも萎縮する。
話が途切れる。
気まずい空気。
「っと、その」
今更空気を読み、オリヴィアは言葉を探しはじめる。暫く考える素振りを見せた後、絞り出すようにして新たな話題の提供に至った。
「えぇっと、ラッキーさんはリモンさんの『呪い』は知ってる?」
「え? ええ、大体は」
──呪い。
生物に対して悪意をもって組み込まれる魔法。
その範囲は広く曖昧で、効果・特性も種々様々。現在のところは「継続的に効果を及ぼす、かけられた側に一方的な不利益が発生する魔法」という定義が一般に用いられる。
「盾騎士様はドラゴンに呪われた、というのは聞きました」
「然り。聞かせた」
リモンが鷹揚に頷くついでに前髪をファッサァ…とかきあげた。
「ふざけてます?」
というオリヴィアの言葉は無視される。
「俺は呪われている。詳細は省くが、竜殺しの『副産物』として『常時挑発』なる『呪い』が俺を『イクリプスして』いる」
そう胸を張って答える。
勿論胸を張る場面ではない。
なお、詳細を省いたのは「彼自身、自分でもなぜ呪われたのか分かっていない」からだ。
「……周囲の敵意を自分に向けさせてしまう、常時『挑発』状態。それがリモンさんにかけられた呪いなの。虫、獣、魔物も人も。攻撃しようという意思を持つ生き物は、近くにリモンさんが居るとそっちを襲っちゃう」
「然り」
渋い顔をしてリモンが続ける。
「だから買ったばかりの鎧も傷だらけにされるし、その鎧すら盗られるし、生傷も絶えん。悪意にさらされ続けて精神も疲弊する。
有象無象の冒険者や不届き者たちが跳梁跋扈するこのカレドゥシャに居続ければ、いくら俺でも半月と保たんだろう。
何よりも解呪の難易度だな。オリヴィアほどの力を持つ治癒術師の力を借りて、やっと『呪い』の効果を軽くすることができるだけ。竜の呪いは些か強力すぎて消すには至らない──」
呪いを解く──即ち解呪には特殊な訓練が必要であり、これは治癒術師を志す者にとって最初の登竜門となる。
あまりにも強力な呪いは、解くための手順も相当に複雑であり、優秀な治癒術師でも手に負えないことは珍しくない。
どこか申し訳なさそうな顔をするオリヴィアの肩を、リモンは静かに、優しく叩いた。
「──が、しかし。俺はこの『呪い』を持つからこそ最強の騎士足り得る。皮肉なものだ。何せ……俺以上に何かを守ることに秀でた騎士は存在しない。俺さえ居れば、俺以外の者には敵意が向くことはないのだ。
故に盾騎士。守護することが至上の目的、剣さえ持たぬ盾の騎士として名を馳せることとなった。俺の強さの指標とは即ち『どれだけ倒せるか』ではない。『どれだけ守れるか』だ。最強とはつまり、そういうことだ」
盾騎士はまた胸を張る。
今度は文脈的にも正しい胸の張り方だ。
「『そういうこと』とはどういうことなのかは分かりませんが、取り敢えず盾騎士様はヤバい状態で、それを緩和するために治癒術師、つまりオリヴィアちゃんが可及的速やかに必要だったと」
「そう」
「然り」
オリヴィアとリモンが同時に返事をして頷く様子を見て、ラッキーは彼らの繋がりの深さを感じ取った。
まるで兄弟のようだ、と。
「要は盾騎士様たちは阿吽の呼吸、ふたり揃って最強だったってことですね」
「そうだ。相互補完、比翼連理、偕老同穴、水魚の交わり。我ら二人は揃ってこそ真価を発揮する」
「わたしはひとりでも強いから、別にそうでもないけどね」
オリヴィアは辛辣だったものの、その言葉は事実。彼女の強さに関しては二人とも知るところであり、反論の隙は無い。
強さに関しては。
「……フン」
「何です、その笑いは」
「治癒術師が前衛とは、考えてみればおかしなものだな、と思った」
それを聞き、あからさまに不服そうな顔をするオリヴィア。思い出すのはつい先日、追放されたときの記憶だ。
あのとき言葉にできなかった反論が、ここで披露される。
「わたしは強い。全然おかしくない。当然の役割だもん、マズいことなんて、何も」
「はっきり言うが、治癒術師が前衛なのはすごくマズいぞ」
「……はっきり言うじゃん」
