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終章
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しおりを挟む「お父さん、見てよこれ! タンスにあった私と光河の通帳! なんも記載されてないのに、私達のお金減ってるの!」
光河と葵依が結花の装飾品やブランド服、そして自分たちの通帳を持ってきた。
「あ、や、やめて! 勝手に持ち出さないで!」
葵依にすがるように返してとアピールするが、身軽に躱して、周平に見せた。
「ほーん、ははーん、やっぱそういこったか。お前、通帳のアプリ見せろ」
やばい! どうしよう、またバレちゃう!
「いいわよ。どうぞ」
結花はポート銀行のアプリを開いて残高と通帳の出納を見せた。
このアプリに記録されているのは、以前明王寺店で働いていた時の分と、瀬ノ上家で毎月10万貰っていた時の分。そして離婚後に毎月実娘である陽鞠の養育費5万だけ。
陽鞠は今年の春に遠方の大学に進学したばかりで、あと3年支払わなければならない。しかし、結花は陽鞠がどこの大学に通ってるか一切教えてもらっていない。
「ほら、なにもないじゃん。またみんなが意地悪するぅー。こいつじゃないきょうの!? 働いてないし!」
結花は泣き真似をしながら、ちらちらと家族の様子を伺う。
世界一かわいいゆいちゃんが泣いていたら、みんな駆け寄ってなだめてくれる。
だって私悪くないもん。もっと働かないあいつが悪い。
給料安いんだからもっとゆいちゃんに尽くせ!
上の義理娘も高校生なんだから働けよ。世界一可愛いゆいちゃんのために。
それと同時に、嫌な汗が全身に駆け巡った。
「お父さん いや、絶対こいつだ!」
「そうだよ! 私の数少ないお小遣いが減ってるだって! しかも平日の昼間!」
「なんでゆいちゃんを信じてくれないの?」
双方の言い分を聞いた周平は忌々しげに舌打ちした。
「……他の銀行のアプリか通帳見せろ」
「それはあんたもでしょ! 安月給の癖に、アプリゲームばっかやって! 課金してるんでしょ! それかどうせ出会い系してんじゃない? あんた、自分の立場分かってる?」
こっそり出会い系やってるのも知ってる。テレビで若い女性紹介してくださいって言ってのけたじゃない。
こいつの方が怪しいに決まってる。
「お前に魅力ないからだろ! 結婚してやったんだから、ちったぁ、ありがたく思え。このこぶつきが! 話をすり替えるな!」
「あんたのしゃべり方ほんとウザい。とっとと通帳見せて失せろ。このババア」
「ババアってなによ! 私は世界一可愛いゆいちゃんなんだよ! ゆいちゃんて呼びなさいよ!」
光河は結花への禁句を言うことでさらに怒りを買うように仕向けた。
「あんたぶっちゃけ痛いんだよ。なーにが、世界一かわいいゆいちゃんだよ。鏡見たら? うちのクラスで嫌われてる女子にマジそっくり。あんたが信用されないのは、過去のやったことが返ってきてるんだよ。おじいちゃんとおばあちゃんの通帳もパクってるでしょ? さっさと見せてよおばさん」
「なんでお前らに見せないといけないの? 陰キャの癖に言うことだけいっちょ前なんだね。だからいじめられるのよ」
その瞬間、葵依は何か突き刺されたかのように座り込んだ。光河は歯を食いしばって結花をにらみ付ける。
「いじめのことは話題にするなって言っただろ! 分かってて言ってるのか?」
「え、そうなの? ゆいちゃん知らなかったぁ! そりゃそうよ。こういう陰キャみたいな人目障りなのよねぇ。そのくせ真面目だから面白くない。強気で言ってたのに、ちょーっと言い返されたからって、そんな倒れるなんて雑魚メンタルね」
結花は立ち上がって、さっきまでの卑屈さから、うって変わり、おもちゃを見つけた子供のように楽しむ。ニヤニヤと笑う。
もちろん光河と葵依がいじめられて不登校になったことは知っている。
光河は結花と周平が再婚してから、野球部の同級生に地味な嫌がらせをされていた。よりによって加害者と同じクラス。嫌がらせに拍車がかかっていたのは言うまでもない。
嫌がらせの理由は、頼んでもないのに、勝手に試合や練習に顔出しては、部員達、顧問、担任や他の男性教師にナンパしたり、連絡先をしつこく聞いたことから、問題になった。
結花はすぐに保護者面談出禁になり、今は父の周平か祖父母の俊美と登美子が出席している。
また2年の終わりにやった交流試合で、光河の失態により負けてしまったことも原因だ。
先輩や顧問から散々言われた上に、追い打ちをかけるかのように、同級生から無能だ足でまといと罵られるようになった。
中学校の野球部は負けたら次の試合まで罰として、嫌がらせを黙って受けないといけないという「伝統」がある。
光河の前のターゲットは1年の後輩。数ヶ月続いて、結局やめてしまった。
やめたらやめたで根性がないと言われる。
顧問も怒らせる方が悪いと解決する気なし。担任がやめるように言おうものなら、担任が嫌がらせを顧問から受けることになる。
長年それで問題になっているにも関わらず、顧問が処分されないのは、強豪校だからという理由だった。保護者も黙認している。
数年前には自殺者がでていたが、それも保護者と顧問の圧力でなかったことにされている。
どのみち光河は結花が教師達や同級生達にちょっかいかけたことで有名になってしまい、立場的に苦しくなっていた。
いくらやめてくれと言った上で、結花は「世界一可愛いゆいちゃんのお誘いを断るとかあり得ない」と騒ぐだけだった。
