上 下
46 / 130

46話

しおりを挟む
「こ、こんにちは……」

 そして30秒の休憩も許されずに次の人が入ってきた。

「こんにちは、よく来てくれたな」

「ミナトって呼んでください!」

 それから5人のファンと交流を果たした後、


「こんにちは~」

 今回の大本命である葵が入ってきた。

 先程のトークイベントで見た服装とは完全に違って、九重ヤイバが配信で言っていた好みにピッタリと合わせた勝負服だった。

 葵が着ていたのは紺色のロング丈のフレアスカートに、萌え袖気味の長さの白いニット。100%俺が思い描いていた理想である。

 葵が来ることを予測して葵に一番似合うであろう服の組み合わせを挙げていて本当に良かった。

 とは言っても配信ではロングスカートとかのゆったり目のサイズの服が好きで、可愛いというよりは美しい、上品と思える方が好き、とまでしか伝えていないのだが。

 幼馴染の本能で俺の好みを自然と選んでくれたんだろうな。

「おう、よく来たな」

 と若干にやけが隠せないが、別に九重ヤイバの顔に現れる程では無いので気にせず話しかける。

「ヤイバ君のファンなので……」

 こんな完璧な服装で来たんだからさぞかし自慢げだろうと思っていたら、今までの誰よりも緊張していた。お前、水晶ながめとして何度も話してきただろうが。

「だからその恰好で来てくれたんだよな。凄く似合っている、綺麗だ」

 というわけで追い打ちをかけることにした。

 でも一応本心だから適当かましているわけではない。あくまで事実を言っただけ。

「うう……」

 褒められた葵は顔を真っ赤にして蹲ってしまった。楽しいな。

「だから緊張してないで胸を張れ。今のお前はどこに出ても恥ずかしくない、寧ろ誇らしいんだから」

「————!!!!!」

 更に追撃をしてみると葵は声にならない音を発していた。そういう声も出せるんだな。

「ほら、立ってこっちを見ろ。九重ヤイバ様からの命令だ」

 正直このまま反応を見て楽しんでいたいのだが、一応5千円という大金を使ってやってきているからな。良心の呵責というやつである。

「は、はい……」

 俺からの命令とあっては従わざるを得ないらしく、顔を真っ赤にしながらもこちらへとやってきてくれた。

「やあ。名前は?」

 名前はよく知っているが、様式美というものだ。そもそも葵と名乗らない可能性まであるからな。

「羽柴葵です」

 水晶ながめと名乗る可能性もあったが、そちらは選ばなかったようだ。

「そうか、葵。よろしくな」

 俺は出来る限りで最大の笑顔とウインクで返した。

「はうっ!」

 すると葵は狙撃でもされたかのような声を上げた。

「俺の全ての言葉に過剰反応されたら困るんだが」

「と言われましても……」

 そりゃあそうだ。何をしたらどんな反応が来るのか分かってやっているからな。

「まあそれは良い。俺に何をして欲しいんだ?何でも構わないぞ」

「なら、か、可愛いって言って欲しいです」

 さっき綺麗だって言った気もするが、それで良いのか。

「分かった。葵、可愛いぞ。この世で一番お前の事を愛している」

「ありがとう、ございます……」

 物足りない気がしたのでワードを追加してみたら、葵は感激のあまり涙を流していた。

 いくら推しでも泣くことはないだろ。

「喜んでくれて俺も嬉しい。何故————」

「ありがとうございました!」

 俺のどういう所が好きかを聞いてみようとしたら、葵は突然荷物を纏めて外に出ようとした。

「ちょっと待て!!!何故出て行くんだ!」

「時間が来てしまったからです。これ以上は他のファンの迷惑になるので……」

 慌てて引き留めると、そんな回答が返ってきた。律儀すぎる奴だよ葵は。

「別にそんな焦らなくていいんだがな。気遣いありがとう。また話せると嬉しい」

「……!はい!!また!!!」

 最後の俺の言葉に対し、含みを持たせた返事をする葵。

 うん、お前は水晶ながめだからな。いくらでも話す機会はあるもんな。

 これでアキバVtuber祭の中で俺にとって一番のイベントが終了したわけだが、まだまだ仕事は終わらない。

 とりあえずファンとの交流に専念しないとな。





「何故来た!!!!!!」

 そんな葵との交流から10人程過ぎた頃、余りにも見覚えのある顔がやってきた。

「来ちゃった。ヤイバきゅんの恋人です!」

 その顔の持ち主は雛菊アスカ。

「恋人じゃない!!!帰れ!!!!」

「ヤイバきゅんの為に会いに来たのに酷いな~」

 今までの相手は歓迎していたが、こいつだけは歓迎する必要なんてない。

「お前の場合いつでも好きなだけ話せるだろうが!!!」

 モニター越し、オンライン上で話すどころか直接顔を合わせて話せる相手なんだからな。

「まあまあ、客だよ?5千円払ってやってきた客だよ?お客様は神様だよ?」

 そう言ってふんぞり返るアスカ。

「なら料金とここまでの交通費は全て払うから帰ってくれ」

「そんな、殺生な!」

「ファンとの交流イベントにやってくるのが悪い」

「ファンなのに?」

「身内だろうが!」

「ツリッターの裏垢で晒そ……高い金払ってやってきたのに帰れって言われたって」

「そんなことしたら正体は雛菊アスカだって大々的に公表してやるから安心しろ」

「それはご法度じゃん……」

「単なる正当防衛だ。ったく、こうなるのが分かっていて来たんだろ?」

 アスカも一応大学生で、そこまで馬鹿ではないからな。

「もち!ってことで雛菊アスカに愛の言葉を囁いてください!!!」

「それここに来てやることじゃないだろ」

 アスカに指示されたセリフを収録したこの間のアレと全く同じじゃないか?

「アレはあくまでも大衆向けのセリフだからね。今欲しいのは私だけに向けた愛の言葉!」

「そういうものなのか?」

「そういうものなの!!」

「分かったよ。やってやるよ」

「やったあ!!!」

 別に歓迎してはいないが、来てしまったからにはやらないとな。

 というわけで時間制限が来るまで精一杯の愛の言葉を囁いてやった。

「ありがとうございました」

「そうか、次は来るなよ」

 そう言って満足気な顔のアスカを見送った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう

電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。 そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。 しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。 「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」 そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。 彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ
恋愛
 俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。  そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。  渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。  桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。  俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。  ……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。  これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...