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終章
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しおりを挟む「あんた、どういうつもり?! うちのお金勝手に引き出して!」
登美子はスタスタと詰め寄って厳しい口調で目をつり上げた。
「い、いやぁ……ゆいちゃんじゃないもん! こいつの給料が安いのが悪いのよ!」
勢いよく周平に指差していかにも元凶であるかアピールする。
「何言ってるの?! 周平は会社の責任者の一人なの。他の社員よりは貰ってる。それでもまだ働けって、あんたは夫を過労死させたいんか?!」
俊美の口調がだんだん強くなり、顔が赤くなっていく。結花は下にうつむいた。
「夫の給料を否定するのなんて、タブー中のタブーよ? まして40代で真面目に働いたことがない専業主婦でも、そんなこと言わない。やっぱりされてばかりのお嬢様は違うね」
登美子は眉をひそめながら大げさにため息つく。
その瞬間、結花は顔を上げて「はい、嫁いびりー!」と声高々に口角を上げた。
「ゆいちゃんは世界一可愛いから働かなくていいの! 今更働けって無理。職場でいじめられちゃーう。嫁いびりよ!」
泣き真似をして顔色をうかがうが、家族は真顔で結花を見つめる。
「いじめられる? そういうとこだよ! キミの態度は反感を買うんだよ。このアプリにキミが勝手に私達のお金を引き落として、自分の物にしてるじゃないか。バッチリ残ってる。銀行に問い合わせしようか? 警察に盗難として通報しようか?」
俊美の案に家族もうんうんと頷く。
警察という単語に結花は「そ、それだけはやめて!」と懇願する。
警察に捕まるとか嫌すぎる。世界一可愛いゆいちゃんがそんなのなんて、恥ずかしい。
「たかが数百円でしょ! いちいちうるさいのよ! この無能が! とっとと遺産残して死んでよ! あんた達もバイトしてゆいちゃんのために働いてよ! 私は被害者なのよ!」
結花はジタバタと暴れて自分は悪くない、被害者と主張する。
40越えた女性が子供のように暴れる姿は、田先家の人間の笑いを誘った。
「ねぇ、聞いた? こんな状況なのに『世界一可愛いゆいちゃんのために働け』って」
葵依は結花の物真似をしてからかう。つられるかのように光河も「まじあたおか過ぎて草生える。自分の状況分かってるの?」と手を叩いて大きく笑う。
「な、なにがおかしいの? ゆいちゃん間違ってる? お金ないんだからさ、誰か働かないとやってけないよ? ちょっとぐらい、ご褒美で鞄買って悪い?」
まくし立てるように結花は話す。周囲を見渡すが、誰も同意しなかった。
「おー、自爆してくれたか。ありがとさん。やっぱりお前やってたんだな」
家族からじろじろ見られ、結花は言いたい言葉を出すために口を早く動かした。
やばい、自爆してしまった。
てかみんなにバレてる? 百円ごときでなんでそんなに騒ぐの? なに? ここそんなに貧乏なの?
子供達もお小遣い減って騒いでる意味がわかんないし。
この家が裕福な家で、あいつが議員の息子で、専業主婦になって結婚していいというからしてやったのに、いざ蓋を開ければあいつは働かないし。子供達は冷たいし、稼ぎ頭である義理両親もいつまで議員やってくれるか分からないし。次の選挙にも出て貰わないと、生活出来ない。ワンチャンあいつに議員をやってもらえれば、議員の嫁という箔がついて、周りを見返すことが出来るのに!!
なーんでゆいちゃんが働かないといけないの?
――ゆいちゃんは世界一可愛いから、働くなんて可哀想よ。嫉妬でいじめられるかもしれないから。
――ゆいちゃんはいくつになってもお姫様で、みんなに可愛がられるのよ。だからなーんにもしなくていい。身の回りのことは他の人にやってもらいなさい。
母からそう言われて生きてきたのに! なんで?
ゆいちゃんは可愛いの! お姫様なの! 周りの人は下僕なの!
