欲望が満たされなくなった天使は化け物へと変貌する

僧侶A

文字の大きさ
上 下
11 / 49

11話

しおりを挟む
「ジョニー君、聞きたいことがあるんだけれど」

 僕は、先ほどの会話で確信したことがあった。

「ん?なんだ?何でも聞いてくれ。好きな女のタイプとか、今までに付き合った女の数とか」

「残念ながらそれではないかな。君の家庭の話なんだけど、アグネス商会だよね?」

 アグネス商会、それはこの国、アルグネの中で最も大きい商会のことだ。

 この国には数えきれない数の商会があるが、その他の商会とは一線を画していた。

 2位の商会がローズ商会なんだが、単純な資金の額で5倍以上の差をつけて首位を
 独走していた。

 そんなアグネス商会に一人息子がいるという話を聞いたことがある。

 それに、商売を左程経験していないであろう息子にここまでの額を投資できる存在となるとアグネス商会以外ないだろう。

「流石にバレるか。そうだよ。俺はアグネス商会会長の一人息子、ジョニー・アグネスだ」

 僕の隣にいる男は、何も隠すことなく言い切った。

「今回の話が本格的に進んだ後、アグネス商会の一人息子だって知ったらどういう反応するだろうね」

 多分、そこら辺の商会の息子だと思われているだろうしね。

「どうもしねえんじゃないの?」

「そんなわけないよ。あのアグネス商会なんだから」

「そんなもんかね」

 あのジョニー君でも自分自身については疎いらしく、反応は薄めだった。

 流石に驚くよ。貴族よりも金を持っており、勝てるのはこの国の王だけなんて噂されている。何なら下手な貴族よりも立場が高いと思われている。


 約束通り、翌日には完全にデモは無くなっていた。

 それを確認したジョニー君は、契約を進めるべく、仕事に励んでいた。

 そしてなんと2週間後には店舗が完成していた。

 題して『文化館』。あのアグネス商会が運営していることもあり、開館前からかなりの噂になっていた。

 学校でも、

「文化館行ってみない?」

「あのフート・マルティンの絵が生で見れるんだって!」

「ダニエル様の演技をあの値段で見ることが出来るなんて素晴らしすぎますわ!」

 と非常に好評のようだった。

 そして開館当日、

「凄い人だね……」

 文化館の前は夥しい数の民衆でごった返していた。皆文化館を楽しみにやってきてくれたようだ。

「当たり前だろ!あの俺がプロデュースしたんだぞ」

 ジョニー君は自信満々に語る。

 確かに、この国一の商会だもんね。

 大学をまだ卒業していないということもあり、僕たちは名前と顔を表に出すことが出来ないためジョニー君の信頼する部下たちが開館のテープを切った。

 それと同時に夥しい数の人々が流れ込んでいった。

「あれ大丈夫かな?」

 入館料を先に支払うというシステムの都合上、あの人数が入りきるにはどれほどの時間がかかるだろうか。

「今日だけは特別に10枠位作って貰っているから大丈夫だろ」

 しばらく待ってみると、ジョニー君の言う通り夥しい数の人があっという間に文化館の中に吸収されていった。

「そろそろ中に入って様子を見よう」

「そうだな」

 僕達は裏側にある従業員専用の入り口から中に入った。

「これかっけえよな!」

「可愛すぎる!誰が描いたの?」

「あの役者めちゃくちゃイケメンだったよね!」

「この曲は誰が作ったんだ!?」

 皆が思い思いに感動を言葉にしており、中は非常に騒々しかった。

 芸術を見るという観点において向いていない環境だとは思えるけれど、楽しむことにおいては十分なようだった。

「これなら目的も達成できそう」

 これなら絶対に客から注文は入るだろうし、良かった人に関しては注目を集めることだろう。

 堕天使になった人たちも、元に戻ることを受け入れてくれるだろう。

 これ以上居ても無駄だろうということで、僕たちは文化館から出て、それぞれ自宅へと戻った。

 それから一週間が経った。

 流石に初日みたいな人数は来なくなったものの客足は安定しているようで、これから客が少々減ったとしても収支はプラスに傾くらしい。

