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158話

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終戦後の日本というのは現代の若者に説明するには足りないものが多くある。

その時見た景色も音も匂いも全て覚えているはずなのに忘れたい気持ちがあって、当時幼い少年だった自分はそんな現実から逃げるように森の奥深くに遊びに行っていた。

戦時中の食生活も絶望的であったが、戦後もまあまあひどい。

戦争に父を取られた母は残された子供を養うために何でもしたと聞いた覚えがある。奇跡的に戦地から帰還した兄も母の負担を軽減させる為に大学に行くことを諦めて働いて下の兄弟である自分達を養ってくれた。

これは末っ子だった自分「山下勝蔵」なりの気遣いだったのだろう。

森の中を駆け回り木の実を採って食べて釣った魚は家に持ち帰っていた。

そんな生活を続けてある日、いつものように森を歩いていた自分は奇妙な生き物に出会った。

細長く白いトカゲと呼ぶには胴体が蛇のように長い、しかし足があるから蛇ではない。

傷だらけで泥だらけ、かなり弱っているのか警戒しているのに体を上手く動かせないらしい。

たかが蛇でもトカゲでもないちっぽけな命を救う程でも無いはずと誰もが思うだろう。

しかし、ここで見捨てるという選択は少年にはなかった。

小さな手のひらに包み込むように持ち上げ川に運ぶと水を飲ませ木の実を潰して与えた。

脱いだタンクトップを川の水で濡らして傷口を拭き取り懸命に手当てをした。

何故このような事をしたのか自分でも分からなかったそうだ。

でも今になって思ったのは長男の言葉「たとえ貧しくとも助けない理由にはならない。」

自分は立派な兄の弟でいたかった。だから兄の真似事から始まった気遣いや優しさが小さな命を救いたいと動かしたのだ。

その想いが謎の生き物にも伝わったかは分からないが、昔父が教えてくれた言葉を信じたくなった。




__いいか勝蔵…昔っから白蛇は神の使いと言われとる。縁起物と喜ぶのもいいが、困ってたら手を差し伸べるんだ。

物事は水と同じ、巡り巡ってまた自分の下にやってくる。




それは子供騙しなのだろう。御伽噺とも言えるだろう。

しかし当時はまだ子供出会った自分を勇気づけるには十分な言葉であった。

だから自分の目の前で起きた事全てを信じて過度なリアクションをとることはなく冷静でいられた。










例えそれが、蛇もどきが本当は神の使いと呼ばれる龍でその神が礼を言いに来たとしても。










それは当時五歳の少年時代の出来事だった。

蛇のようなトカゲのような何かを助けてとっておきの秘密基地で休ませていたら、いつの間にか自分も眠っていたようでゆめのなかで神が迎えに来た。

そんな出来事あってたまるかと誰もが言うだろう。神の存在は信じても実際に目の前に出てきたら現実逃避のひとつでもしたくなるもの。

しかしその声も、姿も全てにおいて神々しさを感じ本物なのだと感じた。

だがしかし、己を水を司る神と名乗り龍は己の使いであると真面目に少年に説明している姿を見ていると。これはおかしな夢なのではないかと思ってしまう。

本当に目の前にいるのは神様だろうか?どこからか滲み出ている人間臭い気配は一体なんだろうか?

神は少年がそんな事を考えているなんて露知らず、己の使者うぃ助けた少年に感謝と礼の加護を与えると言い出したのだ。

少年にとっては夢の出来事だし、不思議で楽しい夢で終わるとわかっていても誰かからプレゼントされるのは嬉しいものだった。

素直にありがとうと礼を言って頭を下げると、神はその気になって目を閉じ集中した。

やはりこの神、人間臭い

神はブツブツと言霊を並べ流れる水のような気を己から少年に流し込んでいく










その時だった









「…ふぇ……くしょんっ!」


くしゃみをしたのだ。それは大きなくしゃみで飛沫どころか滝の水に打たれたような激流は水の神と呼ばれるだけある。

いや汚いなと思いながら何事かと思って神の顔を見れば何故か青ざめてやってしまった…と呟いたのだ。

何がやってしまったのだと思いながら隣で見守っていた使者に聞くと、その使者ですら申し訳ないと謝ってきた。

どうやら神は少年に水に関する災いを跳ね除ける加護を与えようとしたのだ。

それがくしゃみで集中力が切れて、間違えて水を扉にして世界を越えてしまう力を与えてしまったのだ。

少年にはおもすぎる力に神も龍の姿をした使者も困惑して申し訳ないと平謝りしてきたのだ。

時空を越えるといっても膨大な魔力とそれに耐える力が必要となる。しかも世界に適合するには体を作り変える力も付与される。

そう、山下勝蔵は五歳にして化け物になってしまったのだ。

体を作り変えてしまっては仕方がない。そこで神は時空を超える力に制限を上書きした。

魔力を蓄えるスピードを遅め、月に一回世界を往復する程度の魔力を一ヶ月で貯める程度にしたのだ。

そして五歳の少年の為神が秘密にして欲しいとお願いしてももしかしたら信頼している者に話してしまう可能性がある。そのため呪いとして能力の概要を彼が大人になるまで口にできないようにしたのだ。

