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第一章 幸運のヒゲ
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場所は移り、カレドゥシャの飲食店街路地裏。
そこを奥へ奥へ方へと進んだ先にあるのは、月より明るい街の灯りにより生まれた、濃く暗い影の部分。
路地と言っても、建造物の隙間が辛うじて道として整備されているのみ。昼夜問わず人の気配はなく、細く入組み、さながら迷路のようになっている。迷い猫すら迷い込めないこの場所は、カレドゥシャという街の清濁のうち濁の方が濃い場所だ。
はじまりと冒険の街であり一大交流拠点であるカレドゥシャは、それ故に善人とは言えないような人間ですら足を運ぶ場所となった。その結果、この路地裏のように人目の付かないところは「吹き溜まり」になる。風通しが悪く、治安が悪いのだ。
そんな吹き溜まりに一人の青年が立つ。見たところ冒険者、鎧をまとった騎士の風貌。
「明らかに俺のことをナメているな、お前ら」
彼の周囲には凶器を構えた男たちが6人ほど。徒党を組んだ追い剥ぎである。
追い剥ぎひとりひとりの顔をしっかり記憶するように見つめた後、青年は嘆息を漏らす。
眉目秀麗、端正な顔立ち。亜麻色の髪と白い肌で優男風に見えるものの、醸し出す雰囲気のせいか、賢明な肉食獣のような隠し持った獰猛さが垣間見える。
身につけている鎧は夜の闇より深い黒。
微かな光に照らされて見えるのはその鎧に施された豪華な装飾と、刻まれた無数の傷。小脇に抱えた兜も黒く、それらを纏えば全身黒色の騎士となることが伺える。
合わせればかなりの重量。この格好で街を闊歩していたのだから、さぞ均整の取れた体つきをしているに違いない。
それにも関わらず、彼は追い剥ぎに狙われてしまった。
「浅はかだ、愚かしいほどに」
辟易したように彼が吐き捨てるセリフは自信と自尊心に装飾されており、言葉以上の圧を放つ。
……しかし、その騎士は剣を持っていないのだ。
それがこうして襲われる理由。
鎧以外の持ちものは、身の丈ほどの巨大な盾のみ。
尚更、青年が頑健な肉体を持つことは理解に難くないのだが、如何せん武器と呼べるものを持っていないとなると話は変わる。
何より頭数で不利。
1対6。
多勢に無勢。
ならず者たちに囲まれても余裕綽々といった態度。冷静に佇む姿は、彼が剣を持たずとも十二分に戦える、相当の手練であることの表れなのかもしれない。
──あるいは、ただ格好をつけたいだけ、という可能性も無くはない。
「有り金とその高そうな鎧を置いて立ち去るんだな」
低く唸るように、ならず者の一人が声を上げる。
鎧をまとった人間に対して追い剥ぎを敢行することからしても、彼らがそれなりに場数を踏んだ追い剥ぎ集団であることが窺える。
「傷は多いがかなりの上物だろ、それ。さっさとそれと財布置いて行っちまえ。命までは盗らねぇから」
追い剥ぎらしい一言を受け、青年は
「駄目だ」
と最短の返答。
「この鎧は高かった。とても高い鎧だ。とても値段が高い。大事なことだからもう一度言わせてもらうが、とても、値段が、高い。なので、駄目だ」
「高いから置いてけってんだろ、馬鹿か?」
全く持ってその通り。ならず者の中には思わず失笑する者も居た。
──事実、彼が馬鹿であることに違いはなかった。
そんな馬鹿の騎士に、ならず者のひとりがにじりよる。
「駄目だと言われて追い剥ぎなんかやってられるか」
その場にいた大勢の意見を代弁した。
軽く流して騎士は宣う。
「駄目だ、駄目。ぜっっっっったい、駄目だ。これは昨日買ったばかりなんだ。つまりそういうことだから、駄目なのだ」
流石にこれにはならず者たちも笑うしかない。
「ダメダメうるせぇヤツなぁ!!」
「昨日買ったばかりの鎧がそんな傷だらけになるはずねぇだろ!」
「さっさと身ぐるみ剥いじまおうぜ」
じりじり、騎士の青年は追い詰められていく。狭い路地で囲まれ、退路はない。
