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2話
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何があったのか確認するために振り返ると、見知らぬ男が女性のカバンをひったくって逃げている場面だった。
助けなければ、そう動こうとする前に、より犯人に近いアンフィアさんが動いていた。
犯人を捕らえるのではなく、荷物を取り返すためにその細い指を飛び出していたカバンの紐に引っかけた。
「くそっ!」
ひったくり犯はそれに思わず動きを鈍らせるが、それでも男性と女性。振りほどいて逃げることに成功した。
「止まれ!!」
しかし、そのお陰で僕が間に合った。正面からタックルを仕掛け、犯人を押し倒す。その後、少し離れて様子を見ていた男性が集まり、完全に抑え込む。
「離せ!この野郎ども!」
罵倒を放ちながら暴れまわるひったくり犯だったが、男性5人の力には勝てるはずも無く、誰かが呼んできた警察によって無事に逮捕された。
「ありがとうございました!」
かばんは無事に被害者の元に返還され、事件は解決となった。
「女性なのに流石ですね、アンフィアさん」
僕は一番の功労者であろう、アンフィアさんに話しかけた。
さっき別れたばかりなので変な気分ではあるけれど。
「あくまで荷物を取り返すだけなら別に平気よ。それこそペトロ君の方がこそ凄かったわ。刃物を持っているかもしれなかったのに」
「あまり考えていませんでした……」
パッと見刃物は見えなかったから迷わず行ってしまった。
「ちゃんと気を付けてね。それでうっかり死んでしまったら私も君の知人も悲しんでしまうわ」
「分かりました……」
僕は自分の行動の早計さに少し反省した。
「手、大丈夫ですか?」
「手?」
僕はアンフィアさんの右手から血が垂れていることに気付いた。
滴った血が真っ白な服を赤く染めあげている。
「本当だわ。気付かなかったわ」
「すぐに手当てしないと」
僕は何かないかと思案すると、財布の中に包帯を少しだけ入れていることを思い出した。
お母さんが、僕は気を抜くとすぐに怪我をするから入れておきなさいと言われてしまっていたものだった。
「じゃあ包帯を巻きますね」
僕はアンフィアさんの手を取り、応急処置を試みる。
どうやら血の出た先は薬指の爪だった。あれだけ綺麗だったネイルが根元から剥がれ、内側の皮膚が見えていた。
「爪が割れてしまっていますね。元に戻るのは最低でも一月ですかね」
「え……一月?」
僕が大体の完治までの期間を話すと、アンフィアさんは少し動揺した様子で聞いてきた。
「最低でも、ですね。僕は医者じゃないので具体的な期間は分かりかねますが、確実にそれくらいはかかります」
「嘘でしょ……一か月以上?この状態で……」
大した被害ではないと思っていたが、想像以上にアンフィアさんが狼狽えていた。
「アンフィアさん?」
「どうしよう……一月?この状態で?どうにかならないのかしら?」
心配して声を掛けるも、僕の声は一切届かず何やら独り言をぶつぶつ言っている。
先程までの気品があり、優しくも穏やかなアンフィアさんでは無かった。
「アンフィアさん!」
何度声を掛けようが一切の反応は無く、より一層酷い状態になっていく。
そして最後には蹲り、何か苦しんでいる様子だった。
「大丈夫ですか?」
少し気味が悪かったけれど、先ほどまでの美しい女性に戻って欲しかった僕は寄り添った。
しかし、僕は弾き飛ばされた。
「何をするんですか!」
邪魔だからと手を払われた。
そう思いアンフィアさんの方を見る。
しかし、そこにはそんな女性はおらず、目の前には人型の怪物が居た。
「アンフィアさん……?」
目の前にいる怪物はアンフィアさんとは程遠かったが、身に纏っている服、近くに落ちているカバン。そして何よりも両手に備わっている鋭利な9本の爪。
目の前の怪物をアンフィアさんだと断定するには十分すぎる情報だった。
「gugaaaaaaaa!」
