欲望が満たされなくなった天使は化け物へと変貌する

僧侶A

文字の大きさ
上 下
16 / 49

16話

しおりを挟む
 それを好機とばかりにルーシーさんが刀で斬りかかる。

「その程度で私を倒せると?」

 確かに素肌に刀は当たったはず。なのにエリーゼの体には傷一つ見られなかった。

「こりゃまた変な力を持ってんな」

「私は知っていますから」

 エリーゼは反撃と言わんばかりに掌底を繰り出した。

「ぐふっ」

 ルーシーさんは刀で受け止めたはずだけれど、何故か腹を殴られたかのように吹き飛んでいった。

「数多くの知識を得た私が、生身の人間と戦って負ける道理はありません」

 僕は戦闘について詳しく知っているわけでは無いけれど、明らかに現実的でない力を使っているということは分かる。

「流石大天使って所だな。無茶苦茶だ」

 立ち上がったルーシーさんはもう満身創痍に見える。

「この程度ですか」

「そうだな、降参って言ったら見逃してくれるか?」

 あっさりと負けを認めたルーシーさん。

「私たちの計画を散々邪魔してきた方ですし、このまま帰らせるわけにもいきませんね」

 エリーゼはルーシーさんに止めを刺そうと歩いて近づく。

「かかったな」

 もうまともに動けないはずのルーシーさんが突然動き出し、首にキックをかました。

 エリーゼは突然の攻撃に怯んだが、ダメージに関しては殆ど入っていないようだ。

「あら、逃げられましたか」

 気付いたらルーシーさんがどこかへ去っていった。

「僕置いてけぼり……」

「ペトロに傷一つ付けるわけが無いのは織り込み済みなのでしょうが、普通置いていきますかね」

「とりあえず、帰るね」

「そうね。それが良いわ。家に帰ったらあの人に伝えておいて。次は容赦しないって」

「分かったよ」

 エリーゼはルーシーさんがどこに住んでいるのかは分かった上で見逃してくれたのだろう。

「じゃあまた今度」

 そう言ってエリーゼは飛び去って行った。僕も帰らないと。

「あ、ここどこ?」

 空から来たのでどうやって帰るか分からないんだけれど。


 結局僕は2時間くらいかけて家に辿り着いた。

「よう、遅かったな」

 家に帰り着くと、呑気にワインを飲んでいるルーシーさんがリビングに居た。

「遅かったなじゃないです。どうして逃げたんですか」

 一切悪びれもしないルーシーさんに対し問い詰めた。

「そりゃああいつが強かったからだよ。まともに戦ってどうこうとかいう話じゃねえ」

「じゃあどうするんですか?元締めをどうにかしないと一生増え続けますよ?」

 それに、エリーゼが堕天使のままなのは嫌だ。

「とは言っても、元に戻すとあいつの場合色々支障が出るからなあ」

「戻したら良いんじゃないんですか?」

「俺がやってるのはあくまで肉体の巻き戻しでな。アイツの話が正しければ元に戻したらガキになっちまう」

 確かに、エリーゼの年齢は24くらいだったはず。14歳ともなると確かに支障が出てしまう。

「だから戦おうとしたんですか?」

 戻せないから拘束しようとしたのだろうか。

「いや、アレは単に戦闘力を確かめただけだ。どんな能力を持っているんだろうなって」

「分かったんですか?」

「一応な。アイツは本で見知ったことならどんな類のものであれ実現できるんだろう」

「だからあんなファンタジーみたいな戦い方していたんですね」

 刀を肉体で受け止めるなんて発想、普通考えつかない。

「そうだな。体が硬くなっていたのは最近人気の小説、金色の魔法使いの登場人物であるゲアルが得意とする魔法そのもので、発勁は中国の小説、功夫覇道の敵キャラが使っているものに酷似していた」