「正確には君が前衛なのがマズいのではなく、治癒術師が前衛にならざるを得ないこと。ギルドとしてこれが非常にマズい」
リモンは腕組みしつつ、話を切り出した。
今宵の盾騎士は鎧のかわりに理論をまとうようだ。
「オリヴィアは確かに強い。極端な話、不老不死でもない限り如何なる生命体でも倒せるのだから。これはラッキーも知るところ……なのか?」
「はい、存じてます」
「なら話が早い。『即時回復』を用いたあの戦法は間違いなく別格。マネできるものもまず今後100年以上は出てこない。高等かつ強力な戦法だ」
「ほら。強いなら別に問題なんて──」
「問題がある」
具にリモンは言葉を続ける。
今の彼は過剰な自信と不遜な態度で強者を演じる馬鹿っぽい青年ではなく、純粋な「年上の人間」として、オリヴィアへの評価を下す。
「オリヴィア・ベルナール最大の強みは戦闘能力ではない。最上級の治癒術を使えることにある」
「でも」
「君は少し自己中心的なのだ、オリヴィア。いつもひとりで戦うことしか考えていない。君は自分を最強だと思っている節があるからな」
「だってそうじゃん」
「君は戦闘スタイルの都合上、一対一の戦いでなければまともに動けない。そうだろう」
「それは……そう、だけど」
オリヴィアはむくれる。
もう反論の余地もなく、彼女が前衛で居続けられない理由が述べられ続ける。
むくれるしかない。
「結果どうなる。君を守るために他のものが前に出なければなるまい。特に俺のような前衛盾職と呼ばれるものたちが、だ。なぜなら君は『最強の治癒術師』で、我々を癒やしてくれる重要な存在で、傷ついてもらっては困るからだ」
「………」
「つまり大前提として、オリヴィアには治癒術師として働いてもらいたい訳だ。特に俺は『呪い』の都合もあるから尚更その気持ちが強い」
「…………」
「今、俺たちはメンバーが3人だけ。そのうち1人は戦えない」
当の戦えない1人、ラッキーは申し訳程度に申し訳無さそうな顔をして話を聞いていた。
「申し訳ございません。」
口でもそう言った。
どう見ても聞いても、仕事用のそれだった。
「つまり今は嫌でもオリヴィアが前に出ねばならない。俺はこれを良しとしない。『呪い』ですぐにボコボコにされるだろうからな。オリヴィアと別れて6日近く経つが、その間ですら死を覚悟することが多々あった。戦闘中となれば尚更リスクが大きい」
「そ、それならラッキーさんが頑張って仲間を増やせば、わたしも前衛で──」
「それも駄目なのだ」
「うううぅ……!」
オリヴィアは唸りながらリモンを睨んだ。言い返せるだけの材料がないために、唸るしかなかった。
唸りを無視してリモンの話は続く。
「先に述べた通り、オリヴィアが前に出る場合、必然的なツーマンセルやらスリーマンセルやらになる。では仮にオリヴィアが後方で治癒術に専念する場合はどうか」
僅かな間が置かれる。
オリヴィアにあえて考えさせるための時間だ。
しかし答えは早々にラッキーの口から滑り出した
「オリヴィアちゃんを守っていた人員が全て、攻撃に転じられる?」
「然り」
リモンが頷く。
「総攻撃力が上がるのだ、オリヴィアの防衛を常に意識する必要がなくなるのだから当然だとも。さらに拠点に残ったり後方で待機してくれていれば、帰る場所がある怪我しても大丈夫だと精神的な拠り所としても機能する。仲間がより自由に動けるようになる。
それは逆に、君が前に出て自由に戦うと不自由する者が出るということでもある。これはいくら仲間が増えようと変わらん、オリヴィアもとい治癒術師が前衛に出ることの明確かつ当たり前のデメリットだ。強さどうこうではなく『自由できない』という精神的苦痛を他者が負う。これが駄目。
あぁいやすまん、語りすぎたな、うん、柄にもなく」
咳払いをして、リモンはオリヴィアの頭を撫でてやった。
オリヴィアは心底不愉快そうな顔をしている。
「適材適所という言葉がある。それに……君は一対一では圧倒的な強さを誇るのは純然たる事実。俺と君しか今は戦える者がいないのだ、前に出るのもやむなしさ」
「リモンさんの言いたいことは分かったけど、要は?」
