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木は実によって知られる

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「これどうしたんだ?」
「ゆいちゃんに買って貰ったの! おとといに!」
 庄吾の質問に琥珀が誇らしげにゲーム機を見せる。
「ゆいちゃんって誰だ? どこの家の人だ?」
「うーんと場所忘れた。家行ったことあるけど、お姫様みたいなお家だった!」 
「ゆいちゃんの連絡先は分かる?」
「うーん知らないや」
「うん、僕も知らない」

 琥珀と翡翠は目を視線にそらした。

「……そうか、ちょっとから連絡先を知りたいな」
「じーじもそう思うな。どんな人か知りたいから、パパとママに教えてあげて」
「でさ、ゆいちゃんさ、すっごい綺麗なひとなんだよ?」
「そうそう。ママとゆうじーじと離ればなれになって寂しいってさ。こんな優しい人なのに……」
 質問に答えない子供達に庄吾は「パパが聞いたこと答えてないじゃん」と強い口調で窘める。
「ゆいちゃん寂しいから、今度家呼んで……ママ?」
 能面のような顔の陽鞠に翡翠が首をかしげる。
「ママどうしたの? パパもゆうじーじも困った顔してんじゃん」
「……悪い。ゆいちゃんはうちに呼べないよ。部屋汚いし、パパとママは忙しいからさ。それでな、これからすいとはくは、つとむじーじの家にいくよ」

 昨日の動画配信を受けて、庄吾が父のつとむに相談して、しばらく稲本家の別荘に子供達を避難させる形にした。
 好奇の目にさらされるリスクが高いから。
 それに今の話を聞いたらますますその気持ちが強まった。

 今日朝起きた時にスマホチェックしたら、勤がぎっくり腰になり、母の智子ともこも付き添いで病院にいくので、代わりに川口が10時に迎えに来るときた。

 庄吾は父親の文章に違和感を覚えた。
 こんなかたっくるしい文面じゃないと。
 もしこのような時になったら、代わりにいつだれが来ると具体的に書く。
 誰が来ると聞いてもこれ以上返事がなかった。
 いつもなら父の代わりに川口という男性のお手伝いが来る。
 
 川口は年齢が40前ぐらいで、背は庄吾より少し低い172cmの坊主頭の細身の男性。
 口数が少なく、目つきも少し鋭いので、子供達と妻が怖がっていた。しかし中身は優しいあんちゃんという感じだ。
 父曰く、しっかり仕事やってくれてるそうだ。
 彼が来るならこちらも安心だ。
 
「えー、ゆいちゃんとの約束は?」
「それは断らないとね。しばらく遊べないって」
 遊べないと聞いて、琥珀と翡翠は口元をへの字に下げた。
「そんな不満そうになされても、知らない人にゲーム機買って貰って許す親がどこにいるんだ!」
 庄吾の口調がさらに強くなり、子供達は少し怯えた顔して目をそらす。
「しっかり顔見なさい。ゲーム機は返す。知らない人と遊んだらだめっていつも言ってるでしょ? しかもこんな高いの買ってもらってさ、パパとママ知らなかったんだよ。何かあったらどうするんだ! 正直悲しい」
 庄吾の顔が段々赤くなり、悠真が「落ち着いてください」となだめる。
「パパの言うとおりだよ。もし、すいちゃんとはくくんがそのゆいちゃんに何かあったら、じーじもパパもママも悲しくて泣いちゃう。だから素直にゆいちゃんのこと教えてくれると嬉しいな。会うのは我慢しようか」
 悠真の穏やかな口調に子供達は「はい」としょげた声で返した。
「あのね、ゆいちゃんはね……」
 ゆいちゃんとの出会いを話しているうちに、そろそろ迎えの時間が近づいているので、悠真がお出かけの準備しようかと促した。
 素直に子供達が話したおかげで、庄吾の口調も少し穏やかになった。
 買って貰ったゲームは庄吾により、回収された。
 子供達は少し意気消沈気味になったが、悠真がまた今度買ってあげるねと言うと、一気にテンションが上がった。

 川口は予定通り10時に来た。
 しかし庄吾は彼の姿を見て瞠目した。
 坊主頭の男性で体型も似てるが、眼鏡ない。コンタクトにしたのか。

「おっむかえにあがりましたぁー! すいちゃん、はくくんだね? じーじとばーばのお家いこー」
 妙にテンションが高いといえばいいのか、調子のいい口調。
 庄吾の知っている川口ではない。困惑して言葉に出来ない。
「あれ? 川口さんは?」
「えーどいひーですよ、陽鞠ちゃーん。覚えてないんですか、私ですよ、川口伸行のぶゆきです!」
 プンプンと口先をとがらせて残念アピールするが、陽鞠も戸惑いのあまり、リアクションが薄い。

 こんな人だっけ? 川口さんって人。
 何回か夫の実家に行った時に会ってるけど、こんなしゃべり方しないし、私や子供達をちゃん付けで呼ばない。


 庄吾がマスコミや変な人が来てないか尋ねると「来てないっす。そこまで話題になってませんよー。今は桜岳さくらだけで起きた”飲食店テロ”の話が盛り上がってますからね」
 川口の言う飲食店テロは、2日前に報道されたもので、高校生男女の4人が、全国展開している回転寿司屋で、1度口にした寿司やお茶が入った湯飲みをレーンに置いたり、味噌汁を食器を返却する返却口に流し込んだりと、食べ物で遊ぶ姿が動画に投稿され、炎上した。
 男子と女子1人が食べ物で遊び、残りの男女が煽ったり撮影していた。
 案の定炎上し、投稿後すぐにどこの学校で名前は誰でどこのお店で起きたか特定され、インフルエンサーによって拡散された。
 しかしその情報も錯綜しているため、無関係の学校の生徒や名前が似ているからと嫌がらせを食らった人も出てきている。その中には、成人した人も含まれていた。
 連日テレビが騒ぐので、便乗して投稿する輩がでてきている。
 発端となった回転寿司屋は今後どうするか、非常識な行動した人達について確認をとっているので、詳しい情報はもう少し待ってくださいと表明している。

 川口が世間話するノリで、炎上した内容がどうのこうのというのは珍しい。
 普段とキャラの違う川口に戸惑う稲本夫妻だが、子供達はそんなこともつゆ知らず「じゃぁね!」と大きく手を振った。
稲本夫妻も振り返し「ちゃんと向こうの言うこと聞くんだよ」「なにかあったらパパかママに連絡してね」と言った。
「名残惜しいとこですが、時間も迫ってるので」
 川口に子供達は促され家をあとにした。
 
 ドアをしばらく開けておきたい気分だ。
 
 夏のムシムシした暑さと生暖かい風が入り込む。

 これでいいんだ。これ以上あの人のことで振り回されたくない。
 平穏な生活を壊されたくない。

 稲本夫妻はしばらく立って玄関を見ていた。 

「陽鞠、庄吾くん、疲れたでしょ。お父さんが美味しい紅茶いれるね。そろそろ玄関閉めようか」
「……うん」
「先にリビング行ってるね」
 父が淹れる紅茶は美味しい。
 やれ茶葉だの、ティーカップだ色々凝って、いつもうちに持ってきてくれる。
 おかげで色々な種類のものが置いてある。
 
 陽鞠は気持ちを入れ替えて、ドアを閉めようとした瞬間――。
「あ、開いてた! ラッキー! おっじゃましまーす!」
 女性はフライングするかのように、稲本家に入ってドアを閉めた。

 一瞬間が開いて、陽鞠は無意識に後ずさるが、足がもつれて転んでしまった。
 女性の姿に陽鞠は大きな悲鳴を出した。
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