それほどの徹底をしたのも毎日時空を越えられては他の神に秘密を明かして水の神の失態が知られて怒られる可能性があったからだ。

しかし、長年水の神の使者をやっている龍は思った。

月に一度の時空往復なんて頻度の高いことがバレないわけ無いだろ…と

しかし幸いなことに少年は時空を越える力をすぐに使おうとは思わなかったようだ。

これら全ては夢なのだからと片付けているせいである。

蛇のようなトカゲのようななにか…ではなく小さな龍を助けたら神様がお礼に来た夢なんだと。

目覚めたらそこは秘密基地で一緒に休んでいたはずの龍はいなかった。本当に夢の出来事なのだろうか、現実だろうか。

それはわからない…が、その日からなんとなく体が軽く身体能力が上がっているような気がした。

それからというもの、少年の周りでは水の恵みが多くあったそうだ。

畑の干ばつもなく、作物は何時でも豊作。川や海に行けば魚がよく釣れるので少しの恐怖を覚えた。

水に関する事で多くの恵みを受けた勝蔵はそれを全て自分ではなく家族のために捧げた。

そうして今日もまた釣り具を抱えて森を駆け抜けとっておきの釣りスポットに向かうのだ。

それが、きっかけになったといえるだろう。

いつものように釣具を広げて餌をセットしていたら謝って足元に置いていたバケツを蹴ってしまった。

最近は力の制御がうまくいかずに何でも壊してしまうが、今回はバケツを軽く蹴ったつもりが三メートル先の方まで飛んでいってしまった。

厄介なことになったなと思いながら釣り竿を置いて湖の中に足を入れた。

ざぶざぶと水をかき分けるように前に進んでいると当然深い箇所もある。


「うわぁっ!?」


慌てて足を動かしても体が沈んでいく恐怖に体が上手く動かせない。

慌てて息を吸い込み水中に潜り込むと慎重に目を開けて周りを確認した。

ここからどうやって水から上がろうかと考えながら地底に足をつけた。

すると、視界の端で何かが光った。水の反射とは違う妙な光。

それはぐるぐると渦のようになっているが、向きが水面と平行ではなく水面と垂直になっているので非現実的である。

でも、不思議と美しさに手を伸ばして息継ぎも忘れてしまうほどであった。

幼い少年の小さな手を伸ばして渦に触れたその時、体中を巡る水の流れが早くなって熱くなり目を見開いた。

本能で手を引っ込めてももう遅い。何かが始まる現実に向き合わされた少年は己の涙すら水に飲み込まれる恐怖に対して最後の悪あがきをした。

それすら無駄だと言うのに、薄れゆく意識の中で食料確保のために釣りに行くと判断した自分を恨むことにした。



















「…ぇ……ねぇ…てよ………しよ…」



声が聞こえた。自分と同じ位の押さない子供の声が。

ハッと目を覚まして飛び起きると額に衝撃が走った。

一体何事だと周りを見渡すと、自分と同じように額を抑えて蹲っている子供がいた。

まさか先程の衝撃はこの子の額だったのだろうか?

しっかり目覚めた頭を回そうとしても子供の脳だ。たかが知れてる。

一先ずは蹲っている子供に大丈夫?と声をかければ勢いよく起き上がって目が合った。

それはふわふわの乱れた栗色の髪の毛を揺らして黒い瞳でこちらを覗き込んできた。

互いにぼーっとした後に多くの疑問が頭の中で浮かんでそのまま口にした。


「ここはどこ?君は誰?僕ね湖でぐるぐるしたのに吸い込まれちゃったの!