「将来的には後方支援に専念してほしい、ということだ。あそこを追放されたのも、十中八九そういった理由だろう?」
「じゃあ今は前衛してていいの?」
「うーん、そういうことになるか? なってしまうな、うん」
そういうことになった。
「私達のギルドが大きくなったら、後方支援専門の治癒術師でお願いします、ということですよね。盾騎士様」
「然り」
「良かったですねオリヴィアちゃん」
「……うん?」
──じゃあ何で叱られたんだろ。
オリヴィアは複雑な心境のまま、目の前のボンゴレに入っている二枚貝を眺め続けた。
*
「盾で殴れば6人くらい、リモンさんなら余裕でしょ」
追い剥ぎに遭った経緯を聞いたオリヴィアの感想を受け、リモンは
「仕方あるまい」
と何故か得意げな顔で口を開いた。
「盾騎士を名乗る者、人を傷つける可能性は最大限に排さなければならない」
「それで盾騎士様、鎧はどうするんです?」
「金を貸してくれ、ラッキー」
「リモンさん最低。人間のクズ。ヒモ。生き恥」
「流石に言い過ぎじゃないです……?」
カレドゥシャの夜の道を歩く3人。
目指しているのはギルドハウス……になる予定の場所、ラッキー・クローバーの棲家。
──そもそもギルドハウスとは、冒険者たちが仲間と寝食を共有し、『家族』のような生活を営む場。彼らにとっての『家』である。
基本的には借家やアパートでシェアハウスの形態をとる場合が多いが、それなりに収益を得ているギルドは本当に自分たちの『家』を建ててしまうことがある。
「それで盾騎士様、いくら必要なんです?」
「駄目だよラッキーさん、自分で稼がせなきゃ」
「オリヴィアも手伝ってくれるな?」
「何をですか」
「仕事だ」
「……え、わたし今日だけで結構稼いだから、別に仕事は」
「なんと、オリヴィアが鎧を買ってくれるのか。助かる」
「買いませんよ!年下にたかるとかサイテー!!」
「そうかそうか、じゃあ手伝ってくれるか」
「そういうところありますよねリモンさん……」
オリヴィアは拒否はしないあたり、別に嫌という訳でもないらしかった。
「さあ着きましたよ」
ラッキーが足を止めたのは、ごく普通の民家の前。カレドゥシャの建築様式を守った、猫背で古風な2階建て。
「ここ、空き家だったのを改装して使わせてもらってるんですよ……っと」
鍵を開けながら建物の説明がなされる。
建付けが悪いようで、なかなか玄関の扉が開かない。
「……ギルドハウスってまさか、ここ?」
ボロ家である。
かなり。
少なくとも、年頃の女性が一人暮らししているとは想像もつかない。
複数人が生活をともにするギルドハウスとなれば、なおさら。
「はい……よし開いた」
ラッキーが4、5回ほど玄関扉の左下の木枠を蹴って、やっと扉が開いた。
「どうぞ上がって」
「まさか、ここはラッキーさんのおうち?」
「ええ、そうです」
「その若さで家なんて、すごい……ですけど」
「いえいえ、たまたま懸賞で当たったんですよ」
「懸賞」
「私運が良いんですよね、名前のお陰ですかね」
だらだらと話している二人を他所に、リモンはずけすげと屋内に侵入。
我が物顔でソファーに陣取る。
「もう、盾騎士様ったら」
「えらく慣れてるね、リモンさん」
「そりゃあ、5日もここで暮せば慣れますよ」
「……………?」
オリヴィアは見つめる。
機嫌良さげな猫のように目を細めたラッキーを見つめる。
それから、ソファーで大きくあくびをしたリモンへを見つめる。
再度、二人へ交互に目をやる……。
「待って」
ぽつりと言葉が漏れる。
「え、待って待って」
「待ちます」
「なんかふたり……仲良さげな雰囲気は多少は感じてたけど、リモンさんとラッキーさんは同棲してた、ってこと?」
「嫌だなぁ、同棲だなんて恋人みたいじゃないですかぁ。まだそんな仲じゃないですよぉ、ねぇ盾騎士様」
ラッキーが浮かべるのは悪戯っぽい、含みのある微笑み。
「ちょ、ちょ、リモンさん……!?」
リモンは背負っていた盾を降ろし磨きはじめた。
「フフン」
と笑ったような気がしたが、それが一連の会話を聞いた上での反応なのかは怪しいところだ。
「…………何か…居心地悪い…かも?」
