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2章
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ローカルスーパー「よだ」西南店は、昼間の買い物客で賑わっている。
入り口にはクリスマス商戦と年末年始に向けて「ポイント2倍!!」
「会員カードで支払いしたら5%引き!」
購買意欲を掻き立てるようなのぼりやポップがあちこちに設置されている。
頭が痛い。店内でけたたましい音で流れている有線が余計拍車をかける。事務所兼休憩室まで聞こえる。
いつもは気にしないのになんとなく気分が悪い。
依田悠真は休憩用のソファーに横になりながら、スマホの通知を見ていく。
今月のクレジットカードの請求が来た。
ゼロの数いくつだろうかと思うと、食事する気力ない。
開きたくないが、確認しないと払えない。
しぶしぶ私用のスマホでアプリを開けると額に手を当てた。
今月は三十万。ひえっと声に出したくなるが、スタッフがいる手前、そんな姿を見せたくない。
それに今日は娘の三者面談に行ったが、娘の頑張りを否定するようなことを言われた。
――お母さんの真似して、試験で上位はいったのでは。
そんなことないと返したが、バツの悪そうな顔をされた。むしろどう言う事だと強く問いただした。
妻は先生にえこ贔屓してもらうために、媚びを売りまくってたらしい。それで先生もあっさり試験範囲を教えてもらって成績をキープしていたと。
娘は即否定したが、担任は嘘ついてるんじゃないかと疑われてた。
娘が妻が卒業した春の台中学校に通うようになってから――特に、2年生になってから、中学時代の妻の話を色々な人から耳にするようになった。
とにかくあのワガママぶりは昔から。異性にぶりっ子しては、同級生から顰蹙を買っていた。気に入らない女子にしょっちゅう嫌がらせをしていたらしい。
中には学校に行けなくなった子もいると。
娘の担任は妻と同級生で面識があるようだ。
妻を引き合いにして娘をけなすのだから、昔二人の間で何かあったのだろうと思っている。それを聞くのは少し怖い。
これ以上妻の人間性や過去を知りたくない。
他のスタッフからめっちゃ疲れてますよとか、食事と健康の心配する言葉をもらう。
悠真は結婚してから定時通りに帰る機会が減った。
娘の陽鞠が生まれて数年の間は、妻の結花の強い希望で、定時帰りや、育休なるものを取っていた。
陽鞠が中学に入ってからまた昔のような勤務体制になった。
結花はかなり反対しているが、家の為にはそうしないと無理だ。
娘の部活の道具代はいい。問題は妻だ。
ランチや買い物でかなりお金飛ぶ。しかも義理の母の分まで払ってると思う。妻は自分のだけだと主張するが、妻一人の金額じゃない。
職場では家族円満を演じているものの、実際は逆だ。
妻とその母のワガママに振り回されている。
しかもこの仕事をかなり見下されている。
実家が名家だの、お前のとこは格下だの言われる。
今は頻度が減ったが、昔は仕事中でもお構いなしに電話してくることがあった。
カレンダー通りや土日休みとは限らないと再三言ってるにも関わらず、出勤すると不機嫌モードになる。
休み取っても家族サービスと家の手伝いをしなかったら、その日一日無視される。なにかとつけてお小遣いを減らされる。
ただでさえ、月のお小遣いは3000円でやりくりしろと言われているのに、これ以上減らされたら溜まったもんじゃない。
月一度の趣味の集まりに行くのもとやかく言われる。
よく言われるのは世界一可愛い私が結婚してあげたんだから、私のために尽くしなさいと。
惚れた弱みがある。
妻の親――特に義理の母に最後まで反対され、誓約書にサインしたら結婚を認めてあげると言われた。
幸せにさせると決めた相手だからサインした。これでやっと結婚できると思っていた。
でも全ては妻のワガママに支配されただけだった。
誓約書の中には妻を絶対働かせないと書いてあった。
他にも妻の実家を贔屓にするとか、自分の実家と関わらせないとか、妻に有利な物ばかりで、対等的ではない。
つまり妻の支配下に置かれた。
結婚して10年以上経つが、正直限界が来ている。
金銭面も妻の生活態度や性格も。
