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131話
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よく良く考えれば3日ぶりに食事をとるんだよな。
借りたキッチンの広さに目を丸くしてしまったけど、よく考えたらトーマス帝国の城のキッチンで皿洗いのバイトしてたから直ぐに慣れたわ。
作業台は壁のように高いので普段から使ってる折りたたみ式のテーブルと、コンロの前には踏み台を用意した。
腹ペコなのは私だけでなく後ろからひよこのようについて来たマアヤ達も同じようで、キッチンに到着してからは何を作るのだろうかと気になって私の手元を覗いてきた。
まずは食材の準備
アイテムボックスに入ってた食材は基本的に時間を止められるため腐ったりしない。
だから数ヶ月前に買った生の野菜だってこの通り綺麗な状態で料理に使えるのだ。
「ご飯を作るって言ってもなぁ…私3日も寝てたんだよね?
お陰で大人の姿に戻る気力もないわ」
「起きて飯作ること自体お前の頭のおかしさに引くぞ。」
言ってくれるわねこのワカメ頭…今は三つ編みしてワカメの面影ゼロだけど
しかし…なぜこいつらはわざわざキッチンまで着いて来たのよ
ふとそんな疑問が浮かんだ私はそのまんま口に出したら、出てきた答えが
「案内ですわ(カナさんの食事は美味しいと聞いて)」
「アザレア嬢の護衛(お前の飯目当て)」
「ツキカゲの胃袋を掴んだ飯とはなにか…気になるだけだ(飯食わせろ)」
「カナのご飯目当て(あなたが心配だから)」
アザレアさんは分かる、この屋敷のお嬢だからね。
ナザンカは一瞬訳が分からなかったがなんとなく分かる。
カリンは姑のような面をしてる。お前はツキカゲの親か?
皆して心の声も副音声として聞こえた気がするし、なんならマアヤは本音と建前が逆になってるぞ。
呆れて深いため息を着くととにかく野菜を切って土鍋では米を炊くことにした。
私の体を形成するのは米を主とした日本食…の時もあれば洋食だったり中華だったりする。
マアヤもそういった事からこの3日は味気ない食生活だったと言ってた。
ツキカゲやカミツレは少しだけ我慢出来たけどたまに我慢がきかなくて勝手に私のアイテムボックスから作り置したおにぎりをパクってたらしい。
まじで私とツキカゲのアイテムボックスが共有になる仕様をどうにかして欲しい。
「まず何を作ろうかしら…」
「ラーメン作ってよ、私食べるから」
私の腹を壊す気か、というかマアヤが食べたいだけでしょうが。
呆れて何も言えんが、麺料理ね…もう米炊いたから却下である。
ラーメンライス?炭水化物のパーティーも却下だよ。
長い袖の裾を折り短くたたむとエプロンを身に纏い完全武装はバッチリよ
「よし、決めた。
牛丼作るわよ。」
「ガッツリ食べるじゃん…なら私のラーメンを却下しないでよ」
いいじゃないこれは作る人のわがままってやつよ
材料はあるから始めるとしようか
話が少しばかりそれてしまうが、皆さんはすき焼きの残り汁はどうしているだろうか?
私は追加で肉と玉ねぎを追加して最後に卵で閉じるのが好きである。
暴力的な塩分と甘みと旨味の塊をホカホカご飯の上に載せて食べるのはすき焼きの後の楽しみでもある。
なんて話をマアヤに言えば、彼女は顔をしかめてしまった。
「私すき焼き自体そんなにやらなかったから…そんな楽しみ方があるのね。」
その発言が許されるのはお嬢様か本当に生活の余裕があまりない人だぞ
少し寂しそうな顔をしたかと思えばすぐにいつものマアヤに戻って材料の玉ねぎに手を伸ばした。
「すき焼きはまた今度やろうよ。今はつゆだくの牛丼でもなんでも作りましょ。」
「マアヤ…分かった、最強に美味しい牛丼を作ってあげるから手伝って!」
この中で牛丼を知ってる私とマアヤの二人なら本当に美味しいものが作れる気がするんだ。
いつ買った…ではなく狩ったのかわからない牛の肉を使います。
「これなんの肉だよ…」
「牛の形はしてたわね。大きな角は燃えてたし突進しかしてこなかったのは覚えてる。」
ナザンカの質問に回答といっていのかわからない答え方をしてしまったが、特徴を伝えただけで深い溜息をついてきたのでこちらは不快である。
「メラホーンバッファローじゃねぇのかそれ?
