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128話
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「私の声が聞こえるのなら…来て…っ!
カリン!」
必死過ぎてちゃんと発音出来ているのかもわからない、でも私に教えてくれたあの話が本当なら私のそばにいるはずなの。
声よ届いて
この町を恐怖の色に染めて、自分の弟を馬鹿にして自分の娘をいらないと言って殺そうとするこの愚か者をあなたの炎で燃やし尽くして。
「灰にして、カリン!」
「うるさい、聞こえてる。」
暖かい、太陽のような温もりに緊張が少しだけ緩んだ
首を反らせて空を仰ぐ私の目が捉えたのは真っ赤な炎の翼を広げて日の輪を作る巨大な鳥だった。
だが鳥と呼ぶにはあの爬虫類のようなゴツゴツとした肌を説明するには断定できない。
「お前はなぜか火力が足りねぇんだよ…俺がいながら何故それほどまでに火力が足りない?」
フワリと私のそばに降り立ってくちばしのようなそうじゃないような形容し難い顔を近づけてきた。
その瞬間私を縛り付けていた蔓は文字通り灰になって自由になった。が、しかし毒のせいで体が動かしにくいんだった。
震える手を彼に伸ばして優しく硬い肌を撫でるとお願いと呟いた。
「アイツの毒花は…燃やさないと町に広がっちゃう」
「わかってる、シロに聞いたから対処法はわかってる。
俺なら体内に毒が入り込んでも燃やして打ち消すことができる。」
物理的にな、なんて笑っていってみせるから内心恐ろしいと思ったがこれほどに心強い味方はいない
グッと体制を低くして飛び出すと襲いかかる蔓も毒花の花びらも全てを燃やし尽くした。
「せっかく生まれ変わったんだ、楽しませてくれ!」
圧倒的な火力は私の炎の魔法とは比べ物にならない、全てを燃やして一瞬で灰にしていた。
羽ばたけば火の粉が振りまかれ、素早い旋回は炎の渦を生み出す見たまんまの火の鳥はあっという間に巨大な毒花の巨人を炎で包み込んで燃やしてしまった。
火力があればあっという間な相手であったということか、なんて考えると私の力もチートではないなと思わされる。
「うぅ…ツツジを、返してくれ…。」
未だに息があるようでそのへんはカリンが手加減してくれたのか、それともあの火力を食らってもなお死ななかったタフな男なのか。
ゆっくりと体を起こして這うように死にかけの彼に近づいて手を伸ばした。
しかし、その手を横から一回り大きな手が掴んでやめとけと言われた。
ちらりと視線を移せばそこにはようやく人間の姿を保つところまで復活したツキカゲがいた。
優しく私を抱き起こして無理をし過ぎだと怒る彼の声はとても優しくて彼のいい匂いが私の心を満たしてくれる。
「…愛する人を、失うって…辛いことだよ…でも」
でもだからといってそれを娘や他人のせいにしていい理由にはならない。
私もきっと大切な人を失ったら底しれない悲しみに苦しんでいたと思う。
「きっと…奥さんも、ツツジさんも、あなたのやったことを…悲しむと思う。」
いくら毒になれてきたとは言えまだ苦しい、とぎれとぎれになりながらも伝えれば、彼は静かに泣いていた
自分の毒で肌を黒く染めてギラギラと光る目からは酷く澄んだ涙でなんて切ないのだろうと思ってしまった。
時間が過ぎてしまえばやってしまった事を取り戻すことは出来ない。だから何事も後悔しないように選択するようにしないと。
でも、目の前にいる哀れな鬼はそれが出来なかったんだ。奥さんを亡くして判断ができなくなったんだ。
もう10年以上前の出来事なのにそれでもなお感情をコントロールできなかった、というより必死に抑えていたのに私達が爆発させてしまったんだろうな。
でも、奥さんだけを見てきた彼がすることはそんなんじゃない
「せめて…最後くらいはアザレアさんの前では父親らしくしなよ。」
こればかりはどうにかしてほしい