怪物は爪を振り回し、僕に襲い掛かる。間一髪躱す。
爪は地面に深く突き刺されていた。石で作られた道のはずなのに。
攻撃をまともに食らったら死んでしまうらしい。
警察も戻ってから時間が経っている。駆けつけるにも時間がかかってしまうだろう。
武器なんて一つも持たない僕は全力で逃げ出すことにした。
怪物はそんな僕を追いかけて、爪を振るい続ける。
どうやら逃がしてくれないらしい。
それでいてスピードも負けているため、上手く障害物を使って逃げる。
田舎で走り回っていた経験がここで活きることになるとは。
不規則な自然と違い、ある程度法則性があるため、事前にルートを立ててもイレギュラーが発生しにくく、背後の攻撃に専念することが出来ていた。
しかし、人間は人間だから体力の限界はあるわけで。
そろそろ逃げようにも体力の限界が来ようとしていた。
「あっ」
限界が来たのか、何もない所で思わず転んでしまう。
目の前に怪物が迫る。止めを刺そうと爪を振り上げる。
これで僕の人生は終わってしまうのか。
僕は覚悟して目を瞑る。
しかしその時は来ることが無かった。
代わりに強烈な金属音が鳴り響く。
「ちっ、もう手遅れだったか」
目の前にいる男性が手に持った剣で助けてくれたようだ。
彼は僕には一切目をくれず、目の前にいる怪物と戦いを繰り広げる。
彼の戦いは非常に芸術的で、相手の攻撃を分かっているかのようにすれすれで回避し、的確に一撃を与える。
あの怪物が武器を振り回す子供のように見えてくる。
「とどめだっ!」
彼の手によって動きが鈍った怪物の首を剣で斬り飛ばした。
頭を失った怪物はそのまま倒れ、その動きを止めた。
「返り血を浴びちまったよ。これじゃあまたアイツにどやされちまうなあ……」
男は文句を呟きながら、僕の元まで歩いてきた。
「そこの少年、大丈夫だったか?」
「大丈夫です。それと、僕は少年じゃあありません成人です」
僕は彼の手を取り立ち上がった。
「ありがとうございます」
「別にこのくらいは構わねえよ。仕事だからな」
仕事……?
「もしかして、あの怪物について知っているんですか?」
「少しだけだがな」
「よろしければ教えてくれませんか?あの怪物はさっきまで人でした。それも僕の知人です。だから知っておきたいんです」
僕の言葉を聞いた男は、頭を掻き、何かを考えた後に口を開いた。
「まあお前なら大丈夫か。端的に言えばこの怪物は堕天した天使のなれの果てだ」
「天使?」
空想上でよく聞かれる言葉だった。
「そう、天使だ。この世界には天使が実在する」
それが本当に実在するなんて。
嘘だとしか思えない話だけれど、この怪物を目にすると、信じざるを得ない気がする。
「とはいっても本とかに描かれている奴と違って人とそんなに変わんねえんだけどな」
「それと怪物に何の関係が?」
「そうだな。それについて話さないといけないな」
「基本的な部分は人間と変わらないんだが、大きな違いが二つある。一つが堕天だ」
「堕天ってのは悪の道に堕ちるってわけではなく、自分の欲望が強大化することを指す。こいつもそういう所があったんじゃねえか?」
「確かにあったかもしれません」
爪に対して並々ならぬ執着があったような気がする。わざわざ危険なところまで来てまでネイルを行うのは、よくよく考えると普通ではない。
「それが継続不可能になった場合、当の本人は強烈なストレスを抱えるようになる。これだけだったらメンタルケアとかでどうにでもなるんだろうけどな。二つ目が問題になってくる」
「強烈なストレスを与えられ、一定値を超えると化け物になってしまう」
「だから……」
確かにアンフィアさんは爪が割れたことに強い動揺をした後、この姿へと変化した。
「その怪物は欲望に応じた変化が起きる。こいつの場合爪に執着があったんだろうな」
体だけになった怪物を見てその男は言う。
「元に戻す方法は無かったんですか?」
あの心優しい女性が。怪物になり果ててしまったから仕方ないのだけれど、救えなかったのだろうか。