このままだと娘が妻のことでいじめられるのではないか心配である。
「社長今日早く帰りましょ。てかもう帰って下さい!」
「いや……そうはいかないし……年末年始の準備あ……」
抑揚のない声で返事をして、起きあがった瞬間全身の力が抜けていく。
戸塚や他のスタッフが「社長!」と悠真を支える。
「だめだ、これまじでやばいぞ。とりあえず、陽貴店長のとこと奥さんに連絡しないと」
戸塚は休憩室にある固定電話で、悠真の兄である依田陽貴に連絡する。事情を短く説明するとすぐに向かうと返事が来た。
今度は悠真の妻結花に連絡しようとした瞬間、掠れるような声で「つ、妻と、む、娘に……」と声を出す。
戸塚は「奥さんと娘さんにですね?」と聞き返して、悠真は無言で頭を上下した。
「店長、奥さんの連絡先分かるんですか?」
「確か社員の連絡先リストに載ってるはず」
ローカルスーパー「よだ」では、採用時にスタッフの身になにかあった場合に、緊急連絡先を書くようになっている。多くはスタッフの家族で、だいたいパートナー、その子どもたち、高校生や学生スタッフは両親か兄弟姉妹などが書かれている。
妻も娘も電話つながるだろうか。
娘は三者面談の後すぐに部活に行ってしまった。
学校でのスマホの持ち込みは禁止されているから、難しいだろう。
妻は自分の都合のいい時しか連絡してこないから、もしかしたらつながらないかもしれない。
通知を放置する可能性がある。繋がっても嫌々出るだろう。
妻は自分の時間を邪魔されるのを非常に嫌うから。
「……奥さんも娘さんも繋がらないですね。通話記録が2人の連絡先に残ると思うので、折り返しを待ちましょう」
苦い顔をしながら報告する戸塚に悠真は「ありがとう」と、小さい声で呟いた。
しばらくすると陽貴がやってきた。
スーパーのユニホームでなく、ビジネスカジュアルのスタイルだ。
「悠真?! めっちゃ顔色悪いぞ! 今から病院連れて行くから!」
陽貴は変わり果てた弟の姿を見た瞬間、血相を変えて、戸塚と近くにいるスタッフたちに、すぐ病院に連れていくから、荷物持っていくのと、車まで抱えるので手伝って欲しいと指示する。
戸塚が陽貴と一緒に悠真を抱えて、高校生スタッフの一人が、悠真の荷物を持っていく。
陽貴の車が置いてあるスタッフ用駐車場に向かう最中でも、悠真の体全身が力抜けていく。
しっかりしてください、もうすぐだぞと悠真に向かって三人が声をかける。
悠真はもう返事をする気力がない。
12月中旬の昼間の空は憎いぐらい雲一つなく、突き刺すような冷たい風が吹き荒ぶ。
陽貴の車が見えてきた。白い5人乗りのボックス車。
「確か君は、安達くんだったね。悪い、車開けるから、ちょっと戸塚くんと一緒に支えてくれるかい?」
高校生スタッフの安達は悠真の鞄を片手で持ちながら、戸塚と一緒に支える。
陽貴は自分の鞄から、車の鍵を取り出してすぐに後部座席のドアを開けた。
戸塚と安達は悠真を後部座席に横たわるような形で乗せて、ドアを閉める。
「戸塚くん、家族には繋がった?」
「二人とも出なかったですね」
顔を曇らせる戸塚に対し「そっか、分かった。俺からもう1回する。2人ともありがとう、お疲れ様」と陽貴は、戸塚と安達に労いの言葉をかけて、運転席に座った。
戸塚は「そういえば前も似たようなことあったなー。あれは、澄江さんの時だっけ?」と、車が駐車場を出るのを見届けた後でぼやく。
「澄江さんですか?」
「そう。社長のお母さんな。あれは、10年以上前だっけ? 俺が春の台にいた時に澄江さんと一緒に働いてたんだけど、彼女が強風に煽られて転んだんだよ。すぐに社長に電話して病院行ったんだ。あの時澄江さんがいなかったのデカかったなー」
「1人いなくなるときついですよね」
「でも、4日ぐらいで戻ってきたよ。人がいないからって。社長の奥さんに手伝って貰う話が出たけど、本人が即お断りしたってさ」
「ええっ、それは……確か、社長の奥さんって働いてないんでしたっけ?」
「そう。専業主婦をさせるのが結婚認める条件だって。でも、社長の様子見てたら、本当に専業主婦やってんのかって思っちゃうね。」
「ですよね?! だって僕が来た時よりも痩せてきてますし、覇気がないですし、ずっと働いてるし……休みもあんまり取らないみたいですから……」