騎士団にいた頃、遠征先で部隊が半壊するレベルで大暴れしたもんだからよく覚えてる。」
簡単に狩ったとか言うとかお前…と言われたからチート幼女ですからと言い返しておいた。
ブロック肉は薄く切って玉ねぎはクシ形にしてあとは味の決め手のおつゆ
鰹出汁と深い醤油に口当たり滑らかなみりん…全てが完璧なハーモニーを生み出しているこのおつゆは、私が元いた世界では一般的なスーパーやコンビニでも変える平々凡々なつゆでございます。
これをドバっと鍋に流し入れて玉ねぎを入れたら火をつけます。
魔石で作られているこのコンロは火力調節がまあ細かくできる。
玉ねぎを五分程煮たら今度はうまい牛肉をほぐしながら入れます。
ほぐさないと肉同士がくっついて塊ができちゃうからね、見た目が幼女なお姉さんとのお約束だぞ。
「本当に器用なおててね…こんなにちっちゃい女の子の手は大事にしないとだめよ?」
何を言うんだマアヤよ、私の手はフニフニのおててかもしれんがこれで大岩を星を割るかの如くきれいに真っ二つにチョップできるんだぞ。
どうだ驚けよ
「煮込む時間が必要だからなにか野菜がほしいわね。」
「フユナッパのお浸し作ろうよ」
フユナッパというのはこの世界のほうれん草の別称
私達召喚された人達がほうれん草と呼ぶこともあるし人種や地位のカモフラージュの為にフユナッパと呼ぶこともある。
まあ普段からボロが出ないようにこの世界の名前で覚えるようにはしてるけどね。
「フユナッパってあの青臭くて苦くて変な味の葉だろ?お前らってそんなのも食えるのかよ。」
ナザンカお前…それ生で食べてない?よく無事だったね。
あれって食べすぎるとシュウ酸が原因の尿路結石になるぞ。地獄だぞ
私達は顔をしかめるナザンカを見て笑いちゃんとアク抜きするから大丈夫と言った。
「フユナッパを生で食べると食感も最悪だから私達は茹でて調味料をかけるの。」
マアヤの説明になるほどと感心するのはアザレアさんでナザンカは本当にまともな料理になるのか不安らしい。
鍋に張ったお湯にフユナッパを入れてからのマアヤの手は止まらなかった。
あっという間にフユナッパを菜箸ですくい上げて冷水に浸して水気を絞っていた。
その一連の流れは「お見事」とこぼしてしまった。
「醤油と鰹節」
「はいよ」
何気ない料理をしているだけなのにここまでスムーズなのは慣れが理由だろう。
切ったフユナッパを小鉢に入れて醤油と鰹節を振りまけばお浸しは完成である。
素朴な見た目と慣れ親しんだ味のお浸しは皆の好物である。
その時だった
「おい、なんか器の数が少なくなってねぇか?」
ナザンカの指摘でようやく気づいた。確かに小鉢の数が一個減ってる。
作り損ねたのだろうかと思い新しく小鉢を出そうとしたがアイテムボックスに空の小鉢はない。
そういえばマアヤがさっきからじっと一点を見つめているのだが一体何を見ているのだろうか?
