上 下
16 / 87

16話

しおりを挟む
「えっ、ここ!?」

「何でもあるからスキルを獲得するには最適よ」

 そう言って連れてこられたのはギルド『師走の先』の研究所だった。

 ただの1ギルドの研究所の筈だが、そうは思えない位には広そうだ。大学二つくらいなら余裕で収まるんじゃないかな。

「さっきギルド辞めたよね?」

 なんて思考はどうでもいい。何故ここに来ちゃっているんだ。もう外部の人間でしょあなた。

「ええ。辞めたわ。でもそれと何の関係が?」

「いや、ギルドの関係者以外は利用しちゃいけないでしょ」

 これはどの世界でも共通の常識だと思うんですが。

「麗奈姉が良いって言っているから問題無いわ」

「ええ……」

「他にも何か言いたそうな表情をしているわね」

「わざわざこのギルドを辞めて自分でギルドを作る理由って優秀なお姉さんへの対抗意識があるからじゃないの?」

「当然そうだけど」

「じゃあ猶更この施設を使うのはどうなの?」

 姉には頼らないとか、自分は独自の方法で進むから必要無いとかさ……

「使えるものは使った方が良いじゃない。何を言っているの」

「ええ……」

 多分プライドで独立したっぽいのに理性的すぎる意見だ……

 最早何故独立したのか分かんないよこの人。それなら二人仲良く『師走の先』に居て姉を超えてから独立で良かったじゃないですか。

「とにかく、スキルを獲得しに行くわよ」

「う、うん……」

 まあ、当の本人が良いって言うのなら問題無いか……


 それから数分歩き、スキル研究エリアと呼ばれる場所に到達した。

 そのまま俺たちは中央にある巨大な施設に入り、正面にあったエレベーターで20階へと上がった。

「蓮見!居るわよね!!」

 そしてエレベーターから降りるなり、杏奈さんは鼓膜が破れそうな声量でそう叫んだ。加減してください。

「そんな大声で叫んだら迷惑だよ……」

 その蓮見って人以外にも研究者は居るんだろうし。びっくりして手を止めちゃうよ。

「これでも足りない位よ。ちょっと待ってみようかしら」


 そして待つこと1分。誰の何の反応も無かった、

「でしょ?」

「そこまで熱中しているって凄いね……」

 やっぱり研究者はそれくらいの集中力が無いとやっていけないんだな。

「違うわよ。単に寝ているだけよ」

「今20時なんだけど」

 成人した方が寝るにしては早すぎるし、ここは家じゃないですよね。

「昼寝中よ」

「20時は昼じゃないんだけど」

 何がどうあろうとも全人類が20時は夜って答えますが。

「15時から寝ているから昼寝よ」

「5時間睡眠は昼寝じゃないですね」

 昼寝ってのは1時間とか2時間とかの短時間の睡眠を指すわけで。それはただの睡眠なんですよ。こっちも全人類が否定しますね。

「私もそう思うわ」

「突然こっち側に来ないでください」

「と言われても、私は最初からそっち側よ」

 じゃあ今俺は誰にツッコミを入れていたんですか。

「全部蓮見が言っていた事よ」

「大丈夫なんですかその人」

 まだ会ったことも無いし、性別すら分からないけど、もうその人が駄目な人にしか思えない。

「大丈夫では無いわね。だからここにずっと居るわけだし」

「なるほど」

 よく考えればスキルは全く役に立たないという風潮の中でスキルを研究している人がまともなわけが無かった。

「とりあえず直接叩き起こしに行くわよ」

「うん」

 そして研究室の中を進み、蓮見さんが寝ているであろう部屋の前に辿り着いた。

「やたらとファンシーな装飾ですね」

 ここに辿り着くまでの研究室はよくある無機質な空間だったけれど、この部屋の扉だけは全然違った。

 扉は全部ピンクに塗装されており、造花が敷き詰められている。そして他の扉であれば部屋番号の書かれていたはずの看板には代わりにラメ塗装された丸文字で『はすみちゃんのへや』と書いてあった。