「冗談ですってば、かわいいなぁオリヴィアちゃんは。これはもう抱きしめるしかない、そう思いません?」
がばり、ラッキーの腕がオリヴィアを包み込んだ。有無を言わさない突然の抱擁。躱すことはできない。
「なんで!どうして!」
余りにも突然過ぎて混乱したオリヴィアは思考が追いつかない。もごもご動いて抱きついてきた変人を突き放そうとするが──。
「うっわラッキーさん力つっよぃ、痛い、もはや痛い!」
「オリヴィア、見ろ、盾がテッカテッカしてるぞ、俺の綺麗な顔が綺麗に映っている」
「うるさいリモンさん黙って、ラッキーさんは離れて……!」
「改めてギルドマスター、ラッキー・クローバーです。よろしくお願いします、オリヴィアちゃんっ」
「よろしくお願いしません……っ」
「見ろ、ラッキー、俺の綺麗な顔が──」
「ギルド名は【ラッキーウィスカー】なんてどうです、盾騎士様」
「意味は知らんが格好良いな。ラッキーウィスカー、ラッキーウィスカー………なるほどな。ラッキーウィスカーか、決定だ」
「リモンさん助けて!!ラッキーさんは離れて!!勝手に話を進めないで!!むぎゅう」
ラッキーウィスカー。
ラッキーのひげ、という意味。
カレドゥシャでは古くから猫のひげがお守りとして重宝されてきたことから、ラッキーが自身の名前をもじって、更に縁起の良いギルド名へと仕立て上げた。
後に「変人の巣窟」「おもしろ人間博覧会」「騒音公害本舗」エトセトラエトセトラ……として名を馳せる非公認ギルド【ラッキーウィスカー】。
この夜、その前身が生まれることとなった。
この時間にまだ座空いている座席があったのは幸運だろう。
未だ客足と喧騒とが途絶えることのない店内は、ラッキー・クローバーの狙い通り、「最強の騎士」と「最強の治癒術師」にとって都合の良い隠れ蓑になっていた。
オリヴィア・ベルナールの鮮やかな緋色のローブだけでなく、ようやっと服を着て尊厳を取り戻したリモン・カーディライトの持つ、余りにも巨大な盾すら奇跡的に目立っていない。
そんなものを気にする暇もないほどに、この店の食事は美味である。
「──まずは話のスタート地点。オリヴィアちゃんが例のあのギルドを追放され、その後すぐ盾騎士様が追放されました、というところから」
オリヴィアならびにその横に座るリモンが頷く。
一応の配慮か、今回は【ドラゴンスレイヤーズ】の名前は意図的に伏せられていた。
「その直後、盾騎士様が教会協会カレドゥシャ本部までやって来ました」
リモンが目を瞑りうんうんと3回頷く。
「私はたまたま受付業務をする中、盾騎士様の素性を知ってしまいます。彼こそ私の夢、最強のギルドに必要な『最強の騎士』と見込み、これは運命、夢の実現のため手を貸してほしいとお願いしました」
「行く宛もなかった俺は、ラッキーを頼ることにした。これもまた運命だと受け入れたのだ」
「事情を知った盾騎士様から『最強の治癒術師』の話を聞いた私は、これまた運命に違いないと、オリヴィアちゃんがここに来るのを待っていたわけです」
「オリヴィアはまだ幼い。他所の協会ではまず信用されないと考え、ここカレドゥシャに銀時計を取りに来ると踏んだ。どうだ、俺の推理は凄いだろう」
──別に凄くはない。
ギルド【ドラゴンスレイヤーズ】は裏の仕事も取り扱う都合上、万にひとつ身元が判明した場合、ギルドでの活動に支障が出ることが多々ある。
そのリスクを減らすべく、身分を簡単に示すことのできる冒険者資格を証明する銀時計、ならびに冒険者印をカレドゥシャの銀行に預けるのは通例。もちろん、リモン本人もそうしていた。
彼とオリヴィア、二人は今や【ドラゴンスレイヤーズ】から追放されている。素性が明るみになっても特に問題はない……となると、身分証明の役割を持つ銀時計・印鑑は持っておくに越したことはない。
ここに来ることは偶然でも運命でもなく、ただの必然。推理など不要。
ついでに、オリヴィアは「幼い」と評されたのを快く思わない年頃だ。色々と言い返すべく口を開きかけるが──ここで口を出すと面倒になりそうなので、大人しくしておくことにした。
「どうします?ギルド入っちゃいます?」