「…こらマオウ、ワープの無駄遣いをしない。」
どうやら呆れた顔でマオウを見ていたらしい
この街での騒動をきっかけに判明したマオウの能力であるワープ
自身だけでなく対象物を手元に引き寄せる事もできる謎の能力の一つなのだが、普通にすごいし驚かされる。
調理台の影に隠れていたマオウを見れば確かに前足で器用に小鉢を掴んでフユナッパのお浸しを食べていた。
初めてあったときはドッグフードで満足していたけど、一度人間の食べ物を与えればそれしか食べなくなってしまうから頭が痛くなる。
おかしい…ドッグフードの中でも高評価を受けていたものをネットショッピングで購入したはずなのに。
「さてと、そろそろ良いかしら?」
匂いだけで食欲をそそるし、美味しいブラウンの肉はちゃんと火が通っているみたい。
ついでだからトッピングに刻みネギとすりおろし大根と紅生姜も用意しようか。
ホカホカご飯に牛肉と玉ねぎ、そしてトッピングには紅生姜をのせてみよう。
「はい、牛丼の完成」
「いただきます」
「自分の分は自分で盛り付けなさいよ」
ちゃっかり受け取ろうとするんじゃないよ、マアヤのおふざけなのか真面目な天然なのかわからなくなるボケは少し疲れる。
渋々といった様子で自分の器を用意して牛丼を盛り付けるマアヤ
私は自分で盛り付けた牛丼とフユナッパのお浸しをテーブルに置いて椅子に座った。
いつの間にか隣の席はマオウが独占していて、何も言ってないのに向かいの椅子にはカリンが偉そうに座っていた。
「いただきま~す…なに?」
「言っただろ、あんだけ洞窟の魔物を食ってたツキカゲがお前の飯しか食わなくなった。
その理由が目の前にあるんだ。寄越せ」
まあ無言で牛丼を食べるよね
できたての熱々なご飯に乗ったジューシーな牛肉と甘い玉ねぎの奇跡の組み合わせを前に「美味い」以外の言葉があるわけ無いだろう。
3日ぶりのご飯なのに、胃袋が弱っていると言っても過言じゃないのにとにかく米が進む。
「無駄よカリン。カナは人に食べ物を取られることを嫌うの。
それと働かざるもの食うべからず。何もせずに飯が食べれると思ったら大間違い。」
まさにその通り、な発言をしたのは自分で牛丼を器に盛り付けてお浸しを持ってきたマアヤだった。
そうだそうだ、自分で食器の準備もせず盛り付けもしないでただ椅子に座って偉そうにしているなんて腹立たしいったらありゃしない。
表情からしてイライラしているのがわかるこの感じ、更には大きく舌打ちして不服ですと言わんばかりの様子。
するとそれを少し離れたところから見ていたナザンカとアザレアさんは顔を合わせてそれぞれ違う顔をしていた。
そうか…アザレアさんは働かなくても食事が出てきたから衝撃なんだろうな。
ナザンカに至ってはその顔は何だよ
「どうしましょう…お食事のためになにかしなくてはなりませんよ。」
見た目がキレイで可愛いお嬢様気質なアザレアさんにはニッコニコの笑顔で器を渡して自分で好きな量を盛り付けてご覧と言った。
「いや…働いたところで飯が必ず得られるとは思えないし。
偶に得られるから上手く感じられたんだよ。」
重い…
マアヤと口を揃えて「重い」と評価したナザンカには後で好物のリンゴのデザートを作ってやるか。
自分で好きな量の米を器に盛って好きに肉と玉葱を乗っけて好きなトッピングを選んだ。
それだけは自分のためだけに食事を用意する。これは働くと呼べるだろう。
「いい香りです…。」
匂いだけで美味いと理解したアザレアさんの頬は綺麗に紅潮していて本当に可愛らしい。
ナザンカも片手だけを使って盛り付けようとするが、シンプルに難易度が高すぎる。
この世には向き不向きというものがあってな…これは手助けしてやった。
「せっかく作ったのに手が滑って落としましたとか悲惨すぎるからね。やってあげる。」
「ありがたいのにクソムカつく」
七味一瓶ふりかけてやろうか?
腹立たしい私達の不仲っぷりはコントなのではないかと思ってしまう。
「私が嫌ならアザレアさんにやってもらいなさいよ。」
「アザレア嬢に頼めるわけ無いだろ、不敬にも程がある。」
それもそうだな
この街の領主が亡くなった今、この街のトップは弟のフラットさんか娘のアザレアさんだもんな。
しかもナザンカとフラットさんは部所は違うが勤め先が同じトーマス帝国の王宮だもんな。
フラットさんの方が地位が高いと安易に想像したとき、姪っ子のアザレアさんに下手な態度を取れば何が起きるかわからない。
「私は気にしていませんよ。それにこの街に酷いことをした父の娘である私は花の楽園の街に属する者と呼べないですから。
今の私はただのアザレアです。」
その瞬間私達は理解した。
この100年も生きていない若き乙女は父の罪を共に背負うつもりなのだと。
この街を捨てる覚悟を持っているのだと。
「…でもさ、家名を捨てるのはどうかと思う。」
それは彼女にとってはきつい一言
マアヤの言ったこと全てがそのままの意味であるとは言わないが、そんな事情を知らないアザレアさんにとっては厳しいと思う。
でもマアヤは続けてこう言った。
「あなた、自分には家名を名乗るどころかもらってないと思っているの?
