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2章

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 結花は幼馴染で親友の加藤望海かとうのぞみを足にさせ、あちこち連れ回していた。
 望海はリュックを背負いながら、紙袋を両手で抱えていた。
 両方とも海外ブランドの鞄が入っている。
 望海の顔には少し疲労感が漂っていた。
 車で一宮いちみやのショッピング街まで連れて行くように言われ、結花の荷物持ち扱いにされている。
 しかも依田家まで迎えにいってだ。ちなみに依田家から一宮のショッピング街は車で1時間程。加藤家から依田家まで30分だ。
「のんちゃん疲れた? じゃぁランチしよ。どこにする?」
「……う、うん」
 望海は弱々しい声で返事をした。疲れ切ってるのか、返事をする気力がない。
 結花は気を遣ってるふりをして単に自分が食べたい気分だけだった。
 望海が希望した場所が通るとは限らない。
「どこにする?」と聞かれても結花が希望する場所を汲まないといけない。そうじゃないと不機嫌になるからだ。
 まるで「どこでもいい」と答えて不機嫌になる彼女と一緒だ。
 望海はいつも「自分が彼氏だったら絶対に彼女や嫁にしたくない人ナンバーワン」だと思っている。
 子供のころからの付き合い、しかもいとこ同士という最悪なパターン。
 結花の実家が立場的に上なので、呉松家の言うことが絶対である。
 それはお互いが結婚しても同じだ。
 望海は26歳で集団塾のトップである加藤文登ふみとと結婚した。文登の方が1つ上だ。
 ネットのチャットで出会ったので、最初は心配されていたが、信頼関係をアピールすることで認められた。
 文登は東の方に元々住んでいたが、大学が結花と望海の地元では有名な神南じんなん大学に進学して、その近くの塾――現在先生をしている教室でアルバイトから始まって今に至る。
 結婚式に結花は出席したものの、後で散々文登のことをけなしていたので、それ以来冠婚葬祭以外会わせていない。あろうことかマウントをとっていたのだから。
 私の方が地位が上だから敬えだ、夫は社長だ、望海の花嫁姿より自分の方が可愛いと。
 文登の友人や会社関係者にはぶりっ子モードで連絡先をあちこち交換していた。
 結花の夫の悠真はよくやっているなと感心している。おそらく鈍感なのか我慢強いのかはたまた本当は疲れ切っているのか……それは彼に聞かないとわからないことである。
 二人はレストラン街の案内ボードに向かってあれこれ悩む。
「ゆいちゃん、ここはどう?」
 望海が指したのは自然薯を使ったそば屋「蕎舎そばや」である。
「……いいわよ」
 唇を尖らせながら同意する結花。
 声低いし、投げやり感を全面に出している結花に、望海は「じゃぁ、ここは?」と他のお店を指す。
 フレンチのお店だ。
「もうどこでもいいよ」
 結花の投げやりな態度に望海は内心うんざりしていた。
 どこでもいいよなんて嘘だ。
 後で絶対文句言いそう。相手に聞いておきながら、自分の希望通りじゃなかったら不機嫌そうにする。
 そりゃ人から嫌われる。卑怯者だから。
「なによ? 早く行こ」
 結花は望海を放置してすたすたと目的のお店に向かう。
 案内の地図が置いてある方の向かいにあるフレンチレストラン「マドワゼール」へ、望海も置いていかれないように進む。
 スムーズに中に入れた。
 周りは白を基調としてフランス王宮に迷い込んだような世界観。
 BGMは控えめにクラシックが流れ、ほとんどがお客と店員の会話が主役だ。
 二人がけの席に案内された結花と望海。
「よかったね。早く座れて」
「うん。そうだね」
 まるで他人事のように返事をする結花。
 結花は店員を早速呼び出し「今日のおすすめ何?」とメニュー表を読みながら、顔を合わせずに尋ねる。
「本日は……」
 店員からのおすすめを言われ、二人分を頼む。
 今日のおすすめは鯛のポワレがメインディッシュのランチコースだ。
 デザートはストロベリーのシャーベット。
「まぁまぁな味ね」
 鯛のポワレが出た時に一口つけた時の結花の感想だ。
 二人は家のことや子供の話をする。
 望海には小学校5年の双子の娘と息子がいる。
 娘の千陽は母の望海に似てのんびりした性格だが、息子の朝陽は少しやんちゃで、学校の校庭や公園で遊んでは怪我をしてくる。でもふたりとも成績はそこそこ上だ。
 両親に似てなんだかんだ努力家だから。
 結花はそれがなんとなく気に入らない。
 将来自分の娘が望海のとこの子どもたちに逆転されたらなんて考えるだけで恐ろしくなる。
 