「オリヴィアがやめておくなら俺もやめる。オリヴィアでないと駄目だからだ。俺は最強だが、人間だから限界はある。その限界を引き上げるのが治癒術師たる君。故に俺は、オリヴィアなしでは真の最強ではない。最強でない俺は、ラッキー、君にとっても不要な存在だ」
「こんなこと言ってますオリヴィアちゃん、頼みます、お願いします、すごいチャンスなんです。私の夢の実現のための……!」
無言のままオリヴィアは考える。
相変わらず笑顔のリモンと、やや焦った様子のラッキーの顔を交互に眺め。
考えて、考えて、考え抜く。
ラッキーの真意は。リモンの真意は。自分へのメリットは。デメリットは。
ひたすらに、これ以上ないというほどに考え抜いた結果。
「じゃあ、入ってあげてもいい」
「うぉぉぉおおおおっ!!やった!いえい!Foooo↑↑↑」
紆余曲折……と言うには短い道のりではあったが、オリヴィア・ベルナールは申し出の通り、ラッキーの創設する新たな非公認ギルドのメンバーになることを了承する運びとなった。
ラッキーは大喜び。なりふり構わず奇声を上げて、席を立ち小躍りしている。
「やった!やった!やった!やった!」
「リモンさんがどうしてもと言うから、です。治癒術師ですから、見捨てられない人はいるというか」
「やった!やった!やった!やった!やった!」
「一番傷つく前衛、彼らのそばに居るのは治癒術師として当然のことですし」
「やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!」
「聞いてます?」
リモンは
「フフン」
と満足げな笑みをこぼした。
こうなると見越していたかのような。
「笑ってますけどねリモンさん、あなたが、わたしが居ないと駄目だって言うからですね」
「そうだ、俺はオリヴィアが居ないと駄目だ」
「~~~~~ッ」
オリヴィアがフードをがっしりと掴むその様子を見て、ラッキーは細い目をさらに細める。
「あれ~もしかしてお二人は~らぶらぶ~だったり~?」
「違う」
「ち、違いますよっ」
双方ともに亜音速で否定した。
一見照れのようにも見えるが。
「違いますから。本当に。そういうのやめてください。気持ち悪い」
オリヴィアはフードを深く被りながら……ずっとハの字だった眉が逆向きに釣り上げた。
かなり真面目に、怒っていた。
「フン……」
「えっ、ごめんなさい、そんなに怒るとは思わなくて……」
思わずリモンとラッキーも萎縮する。
話が途切れる。
気まずい空気。
「っと、その」
今更空気を読み、オリヴィアは言葉を探しはじめる。暫く考える素振りを見せた後、絞り出すようにして新たな話題の提供に至った。
「えぇっと、ラッキーさんはリモンさんの『呪い』は知ってる?」
「え? ええ、大体は」
──呪い。
生物に対して悪意をもって組み込まれる魔法。
その範囲は広く曖昧で、効果・特性も種々様々。現在のところは「継続的に効果を及ぼす、かけられた側に一方的な不利益が発生する魔法」という定義が一般に用いられる。
「盾騎士様はドラゴンに呪われた、というのは聞きました」
「然り。聞かせた」
リモンが鷹揚に頷くついでに前髪をファッサァ…とかきあげた。
「ふざけてます?」
というオリヴィアの言葉は無視される。
「俺は呪われている。詳細は省くが、竜殺しの『副産物』として『常時挑発』なる『呪い』が俺を『イクリプスして』いる」
そう胸を張って答える。
勿論胸を張る場面ではない。
なお、詳細を省いたのは「彼自身、自分でもなぜ呪われたのか分かっていない」からだ。
「……周囲の敵意を自分に向けさせてしまう、常時『挑発』状態。それがリモンさんにかけられた呪いなの。虫、獣、魔物も人も。攻撃しようという意思を持つ生き物は、近くにリモンさんが居るとそっちを襲っちゃう」
「然り」
渋い顔をしてリモンが続ける。
「だから買ったばかりの鎧も傷だらけにされるし、その鎧すら盗られるし、生傷も絶えん。悪意にさらされ続けて精神も疲弊する。
有象無象の冒険者や不届き者たちが跳梁跋扈するこのカレドゥシャに居続ければ、いくら俺でも半月と保たんだろう。