アザレアさんがこの先自由に、幸せに過ごせるようにするためにせめて一言だけでも良いから
「…お父様」
ほら、あんたは父親なんだと認められてるんだから
いつの間にかカリンがアザレアさんとフラットさんを連れて来てくれたようで、彼女は死んだ大地を踏みしめてつらそうな顔でたった1人の父親を見つめていた。
ゆっくりと歩み寄って膝を着いて白くて細い指先で鬼の角をなぞった。
「私は…あなたを嫌いになれません。お母様を殺した私の血はあなたからもらったものだから。
私達鬼の血がお母様を殺した原因ならば、私とお父様2人で背負いましょう。
私の覚悟、私を置いて逝くあなたの罪です。」
それはとても悲しい声で、彼女なりの弔いの言葉なんだろう。
優しく父の鬼の角を撫でる行為に理解が出来ずにぼーっとしているとアザレアさんは優しく笑って父親にサヨナラと言っていた。
かすかに彼の口が動いて彼女に何かを伝えているようにも思えたが、本来部外者の私がそこまで首を突っ込んだら野暮ってものだ。
「…ありがとうございます、カナさん」
意識が遠のく直前、私が聞き取った声はとても優しくて泣きそうでその言葉は忘れられないものだった。
すごく眠いんだ、少しだけ休ませてもらおうかな
どのくらい眠ったかなんて覚えていない
たくさん頑張ったし悩んだし苦しかったけど最後にはやりたいことを達成出来たから結果オーライ何じゃないかな。
重たいまぶたを開いて知らない天井をじっと見つめてから起き上がろうと腕を動かした。
…全く体が動かない
なんとなく魔力と体力がごっそり減った気がするから今は5歳児の姿なのではないかと勝手に仮定する。
幸い首から上は動くからキョロキョロと周りを確認した後にここが何処なのか余計にわからなくなってきた。
宿にしては辺りの装飾品が品のある高貴な雰囲気があるから多分ここは私が狩りた宿の部屋じゃない
「水…」
そうだよ手足が動かないから起き上がることも何も出来ないんだった。
苦痛だ…こんなにストレスがかかるのかよ
「失礼します…!?大変!アザレアさま、カナ様がお目覚めになられました!」
急にドアが開いて知らない人が声を荒らげてアザレアさんを呼ぶというこの5秒で情報量が多いんだけど。
今のは…服装からしてメイドさんだよな?マジで誰なんだよ
すると遠くからドタバタと足音が聞こえて嫌な予感がするので寝たフリをしようとしたのだが遅かった。
「カナ!」
それはもうものすごい形相の見覚えのあるイケメンが派手にドアを開けて入ってきたじゃないか。
誰だコイツと思ったけどよく見たら知ってる人物じゃないか。会ったことあるのは夢の中のみだったような。
「あー…君はカリン?」
悪いけど水をちょうだいと言えば青年は慌てて部屋を出ていった。
彼が本当にカリンならあんなに冷静さを欠いたやつだっただろうか。
静かに息を吐いて目を閉じると今度は複数の足音が聞こえてきた。
派手に音をたててドアを開くのは先程の青年とツキカゲ、そしてシロさんとマアヤだった。
「感謝しなさいカナ。あんたはツキカゲとカリンの主のおかげで死に損なった…じゃなくて生き残ることが出来たんだから。」
シロさんの発言が物騒だしなんなら私に恨みというか呆れが顔からにじみ出ていた。
マアヤがベッドサイドに膝を着いて頭を支えて体を起こすとポーションを少しずつ飲ませてくれた。
ありがたいことに喉が潤んで体も少しだけ楽になった
「毒と疲労で三日くらい眠って筋肉が弱っているけど安心して、子供の姿だから一日走り回って置けば元に戻るわよ。」
なんかシロさんとマアヤが似てるな…というか雰囲気とか魔力の波長が似てるな。
ゆっくり布団の中から手を出して結んで開いて感覚を思い出していると、するりとその手を大きな手が優しく包み込んで離さないので視線を向けた。
ただ静かに目を閉じて手を握りしめてそのまま時間が過ぎていくから、何も言わずにサラサラで艶のある黒い髪の毛をぐしゃぐしゃになるまで雑に撫で回した。