だとしたら頭が足りない、残念すぎる。」
「そっそれは…!」
納得してしまうところもあるだろうし理解出来ない点もあるのだろう。アザレアさんはどうやって言葉を返せばよいのか分からなくて戸惑っていた。
本当に意地悪でその反面優しい人だ。だから私は誰よりもマアヤに自由に生きてほしいと思ってしまうんだ。
聖女の頃の窮屈で自らを心の奥底に閉じ込めて偽っていた時を考えてしまうと…ね。
美味しそうに食べていた牛丼の器をテーブルに置き、手に握られた箸はそのままに立ち上がると真っ直ぐアザレアさんに向けた。
「家名は自分を証明するものよ、ロロンシェ家の過去と未来をつなげる為に今のロロンシェの血があるの。
あなたは間違いなくこの街の領主ロロンシェ家の一人娘…アザレア・ロロンシェなんだから。
あなたが架け橋にならないで誰がこの街を守って自分のご先祖様の思いを未来につなげるのよ。」
それは呪いの言葉にも聞こえる
あなたはこの街を築いてきた一族に変わりはない。名前に縛られて当然だと言っているようにも聞こえるのだ。
でもアザレアさんにとってマアヤの言葉ほどに勇気をくれる言葉はないのだろうな。
気づけば一筋の涙を流し、それに気づいたことをきっかけに止めどなく溢れてこぼれてしまった。
「私は…生きていても良いのですよね?アザレア・ロロンシェになっても良いのですよね?」
「…当然ですよ。」
私からはその一言しか伝えられないな
だから好きに自分で盛り付けた牛丼を椅子に座って食べるように促してただ幼女の小さな手で背中を擦ることしか出来ない。
でも精一杯の優しさなんだ。許してほしい
「美味しい…今まで食べてきた食べ物でこれほどに美味しいものはバラの形のアプレタルト以来です。」
彼女はこれから多くを知っていく未来があるんだ。邪魔をしてはいけない。
この広い世界を3つの目で見て、耳で聞き取って、匂いを嗅いで、肌で感じ取るんだ。
あとは美味しいごはんをたくさん食べてほしいかな?
今はたくさん泣いて喜んで、これからのことは全部整理した後でも大丈夫だから。
頑張ったね、アザレア
借りたキッチンの広さに目を丸くしてしまったけど、よく考えたらトーマス帝国の城のキッチンで皿洗いのバイトしてたから直ぐに慣れたわ。
作業台は壁のように高いので普段から使ってる折りたたみ式のテーブルと、コンロの前には踏み台を用意した。
腹ペコなのは私だけでなく後ろからひよこのようについて来たマアヤ達も同じようで、キッチンに到着してからは何を作るのだろうかと気になって私の手元を覗いてきた。
まずは食材の準備
アイテムボックスに入ってた食材は基本的に時間を止められるため腐ったりしない。
だから数ヶ月前に買った生の野菜だってこの通り綺麗な状態で料理に使えるのだ。
「ご飯を作るって言ってもなぁ…私3日も寝てたんだよね?
お陰で大人の姿に戻る気力もないわ」
「起きて飯作ること自体お前の頭のおかしさに引くぞ。」
言ってくれるわねこのワカメ頭…今は三つ編みしてワカメの面影ゼロだけど
しかし…なぜこいつらはわざわざキッチンまで着いて来たのよ
ふとそんな疑問が浮かんだ私はそのまんま口に出したら、出てきた答えが
「案内ですわ(カナさんの食事は美味しいと聞いて)」
「アザレア嬢の護衛(お前の飯目当て)」
「ツキカゲの胃袋を掴んだ飯とはなにか…気になるだけだ(飯食わせろ)」
「カナのご飯目当て(あなたが心配だから)」
アザレアさんは分かる、この屋敷のお嬢だからね。
ナザンカは一瞬訳が分からなかったがなんとなく分かる。
カリンは姑のような面をしてる。お前はツキカゲの親か?