「めちゃくちゃですね……」

 小説に書かれている事が何でも出来るのなら、自分で書いて自分で使うことも出来るってことだ。やりようによっては時止めすら出来るんじゃないだろうか。

「まあ、一定の制約はありそうだがな。この間の大天使の力と明らかに釣り合っていない」

 じゃなきゃやってられないというのもありそうだけれど、流石に実質なんでも出来る能力に隙が無いわけがない。

「とりあえず、どうにか出来るようになるまでは放置ですか?」

「そうだな。アイツの研究もあるし、アリエルは大きなことを起こす気はそこまで無いみたいだしな」

 何人かは堕天使化させているとは思うのだけれど、大きな騒動を起こすことは無いと思う。それだけが救いだった。

「もしエリーゼを元に戻せるようになったら、暴走してしまった天使の方々も戻せるようになりますか?」

「それは分からねえ」

「そうですか」

 僕に出来ることはしばらく無さそうだった。



「マクロ経済学やっぱ難しいわ」

「そりゃあそうだよ。普通3年生とかで取る奴だよこれ」

「でもお前は軽々解いているじゃねえか」

「まあね」

 僕は、堕天使関連の仕事が無いので普通に大学生としての日々を過ごしていた。

 今では授業にも慣れて、難しい授業でも平気でついていけるようになった。

「この調子だと2年の前期位で全ての単位取り切っちまうんじゃねえか?」

「そしたら随分と暇になるね。他の学部の授業でも聞きに行く?文学部とか」

「それはアリエルさんの趣味に合わせるためじゃねえか」

「バレたか」

 ルーシーさんとエリーゼは完全に対立してしまっていたが、僕との関係は悪化したというわけでは無く、あの日の後も普通に会って話したりしていた。

「実際結婚とか考えているのか?」

 ジョニー君がからかうように言ってくる。

「まだ年齢的には早すぎるし、今は良いかなって」

 大学にも行っているしね。そもそもエリーゼの堕天使化が治らない限り何とも言えない。

 アレが本来のエリーゼなのか、大天使化したことによって精神性が大きく変わっているのか、それが分からないことには始まりようがない。

「好きなんだろ?さっさと告白したらどうだ」

「確かにそうだけど」

 ただしそんなことをジョニー君に話せるわけが無いので、そう返事するほかなかった。


「エリーゼ、どうしても元に戻る気は無いの?」

 僕は懲りずにエリーゼの元を訪れた。ルーシーさんが武力でどうにか出来ない以上、僕が説得する以外に方法は無さそうだから。

「戻る気は無いわ」

「そうだよね……」


「それより、ペトロに提案したいことがあるのよ」

 そう言って取り出したのは水色の液体が入った小瓶。

「何それ?」

「これは、人間の心を開放するための薬。この間完成したのよ」

 堕天使化する薬を人間にも……?

「天使だけじゃないの?」

「ええ。私達の目的は人間と天使全てが欲望を開放させて生きる社会を作ることだもの。単にこれまでは天使しかやり方が見つかっていなかっただけよ」

 そう言って僕に薬を渡してきた。

「これを飲めってこと?」

「そうよ。これで私たちの仲間入りとなるわ。ペトロなら乗り越えて私みたいに大天使化できると信じているわ」

「飲むわけないでしょ」

 僕は当然断った。

「私の事を受け入れてはくれないのね」

 エリーゼの表情は、悲しそうなものだった。

「そういうことじゃない」

 堕天使化することが間違っているから受け入れないだけだ。

「ならこうするしかないのかしら」

 僕はエリーゼに不意を撃たれ、体の自由を失った。

「これで……」

 それが僕の聞いた最後の言葉だった。



 目が覚めると、僕は贅の限りを尽くしたような、欲というものを表現したような部屋に居た。

「僕は攫われたのかな、エリーゼに」

 しかし肝心のエリーゼはここにはいないようだ。

「とりあえず脱出しないと」

 そう思い、扉から出ようとするも、当然ながら鍵がかかっていた。

 もしかしたら何かしら脱出手段があるかもと部屋を探ってみるも、人が外に出られるだけの大きさの窓は存在しなかった。

「多分これを飲んで外に出ろってことだよね」

 一番目立つ机の上に、先ほどエリーゼが飲ませようとした薬が置いてあった。

「確かに堕天使化を乗り越えて、大天使になったらここの扉なんて簡単に壊せそうだけれど」

 それではエリーゼの思うつぼだ。

 僕はどうしようもないので、助けが来ることをただ待つことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初めて入ったダンジョンに閉じ込められました。死にたくないので死ぬ気で修行したら常識外れの縮地とすべてを砕く正拳突きを覚えました

陽好
ファンタジー
 ダンジョンの発生から50年、今ではダンジョンの難易度は9段階に設定されていて、最も難易度の低いダンジョンは「ノーマーク」と呼ばれ、簡単な試験に合格すれば誰でも入ることが出来るようになっていた。  東京に住む19才の男子学生『熾 火天(おき あぐに)』は大学の授業はそれほどなく、友人もほとんどおらず、趣味と呼べるような物もなく、自分の意思さえほとんどなかった。そんな青年は高校時代の友人からダンジョン探索に誘われ、遺跡探索許可を取得して探索に出ることになった。  青年の探索しに行ったダンジョンは「ノーマーク」の簡単なダンジョンだったが、それでもそこで採取できる鉱物や発掘物は仲介業者にそこそこの値段で買い取ってもらえた。  彼らが順調に探索を進めていると、ほとんどの生物が駆逐されたはずのその遺跡の奥から青年の2倍はあろうかという大きさの真っ白な動物が現れた。  彼を誘った高校時代の友人達は火天をおいて一目散に逃げてしまったが、彼は一足遅れてしまった。火天が扉にたどり着くと、ちょうど火天をおいていった奴らが扉を閉めるところだった。  無情にも扉は火天の目の前で閉じられてしまった。しかしこの時初めて、常に周りに流され、何も持っていなかった男が「生きたい!死にたくない!」と強く自身の意思を持ち、必死に生き延びようと戦いはじめる。白いバケモノから必死に逃げ、隠れては見つかり隠れては見つかるということをひたすら繰り返した。  火天は粘り強く隠れ続けることでなんとか白いバケモノを蒔くことに成功した。  そして火天はダンジョンの中で生き残るため、暇を潰すため、体を鍛え、精神を鍛えた。  瞬発力を鍛え、膂力を鍛え、何事にも動じないような精神力を鍛えた。気づくと火天は一歩で何メートルも進めるようになり、拳で岩を砕けるようになっていた。  力を手にした火天はそのまま外の世界へと飛び出し、いろいろと巻き込まれながら遺跡の謎を解明していく。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり
ファンタジー
渡会 霧(わたらい きり)。36歳。オタク。親ガチャハズレの悲惨な生い立ち。 幸薄き彼女が手にした、一冊の辞典。 それは異世界への、特別招待状。 それは推しと一緒にいられる、ミラクルな魔法アイテム。 それは世界を救済する力を秘めた、最強の武器。 本棚を抜けた先は、物語の中の世界――そこからすべてが、始まる。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...