そうだ!僕の釣り道具知らない?」

「うぇ…ぁ…ぁ…」


明らかに相手が困惑していたのは覚えている。

よく見たら戦後の日本で見なくなった和服を身に纏い不思議そうにこちらを見てきた。

一体何がおかしいのだろうか?自分はタンクトップと短パンを履いたただの釣り少年である。


「そういえば…君の名前を知らないや。僕は山下勝蔵!君の名前は?」


あまりにも活発な性格をして相手をよく知りたいという意欲の強い少年に対して和服を着た少年は動揺していた。

名乗るのは構わないのだろうが、警戒と緊張で上手く言葉を紡げないのだ。


「えっと…僕は、秀吉。

豊臣秀吉」


当時五歳で神様に誤った加護を授けられた少年は入学を控えた子供であり豊臣秀吉と聞いてもそれが歴史上の人物と同じ名前であるだなんて思うわけがない。

にっこりと笑みを浮かべてよろしくといって「秀ちゃん」とあだ名をつけるほどの無知っぷり。

しかし、普通の子供同士で友達だねと笑いあえる現状はあまりにも自然な様子であった。



これが、交わることのない世界同士で出会った少年たちの始まりだった。



後に自分は異世界に行ったのだと気付いた。といってもそれに気づいたのは始めての異世界転移から三年経過した後だったらしい。






























「…と、言うわけなんじゃよ。」


じいちゃんの昔話というよりなぜ異世界転移が出来るようになったのか聞いてはみたが、とんでもない内容だった。

その後も何度も異世界を行き来して御殿様と交流を続けていたらしい。

例え豊臣秀吉が歴史上の人物で死後こちらの世界に転生している存在だったとしても自分から言うことはなかったらしい。

互いに気を使い大人になって酒を飲み合う仲になってから真実を語ったらしい。お互いに優しすぎるよ


「秀ちゃんと出会って七十年かぁ…」

「本当にお前は…昔の約束を律儀に守るとは思わなかったぞ。」


そのさりげない会話ですら私達の入り込む隙はなく、本当に仲が良いんだとおもう光景であった。



……いやいや待て。流されるんじゃないぞ私。



「じいちゃん…そう言えばこの世界に来る前は急に倒れて入院してなかった?

体は大丈夫なの?」

「そう言えばそうじゃったのぉ…こちらの世界に来た目的はとっくに果たしておるから何時でも帰れるのじゃが、流石に加奈ちゃんを置いて変えるわけにはいかんのぉ。」


腕を組んでどうしたものかと考えて私の質問に答えないじいちゃん。そんなに答えづらいものなのだろうか?

だから私は強めの口調で再度質問をした。


「じいちゃん、なんで倒れたのさ?」

「…………。










ぎっくり腰で倒れた。」


「はぁ⁉」


これには声を上げて驚いたし呆れてそれ以上は何も言えなかった。

今まで無駄に体の頑丈な男で通してきたじいちゃんがぎっくり腰で入院とか恥以外のなにものでもない。だからじいちゃんは異世界に逃げ込んで隠れるつもりだったのか?

そう思ったのは私の勝手な予想であって本当は違うらしい。


「腰を痛めたら息子や孫たちに示しがつかんのでのぉ…大和の国に腰痛を改善させる温泉があると聞いて療養の為に来たというわけじゃ。

恥ずかしいことを言わせるでない。」


自ら言ったのじいちゃんじゃん。そう言いたかったのをぐっと堪えることにした。

結局、じいちゃんの今回の異世界転移は腰痛を治す目的のために来たってことなのね。



「本当にじいちゃんはお騒がせなんだから…」

「遺伝の力って恐ろしいな。」



ツキカゲよ、今なんか言ったか?

おだまりなさいと意味を込めツキカゲの脇に強めに肘を突き刺す。体感が強いせいでその場から動きはしなかったが吐血はしていた。

そして、問題はまだ残ってるぞ。


「刀はわかった。じいちゃんがここにいる理由もわかった。それでも意味わからなかったけど…

それにしても、70年も交流を続けてきたのによく家族にバレなかったね。」

「いんや?ばあさまと結婚して半年でバレた。」


ばあちゃんすごいな…でもばあちゃんの目線で見れば月一で姿をくらましてまた急に帰ってくるとか不気味すぎるし浮気を疑うのも仕方がない。

じいちゃんの話によると、ばあちゃんは結婚して半年かけて浮気じゃなくて異世界転移した事を突き止めた。

ばあちゃんも意外と現実以外も見るのね…破天荒なじいちゃんの手綱を握る強い女性なだけあるわ。

今は亡きばあちゃんは頭の良い人だったのは覚えてる。私が子供でばあちゃんが生きていた頃、欲しいおもちゃがなんで欲しいのか、買ったことでどんなメリットがあるのかを一緒に考えてくれたな…で、お母さんにプレゼンするんだ。

いやいや、幼い子供にどんな教育してんだよばあちゃんもばあちゃんでやばかったな。



「まあいいわい…刀も俺と秀ちゃんとの出会いも些細なこと。今一番デカイ話題は加奈ちゃんがここにいることじゃ。

俺達のいるべき世界からこちらの世界に来たってことは帰る道も通れる…俺は魔力を貯めて2人で帰れるようにしばらくここに滞在するわい。」



それは突然の事だった。じいちゃんの言葉が私にとってはすぐには理解出来ず頭の中が混乱している。 

帰る…?じいちゃんと元いた世界に帰れるの?