最早屈するか抗うかの二択しか残されていない。
状況を飲み込んだ騎士の顔は先程から一転、凛々しく、しまりのあるものへと変わる。
「やれやれ。この身体に刻まれた『呪い』というのはいつも──」
そして騎士は構える。
珍妙なポーズで固まった。
それは筆舌に尽くし難いためここでは表現できないが、それほどに奇妙であり、これが仮に戦うための構えだとするなら、最悪だ。
その体勢のまま、騎士は言う。
「──俺を、戦いに導くのか」
追い剥ぎ一同爆笑。
涙が出るほど、腹を抱え笑う。
「こいつ、マジで頭がおかしいぜ!!ギャハハハ!」
また誰かが全員の意見を代弁した。
真っ当な生き方をしていない人間にしては、至極真っ当な台詞。
……だがそれが、彼の今夜最後の言葉となる。
「うるさい笑うなっ」
めり込み、砕ける。
押され、潰れる。
巨大な盾は鈍器となって、追い剥ぎの一人を文字通りに叩きのめした。
辛うじて「瀕死の重症だが命に別状なし」という矛盾を抱える程度の怪我に抑えられているのは、騎士の青年が咄嗟に手心を加えたからに他ならない。
「すまない、ついカッとなってやってしまった、反省している」
衝動的な攻撃。ムシャクシャしてやった。そんな具合。
しかし、これはどこからどう見ても開戦のゴング。追い剥ぎたちは早々に仲間が退場させられ、戦々恐々としつつ戦闘態勢をとる。
「おい、盾の使い方色々と間違ってんだろ……」
「やべぇ、やべぇ奴だコイツ、いろんな意味で相当やべぇ……!!」
残り5人は先の攻撃の射程圏外に陣取るよう、騎士との距離をとる。
「──黒い、盾だけの騎士……」
追い剥ぎの一人が、そう呟いた。
「何だよ……まるで……噂の『盾騎士』の……」
*
──リモン・カーディライト。
その正体こそ、非公認ギルド【ドラゴンスレイヤーズ】に所属すると目されていた盾騎士である。
戦闘においては最前線に立ち仲間を守護する、世にいう前衛盾職である。
漆黒の鎧兜を身にまとい、ギルドメンバーの誰より先に現場へ赴く役割を持つことから、
「黒い盾騎士を見たらその仕事から手を引け」
という教訓を残したとか、残していないとか。
その活躍から同ギルドのメンバーでは珍しく仰々しい二つ名もなく、本名が広く知られている。名を知られていたとしても問題がないのは、普段は鎧兜で素顔を隠しているため。
顔を知る者は少ないが、その姿を知るものは多い。謎多き【ドラゴンスレイヤーズ】の中でも特に奇妙で、特に有名な人物。それがリモン・カーディライトだ。
「リモンさん……こんなところで何してるの」
「やあ、オリヴィア」
ラッキーとオリヴィアは件の「盾騎士」がいくら待っても現れないため、『銀の皿』周辺を捜索していたところだった。
ほんの僅かな捜索の時間を経て現在。
路地裏にて、二人は見つけた。
「盾騎士様。えっと、その、大丈夫、ですか?」
「やあ、ラッキー。夜の君はこのカレドゥシャと同じで、昼間の何倍も眩しく見える」
身ぐるみを剥がされ、代名詞である巨大な盾だけを残し、全裸で放置されているリモン・カーディライトを。
何故か正々堂々、あられもない姿を隠すことなく突っ立っている。隠す必要もないくらいには鍛えられた肉体美ではあるが、人間として隠すべき場所があることは知らないようだった。
「どうして何も着てないの──いいえ、待って。わたし当ててあげる」
不敵な笑みを浮かべるリモンを一瞥すると、オリヴィアは鼻で笑った。
「リモンさん追い剥ぎにあったでしょ」
「正解だ。フフッ、流石『天より使わされし癒し手』、お見通しというわけか」
リモンは笑顔だった。
何が楽しいのか。
「なにか着るものを、持ってきてもらえないだろうか」
「わ、分かりましたっ。少々お待ちください盾騎士様」
それからラッキーが適当な衣服を見繕い持ってくるまで、オリヴィアとリモンは暫し語らう。
全裸の騎士とフードを被った赤ずくめの少女の並びは、奇人の集まりとしか見えない。
路地裏でなければ大事である。
「負けたんですか?」