光河は結局嫌がらせに耐えれず、この秋ぐらいから学校にいかなくなった。
一方葵依は入った高校で最初は友人関係で上手くいっていた。
アニメ好きな子がいる4人グループで、同じ漫研に入ってる。その中にはクラスで権力握ってるリーダー格の子がいた。
しかし文化祭がきっかけでいざこざが起きてしまった。
文化祭向けに部員1人ずつ、気合い入れて描いたイラストを展示し、どれがいいかというのを来場者、生徒、教師達に投票してもらうというコンテスト方式で競っていた。作品は学校の入り口近くに展示される。
テーマは「デートする高校生カップル」
葵依含めて部員8人が提出した。
このコンテストのために毎年夏休みになると、時間かけて、宿題と両立しながら合間縫って仕上げる。
投票はデジタル方式で、1人1回のみ。名前を変えたり、複数機種でできないなど、部員達は経過が見れないように顧問が管理していた。また、夏休みから文化祭終了まで、部員達はコンテストに出す作品の宣伝もNGとした。
投票は800来た。
1位は288票の葵依、2位は202票の3年の先輩、3位は154票の2年の先輩。
先輩や友人に差をつけて優勝した。
葵依のイラストはデジタルで描かれたものだ。
高校生カップルだが、男子の方は人間ではなくオオカミを擬人化したもの。そして女子は普通の女子高生。
2人とも浴衣着て、夏祭りで手をつなぎたいけど、恥ずかしさでなかなか出来ないという初々しさを全面に出したものだ。
背景も小物も1つ1つ丁寧に作り込まれていて、女子生徒からの評価が高かった。
しかし、文化祭終了後、葵依がプロのイラストをトレパクしているとリーダー格の子が指摘して、イラストをネットに拡散したことによりもめた。
当然葵依はそのようなことはしておらず、こっそり家族が寝静まった頃にタブレットを使って描いていた。
葵依のアカウントには、してるしてないとコメント欄で喧嘩や罵倒のコメント、学校を特定したという嫌がらせなど来るようになった。
リーダー格の子とはクラスが別とはいえ、疑われた話は学年や教師の間で広まり、デジタルで描いたことが不正じゃないかと認識された。
コンテストにはどのような形でも可と顧問が言っているので、優勝取り消しにはならない。
顧問をはじめ担任など一部の教師は、葵依の無罪を信じている。
遠因として、リーダー格の子が葵依の2学期の中間試験の結果に嫉妬したことによる。
葵依は学年15位、リーダー格の子は20位とでていた。
また、葵依はデジタルで絵が描ける環境だったのも遠因の1つだ。
リーダー格の子はちょっと調子に乗っていると考え、結果に納得いかない先輩や友人を巻き込んでトレパクの汚名を着せた。
ネットで叩かれ、学校でも距離を置かれたり、他人行儀だったり、地味な嫌がらせが最近まで続いていた。
葵依は部活からは遠のいたものの、イラスト投稿サイトで名前を変えてコツコツと活動している。
絵を描く際にはできるだけ制作状況を動画や写真に残すようにした。
これが葵依にとってリーダー格の子へのささやかな抵抗である。
結花は文化祭初日に少し回り、漫研のイラストの投票に参加した。葵依ではなく、リーダー格の子だ。
葵依には「別の子に投票入れた」「ちょっと上手いんだね」と上から目線で、本人の目の前で言った。
文化祭に行くのは、一応母親としての役割果たしてますよアピールと、好みの男子高校生がいないか探すためだ。
葵依と光河が嫌がらせされているのも、周平が話していたことにより知っている。
結花は「分かってて」言っている。彼女は追い詰められたら、相手がコンプレックスに思ってる所や、弱みをついてやり返している。
それが夫や子供達だろうが同級生だろうが、目上の人間だろうが関係ない。
相手が弱っているところに、さらに追い打ちをかけて、悲しんだり、泣いたりしているところを楽しむ。
それでもやり返されたり、窘められたら、悲劇のヒロインモードに走る。
今までずっと相手を感情と自慢の可愛さで支配してきた。
相手が降伏するのはこれ以上言ったり、関わったりすると、めんどくさいからだ。
母親の周子が出てくるとさらに厄介になる。彼女も似たような手口で、周りを従わせてきたのだから。
本心で結花の言うことに従っているものではない。
「あんたがいじめられるのは調子乗ってたからでしょ? ブスの癖に、試験で上位入ったり、コンテストで優勝するなんて身の程知らずでしょ? 鏡みたら? ほら、今のその追い詰められて泣きそうな顔、さらにブスだね。整形したら? ゆいちゃんは世界一可愛いからそんな必要ないけど」
へへと笑いながら結花は「しゅうちゃん、デートしよっ」と抱きつく。
周平は羽虫を追い払うかのように、結花を突き飛ばした。
「な、なにすんのよ!? 世界一可愛いゆいちゃんを突き飛ばすなんて! ひっどーいっ」
涙目をつくって上目使いで訴える。
「さっきからお前、葵依と光河に何言ってるんだ? 今、子供達のいじめは関係ないだろ? どういう状況か分かってんのか?」
周平は起き上がろうとする結花の胸ぐらを掴んで、壁に寄せた。
「パパ活や家族からお金巻き上げた分際で、よく被害者になれるな? とっとと他の銀行のアプリを見せろ。あと、フリマアプリ見せろ。お前なら、光河と葵依が大切にしてるものを売ってそうだな。そうしなきゃ、追い出す」
追い出すと言う単語に結花は青ざめる。
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