「うちのスーパー、資金援助を社長の奥さんの実家がやってるらしいし、ほら社長が時々差し入れでたっかそうなお菓子持ってくるじゃん? あれも社長の奥さんとこが選んだものらしいんだ。なんというか恩に着せる感じかな?」
「店長は社長の奥さん見たことありますか?」
「いや、直接はないんだ。俺、社長と友人なのに結婚式呼んでくれなかったんだぜ? 写真なら何度か見てるけど。なんというか童顔で、女優さんみたいな感じ」
「えっ、結婚式呼ばれなかったんですか?! 二人ともめっちゃ仲いいのに……」
安達が駐車場で声を上げる。
悠真と戸塚は昔からの友達で、休みがあった日には2人でクイズサークルに参加している。
「そう。社長はめっちゃ申し訳なさそうにしてた。それで別の日に奥さん呼んで、パーティしよって言ったら、それも社長しか来なくて、奥さん来なかった……てかドタキャンしてきた」
「なんじゃそれ? 結構酷いことしてますね……」
「あの時何度も謝ってる社長がいたたまれなくてな」
体調不良と表向きはなっていたが、実際は結花が戸塚のことが気に入らず、悠真だけが出席することになった。
結婚式もほとんどが演出も、出席者も、結花の意向ばかりで、悠真の希望は引き出物を選ぶ時だけだった。
「俺な社長――悠真が心配なんだ。あいつ結婚してから元気なくなってるし、ずっとここにいたがるというか……明るく家族の話してくるけどなんとなく陰が見えるんだ」
駐車場を見つめながらぼやく戸塚。
時々悠真から結花のことを聞いているが、割とヤバイ人だと思っている。
めっちゃワガママで、人を人と思わない。自分以外の人間はただの下僕としか見ていない。
あの結婚式も集まりも悠真からこっそり「本当の理由」を聞いて、早く逃げた方がいいんじゃないかと思っていた。でも、当時は自分が独身だったから、悠真に言える資格がないと思ってた。
結婚した今なら、早く逃げろと強くいう。
「もしかしたら、奥さんが鬼嫁系じゃないですか? 家で蔑ろにされてるとか」
「……まぁ、今は陽貴店長が一緒にいるからそこは任せよう」
2人が持ち場に戻った頃には、悠真の話題で持ちきりで、根堀葉掘り聞かれたとさ。
ローカルスーパー「よだ」西南店は、昼間の買い物客で賑わっている。
入り口にはクリスマス商戦と年末年始に向けて「ポイント2倍!!」
「会員カードで支払いしたら5%引き!」
購買意欲を掻き立てるようなのぼりやポップがあちこちに設置されている。
頭が痛い。店内でけたたましい音で流れている有線が余計拍車をかける。事務所兼休憩室まで聞こえる。
いつもは気にしないのになんとなく気分が悪い。
依田悠真は休憩用のソファーに横になりながら、スマホの通知を見ていく。
今月のクレジットカードの請求が来た。
ゼロの数いくつだろうかと思うと、食事する気力ない。
開きたくないが、確認しないと払えない。
しぶしぶ私用のスマホでアプリを開けると額に手を当てた。
今月は三十万。ひえっと声に出したくなるが、スタッフがいる手前、そんな姿を見せたくない。
それに今日は娘の三者面談に行ったが、娘の頑張りを否定するようなことを言われた。
――お母さんの真似して、試験で上位はいったのでは。
そんなことないと返したが、バツの悪そうな顔をされた。むしろどう言う事だと強く問いただした。
妻は先生にえこ贔屓してもらうために、媚びを売りまくってたらしい。それで先生もあっさり試験範囲を教えてもらって成績をキープしていたと。
娘は即否定したが、担任は嘘ついてるんじゃないかと疑われてた。
娘が妻が卒業した春の台中学校に通うようになってから――特に、2年生になってから、中学時代の妻の話を色々な人から耳にするようになった。
とにかくあのワガママぶりは昔から。異性にぶりっ子しては、同級生から顰蹙を買っていた。気に入らない女子にしょっちゅう嫌がらせをしていたらしい。
中には学校に行けなくなった子もいると。
娘の担任は妻と同級生で面識があるようだ。
妻を引き合いにして娘をけなすのだから、昔二人の間で何かあったのだろうと思っている。それを聞くのは少し怖い。
これ以上妻の人間性や過去を知りたくない。
他のスタッフからめっちゃ疲れてますよとか、食事と健康の心配する言葉をもらう。