そうすれば珍しく目を丸くしてこちらを見て来るから笑ってやるんだ。
「たくさん迷惑かけてごめんねツキカゲ、そばにいてくれてありがとう。」
「そのとおりだが…いや、言いたいことは色々あるがまずは無事に終わって良かった」
珍しく冷静に私を労ってくれる私の相棒はかなり優秀に成長育ったのではないか。
しかし気づいてしまったのだ
彼の手はカタカタと震えていてそれでいて私を見つめるツキカゲの目は潤んでいた。
自分でも気づかないほどに静かに流れる涙を指先でそっと拭うが更に涙を流して止まらなくなってしまった。
ツキカゲはこれほどに泣き虫だっただろうか?そう思いカリンとシロさんに視線を移して助けを求めると、あちらは呆れてため息を着いてた。
「ほらツキカゲ、カナが困ってるんだから泣き止みなさい。
ほんと昔っから落ち込みやすいんだから」
シロさんは彼の襟元を無理やり掴むと無理やり引っ張って部屋の隅に連れて行った。扱う際の容赦の無さは流石は姉弟と言ったところか。
するとカリンは私にごめんと謝ってきた。
「ツキカゲは昔からすぐに落ち込んで洞窟に引きこもるなんてことよくやってたんだよ。
俺と喧嘩して俺の尻尾を噛みちぎったりしたときやシロ…じゃなくてカミツレと口喧嘩しただけで落ち込んで洞窟に引きこもってしまうなんてことはざらにあった。」
ドラゴンはいつでも喧嘩しないと気がすまないのだろうか…と思ったが力こそ全てであるドラゴンたちにとって喧嘩は一種の習性みたいなものなのか。
確か150年前から険悪な仲となったツキカゲとカリンがいくつかの島を地図から消してしまう規模の喧嘩をしたって言ってたし。
それにしても聞き慣れない言葉が聞こえたのは私の気の所為だろうか。
「…カミツレ?」
「そう言えばカナは寝ていて知らないものね、私と契約して正式な名前を手に入れた元シロさん、現カミツレよ。」
マアヤの口から聞いた説明に私は二度見どころか五度見した。
そんな急展開ありえるのか?まあ私とツキカゲの契約も急展開なんてものじゃなかったけど。
契約したなどの話を聞いて上機嫌にマアヤの肩を掴んで話しだしたのはシロさんことカミツレだった。
「あの日、領主がまいた毒を完全に中和させるために私から契約を持ちかけたのよ。
契約すれば私は魔力の回復が出来てマアヤは魔力の限界値を増やす事が出来る。
そうすれば毒を完全に打ち消す策がある…ってね。」
一種の詐欺商談じゃねぇか
だけどマアヤはそれに応じてカミツレと契約して街の毒を打ち消したということか。
でも一体どうやって
「それにしてもあの領主には驚かされるわね。
あれ程の種類の毒花を管理するのも流石だけど、万が一の対処法についても徹底していたみたい。
まさか…全ての毒花がツツジの蜜で中和されるなんてね。」
カミツレの言葉にピクリと反応した
最近になってツツジという言葉を何度か聞くようになった。
カミツレの話すツツジはおそらく花の名前
そして私が聞くようになったのはあの領主の口から、死んだ奥さんの名前だった。
私の世界にもあったツツジの花には腹痛を起こす毒にもなる。
でもよく子供が蜜を吸うからひやひやするよね。
「ツツジの密には僅かな魔力があってあれ程の種類あった花の毒を全部打ち消す効果があるのよ。
蜜を集めて多量の魔力を混ぜ込んで霧散させることであれだけ撒かれていた毒を無かったことに出来たってこと。」
カミツレの説明はわかりやすいのもそうだけどあの場では最善策にもなったのか。
マアヤのドーム型結界は毒などの有害な物質は閉じ込めたままだけど私やカリンは外から中に入ることが出来た。
あれ程に有能な結界は無いわね
「カナ、アザレアさんのいた塔の上でツツジの花見つけたの。
お母さんと同じ名前の花がアザレアさんのいたあの空間の毒を打ち消すように作用してた。」
それはフラットさんの魔法でもない、領主のような人を傷つけるものでも無い。