皆して心の声も副音声として聞こえた気がするし、なんならマアヤは本音と建前が逆になってるぞ。
呆れて深いため息を着くととにかく野菜を切って土鍋では米を炊くことにした。
私の体を形成するのは米を主とした日本食…の時もあれば洋食だったり中華だったりする。
マアヤもそういった事からこの3日は味気ない食生活だったと言ってた。
ツキカゲやカミツレは少しだけ我慢出来たけどたまに我慢がきかなくて勝手に私のアイテムボックスから作り置したおにぎりをパクってたらしい。
まじで私とツキカゲのアイテムボックスが共有になる仕様をどうにかして欲しい。
「まず何を作ろうかしら…」
「ラーメン作ってよ、私食べるから」
私の腹を壊す気か、というかマアヤが食べたいだけでしょうが。
呆れて何も言えんが、麺料理ね…もう米炊いたから却下である。
ラーメンライス?炭水化物のパーティーも却下だよ。
長い袖の裾を折り短くたたむとエプロンを身に纏い完全武装はバッチリよ
「よし、決めた。
牛丼作るわよ。」
「ガッツリ食べるじゃん…なら私のラーメンを却下しないでよ」
いいじゃないこれは作る人のわがままってやつよ
材料はあるから始めるとしようか
話が少しばかりそれてしまうが、皆さんはすき焼きの残り汁はどうしているだろうか?
私は追加で肉と玉ねぎを追加して最後に卵で閉じるのが好きである。
暴力的な塩分と甘みと旨味の塊をホカホカご飯の上に載せて食べるのはすき焼きの後の楽しみでもある。
なんて話をマアヤに言えば、彼女は顔をしかめてしまった。
「私すき焼き自体そんなにやらなかったから…そんな楽しみ方があるのね。」
その発言が許されるのはお嬢様か本当に生活の余裕があまりない人だぞ
少し寂しそうな顔をしたかと思えばすぐにいつものマアヤに戻って材料の玉ねぎに手を伸ばした。
「すき焼きはまた今度やろうよ。今はつゆだくの牛丼でもなんでも作りましょ。」
「マアヤ…分かった、最強に美味しい牛丼を作ってあげるから手伝って!」
この中で牛丼を知ってる私とマアヤの二人なら本当に美味しいものが作れる気がするんだ。
いつ買った…ではなく狩ったのかわからない牛の肉を使います。
「これなんの肉だよ…」
「牛の形はしてたわね。大きな角は燃えてたし突進しかしてこなかったのは覚えてる。」
ナザンカの質問に回答といっていのかわからない答え方をしてしまったが、特徴を伝えただけで深い溜息をついてきたのでこちらは不快である。
「メラホーンバッファローじゃねぇのかそれ?
騎士団にいた頃、遠征先で部隊が半壊するレベルで大暴れしたもんだからよく覚えてる。」
簡単に狩ったとか言うとかお前…と言われたからチート幼女ですからと言い返しておいた。
ブロック肉は薄く切って玉ねぎはクシ形にしてあとは味の決め手のおつゆ
鰹出汁と深い醤油に口当たり滑らかなみりん…全てが完璧なハーモニーを生み出しているこのおつゆは、私が元いた世界では一般的なスーパーやコンビニでも変える平々凡々なつゆでございます。
これをドバっと鍋に流し入れて玉ねぎを入れたら火をつけます。
魔石で作られているこのコンロは火力調節がまあ細かくできる。
玉ねぎを五分程煮たら今度はうまい牛肉をほぐしながら入れます。
ほぐさないと肉同士がくっついて塊ができちゃうからね、見た目が幼女なお姉さんとのお約束だぞ。
「本当に器用なおててね…こんなにちっちゃい女の子の手は大事にしないとだめよ?」
何を言うんだマアヤよ、私の手はフニフニのおててかもしれんがこれで大岩を星を割るかの如くきれいに真っ二つにチョップできるんだぞ。
どうだ驚けよ
「煮込む時間が必要だからなにか野菜がほしいわね。」
「フユナッパのお浸し作ろうよ」
フユナッパというのはこの世界のほうれん草の別称
私達召喚された人達がほうれん草と呼ぶこともあるし人種や地位のカモフラージュの為にフユナッパと呼ぶこともある。
まあ普段からボロが出ないようにこの世界の名前で覚えるようにはしてるけどね。
「フユナッパってあの青臭くて苦くて変な味の葉だろ?お前らってそんなのも食えるのかよ。」
ナザンカお前…それ生で食べてない?よく無事だったね。
あれって食べすぎるとシュウ酸が原因の尿路結石になるぞ。地獄だぞ
私達は顔をしかめるナザンカを見て笑いちゃんとアク抜きするから大丈夫と言った。
「フユナッパを生で食べると食感も最悪だから私達は茹でて調味料をかけるの。」
マアヤの説明になるほどと感心するのはアザレアさんでナザンカは本当にまともな料理になるのか不安らしい。
鍋に張ったお湯にフユナッパを入れてからのマアヤの手は止まらなかった。
あっという間にフユナッパを菜箸ですくい上げて冷水に浸して水気を絞っていた。
その一連の流れは「お見事」とこぼしてしまった。
「醤油と鰹節」
「はいよ」
何気ない料理をしているだけなのにここまでスムーズなのは慣れが理由だろう。
切ったフユナッパを小鉢に入れて醤油と鰹節を振りまけばお浸しは完成である。
素朴な見た目と慣れ親しんだ味のお浸しは皆の好物である。
その時だった
「おい、なんか器の数が少なくなってねぇか?」
ナザンカの指摘でようやく気づいた。確かに小鉢の数が一個減ってる。
作り損ねたのだろうかと思い新しく小鉢を出そうとしたがアイテムボックスに空の小鉢はない。
そういえばマアヤがさっきからじっと一点を見つめているのだが一体何を見ているのだろうか?