何よりも解呪の難易度だな。オリヴィアほどの力を持つ治癒術師の力を借りて、やっと『呪い』の効果を軽くすることができるだけ。竜の呪いは些か強力すぎて消すには至らない──」
呪いを解く──即ち解呪には特殊な訓練が必要であり、これは治癒術師を志す者にとって最初の登竜門となる。
あまりにも強力な呪いは、解くための手順も相当に複雑であり、優秀な治癒術師でも手に負えないことは珍しくない。
どこか申し訳なさそうな顔をするオリヴィアの肩を、リモンは静かに、優しく叩いた。
「──が、しかし。俺はこの『呪い』を持つからこそ最強の騎士足り得る。皮肉なものだ。何せ……俺以上に何かを守ることに秀でた騎士は存在しない。俺さえ居れば、俺以外の者には敵意が向くことはないのだ。
故に盾騎士。守護することが至上の目的、剣さえ持たぬ盾の騎士として名を馳せることとなった。俺の強さの指標とは即ち『どれだけ倒せるか』ではない。『どれだけ守れるか』だ。最強とはつまり、そういうことだ」
盾騎士はまた胸を張る。
今度は文脈的にも正しい胸の張り方だ。
「『そういうこと』とはどういうことなのかは分かりませんが、取り敢えず盾騎士様はヤバい状態で、それを緩和するために治癒術師、つまりオリヴィアちゃんが可及的速やかに必要だったと」
「そう」
「然り」
オリヴィアとリモンが同時に返事をして頷く様子を見て、ラッキーは彼らの繋がりの深さを感じ取った。
まるで兄弟のようだ、と。
「要は盾騎士様たちは阿吽の呼吸、ふたり揃って最強だったってことですね」
「そうだ。相互補完、比翼連理、偕老同穴、水魚の交わり。我ら二人は揃ってこそ真価を発揮する」
「わたしはひとりでも強いから、別にそうでもないけどね」
オリヴィアは辛辣だったものの、その言葉は事実。彼女の強さに関しては二人とも知るところであり、反論の隙は無い。
強さに関しては。
「……フン」
「何です、その笑いは」
「治癒術師が前衛とは、考えてみればおかしなものだな、と思った」
それを聞き、あからさまに不服そうな顔をするオリヴィア。思い出すのはつい先日、追放されたときの記憶だ。
あのとき言葉にできなかった反論が、ここで披露される。
「わたしは強い。全然おかしくない。当然の役割だもん、マズいことなんて、何も」
「はっきり言うが、治癒術師が前衛なのはすごくマズいぞ」
「……はっきり言うじゃん」
「正確には君が前衛なのがマズいのではなく、治癒術師が前衛にならざるを得ないこと。ギルドとしてこれが非常にマズい」
リモンは腕組みしつつ、話を切り出した。
今宵の盾騎士は鎧のかわりに理論をまとうようだ。
「オリヴィアは確かに強い。極端な話、不老不死でもない限り如何なる生命体でも倒せるのだから。これはラッキーも知るところ……なのか?」
「はい、存じてます」
「なら話が早い。『即時回復』を用いたあの戦法は間違いなく別格。マネできるものもまず今後100年以上は出てこない。高等かつ強力な戦法だ」
「ほら。強いなら別に問題なんて──」
「問題がある」
具にリモンは言葉を続ける。
今の彼は過剰な自信と不遜な態度で強者を演じる馬鹿っぽい青年ではなく、純粋な「年上の人間」として、オリヴィアへの評価を下す。
「オリヴィア・ベルナール最大の強みは戦闘能力ではない。最上級の治癒術を使えることにある」
「でも」
「君は少し自己中心的なのだ、オリヴィア。いつもひとりで戦うことしか考えていない。君は自分を最強だと思っている節があるからな」
「だってそうじゃん」
「君は戦闘スタイルの都合上、一対一の戦いでなければまともに動けない。そうだろう」
「それは……そう、だけど」
オリヴィアはむくれる。
もう反論の余地もなく、彼女が前衛で居続けられない理由が述べられ続ける。
むくれるしかない。
「結果どうなる。君を守るために他のものが前に出なければなるまい。特に俺のような前衛盾職と呼ばれるものたちが、だ。なぜなら君は『最強の治癒術師』で、我々を癒やしてくれる重要な存在で、傷ついてもらっては困るからだ」
「………」
