世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!

月見里ゆずる(やまなしゆずる)

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5章

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 2回目の勤務に入って、陽貴に無理矢理連れて行かれる形だった。
 またしてもごねたが、早起きすることで美容にいいことを引き合いにして説得された。
 朝礼を恙なく終わると、結花は男性スタッフばかりおはようと挨拶する。彼らは大人の対応で挨拶するだけで、それ以上は返さない。
 奥から低い声がした。振り向くと、女性が見えた。
 背は低くまん丸とした顔立ちでえびすさんの雰囲気。
「あの人が福島さんよ」
 近くにいた太刀川が耳打ちで教えてくれる。
「依田さんには、今日私が教えます。あなたは持ち場へ」
 太刀川は「ハイハイ」とまるで反抗期の娘のように返す。
「後でまたお会いしましょ」
 小野田がウインクして挨拶をした。
 福島は誰もいないことを確認して、結花に近づく。
「名前、申し遅れました。私、福島乃々香ふくしまののかと申します。農産部門担当です。今日は尾澤おざわの代わりにあなたを担当するよう店長に言われました。よろしくお願いします」
「これからあなたは農産スタッフで働いてもらいます。今から私に着いてきてください。せめてメモをとってください」
「スマホじゃだめ?」
「だめです」
 短く切り捨てる言い方が嫌なのか、結花は「な、なんでよう」と上目遣いをする。
「ここでの勤務中は個人用のスマホの使用は禁止されています。今時どこの会社も同じだと思いますよ。仮に社内でスマホを使うとしても、会社から支給されますし、プライベートなやりとりができないように設定されていますよ。そんなことも知らないんですか?」
「な、なんなのよ? 悪かったわね!」
 ムキになって言い返す結花に福島は大きなため息をつく。
「個人情報や業務情報の漏洩防止です。ニュースで散々やってるのご存じないんですか? 3日前ソワレ薬局のニュースやってたじゃないですか」
 ソワレ薬局の公式SNSで、うっかり顧客の不満を投稿してしまって、炎上してしまった。
 該当するお客は誰だとか、公式SNSの中の人は誰だと憶測が広まっている。
 昨日の朝、公式ホームページとSNSで謝罪の文面を載せたが、懲りることなく、顧客の悪口を投稿して、さらに炎上してしまった。
 元々ユーザーと距離が近いこと、ネットの流行のネタを取り入れた投稿で度々話題になっていたが、これに対して嫌気を差している人達が少なからずいる。以前から調子乗りすぎでは。ちょっと身を引き締めてほしいと散々指摘されている。一部ではネット民に媚び売ってる企業と揶揄されている。
「そんなの知らないわよ。私、そんなことしないわよ!」
「するしないじゃないんです! 今時仕事で個人用スマホ使わせるとこなんて、ブラック企業ですよ! それに私達は現場仕事でスマホはあっても、事業所または社内とのやりとりでしかつかいません!」
 福島は負けじと強い口調で言い返す。
 会社でのスマホの使い方は散々厳しく言われる。
 それはどこも同じだとおもっていたが、そういうのを知らない人間もいる。目の前に。
 高校生のバイト達も最初は知らないでやってしまうことがあるものの、注意すれば、素直に聞いてくれる。今のところここでの個人情報流出云々の話は聞いていない。あったら今頃騒ぎになっている。
 苦い顔しながら結花を一瞥する。
「スマホはここに入れてください」
 福島が指さしたのは大きな金庫だ。
 暗証番号を教えられ、中を開けると、スタッフ達のスマホが入っていた。
 勤務中は金庫の中に入れて預かるというものだ。
 しぶしぶ入れて「では。ご案内いたします」と、福島の後についていく。
 この人ずいぶんいい度胸してる。私に言い返すなんて。この年ぐらいの子だったら、びくつくのに。
 というか、ここのスタッフ達は私に厳しくなーいー?!
 多分義兄と夫の根回し? 余計なことしゃがって。
 あー慰謝料とかばっくれたーい! 専業主婦って支払い能力難しいから、逃げれるかと思ってたのに!
 ちょーっとからかってただけなのに、本気になっちゃって。ばかじゃないの? 世界一可愛いゆいちゃんと結婚しようなんて到底無理よ。
 この年末に結花のもとに書類が来た。
 簡単に言うと慰謝料の支払いをしてくださいというものだ。
 相手は日下部龍太郎。マッチングアプリで出会った男性で、彼は結花が既婚者であることを知らずに付き合っていて、騙されていたことから300万の支払いをするように請求が来た。
 支払いをしないと裁判にすると書いてあって、結花は陽貴と悠真に泣きついた。
 陽貴が言っていたのは冗談だと思っていて、のんきに過ごしていたから、結花としては寝耳に水だった。
 陽貴からどのみち日々の生活費を自分で支払いするように、働かないなら離婚と2度目の通告をされた。
 結花は仕方なく働くことになった。
 真面目に働くことも離婚回避の条件とされている。
 否応なしに働かないといけないのだ。
 何より娘の陽鞠から、きちんと働いてほしいと言われているのもある。
 周りの親は働いていて、自分の親は家のことをしているのならともかく、娘と父に押しつけて遊び回っているし、挙げ句の果てには、父が倒れても幼なじみとランチやよその男と遊んでいる姿を知り軽蔑していて、もう顔を見たくない。
 年明けから陽鞠は父の悠真と一緒に祖父母の家――悠真の実家にいる。そのことは結花は知らない。いや、知らせないようにしてくれと陽鞠から言われているのだ。
 陽鞠は8日から始まる3学期に登校したくないと家族に漏らしている。
 担任から言われたことや部活の仲間からの嫌がらせにメンタルズタボロ状態だ。
 結花の過去のツケを本格的に支払う時期が来ている。
 彼女はその自覚がまだないようだ。


 
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