 そして貴族からの注文も一定数生まれ、今まで日の目を見ることが無かった画家達が注目を浴びるようになっていた。

 貴族ではない人達にも気軽に文化的活動を目にすることが出来るようになったこともあり、世間では一大ブームとなっていた。

「堕天使の件、どうですか?」

 この事業が上手くいったということで、改めてマルティンさんの所へやってきた。

「そうじゃな。お主らのお陰で目的を達成することが出来た。デモという危険な手段を使わずにな。もうこの湧き上がる感情は必要無い。いずれ満たされることじゃろうしな」

 実は文化館に関する商談の際に、一旦デモ活動を取りやめるようにお願いしていた。

 デモは現状を変えることは出来ても、大衆の心を掴むことは叶わず、寧ろ離れていく可能性が高いからという理由で。

 もし文化館が開館してもデモが続いていたらあれだけの集客は見込めなかっただろう。

 堕天使になったら欲望が際限なく湧き出てくるという。その状態で理性のある判断をしてくれたのだ。

「じゃ、あんたを元に戻すからウチに来い」

「分かった」

 その後、ルーシーさんの手によってマルティンさんは元へ戻った。

「んじゃ、他の奴らもさっさと元に戻すぞ」

「はい」

 僕達は、この間断られた人たちの家に赴き、一人一人元に戻していった。

「後3人か」

「そうですね。今日中に片付けちゃいましょう」

「そうだな」

 そんな中、街で騒ぎが起きていることに気付く。

「何なんでしょう」

 昼間にこんな大騒ぎになるって。暴力事件でも起こっているのか。

「おい、見ろあれ」

「ふざけんな!」

「あいつを潰さねえと話になんねえんだよ!」

 喧嘩か?というより、

「もしかして」

「そうだ。堕天使だ」

 特に堕天使にはデモとか騒動とかを起こさないようにと頼み込んでいたはずなのに。

「とりあえず行ってみましょう」

 集まっていた人に事情を聞いてみる。

「何があったんですか?」

「詳しいことは分からないんだけれど、サルトルさんに用事があるんだってあの二人が怒りながらやってきたの。それを警官が抑え込んで連行しているのよ」

「サルトルってあの?」

「サルトル・グリーンよ」

 サルトル・グリーン。この人は、あのフート・マルティンよりも遥かに上。間違いなくこの国で一番の画家と称されている人だった。

「どうしてそんな人にあの二人が?」

「多分あの記事よ」

「……あーアレか」

「知っているんですか?」

 後ろで話を聞いていたルーシーさんが知っているようなので、聞いてみる。

「サルトルって奴がデモを起こしている奴らを徹底的に見下す声明を出したんだよ」

「それってどんな?」

「デモを起こすような奴らは、そもそも実力が足りていない。今の立場はそれ相応だから黙って地に這いつくばっていろってな」

「そりゃあああなるに決まっているじゃないですか」

 堕天によって自己顕示欲と金銭欲が表だっている状態の彼らに国一番の画家がそんなことを言ったら、爆発するに決まっている。

「そうだな。とは言っても奴らに伝わっているとは思わなかった。そこまでメジャーな紙面じゃないしな」

 ルーシーさんは知っていたけれど、影響力を鑑みて無視していたようだ。

「とりあえず、ありがとうございました」

「いえいえ」

 堕天使が連行されてしまったということは、あの場所でやらないといけない以上元に戻すのが不可能になったということを指す。

「どうしましょう」

「ひとまず戻せる奴が先だ」

「はい」

 僕達は、連行されていった二人を除いた堕天使を元に戻しに行き、無事完了した。

 そして例の二人はというと、本格的に牢に閉じ込められていた。

 サルトルさんがその件に怒り、本格的な処罰を求めるとのこと。

「いくらデモ活動が見苦しいからってあの発言はねえな」

 意外と、ルーシーさんはサルトルさんに対して批判的なようだ。

「ルーシーさんもデモ活動を行う人たちに批判的だったのに」

「そういうのはあくまで心構えに過ぎないからな。そもそも皆が皆それが純粋にやりたいからその職業に就いたとかいうわけじゃねえ。自分のその職業に対する理想を他人に押し付けるのはお門違いだ」