「…こらマオウ、ワープの無駄遣いをしない。」
どうやら呆れた顔でマオウを見ていたらしい
この街での騒動をきっかけに判明したマオウの能力であるワープ
自身だけでなく対象物を手元に引き寄せる事もできる謎の能力の一つなのだが、普通にすごいし驚かされる。
調理台の影に隠れていたマオウを見れば確かに前足で器用に小鉢を掴んでフユナッパのお浸しを食べていた。
初めてあったときはドッグフードで満足していたけど、一度人間の食べ物を与えればそれしか食べなくなってしまうから頭が痛くなる。
おかしい…ドッグフードの中でも高評価を受けていたものをネットショッピングで購入したはずなのに。
「さてと、そろそろ良いかしら?」
匂いだけで食欲をそそるし、美味しいブラウンの肉はちゃんと火が通っているみたい。
ついでだからトッピングに刻みネギとすりおろし大根と紅生姜も用意しようか。
ホカホカご飯に牛肉と玉ねぎ、そしてトッピングには紅生姜をのせてみよう。
「はい、牛丼の完成」
「いただきます」
「自分の分は自分で盛り付けなさいよ」
ちゃっかり受け取ろうとするんじゃないよ、マアヤのおふざけなのか真面目な天然なのかわからなくなるボケは少し疲れる。
渋々といった様子で自分の器を用意して牛丼を盛り付けるマアヤ
私は自分で盛り付けた牛丼とフユナッパのお浸しをテーブルに置いて椅子に座った。
いつの間にか隣の席はマオウが独占していて、何も言ってないのに向かいの椅子にはカリンが偉そうに座っていた。
「いただきま~す…なに?」
「言っただろ、あんだけ洞窟の魔物を食ってたツキカゲがお前の飯しか食わなくなった。
その理由が目の前にあるんだ。寄越せ」
まあ無言で牛丼を食べるよね
できたての熱々なご飯に乗ったジューシーな牛肉と甘い玉ねぎの奇跡の組み合わせを前に「美味い」以外の言葉があるわけ無いだろう。
3日ぶりのご飯なのに、胃袋が弱っていると言っても過言じゃないのにとにかく米が進む。
「無駄よカリン。カナは人に食べ物を取られることを嫌うの。
それと働かざるもの食うべからず。何もせずに飯が食べれると思ったら大間違い。」
まさにその通り、な発言をしたのは自分で牛丼を器に盛り付けてお浸しを持ってきたマアヤだった。
そうだそうだ、自分で食器の準備もせず盛り付けもしないでただ椅子に座って偉そうにしているなんて腹立たしいったらありゃしない。
表情からしてイライラしているのがわかるこの感じ、更には大きく舌打ちして不服ですと言わんばかりの様子。
するとそれを少し離れたところから見ていたナザンカとアザレアさんは顔を合わせてそれぞれ違う顔をしていた。
そうか…アザレアさんは働かなくても食事が出てきたから衝撃なんだろうな。
ナザンカに至ってはその顔は何だよ
「どうしましょう…お食事のためになにかしなくてはなりませんよ。」
見た目がキレイで可愛いお嬢様気質なアザレアさんにはニッコニコの笑顔で器を渡して自分で好きな量を盛り付けてご覧と言った。
「いや…働いたところで飯が必ず得られるとは思えないし。
偶に得られるから上手く感じられたんだよ。」
重い…
マアヤと口を揃えて「重い」と評価したナザンカには後で好物のリンゴのデザートを作ってやるか。
自分で好きな量の米を器に盛って好きに肉と玉葱を乗っけて好きなトッピングを選んだ。
それだけは自分のためだけに食事を用意する。これは働くと呼べるだろう。
「いい香りです…。」
匂いだけで美味いと理解したアザレアさんの頬は綺麗に紅潮していて本当に可愛らしい。
ナザンカも片手だけを使って盛り付けようとするが、シンプルに難易度が高すぎる。
この世には向き不向きというものがあってな…これは手助けしてやった。
「せっかく作ったのに手が滑って落としましたとか悲惨すぎるからね。やってあげる。」
「ありがたいのにクソムカつく」
七味一瓶ふりかけてやろうか?
