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1章
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最近知らない人に見張られているような気がする。
まるで疑われているかのように。
勤務先のスーパーはもちろん通勤時にも、俺の車の後ろに追いかけられているような気がする。
おそらく一週間前からだと思う。先週はそんなのなかった。
「なんかさー、最近俺誰かにつけられてる気がしてならないんだ……なんなんだよ……」
スーパーの休憩室で部下や同僚に愚痴る。
すると他のスタッフ達が俺も、私もと続ける。
おそらくここのスタッフ全員追いかけられていると思われる。知らない人に。
「社長なにかやらかしたんじゃないんですか……と言いたいですが、そんなタイプじゃないですよね。浮気なんてありえないし、むしろ奥さんにめっちゃ尽くしてますよね」
悠真はかなりの愛妻家だ。職場でよく自慢している。
料理はおいしい、優しい、仲がいいと本人が言っている。
「こんなのいつまで続くんだろうかー。勘弁して欲しいよー」
悠真は机に突っ伏して呟く。
妻に仕事が忙しいと言っている。それは本当だ。
スーパーは季節ごとのイベントがあるし、その上働く人が慢性的に少ない。学生のアルバイトとパートが多いものの、特に学生は卒論や就活の関係で長期的に働くのが難しい。大学卒業後、正社員として働いてる子もいるが少数派だ。
だから人がいない所に依田家でヘルプに回っている。
今日は朝から子どもが熱出たので休んだパートの代わりに現場出ている。明日は隣町のお店のヘルプだ。
これから年末年始商戦が始まる。
年末に食材を一気に買うお客さんが増えるので、必然的に忙しくなる。この時期はてんてこまいになるし、帰りも日付け変わるギリギリになる。
――まさか、俺浮気疑われてる?!
嫌な結末が頭によぎる。
お小遣いがまた減るのだろうか。
私を疑わせるような行動をしたからバツとして減らすと。
結婚1ヶ月目でそれをやられた。ゴミ捨てが出来てなかったからと。
それとも、呉松家が経営している会社で働けと言われるのか。
自分の仕事に誇りを持っているから断った。
こっちも自分の家業が大事だ。しかも子どもの頃から慣れ親しんでいるんだ。スタッフの皆もお客様も好きだ。
妻の実家――特に妻の母がこれにかなり怒った。
だっさい仕事してるあなたに世界一可愛い娘を嫁にやるのだから、これぐらいやりなさいと。
悔しかった。目の前で家族を否定されたような気分だった。しかも妻は同調していた。笑いながら。
それが嫌なら、誓約書に署名したら許してやると。
当時は結婚できるならと思っていた。
結婚後、妻の天下という名の支配による生活が始まった。
ただでさえ、中学生レベルのお小遣いしかもらえてない。これでどうやって過ごせと?!
唯一楽しみであるクイズサークルに月1回顔だせるかのレベルになっている。妻はあんまりいい顔をしない。私にとにかく尽くせと。
何かあったら、妻は実家に泣きついて、自分が折れるように迫ってくる。
私に逆らったらこうなるのよと。
このまま俺は妻の独善的な生活に支配された状態でいないといけないのか。
妻から表向きはおしどり夫婦でいるように強く言われている。
常に手を繋いでいるから仲良く見える。でも、あれは自分が余計なこと言ったら、妻の鋭い爪で攻撃出来るようにするためだ。本人からが笑いながら言っていた。
仕事が忙しいのもある。何より家に帰りたくない。
家に帰っても夫婦の時間はない。
いつも妻の母がいる。家のことをとやかく言われるし、終始見下した口調で話しかけてくるから苦手だ。
しかも妻の料理は嘘だ。あれはお手伝いさんがやっている。
お手伝いさんが作ったのをタッパーに入れて、あたかも自分で作った体で出していた。
それに気づいたのは割と最近だ。
お手伝いさんに「まだ出来てないの?! 私のために早く作ってよ! 私が作れないのバレるじゃない!」と怒鳴っているのを聞いてしまったから。
――付き合ってた頃に用意してもらった及び日々の料理は、全てお手伝いさんが作ったものだった。
つまり妻自身がやったものではない。
妻が作った弁当は全て嘘の塊。周りに自慢している自分が情けなかった。
聞いた瞬間どうしようかと頭の中で混乱した。
指摘したらしたで、逆ギレされるのは目に見えてる。
いっそのこと離婚する時の材料でいけるのでは。
変なことが頭に浮かんでくる。
「最近社長顔色悪いよね?」
「ですよね。なんか疲れてると思います。今日もヘルプ来て頂いて……」
パートのおばちゃんと学生のアルバイトの子に悠真のことを話題にしているのが聞こえる。
悠真は結婚してから痩せ細った。気が滅入ってるし、どこか覇気がない。何もかもしんどい。
特に最近は弁当に手をつける気力がない。
「みんな悪いね、心配させて」
返事に弱い再び突っ伏した。
皆の前で結化の愚痴なんて言えない。
結婚してもう半年だろうか。
世間から見ると新婚で、早く家に帰りたいはずなのに、全くそんな気になれないかった。
こんなこと誰にも言えない。
毎日離婚の単語が悠真の頭の上で踊る。
両親から顔を合わせる度に「大丈夫か? 何かされてない?」と聞かれるが、気丈に振る舞っている。
――依田さん、あなたカウンセリング行ってください。直ぐに。
先日健康診断で医者から言われた。
結婚前に比べて痩せてきている事、顔色悪いこと、このままだと鬱になってしまう事。
医者の紹介で近所のカウンセリングを併設している病院にいった。
家での状況を他所に話したのは初めてだった。
妻から蔑ろにされている、ワガママに振り回されているなど。
――このままだと鬱になるよ。ストレスの原因から離れないといけないね。
遠回しに離婚をすすめられた。それと同時にやっぱりした方がいいのかと腑に落ちた。
カウンセリングも健康診断のお金も結化にしぶられたので、独身時代のお金で行った。
両親に話したら、離婚した方がいいと。仕事は任せなさいと。
悠真は今日働いたら暫く休もうかと考えているところだ。
しかし結花にしばらく休むなんて言ったら……柊真は想像しただけで頭が痛くなった。
徐々にまぶたが重くなって本格的に寝てしまった。
「社長! 起きて下さい!」
目が覚めたのは休憩終了から30分後だった。
悠真は学生のアルバイトに強く揺らされて起こされた。
時計を一瞥すると昼の2時半。
「戸塚店長から電話です!」
「あぁ、今でるよ」
学生アルバイトは少し頭をさげて持ち場に戻った。
『社長? 大変だ! す、す、澄江さんが!』
戸塚の電話口から焦るような声。
普段はそんなタイプではない。軽い口調で冗談言いながら電話してくるタイプだ。こんな焦ってるような口調だと何か嫌な予感がする。
心臓が跳ね上がる。
「落ち着け。どうした?」
『す、澄江さんが……! とにかく店に来てくれ!』
「わかったから。今行く」
一通り用件を聞きつつ、努めて冷静な口調にしようとする悠真。内心は穏やかではない。
「日高くん。今から春の台店に行くから。皆に言っといて」
悠真の顔から冷たい汗が流れた。
「はい。わかりました」
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