悠真は結婚してから定時通りに帰る機会が減った。
娘の陽鞠が生まれて数年の間は、妻の結花の強い希望で、定時帰りや、育休なるものを取っていた。
陽鞠が中学に入ってからまた昔のような勤務体制になった。
結花はかなり反対しているが、家の為にはそうしないと無理だ。
娘の部活の道具代はいい。問題は妻だ。
ランチや買い物でかなりお金飛ぶ。しかも義理の母の分まで払ってると思う。妻は自分のだけだと主張するが、妻一人の金額じゃない。
職場では家族円満を演じているものの、実際は逆だ。
妻とその母のワガママに振り回されている。
しかもこの仕事をかなり見下されている。
実家が名家だの、お前のとこは格下だの言われる。
今は頻度が減ったが、昔は仕事中でもお構いなしに電話してくることがあった。
カレンダー通りや土日休みとは限らないと再三言ってるにも関わらず、出勤すると不機嫌モードになる。
休み取っても家族サービスと家の手伝いをしなかったら、その日一日無視される。なにかとつけてお小遣いを減らされる。
ただでさえ、月のお小遣いは3000円でやりくりしろと言われているのに、これ以上減らされたら溜まったもんじゃない。
月一度の趣味の集まりに行くのもとやかく言われる。
よく言われるのは世界一可愛い私が結婚してあげたんだから、私のために尽くしなさいと。
惚れた弱みがある。
妻の親――特に義理の母に最後まで反対され、誓約書にサインしたら結婚を認めてあげると言われた。
幸せにさせると決めた相手だからサインした。これでやっと結婚できると思っていた。
でも全ては妻のワガママに支配されただけだった。
誓約書の中には妻を絶対働かせないと書いてあった。
他にも妻の実家を贔屓にするとか、自分の実家と関わらせないとか、妻に有利な物ばかりで、対等的ではない。
つまり妻の支配下に置かれた。
結婚して10年以上経つが、正直限界が来ている。
金銭面も妻の生活態度や性格も。
このままだと娘が妻のことでいじめられるのではないか心配である。
「社長今日早く帰りましょ。てかもう帰って下さい!」
「いや……そうはいかないし……年末年始の準備あ……」
抑揚のない声で返事をして、起きあがった瞬間全身の力が抜けていく。
戸塚や他のスタッフが「社長!」と悠真を支える。
「だめだ、これまじでやばいぞ。とりあえず、陽貴店長のとこと奥さんに連絡しないと」
戸塚は休憩室にある固定電話で、悠真の兄である依田陽貴に連絡する。事情を短く説明するとすぐに向かうと返事が来た。
今度は悠真の妻結花に連絡しようとした瞬間、掠れるような声で「つ、妻と、む、娘に……」と声を出す。
戸塚は「奥さんと娘さんにですね?」と聞き返して、悠真は無言で頭を上下した。
「店長、奥さんの連絡先分かるんですか?」
「確か社員の連絡先リストに載ってるはず」
ローカルスーパー「よだ」では、採用時にスタッフの身になにかあった場合に、緊急連絡先を書くようになっている。多くはスタッフの家族で、だいたいパートナー、その子どもたち、高校生や学生スタッフは両親か兄弟姉妹などが書かれている。
妻も娘も電話つながるだろうか。
娘は三者面談の後すぐに部活に行ってしまった。
学校でのスマホの持ち込みは禁止されているから、難しいだろう。
妻は自分の都合のいい時しか連絡してこないから、もしかしたらつながらないかもしれない。
通知を放置する可能性がある。繋がっても嫌々出るだろう。
妻は自分の時間を邪魔されるのを非常に嫌うから。
「……奥さんも娘さんも繋がらないですね。通話記録が2人の連絡先に残ると思うので、折り返しを待ちましょう」
苦い顔をしながら報告する戸塚に悠真は「ありがとう」と、小さい声で呟いた。
しばらくすると陽貴がやってきた。
スーパーのユニホームでなく、ビジネスカジュアルのスタイルだ。
「悠真?! めっちゃ顔色悪いぞ! 今から病院連れて行くから!」
陽貴は変わり果てた弟の姿を見た瞬間、血相を変えて、戸塚と近くにいるスタッフたちに、すぐ病院に連れていくから、荷物持っていくのと、車まで抱えるので手伝って欲しいと指示する。
戸塚が陽貴と一緒に悠真を抱えて、高校生スタッフの一人が、悠真の荷物を持っていく。
陽貴の車が置いてあるスタッフ用駐車場に向かう最中でも、悠真の体全身が力抜けていく。