 ――私を楽にさせるために玉の輿に乗ってもらわないと。

 陽鞠と千陽と朝陽はそこそこ仲がいい。でも結花は朝陽と陽鞠が仲良くされるのが嫌で仕方ない。
 自分より格下の家の子に大事な娘が穢れると思っているからだ。
 口うるさくは言わないものの、内心腹が立っている。
 娘には同性だけで仲良くしてた方がいい。
「ふーん、相変わらず陰キャ趣味なんだね。親に似て。将来モテなさそう」
 千陽と朝陽は読書が好きで親子で図書館に通っている。
 千陽は偉人の伝記、朝陽はドラゴンが出てくるファンタジーものに夢中だ。
 加藤家は家族全員本が好きなので本の置き場所に悩んでいる。
「ねぇ、私はともかく家族を見下すようなことを言うのやめてっていつも言ってるじゃん」
 望海はデザートを食べているスプーンを一旦置いて、強く詰める。
「事実じゃん。言われたくなかったら、モテるようにしたら? 化粧とかさ整形したら?」
「あのね? そういうのなんていうか知ってる? 余計なお世話っていうのよ? 見た目ばっかで中身何もないってつまらないじゃん。若いうちはいいよ? でもそのうちそれが通用しなくなるのよ。ゆいちゃんは働いたことがないからわからないけど、私は夫の優しさや誠実さが好きなの。子どもたちもそう。たとえゆいちゃんがけなしても、私にとっては大事な家族なの」
「ほー、で、その家族に何の価値あるの?」
 突き放すような口調の結花。
「――これだけ言っておくわ。ゆいちゃん、可愛いだけで通用すると思ってるのは大間違いよ。世間はかなりシビアだから。そんなに自信あるなら、今からでも芸能オーディション受けたら? ネット動画にあげてみたら? 痛い人ってすぐに有名になるから。SNSの過去の投稿も掘り起こされてどうなるかしらね?」
「うるさいわね! このブスが!」
 結花はすぐにSNSに望海の悪口を載せようと、スマホのロック画面を開いた――通知画面が悠真の名前で埋まっている。
 舌打ちしながらロック画面の通知内容を確認する。
「……あいつぶっ倒れたってさ。これから生活どうなるの?」
「えっ、悠真さんが?」
 さっきまで強い口調だった望海がいつもののんびりしたモードに戻る。
「ほら見て」
 結花は通知の内容を見せると「それ早く行った方がいいよ」と望海は気を遣う。
「これで働けなくなったらどうしよう! 私働かないといけないの? 絶対嫌!」
 お小遣い減額か。
 ほんと役に立たないやつだ。
 もし夫が働けなくなったら、贅沢できなくなっちゃう!
 これから欲しい物が沢山ある。
 母との海外旅行に、年明けにはデパートのブランド服の福袋セールがあるし、ママ友とのランチ会もある。
 もしかして今度は私が働かないといけないの?
 そんなの嫌! 結婚の時の約束を破ってる!
 世界一可愛い私は働かなくていいの。
 中学の時から夢見た「大学卒業してそのまま結婚して専業主婦」のステータスがなくなってしまう!
 これでずっと周りにマウントとってた。
 結花ちゃんは世界一可愛いから何しても許されるの。
 散財しても、家のことやらなくても、嫌がらせをしてもぜーんぶ許されるの。
 いつも母がそういっているんだから。
 
「ゆいちゃん、ほんと自分のことしか考えてないんだね! 悠真さんの優しさに甘えすぎ。ゆいちゃんは世界一可愛いから捨てられないっていっつも言ってるけど、そのうち愛想つかれるよ。今はちゃんとやることやって!」
「ブスが何いってるの! なにか私に話しかけてるわ」
 結花の嫌味に対して堪忍袋の緒がキレた望海は「もう知らない!」と言って、伝票を置いてお店を出た。
「こんなぐらいでいちいち怒るなんて神経質ね。ブスなのは事実なのに」
 鼻で笑いながら結花は残りのデザートを食べて会計を済ませた。
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