腹立たしい私達の不仲っぷりはコントなのではないかと思ってしまう。
「私が嫌ならアザレアさんにやってもらいなさいよ。」
「アザレア嬢に頼めるわけ無いだろ、不敬にも程がある。」
それもそうだな
この街の領主が亡くなった今、この街のトップは弟のフラットさんか娘のアザレアさんだもんな。
しかもナザンカとフラットさんは部所は違うが勤め先が同じトーマス帝国の王宮だもんな。
フラットさんの方が地位が高いと安易に想像したとき、姪っ子のアザレアさんに下手な態度を取れば何が起きるかわからない。
「私は気にしていませんよ。それにこの街に酷いことをした父の娘である私は花の楽園の街に属する者と呼べないですから。
今の私はただのアザレアです。」
その瞬間私達は理解した。
この100年も生きていない若き乙女は父の罪を共に背負うつもりなのだと。
この街を捨てる覚悟を持っているのだと。
「…でもさ、家名を捨てるのはどうかと思う。」
それは彼女にとってはきつい一言
マアヤの言ったこと全てがそのままの意味であるとは言わないが、そんな事情を知らないアザレアさんにとっては厳しいと思う。
でもマアヤは続けてこう言った。
「あなた、自分には家名を名乗るどころかもらってないと思っているの?
だとしたら頭が足りない、残念すぎる。」
「そっそれは…!」
納得してしまうところもあるだろうし理解出来ない点もあるのだろう。アザレアさんはどうやって言葉を返せばよいのか分からなくて戸惑っていた。
本当に意地悪でその反面優しい人だ。だから私は誰よりもマアヤに自由に生きてほしいと思ってしまうんだ。
聖女の頃の窮屈で自らを心の奥底に閉じ込めて偽っていた時を考えてしまうと…ね。
美味しそうに食べていた牛丼の器をテーブルに置き、手に握られた箸はそのままに立ち上がると真っ直ぐアザレアさんに向けた。
「家名は自分を証明するものよ、ロロンシェ家の過去と未来をつなげる為に今のロロンシェの血があるの。
あなたは間違いなくこの街の領主ロロンシェ家の一人娘…アザレア・ロロンシェなんだから。
あなたが架け橋にならないで誰がこの街を守って自分のご先祖様の思いを未来につなげるのよ。」
それは呪いの言葉にも聞こえる
あなたはこの街を築いてきた一族に変わりはない。名前に縛られて当然だと言っているようにも聞こえるのだ。
でもアザレアさんにとってマアヤの言葉ほどに勇気をくれる言葉はないのだろうな。
気づけば一筋の涙を流し、それに気づいたことをきっかけに止めどなく溢れてこぼれてしまった。
「私は…生きていても良いのですよね?アザレア・ロロンシェになっても良いのですよね?」
「…当然ですよ。」
私からはその一言しか伝えられないな
だから好きに自分で盛り付けた牛丼を椅子に座って食べるように促してただ幼女の小さな手で背中を擦ることしか出来ない。
でも精一杯の優しさなんだ。許してほしい
「美味しい…今まで食べてきた食べ物でこれほどに美味しいものはバラの形のアプレタルト以来です。」
彼女はこれから多くを知っていく未来があるんだ。邪魔をしてはいけない。
この広い世界を3つの目で見て、耳で聞き取って、匂いを嗅いで、肌で感じ取るんだ。
あとは美味しいごはんをたくさん食べてほしいかな?
今はたくさん泣いて喜んで、これからのことは全部整理した後でも大丈夫だから。
頑張ったね、アザレア
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※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
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