 確かに、デモを行っている人たちに対して直接デモを批判するような発言をした姿は無かった。

 そんなことをしたら話にならないからとか、堕天使が暴走状態に陥る可能性とかを考慮したものだと思っていたけれど、そうでは無かったらしい。

「どうするんですか?あの二人」

 正直どうすればよいのか一切見当がつかない。

 別に国家権力に基づいて活動しているわけで無い以上、警察に連行されていった方を救い出すことは不可能だ。

「一応知り合いに当たってみるか。行くぞ」

 着いていった先は、警察本部だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

初めて入ったダンジョンに閉じ込められました。死にたくないので死ぬ気で修行したら常識外れの縮地とすべてを砕く正拳突きを覚えました

陽好
ファンタジー
 ダンジョンの発生から50年、今ではダンジョンの難易度は9段階に設定されていて、最も難易度の低いダンジョンは「ノーマーク」と呼ばれ、簡単な試験に合格すれば誰でも入ることが出来るようになっていた。  東京に住む19才の男子学生『熾 火天(おき あぐに)』は大学の授業はそれほどなく、友人もほとんどおらず、趣味と呼べるような物もなく、自分の意思さえほとんどなかった。そんな青年は高校時代の友人からダンジョン探索に誘われ、遺跡探索許可を取得して探索に出ることになった。  青年の探索しに行ったダンジョンは「ノーマーク」の簡単なダンジョンだったが、それでもそこで採取できる鉱物や発掘物は仲介業者にそこそこの値段で買い取ってもらえた。  彼らが順調に探索を進めていると、ほとんどの生物が駆逐されたはずのその遺跡の奥から青年の2倍はあろうかという大きさの真っ白な動物が現れた。  彼を誘った高校時代の友人達は火天をおいて一目散に逃げてしまったが、彼は一足遅れてしまった。火天が扉にたどり着くと、ちょうど火天をおいていった奴らが扉を閉めるところだった。  無情にも扉は火天の目の前で閉じられてしまった。しかしこの時初めて、常に周りに流され、何も持っていなかった男が「生きたい!死にたくない!」と強く自身の意思を持ち、必死に生き延びようと戦いはじめる。白いバケモノから必死に逃げ、隠れては見つかり隠れては見つかるということをひたすら繰り返した。  火天は粘り強く隠れ続けることでなんとか白いバケモノを蒔くことに成功した。  そして火天はダンジョンの中で生き残るため、暇を潰すため、体を鍛え、精神を鍛えた。  瞬発力を鍛え、膂力を鍛え、何事にも動じないような精神力を鍛えた。気づくと火天は一歩で何メートルも進めるようになり、拳で岩を砕けるようになっていた。  力を手にした火天はそのまま外の世界へと飛び出し、いろいろと巻き込まれながら遺跡の謎を解明していく。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

俺がいなくても世界は回るそうなので、ここから出ていくことにしました。ちょっと異世界にでも行ってみます。ウワサの重来者(甘口)

おいなり新九郎
ファンタジー
 ハラスメント、なぜだかしたりされちゃったりする仕事場を何とか抜け出して家に帰りついた俺。帰ってきたのはいいけれど・・・。ずっと閉じ込められて開く異世界へのドア。ずっと見せられてたのは、俺がいなくても回るという世界の現実。あーここに居るのがいけないのね。座り込むのも飽きたし、分かった。俺、出ていくよ。その異世界って、また俺の代わりはいくらでもいる世界かな? 転生先の世界でもケガで職を追われ、じいちゃんの店に転がり込む俺・・・だけど。

処理中です...