「いいや。1人病院送りにした以外、きちんとのこり5人は無傷。守りきった。俺の勝利だ」
リモンはサムズアップする。
どう見ても親指を立てている場合ではないが、本人が気にしていないのなら、もしかすると問題はないのかもしれない。
極力裸体から目を背けつつ、オリヴィアは新たな質問を投げかける。
「じゃあなんで全裸なんですか」
「敵を倒せるかどうかだけが強さの指標ではない、俺の場合は『守れるか』どうかなんだ。そして守った。俺の命も、追い剥ぎの命も」
要領を得ないリモンの言葉。
常人ならば「ああ、こいつは危険なやつだな」と思い避けるところであるが、オリヴィアは彼と既知の仲。
どうにか彼の意図を汲み取り、会話らしきものができている。
「服は。鎧は。どっちも守れてないじゃないですか。ついでに全裸ですから人の尊厳も守れてませんよ、大丈夫ですか」
「いいかオリヴィア、何かを守るということは、何かを犠牲にすることだ。そしてこの行為には剣もナイフも必要ない。それを学び、大人になれ」
「鎧と服と尊厳は尊い犠牲ですか」
リモンは
「フゥン」
とだけ音を出し、それを返事とした。
「相変わらず馬鹿ですね。どうせカッとなって喧嘩買っちゃったんでしょ」
「お見通しというわけか……!」
「短気ですよねぇ。だから毎回一番乗りするっていう」
「俺とお前に、最早言葉は必要ない。心で──」
「はいはい」
「──つまり、そういうことだ」
深いため息。
オリヴィアの口から漏れたものだった。
「あの、リモンさん。一応聞きますけど、もしかしてわたしを追いかけてきてくれたんです?」
「俺は君と同じくして追放された。『呪い』のせいだ」
「あ、そっか」
「どうせ君は君のことしか考えてなかったろう。君がいなくなることで困る人間はいる。ここにもひとり」
「全裸で言われても……」
リモンは空を見上げる。
釣られてオリヴィアも見上げる。
猫背の建物の隙間から覗く星空は、二人が思っていたよりも幾らか暗く、狭かった。
「大変だね、竜殺し同士」
「大変だ、実に」
「わたし、ギルドに誘われました。非公認だって。協会をぶっ壊すんだって」
「俺が紹介した。ラッキーは美しく、教養もあり、賢く、それでいて優しい。ともに働くのは悪くないと思ったし、君を誘うのも悪くないと思った。つまり」
「そういうこと、ですか」
「そういうことだ」
リモンは笑う。
すっぽんぽんであることも相まって、飾り気など一切ない、とても清々しい微笑みだった。
「俺は入ることにした。行く宛もないし、何より彼女の夢は面白い。最強のギルド。ならば最強の俺が加わらなくして何となる。フン」
「わたしは悩んでます」
「一人では心細かろう、共に夢を追いかけようじゃないか」
「……心細いって。それはリモンさんが、でしょ」
「そうだ」
「わたしがいないと駄目なんでしょ」
「そうだ」
満足な答えを寄越され、オリヴィアは頬をぽりぽりと掻く。
「……治癒と安らぎの精霊よ、汝の力を、我に貸し与え給え──。
治癒術、『天使の癒し』」
夜風が吹いた。
風は路地を吹き抜けて、どこかへと通り過ぎていく。
「唐突だが助かった。かなり楽になった。関節がな、かなりキていたのだ。それにきんた──」
「また黒い鎧買わなきゃだよね。何着目なんだろ」
「──そうなんだ。買ったばかりのものを盗られてしまった。かなり辛い。かなり。高かったんだアレ、とても」
「ねえリモンさん」
「どうしたオリヴィア」
「ありがとうって言って」
いたずらっぽく笑うオリヴィアを、困った顔でリモンが見つめる。
「助かった、じゃ駄目なのか」
「駄目です」
「……ありがとう。これでいいか」
「ありがとうございます」
「なぜ君も言う」
「自分から言うと負けた気がして」
あまりにも自分勝手な理由だ。
だが、そもそものところリモンは何を感謝されたのかすら分かっていない。
──ただ側にいることを感謝されているなど、知る由もない。
彼はただ首を傾げ、何故だか笑うオリヴィアを見つめるのみだった。
