上 下
88 / 130

88話

しおりを挟む
 それから30分ほど、俺とアスカの好きな曲や得意な歌など歌に関しての質疑応答があった。レンガさんの真面目な恰好も相まって、空気感はまるで面接だった。


「ありがとうございます。色々分かりました。それでは次は行きたいところがあるので付いてきてください」

「はい」


「では入りましょうか」

 そう言うレンガさんに連れられてやってきたのはスタジオではなく、カラオケボックスだった。

「カラオケ、ですか?」

「はい、当然じゃないですか。これからオリジナル曲を作っていくんですよ?実際にお歌を聞かせてくださいよ」

「それもそうですね」

 ネット上で視聴可能な俺の歌は歌ってみた3曲しかない。よくよく考えるとそれだけで歌唱力を判断しろってのは無理な話だよな。生歌ならまだしも、ちゃんと加工はされているしね。


 元々レンガさんがカラオケを予約してくれていたらしく、待ち時間は一切なくスムーズに中に入れた。

「ではどうぞ」

 中に入るとレンガさんは何のためらいもなく『チューリング愛』を予約する画面にした状態のデンモクを渡してきた。

「これを歌えってことですか?」

 この人、もしかして……

「いえ。命令はしていません。重要なのはあくまでお二人の意思ですから。お二人が歌いたいと思って歌う事が大事なのですから」

「あ、はい」

 レンガさんは俺とアスカのカプ厨だったらしい。

 かなり人気のボカロpで、仕事もかなり忙しい筈なのにどうして受けてくれたのかと思っていたけれどそういうことか。

「どうぞ」

 というわけで俺は迷わず『レインボウデイズ』を選んだ。俺が『マイロック』を歌った2週間後にレンガさんが投稿し、最近2000万再生を突破した超人気曲だ。

 ここで狙い通り『チューリング愛』を選んでしまったらレンガさんがそういう曲を作ってしまいかねないからね。

 レンガさんは選ばれた曲を見て一瞬残念そうな表情をした後、何かをメモしていた。


『絡まって投げ捨てた感情は~♪』

「ヤイバきゅん!!こっち向いて!!!!」

『錯覚で消えた私は~♪』

「きゃー!!!!最高!!!!!!」

『~♪』

「ハイ!ハイ!!」

 無言で俺の歌唱を聞いているレンガさんと宮崎さんとは対照的にアスカはタンバリンとマラカスをかき鳴らし全力でコールをしていた。

 ネタでタンバリンとマラカスを借りてきて遊ぶ人はよくいるけど、大真面目にガンガン振り回している人は初めて見たよ。

 いや、ありがたいんだけどね。残りの二人があまりにも無反応だからアスカまで無反応だったら本気で不安になる所だったから。

 全力過ぎて若干うるさいなとは思うけれど。

「最高だった。ヤイバきゅん。次は~」

「ほら、アスカの番だよ」

 楽しそうにデンモクを操作し、何かの曲を歌わせようとしているアスカを制止してマイクを渡した。

「え?」

「え?じゃなくてね。何のためにここに来たのかは分かるでしょ?」

 どうして私?と言いたげな表情でこちらを見てくるけど、今日は俺のライブをするために来たわけじゃないからね。俺とアスカの生歌をレンガさんに聞かせるためだからね。

「残念。押せば行けるかな~って思ったけど」

「無理に決まっているよね」

 俺は絶対に歌わない状況を作るためにアスカが持っていたマラカスとタンバリンを奪い取り、椅子に深々と座った。

「うーん。じゃあこれかなあ」

 そしてアスカが選んだのは『ハイパー大天才』の+4キーだった。キーを変えるってことは意外とカラオケに行き慣れているらしい。

 にしても+4キーなんだ。アスカって女性の中ではそんなに声が高い方じゃなかった気がするんだが……
しおりを挟む

処理中です...