「ええ。そうでもしなきゃ釣り合いが取れないもの」

「もしかしてこれって杏奈さんが?」

「そうよ。可愛いでしょ?」

「可愛いけど……」

 杏奈さんがこれを作った様子が全く想像つかなかった。

 今日だけの付き合いだけど、ピンクとかそこら辺の色はむしろ嫌いそうに見える。

「とにかく入るわよ」

「はい」

 杏奈さんはそんなファンシーな扉を開き、中に入る。


 俺もそれに続いて中に入ると、

「うわっ……」

 その部屋の壁は文字がびっちりと書き連ねてあった。

「ね?」

「あそこまでした理由が良く分かったよ」

 確かにこの部屋の気色悪さに対抗するためにはアレくらいは必要だ。

 ただ、部屋の前のファンシーさのせいで中の怖さを引き立たせたという説もあるんですが。

 そして中を進むと、キングサイズのベッドの上で気持ちさそうに寝ている女性が一人。

 何故キングサイズなのかは分からないが、金を持っているからベッドも家も自然と大きくなったということだろう。

 金持ちの持っているものって大体大きいし。家とか車とか。

 にしても大きいベッドって良いな。将来金を稼げるようになったら絶対ベッドはキングサイズにしよう。

 そんな貧乏人の戯言はどうでも良くて、とりあえずこの人がはすみちゃんなのだろう。睡眠中なのにちゃんと白衣を着ているし。

「起きなさい。転ゴブの第7期が決定したわよ」

「え!?!?!?!?本当に!!!!!!」

 そんな彼女は、あり得ない嘘を杏奈さんに囁かれて跳ね起きた。

「あるわけないでしょ。まだ4期が終わったばかりじゃない」

「あっ、そうだった……」

 アニメの期を飛ばすのはどれだけ人気なアニメでも、どれだけハジケたアニメでも不可能な技である。例外は存在しない。

「というわけで、起きたのなら働いてくれるかしら?」

「もう少し寝て居たいんだけど……」

「駄目よ。私のギルドで給料を貰っているのだから」

「うう……」

 そこがはすみちゃんさんの弱みなのか、眠たそうに目を擦りながらベッドから脱出し、別の白衣を着直していた。

 でももう杏奈さんは『師走の先』のギルド員じゃないんだよなあ……


 それから洗面所に向かい、何故か右目に赤、左目に翡翠色のカラコンをつけてきてから俺たちの元にやってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

無能テイマーと追放されたが、無生物をテイムしたら擬人化した世界最強のヒロインたちに愛されてるので幸せです

青空あかな
ファンタジー
テイマーのアイトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。 その理由は、スライム一匹テイムできないから。 しかしリーダーたちはアイトをボコボコにした後、雇った本当の理由を告げた。 それは、単なるストレス解消のため。 置き去りにされたアイトは襲いくるモンスターを倒そうと、拾った石に渾身の魔力を込めた。 そのとき、アイトの真の力が明らかとなる。 アイトのテイム対象は、【無生物】だった。 さらに、アイトがテイムした物は女の子になることも判明する。 小石は石でできた美少女。 Sランクダンジョンはヤンデレ黒髪美少女。 伝説の聖剣はクーデレ銀髪長身美人。 アイトの周りには最強の美女たちが集まり、愛され幸せ生活が始まってしまう。 やがてアイトは、ギルドの危機を救ったり、捕らわれの冒険者たちを助けたりと、救世主や英雄と呼ばれるまでになる。 これは無能テイマーだったアイトが真の力に目覚め、最強の冒険者へと成り上がる物語である。 ※HOTランキング6位

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

アイテム•神の本に転生しました!?〜アイテムだけど無双します!〜

ねこねこォ
ファンタジー
中学2年生の柏田紫苑─私は死んだらしい。 というのもなんか気づいたら知らない部屋にいたから、うん! それでなんか神様っぽい人にあったんだけど、怒らせちゃった! テヘペロ。 でなんかビンタされて視界暗転、気づいたら転生してました! よくよく考えるとビンタの威力半端ないけど、そんな事は気にしないでとりあえず自分確認! それで機械音に促されるままステータスを開いてみると─え、種族•アイテム?! いやないだろ。 自分で起き上がれないし喋れねえじゃねえか。 とりあえず人化、今いる迷宮を脱出して仲間を探しにでかけますよ!

処理中です...