なんでゆいちゃんの可愛さが分からないの?! みんなあっさり言うこと聞いてくれるのに。
最後は折れてくれるのに。
ここの人間はとことん追求してくるし、口うるさいし。お姫様扱いしてくれない。
「周平、葵依、光河、これ以上追い詰めさんな。彼女泣きそうじゃないか」
俊美が涙目気味の結花に気遣うよう穏やかな声で制止するが、周平は「こいつを甘やかすとつけあがる」と短く切り捨てて、結花をにらみ付ける。
「そうですよ。一旦落ち着きましょう。しっかり確認した上で『処遇』を決めましょう。もう一度皆さんで彼女の荷物や銀行口座を確認しましょ」
結花は義理両親のフォローに内心安堵した。
「あなたは確認する間、ここにいなさい。決して口だししたり、ここから逃げないこと。光河、葵依、この人がちょろちょろしないように見張ってくれる?」
登美子の強い念押しに光河と葵依は結花の手足を強く床に押しつける。
「やめてよ! 何すんの! ゆいちゃん悪くないの! ねぇ、信じて!」
結花は精一杯自分の訴えをアピールする。心拍数が早くなり、顔が赤くなる。
子供達は「うっせぇ! 黙ってろ」「日頃から嫌われてるやつが信用されるとか思ってんの?」と侮蔑の言葉を投げつける。
「あおちゃん、そんな言い方しないで……いつもいい子なのに……ゆいちゃん悲しい」
「その口で私の名前馴れ馴れしく呼ばないで。光河聞いた? こいつ私のこと味方だと思ってるよ?」
葵依の含み笑いが響く。結花はそんなと目をそらした。
「ほんとまじこいつしゃべり方とか、態度とかさ……いつまでも自分がお姫様だと思ってる脳内お花畑ババアじゃん。よし、SNSでこいつの動画と写真撮ろうぜ」
「それな……でも今おじいちゃん達いないから、無理だよ。こいつ動かさないようにしないといけないからさ」
姉に出来る状況じゃないことを言われた光河は、舌打ちした。
「でも、SNSで痛い親として公開処刑はありね」
葵依は口角をあげて結花に視線を向ける。
いつも話しててもめちゃくちゃイライラする。
中学時代、学校で嫌われてることで有名な1つ上の女の先輩に似ている。生徒会の役員をやっていた。
モデルのような容姿で、成績優秀で、老若男女優しい。先生達からの評判よかった。
全校生徒の名前が頭に入ってて、私の名前も覚えていてくれた。
部活頑張ってるねとか、文化祭の展示のイラストを見て素敵だねと褒めてくれた。
でもそれはあくまでも彼女が気に入った人の前で優しいだけ。
後輩にはやさしいが、同級生には嫌がらせする。
彼女の周りは取り巻きの男子と女子数人だけで、学年やクラスでは遠巻きにされている。
気が強いし、逆らったら面倒だから、みんな表向き従っているだけ。
生徒会役員になったのも人望があった訳ではなく、事情を知らない先生や後輩達が推したから選ばれただけ。
実際先輩の学年では、入学してからちょくちょく物がなくなっていた。
それが起きているのは、彼女に貸してと言われた後。
先輩も1回筆記用具を貸してから返ってこないと嘆いていた。
私が2年の冬に、緊急全校集会として、盗難が相次いでいること、犯人が分かったと説明があった。
それが彼女だった。
筆記用具はもちろん、雑誌の付録、金品などを盗ったり、借りパクして、フリマアプリで売っていたという。
フリマアプリで雑誌の付録が転売されているのを通報したことから、学校名や彼女の名前が特定された。
彼女が生徒会役員代表として、泣きながら遺憾に思っているとか、非常に残念だと他人事のように訴えていた。話の中にポロポロと手口を言っていることから墓穴を掘っていた。
先輩達はやっぱりなと安堵していたが、私は言っていたことが本当だったのかと複雑な気分になった。
学校で悪い意味で有名人になったが、生徒会の任期終了まで居座っていた。簡単に辞めさせることができないという理由から。
しかもそれで名門校に推薦で入ったと。
先輩曰く、親が教育関係の偉い人で、なかったことにするように圧力かけたとか、示談で終了してみんな謝ってないし、普通に高校通っていると。
彼女の件は未だに語り草になっているし、ネットで学校名検索すると、名前が出てくる。
今目の前にいるあいつが、本当に彼女とメンタルが似てて不愉快この上ない。
あいつも中学時代、同級生いじめてたという話だ。
あいつも彼女もぶりっ子口調で間延びしたような話し方をする。
これが学校だけならまだ耐えれるが、家族だと逃げ道がない。
表向きあいつの言うこと聞いてるけど、とにかく自分可哀想とか、辛いとか、みんなが意地悪するしか言わない。
意地悪じゃなくて注意だ。子供のお金ぶんどって遊んでいるんだから。
専業主婦をしたいと言ったのは自分なのに、掃除は雑だし、料理も普通のどんぶりとかオムレツとかそういうのが食べたいとみんな言ってるのに、あいつは、よくわからないシャレオツなものとか、キャラ弁を作る。
SNS用で出来る自分を演出したいだけのために。
人の話を全然聞かないのに、自分は聞いてくれとかどこまで烏滸がましいんだか。だから家族から信用されないし、強く言われる。自業自得だ。
所詮はただのお飾り母親に過ぎない。
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