「怪物化してしまった場合は無いな」
「その前だったらどうにかなるんですか?」
「一応な。俺の力で元に戻すことは可能だ」
「じゃあ、手伝わせてくれませんか?」
僕にはアンフィアさん以外に一人、思い当たる人が居たのだ。
昔、家でしたっきり二度と会うことが無かった幼馴染。
もしかしたらその手掛かりが見つかるかもしれない。
そう思い、僕はそう申し出た。
彼は少し悩んだ後に、
「分かった。協力してくれ」
「ありがとうございます。僕はペトロ・ダンヴルです」
「俺はルーシーだ。これからよろしくな」
僕達は握手を交わし、解散した。
助けなければ、そう動こうとする前に、より犯人に近いアンフィアさんが動いていた。
犯人を捕らえるのではなく、荷物を取り返すためにその細い指を飛び出していたカバンの紐に引っかけた。
「くそっ!」
ひったくり犯はそれに思わず動きを鈍らせるが、それでも男性と女性。振りほどいて逃げることに成功した。
「止まれ!!」
しかし、そのお陰で僕が間に合った。正面からタックルを仕掛け、犯人を押し倒す。その後、少し離れて様子を見ていた男性が集まり、完全に抑え込む。
「離せ!この野郎ども!」
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「ありがとうございました!」
かばんは無事に被害者の元に返還され、事件は解決となった。
「女性なのに流石ですね、アンフィアさん」
僕は一番の功労者であろう、アンフィアさんに話しかけた。
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「あまり考えていませんでした……」
パッと見刃物は見えなかったから迷わず行ってしまった。
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「分かりました……」
僕は自分の行動の早計さに少し反省した。
「手、大丈夫ですか?」
「手?」
僕はアンフィアさんの右手から血が垂れていることに気付いた。
滴った血が真っ白な服を赤く染めあげている。
「本当だわ。気付かなかったわ」
「すぐに手当てしないと」
僕は何かないかと思案すると、財布の中に包帯を少しだけ入れていることを思い出した。
お母さんが、僕は気を抜くとすぐに怪我をするから入れておきなさいと言われてしまっていたものだった。
「じゃあ包帯を巻きますね」
僕はアンフィアさんの手を取り、応急処置を試みる。
どうやら血の出た先は薬指の爪だった。あれだけ綺麗だったネイルが根元から剥がれ、内側の皮膚が見えていた。
「爪が割れてしまっていますね。元に戻るのは最低でも一月ですかね」
「え……一月?」
僕が大体の完治までの期間を話すと、アンフィアさんは少し動揺した様子で聞いてきた。
「最低でも、ですね。僕は医者じゃないので具体的な期間は分かりかねますが、確実にそれくらいはかかります」
「嘘でしょ……一か月以上?この状態で……」
大した被害ではないと思っていたが、想像以上にアンフィアさんが狼狽えていた。
「アンフィアさん?」
「どうしよう……一月?この状態で?どうにかならないのかしら?」
心配して声を掛けるも、僕の声は一切届かず何やら独り言をぶつぶつ言っている。
先程までの気品があり、優しくも穏やかなアンフィアさんでは無かった。
「アンフィアさん!」
何度声を掛けようが一切の反応は無く、より一層酷い状態になっていく。
そして最後には蹲り、何か苦しんでいる様子だった。
「大丈夫ですか?」
少し気味が悪かったけれど、先ほどまでの美しい女性に戻って欲しかった僕は寄り添った。
しかし、僕は弾き飛ばされた。
「何をするんですか!」
邪魔だからと手を払われた。
そう思いアンフィアさんの方を見る。
しかし、そこにはそんな女性はおらず、目の前には人型の怪物が居た。
「アンフィアさん……?」
目の前にいる怪物はアンフィアさんとは程遠かったが、身に纏っている服、近くに落ちているカバン。そして何よりも両手に備わっている鋭利な9本の爪。