そこを奥へ奥へ方へと進んだ先にあるのは、月より明るい街の灯りにより生まれた、濃く暗い影の部分。
路地と言っても、建造物の隙間が辛うじて道として整備されているのみ。昼夜問わず人の気配はなく、細く入組み、さながら迷路のようになっている。迷い猫すら迷い込めないこの場所は、カレドゥシャという街の清濁のうち濁の方が濃い場所だ。
はじまりと冒険の街であり一大交流拠点であるカレドゥシャは、それ故に善人とは言えないような人間ですら足を運ぶ場所となった。その結果、この路地裏のように人目の付かないところは「吹き溜まり」になる。風通しが悪く、治安が悪いのだ。
そんな吹き溜まりに一人の青年が立つ。見たところ冒険者、鎧をまとった騎士の風貌。
「明らかに俺のことをナメているな、お前ら」
彼の周囲には凶器を構えた男たちが6人ほど。徒党を組んだ追い剥ぎである。
追い剥ぎひとりひとりの顔をしっかり記憶するように見つめた後、青年は嘆息を漏らす。
眉目秀麗、端正な顔立ち。亜麻色の髪と白い肌で優男風に見えるものの、醸し出す雰囲気のせいか、賢明な肉食獣のような隠し持った獰猛さが垣間見える。
身につけている鎧は夜の闇より深い黒。
微かな光に照らされて見えるのはその鎧に施された豪華な装飾と、刻まれた無数の傷。小脇に抱えた兜も黒く、それらを纏えば全身黒色の騎士となることが伺える。
合わせればかなりの重量。この格好で街を闊歩していたのだから、さぞ均整の取れた体つきをしているに違いない。
それにも関わらず、彼は追い剥ぎに狙われてしまった。
「浅はかだ、愚かしいほどに」
辟易したように彼が吐き捨てるセリフは自信と自尊心に装飾されており、言葉以上の圧を放つ。
……しかし、その騎士は剣を持っていないのだ。
それがこうして襲われる理由。
鎧以外の持ちものは、身の丈ほどの巨大な盾のみ。
尚更、青年が頑健な肉体を持つことは理解に難くないのだが、如何せん武器と呼べるものを持っていないとなると話は変わる。
何より頭数で不利。
1対6。
多勢に無勢。
ならず者たちに囲まれても余裕綽々といった態度。冷静に佇む姿は、彼が剣を持たずとも十二分に戦える、相当の手練であることの表れなのかもしれない。
──あるいは、ただ格好をつけたいだけ、という可能性も無くはない。
「有り金とその高そうな鎧を置いて立ち去るんだな」
低く唸るように、ならず者の一人が声を上げる。
鎧をまとった人間に対して追い剥ぎを敢行することからしても、彼らがそれなりに場数を踏んだ追い剥ぎ集団であることが窺える。
「傷は多いがかなりの上物だろ、それ。さっさとそれと財布置いて行っちまえ。命までは盗らねぇから」
追い剥ぎらしい一言を受け、青年は
「駄目だ」
と最短の返答。
「この鎧は高かった。とても高い鎧だ。とても値段が高い。大事なことだからもう一度言わせてもらうが、とても、値段が、高い。なので、駄目だ」
「高いから置いてけってんだろ、馬鹿か?」
全く持ってその通り。ならず者の中には思わず失笑する者も居た。
──事実、彼が馬鹿であることに違いはなかった。
そんな馬鹿の騎士に、ならず者のひとりがにじりよる。
「駄目だと言われて追い剥ぎなんかやってられるか」
その場にいた大勢の意見を代弁した。
軽く流して騎士は宣う。
「駄目だ、駄目。ぜっっっっったい、駄目だ。これは昨日買ったばかりなんだ。つまりそういうことだから、駄目なのだ」
流石にこれにはならず者たちも笑うしかない。
「ダメダメうるせぇヤツなぁ!!」
「昨日買ったばかりの鎧がそんな傷だらけになるはずねぇだろ!」
「さっさと身ぐるみ剥いじまおうぜ」
じりじり、騎士の青年は追い詰められていく。狭い路地で囲まれ、退路はない。
最早屈するか抗うかの二択しか残されていない。
状況を飲み込んだ騎士の顔は先程から一転、凛々しく、しまりのあるものへと変わる。
「やれやれ。この身体に刻まれた『呪い』というのはいつも──」
そして騎士は構える。
珍妙なポーズで固まった。
