上 下
4 / 36

プロローグ

しおりを挟む

 ──世界には魔法が満ちている。

 日が昇りやがて暮れ、月が顔を出すのも。風が吹くのも雨が降るのも。水が流れ川となり海へと行き着くのも、雷が鳴るのも炎が熱く燃えるのも。花が咲くのも音が溢れるのも、遠くに見える山が昨日より西に動いたのも……。
 この世のよいことわるいこと、全てが魔法だ。
 
 人はこの魔法を操る存在を「ドラゴン」と名付け、畏れ敬うものとした。名付けられたことで「現象」や「法則」はそれぞれ形を持ち、生物としてこの世に在すようになった。
 それはきっと歴史が刻まれるよりずっと昔、神話より古い時代の話。常識よりももっと根深い部分から、人とドラゴンは共存している。


 あるとき、どこかのドラゴンが、どこかの誰かに力を与えた。
 人にも魔法が使えるようになる力だ。
 その人は賢く、すぐに魔法を扱えるようになった。教えられたどこかの誰かは、また別のどこかの誰かへと魔法の使い方を教えた。それがよいことだと思ったからだ。
 そうして教えられたものが別の誰かに、そして次の誰かがまた別の………というようにして、おおよそ100年をかけ、人が魔法を使える時代が来た。
 作物をたくさん作れるようになった。モノを簡単に運べるようになった。危険な生き物と出くわしても倒せるようになった。
 人はとても強くなった。

 強くなったので、争いが起こった。

 長く小さな争いがあった。
 2度あった。
 2度の争いを経て、魔法は選ばれた人にしか使えないようにしよう、という考えが広まった。人もドラゴンも、その方がよいと考えた。
 人は賢く、愚かであったため、魔法を使えるものをたくさん殺して、少しだけ残した。
 少しだけ残った人々は、選ばれた人にだけ魔法を教えるようになった。彼らは本当に賢かったので、本当に賢い人にしか魔法を教えなかった。
 それから、魔法が争いに使われることはただの一度もない。


 争いが終わって、冒険者と呼ばれる人が増えた。
 今、魔法というものはほとんど彼らのためにある。
 冒険者とは、その足でいろいろなところを冒険する人のことで、危険な魔物を倒して人々の暮らしを守ったり、ダンジョンを攻略して財宝を手に入れたりして稼ぎを得ている。
 彼らが強敵と戦ったり、難関なダンジョンに立ち向かうときに魔法が役立つ。
 人が人のために魔法を使っているので、人もドラゴンも、そのことはよいことだと思っている。


 ドラゴンが死に始めたのは最近のことだ。
 魔法の存在だが、存在するので姿かたちのある生き物であるし、生き物なので当然死ぬ。寿命というのはなかなか難しいが、殺すのであれば、頑張れば可能だろう。
 冒険者が腕試しで倒そうとすることがある。大抵不可能だが、ときたま勝ててしまうらしい。奇妙だと思う一方で、当然だとも思う。人は賢く、想像より強くなれるからだ。
 
 ……終わりが近いのかもしれない。
 終わらせられるのかもしれない。
 誰が。我々を誰かが終わらせようとしている誰かがいるのか。
 それとも我々ではなく、魔法を終わらせようとしているのか。
 よくわからない。
 よくわからないが、それはきっと、よいことだと思う。
 我々も、間違えるから。

しおりを挟む

処理中です...