目の前の怪物をアンフィアさんだと断定するには十分すぎる情報だった。
「gugaaaaaaaa!」
怪物は爪を振り回し、僕に襲い掛かる。間一髪躱す。
爪は地面に深く突き刺されていた。石で作られた道のはずなのに。
攻撃をまともに食らったら死んでしまうらしい。
警察も戻ってから時間が経っている。駆けつけるにも時間がかかってしまうだろう。
武器なんて一つも持たない僕は全力で逃げ出すことにした。
怪物はそんな僕を追いかけて、爪を振るい続ける。
どうやら逃がしてくれないらしい。
それでいてスピードも負けているため、上手く障害物を使って逃げる。
田舎で走り回っていた経験がここで活きることになるとは。
不規則な自然と違い、ある程度法則性があるため、事前にルートを立ててもイレギュラーが発生しにくく、背後の攻撃に専念することが出来ていた。
しかし、人間は人間だから体力の限界はあるわけで。
そろそろ逃げようにも体力の限界が来ようとしていた。
「あっ」
限界が来たのか、何もない所で思わず転んでしまう。
目の前に怪物が迫る。止めを刺そうと爪を振り上げる。
これで僕の人生は終わってしまうのか。
僕は覚悟して目を瞑る。
しかしその時は来ることが無かった。
代わりに強烈な金属音が鳴り響く。
「ちっ、もう手遅れだったか」
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彼は僕には一切目をくれず、目の前にいる怪物と戦いを繰り広げる。
彼の戦いは非常に芸術的で、相手の攻撃を分かっているかのようにすれすれで回避し、的確に一撃を与える。
あの怪物が武器を振り回す子供のように見えてくる。
「とどめだっ!」
彼の手によって動きが鈍った怪物の首を剣で斬り飛ばした。
頭を失った怪物はそのまま倒れ、その動きを止めた。
「返り血を浴びちまったよ。これじゃあまたアイツにどやされちまうなあ……」
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「天使?」
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「そうだな。それについて話さないといけないな」
「基本的な部分は人間と変わらないんだが、大きな違いが二つある。一つが堕天だ」
「堕天ってのは悪の道に堕ちるってわけではなく、自分の欲望が強大化することを指す。こいつもそういう所があったんじゃねえか?」
「確かにあったかもしれません」
爪に対して並々ならぬ執着があったような気がする。わざわざ危険なところまで来てまでネイルを行うのは、よくよく考えると普通ではない。
「それが継続不可能になった場合、当の本人は強烈なストレスを抱えるようになる。これだけだったらメンタルケアとかでどうにでもなるんだろうけどな。二つ目が問題になってくる」
「強烈なストレスを与えられ、一定値を超えると化け物になってしまう」
「だから……」
確かにアンフィアさんは爪が割れたことに強い動揺をした後、この姿へと変化した。
「その怪物は欲望に応じた変化が起きる。こいつの場合爪に執着があったんだろうな」
体だけになった怪物を見てその男は言う。
「元に戻す方法は無かったんですか?」
あの心優しい女性が。怪物になり果ててしまったから仕方ないのだけれど、救えなかったのだろうか。
「怪物化してしまった場合は無いな」
「その前だったらどうにかなるんですか?」
「一応な。俺の力で元に戻すことは可能だ」
「じゃあ、手伝わせてくれませんか?」
僕にはアンフィアさん以外に一人、思い当たる人が居たのだ。
昔、家でしたっきり二度と会うことが無かった幼馴染。
もしかしたらその手掛かりが見つかるかもしれない。
そう思い、僕はそう申し出た。
彼は少し悩んだ後に、
「分かった。協力してくれ」
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