それは筆舌に尽くし難いためここでは表現できないが、それほどに奇妙であり、これが仮に戦うための構えだとするなら、最悪だ。
その体勢のまま、騎士は言う。
「──俺を、戦いに導くのか」
追い剥ぎ一同爆笑。
涙が出るほど、腹を抱え笑う。
「こいつ、マジで頭がおかしいぜ!!ギャハハハ!」
また誰かが全員の意見を代弁した。
真っ当な生き方をしていない人間にしては、至極真っ当な台詞。
……だがそれが、彼の今夜最後の言葉となる。
「うるさい笑うなっ」
めり込み、砕ける。
押され、潰れる。
巨大な盾は鈍器となって、追い剥ぎの一人を文字通りに叩きのめした。
辛うじて「瀕死の重症だが命に別状なし」という矛盾を抱える程度の怪我に抑えられているのは、騎士の青年が咄嗟に手心を加えたからに他ならない。
「すまない、ついカッとなってやってしまった、反省している」
衝動的な攻撃。ムシャクシャしてやった。そんな具合。
しかし、これはどこからどう見ても開戦のゴング。追い剥ぎたちは早々に仲間が退場させられ、戦々恐々としつつ戦闘態勢をとる。
「おい、盾の使い方色々と間違ってんだろ……」
「やべぇ、やべぇ奴だコイツ、いろんな意味で相当やべぇ……!!」
残り5人は先の攻撃の射程圏外に陣取るよう、騎士との距離をとる。
「──黒い、盾だけの騎士……」
追い剥ぎの一人が、そう呟いた。
「何だよ……まるで……噂の『盾騎士』の……」
*
──リモン・カーディライト。
その正体こそ、非公認ギルド【ドラゴンスレイヤーズ】に所属すると目されていた盾騎士である。
戦闘においては最前線に立ち仲間を守護する、世にいう前衛盾職である。
漆黒の鎧兜を身にまとい、ギルドメンバーの誰より先に現場へ赴く役割を持つことから、
「黒い盾騎士を見たらその仕事から手を引け」
という教訓を残したとか、残していないとか。
その活躍から同ギルドのメンバーでは珍しく仰々しい二つ名もなく、本名が広く知られている。名を知られていたとしても問題がないのは、普段は鎧兜で素顔を隠しているため。
顔を知る者は少ないが、その姿を知るものは多い。謎多き【ドラゴンスレイヤーズ】の中でも特に奇妙で、特に有名な人物。それがリモン・カーディライトだ。
「リモンさん……こんなところで何してるの」
「やあ、オリヴィア」
ラッキーとオリヴィアは件の「盾騎士」がいくら待っても現れないため、『銀の皿』周辺を捜索していたところだった。
ほんの僅かな捜索の時間を経て現在。
路地裏にて、二人は見つけた。
「盾騎士様。えっと、その、大丈夫、ですか?」
「やあ、ラッキー。夜の君はこのカレドゥシャと同じで、昼間の何倍も眩しく見える」
身ぐるみを剥がされ、代名詞である巨大な盾だけを残し、全裸で放置されているリモン・カーディライトを。
何故か正々堂々、あられもない姿を隠すことなく突っ立っている。隠す必要もないくらいには鍛えられた肉体美ではあるが、人間として隠すべき場所があることは知らないようだった。
「どうして何も着てないの──いいえ、待って。わたし当ててあげる」
不敵な笑みを浮かべるリモンを一瞥すると、オリヴィアは鼻で笑った。
「リモンさん追い剥ぎにあったでしょ」
「正解だ。フフッ、流石『天より使わされし癒し手』、お見通しというわけか」
リモンは笑顔だった。
何が楽しいのか。
「なにか着るものを、持ってきてもらえないだろうか」
「わ、分かりましたっ。少々お待ちください盾騎士様」
それからラッキーが適当な衣服を見繕い持ってくるまで、オリヴィアとリモンは暫し語らう。
全裸の騎士とフードを被った赤ずくめの少女の並びは、奇人の集まりとしか見えない。
路地裏でなければ大事である。
「負けたんですか?」
「いいや。1人病院送りにした以外、きちんとのこり5人は無傷。守りきった。俺の勝利だ」
リモンはサムズアップする。
どう見ても親指を立てている場合ではないが、本人が気にしていないのなら、もしかすると問題はないのかもしれない。
極力裸体から目を背けつつ、オリヴィアは新たな質問を投げかける。
「じゃあなんで全裸なんですか」