ダメだ、帰れないよ。私には約束があるし目標があるんだから。


「私は…」

「加奈ちゃん、この世界は危険じゃ。加奈ちゃんが生き残れるほど甘くは無い。

2ヶ月後、じいちゃんと元いた世界に帰るぞ。」


その顔は「はい」か「イエス」以外の言葉を許さない鋭い瞳で怖気付いた。

怖い、じいちゃんってこんな人だっけ。今にも鋭い一撃を受けそうで体が震える。

私は今まで死にそうな気持ちで戦った。でも絶対に死んでなるものか、生き残ってやると喰らいついて戦って来たんだ。

あの時は怖くなかった。まっすぐ勝利を見つめていたから。

なのに今は怖い、ずっと信じてきた優しいじいちゃんに恐ろしい顔で見られているこの現状が怖くてたまらない。




その時、私の手をそっと握ってくれたのはツキカゲの大きな手だった。



ほんのり冷たいのに心地よくて、私の手を握ってくれたツキカゲの目はとても優しかった。

ツキカゲだけじゃない。マオウは私の腕に己の尻尾を絡みつけて変わらぬ表情でこっちを見てきた。


「無理な話を強いられても困難も乗り越えてきたのは、カナ自身だろう?」

「カリン…。」


少年の小さな手がもう片方の手を握り離さない。私を認めて信じてくれる少年が味方なんだ。怖いものはない。

そうだよ、私にはここに残る理由があった。


「じいちゃん、やっぱり帰れないや。

仲間を、親友を、家族を置いて自分だけ安全地帯にいるなんてカッコ悪いし。

それに…」


私は少し口を噤んだ。言うべきかそれとも言わないべきか考えた。

でも、ここで言い切ってちゃんと私の気持ちをわかってもらいたいんだ。


「自分の道は自分で決める。他人に道を委ねるバカにはなりたくないもの。」


その言葉は、じいちゃんだけでなく側にいた御殿様も目を見開いて驚いていた。

そしてクスクスと笑いじいちゃんをからかっていた。


「流石はお前の孫なだけある。堂々とした言動と周りを巻き込む台風の目になるぞ。」

「笑うなよ秀ちゃん…俺は真面目に悩んでいるんじゃぞ。」


やはり二人が話している光景は平和的でごく自然な親友同士の会話である。

きっとこれは互いに願った結果なのだろう。ずっと親友で居続けるための何気ない会話を大事にするじいちゃん達の大切な時間。

私も、こんな素敵な時間のために出来ることはあるのかな。


「ツキカゲ、私決めた事があるの。

まだ上手くは言えない。」


いい大人なのにこんな綺麗事で塗り固められた理想を口にするのが恥ずかしくてもっと上手に言えるかもしれないと思って口にしなかった。

私、理想を現実にするためにこの世界を旅するよ。

そして自分が積み重ねてきたものを見つめて本当に自分がやりたかった事を皆に伝えるの。

この異世界に来て多くのことを見て、聞いて、感じ取ったことを駆使して口にするのなら。




「この世界で、私と仲間の居場所を作りたい。」



そうだ、これは私のやりたかったことだ。

一人ぼっちの虚しさを味わうことのない、幸せを奪われる脅威から逃れて自分の幸せのために他人の幸せを尊重する。

理想とちょっとの現実で塗り固めた居場所を作ること。それが私のやりたいことだ。

きっと、この言葉の本位を皆が理解する事は出来ないだろう。理解しているのは自分だけでいいのだから。


「…そうか、良いんじゃないか。」


ツキカゲは何時でも私を肯定してくれる。本当に私を駄目にする天才だよ。

ニッと笑ってじいちゃんを見つめ直す。これは私の決意表明だから堂々としなきゃ。


「孫の我儘には耳を傾けなきゃね、じいちゃん?」

「…はぁ、降参じゃ。頭のキレの良さと堂々とした出で立ちはばあさまそっくりじゃのぉ。」


それは嬉しいことを言ってくれる。ばあちゃんが生きていた証が私に受け継がれて今も存在しているんだって思えるから。

私は胸を張って笑みを浮かべた。しゃんと背筋を伸ばして前を向いた。

今度は口を噤まないように、はっきりと言うんだ。



「あのね、お願いがあるの!」


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