しっかりしてください、もうすぐだぞと悠真に向かって三人が声をかける。
悠真はもう返事をする気力がない。
12月中旬の昼間の空は憎いぐらい雲一つなく、突き刺すような冷たい風が吹き荒ぶ。
陽貴の車が見えてきた。白い5人乗りのボックス車。
「確か君は、安達くんだったね。悪い、車開けるから、ちょっと戸塚くんと一緒に支えてくれるかい?」
高校生スタッフの安達は悠真の鞄を片手で持ちながら、戸塚と一緒に支える。
陽貴は自分の鞄から、車の鍵を取り出してすぐに後部座席のドアを開けた。
戸塚と安達は悠真を後部座席に横たわるような形で乗せて、ドアを閉める。
「戸塚くん、家族には繋がった?」
「二人とも出なかったですね」
顔を曇らせる戸塚に対し「そっか、分かった。俺からもう1回する。2人ともありがとう、お疲れ様」と陽貴は、戸塚と安達に労いの言葉をかけて、運転席に座った。
戸塚は「そういえば前も似たようなことあったなー。あれは、澄江さんの時だっけ?」と、車が駐車場を出るのを見届けた後でぼやく。
「澄江さんですか?」
「そう。社長のお母さんな。あれは、10年以上前だっけ? 俺が春の台にいた時に澄江さんと一緒に働いてたんだけど、彼女が強風に煽られて転んだんだよ。すぐに社長に電話して病院行ったんだ。あの時澄江さんがいなかったのデカかったなー」
「1人いなくなるときついですよね」
「でも、4日ぐらいで戻ってきたよ。人がいないからって。社長の奥さんに手伝って貰う話が出たけど、本人が即お断りしたってさ」
「ええっ、それは……確か、社長の奥さんって働いてないんでしたっけ?」
「そう。専業主婦をさせるのが結婚認める条件だって。でも、社長の様子見てたら、本当に専業主婦やってんのかって思っちゃうね。」
「ですよね?! だって僕が来た時よりも痩せてきてますし、覇気がないですし、ずっと働いてるし……休みもあんまり取らないみたいですから……」
「うちのスーパー、資金援助を社長の奥さんの実家がやってるらしいし、ほら社長が時々差し入れでたっかそうなお菓子持ってくるじゃん? あれも社長の奥さんとこが選んだものらしいんだ。なんというか恩に着せる感じかな?」
「店長は社長の奥さん見たことありますか?」
「いや、直接はないんだ。俺、社長と友人なのに結婚式呼んでくれなかったんだぜ? 写真なら何度か見てるけど。なんというか童顔で、女優さんみたいな感じ」
「えっ、結婚式呼ばれなかったんですか?! 二人ともめっちゃ仲いいのに……」
安達が駐車場で声を上げる。
悠真と戸塚は昔からの友達で、休みがあった日には2人でクイズサークルに参加している。
「そう。社長はめっちゃ申し訳なさそうにしてた。それで別の日に奥さん呼んで、パーティしよって言ったら、それも社長しか来なくて、奥さん来なかった……てかドタキャンしてきた」
「なんじゃそれ? 結構酷いことしてますね……」
「あの時何度も謝ってる社長がいたたまれなくてな」
体調不良と表向きはなっていたが、実際は結花が戸塚のことが気に入らず、悠真だけが出席することになった。
結婚式もほとんどが演出も、出席者も、結花の意向ばかりで、悠真の希望は引き出物を選ぶ時だけだった。
「俺な社長――悠真が心配なんだ。あいつ結婚してから元気なくなってるし、ずっとここにいたがるというか……明るく家族の話してくるけどなんとなく陰が見えるんだ」
駐車場を見つめながらぼやく戸塚。
時々悠真から結花のことを聞いているが、割とヤバイ人だと思っている。
めっちゃワガママで、人を人と思わない。自分以外の人間はただの下僕としか見ていない。
あの結婚式も集まりも悠真からこっそり「本当の理由」を聞いて、早く逃げた方がいいんじゃないかと思っていた。でも、当時は自分が独身だったから、悠真に言える資格がないと思ってた。
結婚した今なら、早く逃げろと強くいう。
「もしかしたら、奥さんが鬼嫁系じゃないですか? 家で蔑ろにされてるとか」
「……まぁ、今は陽貴店長が一緒にいるからそこは任せよう」
2人が持ち場に戻った頃には、悠真の話題で持ちきりで、根堀葉掘り聞かれたとさ。
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