「つまり大前提として、オリヴィアには治癒術師として働いてもらいたい訳だ。特に俺は『呪い』の都合もあるから尚更その気持ちが強い」
「…………」
「今、俺たちはメンバーが3人だけ。そのうち1人は戦えない」
当の戦えない1人、ラッキーは申し訳程度に申し訳無さそうな顔をして話を聞いていた。
「申し訳ございません。」
口でもそう言った。
どう見ても聞いても、仕事用のそれだった。
「つまり今は嫌でもオリヴィアが前に出ねばならない。俺はこれを良しとしない。『呪い』ですぐにボコボコにされるだろうからな。オリヴィアと別れて6日近く経つが、その間ですら死を覚悟することが多々あった。戦闘中となれば尚更リスクが大きい」
「そ、それならラッキーさんが頑張って仲間を増やせば、わたしも前衛で──」
「それも駄目なのだ」
「うううぅ……!」
オリヴィアは唸りながらリモンを睨んだ。言い返せるだけの材料がないために、唸るしかなかった。
唸りを無視してリモンの話は続く。
「先に述べた通り、オリヴィアが前に出る場合、必然的なツーマンセルやらスリーマンセルやらになる。では仮にオリヴィアが後方で治癒術に専念する場合はどうか」
僅かな間が置かれる。
オリヴィアにあえて考えさせるための時間だ。
しかし答えは早々にラッキーの口から滑り出した
「オリヴィアちゃんを守っていた人員が全て、攻撃に転じられる?」
「然り」
リモンが頷く。
「総攻撃力が上がるのだ、オリヴィアの防衛を常に意識する必要がなくなるのだから当然だとも。さらに拠点に残ったり後方で待機してくれていれば、帰る場所がある怪我しても大丈夫だと精神的な拠り所としても機能する。仲間がより自由に動けるようになる。
それは逆に、君が前に出て自由に戦うと不自由する者が出るということでもある。これはいくら仲間が増えようと変わらん、オリヴィアもとい治癒術師が前衛に出ることの明確かつ当たり前のデメリットだ。強さどうこうではなく『自由できない』という精神的苦痛を他者が負う。これが駄目。
あぁいやすまん、語りすぎたな、うん、柄にもなく」
咳払いをして、リモンはオリヴィアの頭を撫でてやった。
オリヴィアは心底不愉快そうな顔をしている。
「適材適所という言葉がある。それに……君は一対一では圧倒的な強さを誇るのは純然たる事実。俺と君しか今は戦える者がいないのだ、前に出るのもやむなしさ」
「リモンさんの言いたいことは分かったけど、要は?」
「将来的には後方支援に専念してほしい、ということだ。あそこを追放されたのも、十中八九そういった理由だろう?」
「じゃあ今は前衛してていいの?」
「うーん、そういうことになるか? なってしまうな、うん」
そういうことになった。
「私達のギルドが大きくなったら、後方支援専門の治癒術師でお願いします、ということですよね。盾騎士様」
「然り」
「良かったですねオリヴィアちゃん」
「……うん?」
──じゃあ何で叱られたんだろ。
オリヴィアは複雑な心境のまま、目の前のボンゴレに入っている二枚貝を眺め続けた。
*
「盾で殴れば6人くらい、リモンさんなら余裕でしょ」
追い剥ぎに遭った経緯を聞いたオリヴィアの感想を受け、リモンは
「仕方あるまい」
と何故か得意げな顔で口を開いた。
「盾騎士を名乗る者、人を傷つける可能性は最大限に排さなければならない」
「それで盾騎士様、鎧はどうするんです?」
「金を貸してくれ、ラッキー」
「リモンさん最低。人間のクズ。ヒモ。生き恥」
「流石に言い過ぎじゃないです……?」
カレドゥシャの夜の道を歩く3人。
目指しているのはギルドハウス……になる予定の場所、ラッキー・クローバーの棲家。
──そもそもギルドハウスとは、冒険者たちが仲間と寝食を共有し、『家族』のような生活を営む場。彼らにとっての『家』である。
基本的には借家やアパートでシェアハウスの形態をとる場合が多いが、それなりに収益を得ているギルドは本当に自分たちの『家』を建ててしまうことがある。
「それで盾騎士様、いくら必要なんです?」
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「仕事だ」