「敵を倒せるかどうかだけが強さの指標ではない、俺の場合は『守れるか』どうかなんだ。そして守った。俺の命も、追い剥ぎの命も」
要領を得ないリモンの言葉。
常人ならば「ああ、こいつは危険なやつだな」と思い避けるところであるが、オリヴィアは彼と既知の仲。
どうにか彼の意図を汲み取り、会話らしきものができている。
「服は。鎧は。どっちも守れてないじゃないですか。ついでに全裸ですから人の尊厳も守れてませんよ、大丈夫ですか」
「いいかオリヴィア、何かを守るということは、何かを犠牲にすることだ。そしてこの行為には剣もナイフも必要ない。それを学び、大人になれ」
「鎧と服と尊厳は尊い犠牲ですか」
リモンは
「フゥン」
とだけ音を出し、それを返事とした。
「相変わらず馬鹿ですね。どうせカッとなって喧嘩買っちゃったんでしょ」
「お見通しというわけか……!」
「短気ですよねぇ。だから毎回一番乗りするっていう」
「俺とお前に、最早言葉は必要ない。心で──」
「はいはい」
「──つまり、そういうことだ」
深いため息。
オリヴィアの口から漏れたものだった。
「あの、リモンさん。一応聞きますけど、もしかしてわたしを追いかけてきてくれたんです?」
「俺は君と同じくして追放された。『呪い』のせいだ」
「あ、そっか」
「どうせ君は君のことしか考えてなかったろう。君がいなくなることで困る人間はいる。ここにもひとり」
「全裸で言われても……」
リモンは空を見上げる。
釣られてオリヴィアも見上げる。
猫背の建物の隙間から覗く星空は、二人が思っていたよりも幾らか暗く、狭かった。
「大変だね、竜殺し同士」
「大変だ、実に」
「わたし、ギルドに誘われました。非公認だって。協会をぶっ壊すんだって」
「俺が紹介した。ラッキーは美しく、教養もあり、賢く、それでいて優しい。ともに働くのは悪くないと思ったし、君を誘うのも悪くないと思った。つまり」
「そういうこと、ですか」
「そういうことだ」
リモンは笑う。
すっぽんぽんであることも相まって、飾り気など一切ない、とても清々しい微笑みだった。
「俺は入ることにした。行く宛もないし、何より彼女の夢は面白い。最強のギルド。ならば最強の俺が加わらなくして何となる。フン」
「わたしは悩んでます」
「一人では心細かろう、共に夢を追いかけようじゃないか」
「……心細いって。それはリモンさんが、でしょ」
「そうだ」
「わたしがいないと駄目なんでしょ」
「そうだ」
満足な答えを寄越され、オリヴィアは頬をぽりぽりと掻く。
「……治癒と安らぎの精霊よ、汝の力を、我に貸し与え給え──。
治癒術、『天使の癒し』」
夜風が吹いた。
風は路地を吹き抜けて、どこかへと通り過ぎていく。
「唐突だが助かった。かなり楽になった。関節がな、かなりキていたのだ。それにきんた──」
「また黒い鎧買わなきゃだよね。何着目なんだろ」
「──そうなんだ。買ったばかりのものを盗られてしまった。かなり辛い。かなり。高かったんだアレ、とても」
「ねえリモンさん」
「どうしたオリヴィア」
「ありがとうって言って」
いたずらっぽく笑うオリヴィアを、困った顔でリモンが見つめる。
「助かった、じゃ駄目なのか」
「駄目です」
「……ありがとう。これでいいか」
「ありがとうございます」
「なぜ君も言う」
「自分から言うと負けた気がして」
あまりにも自分勝手な理由だ。
だが、そもそものところリモンは何を感謝されたのかすら分かっていない。
──ただ側にいることを感謝されているなど、知る由もない。
彼はただ首を傾げ、何故だか笑うオリヴィアを見つめるのみだった。
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冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
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