「……え、わたし今日だけで結構稼いだから、別に仕事は」
「なんと、オリヴィアが鎧を買ってくれるのか。助かる」
「買いませんよ!年下にたかるとかサイテー!!」
「そうかそうか、じゃあ手伝ってくれるか」
「そういうところありますよねリモンさん……」
オリヴィアは拒否はしないあたり、別に嫌という訳でもないらしかった。
「さあ着きましたよ」
ラッキーが足を止めたのは、ごく普通の民家の前。カレドゥシャの建築様式を守った、猫背で古風な2階建て。
「ここ、空き家だったのを改装して使わせてもらってるんですよ……っと」
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建付けが悪いようで、なかなか玄関の扉が開かない。
「……ギルドハウスってまさか、ここ?」
ボロ家である。
かなり。
少なくとも、年頃の女性が一人暮らししているとは想像もつかない。
複数人が生活をともにするギルドハウスとなれば、なおさら。
「はい……よし開いた」
ラッキーが4、5回ほど玄関扉の左下の木枠を蹴って、やっと扉が開いた。
「どうぞ上がって」
「まさか、ここはラッキーさんのおうち?」
「ええ、そうです」
「その若さで家なんて、すごい……ですけど」
「いえいえ、たまたま懸賞で当たったんですよ」
「懸賞」
「私運が良いんですよね、名前のお陰ですかね」
だらだらと話している二人を他所に、リモンはずけすげと屋内に侵入。
我が物顔でソファーに陣取る。
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「そりゃあ、5日もここで暮せば慣れますよ」
「……………?」
オリヴィアは見つめる。
機嫌良さげな猫のように目を細めたラッキーを見つめる。
それから、ソファーで大きくあくびをしたリモンへを見つめる。
再度、二人へ交互に目をやる……。
「待って」
ぽつりと言葉が漏れる。
「え、待って待って」
「待ちます」
「なんかふたり……仲良さげな雰囲気は多少は感じてたけど、リモンさんとラッキーさんは同棲してた、ってこと?」
「嫌だなぁ、同棲だなんて恋人みたいじゃないですかぁ。まだそんな仲じゃないですよぉ、ねぇ盾騎士様」
ラッキーが浮かべるのは悪戯っぽい、含みのある微笑み。
「ちょ、ちょ、リモンさん……!?」
リモンは背負っていた盾を降ろし磨きはじめた。
「フフン」
と笑ったような気がしたが、それが一連の会話を聞いた上での反応なのかは怪しいところだ。
「…………何か…居心地悪い…かも?」
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「なんで!どうして!」
余りにも突然過ぎて混乱したオリヴィアは思考が追いつかない。もごもご動いて抱きついてきた変人を突き放そうとするが──。
「うっわラッキーさん力つっよぃ、痛い、もはや痛い!」
「オリヴィア、見ろ、盾がテッカテッカしてるぞ、俺の綺麗な顔が綺麗に映っている」
「うるさいリモンさん黙って、ラッキーさんは離れて……!」
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「よろしくお願いしません……っ」
「見ろ、ラッキー、俺の綺麗な顔が──」
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「意味は知らんが格好良いな。ラッキーウィスカー、ラッキーウィスカー………なるほどな。ラッキーウィスカーか、決定だ」
「リモンさん助けて!!ラッキーさんは離れて!!勝手に話を進めないで!!むぎゅう」
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後に「変人の巣窟」「おもしろ人間博覧会」「騒音公害本舗」エトセトラエトセトラ……として名を馳せる非公認ギルド【ラッキーウィスカー】。
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