子供を守りたい母の愛が花に込められていたのか。
私がそう結論をつけようとしたが、それは違うと否定したのはドアの前に佇む美女だった。
「あれは父の魔力でした
ツツジの花に魔力が込められて部屋に入り込んだ毒の中和が出来るように、あの塔の上だけは毒の脅威から守れるように。
フラット叔父様ほどの優秀な魔導師が仰るのですから間違いありません。」
「アザレアさん…!」
いつ見ても息を飲むほどに美しい顔である
雪のように白い肌に深紅の瞳がよく映える
父から受け継いだ2本の鬼の角はこめかみの上あたりから生やしており、それだけで彼女は人間とはまた違うのだと思わされる。
それ以上に気になるのは額の真ん中にある瞳
そう、彼女は鬼人でもあり三つ目の持ち主だったのだ。
「鬼の三つ目は滅多に見られない、真実の目で災害を予知する神として神話に出てくる程だからな。」
「三つ目ってそんなにすごいの…!?」
流石目がひとつ多いとえらいことを起こすのか
ツキカゲの説明に驚きアザレアさんの目をじっと見つめてしまったけど、彼女は驚きながらも優しく笑ってた。
「普通は忌み子と呼ばれてもおかしくないのですが…私は優しい人達に恵まれているようですね。」
忌み子…?アザレアさんほどの超絶美人が忌み子とか世も末ではないかと思ったけど何となく察してしまった。
人間は特に自分達と違う点を指摘する、人と違う事を嫌い恐れるのだ。
なぜなら何も知らないから怖いんだ
「だってアザレアさん可愛いじゃん」
「それ理由になってないと思う…」
マアヤの的確なツッコミは置いといて、私はひとつ気になっていたのだ。
「あれ…ナザンカは?」
カリン!」
必死過ぎてちゃんと発音出来ているのかもわからない、でも私に教えてくれたあの話が本当なら私のそばにいるはずなの。
声よ届いて
この町を恐怖の色に染めて、自分の弟を馬鹿にして自分の娘をいらないと言って殺そうとするこの愚か者をあなたの炎で燃やし尽くして。
「灰にして、カリン!」
「うるさい、聞こえてる。」
暖かい、太陽のような温もりに緊張が少しだけ緩んだ
首を反らせて空を仰ぐ私の目が捉えたのは真っ赤な炎の翼を広げて日の輪を作る巨大な鳥だった。
だが鳥と呼ぶにはあの爬虫類のようなゴツゴツとした肌を説明するには断定できない。
「お前はなぜか火力が足りねぇんだよ…俺がいながら何故それほどまでに火力が足りない?」
フワリと私のそばに降り立ってくちばしのようなそうじゃないような形容し難い顔を近づけてきた。
その瞬間私を縛り付けていた蔓は文字通り灰になって自由になった。が、しかし毒のせいで体が動かしにくいんだった。
震える手を彼に伸ばして優しく硬い肌を撫でるとお願いと呟いた。
「アイツの毒花は…燃やさないと町に広がっちゃう」
「わかってる、シロに聞いたから対処法はわかってる。
俺なら体内に毒が入り込んでも燃やして打ち消すことができる。」
物理的にな、なんて笑っていってみせるから内心恐ろしいと思ったがこれほどに心強い味方はいない
グッと体制を低くして飛び出すと襲いかかる蔓も毒花の花びらも全てを燃やし尽くした。
「せっかく生まれ変わったんだ、楽しませてくれ!」
圧倒的な火力は私の炎の魔法とは比べ物にならない、全てを燃やして一瞬で灰にしていた。
羽ばたけば火の粉が振りまかれ、素早い旋回は炎の渦を生み出す見たまんまの火の鳥はあっという間に巨大な毒花の巨人を炎で包み込んで燃やしてしまった。
火力があればあっという間な相手であったということか、なんて考えると私の力もチートではないなと思わされる。
「うぅ…ツツジを、返してくれ…。」
未だに息があるようでそのへんはカリンが手加減してくれたのか、それともあの火力を食らってもなお死ななかったタフな男なのか。
ゆっくりと体を起こして這うように死にかけの彼に近づいて手を伸ばした。
しかし、その手を横から一回り大きな手が掴んでやめとけと言われた。
ちらりと視線を移せばそこにはようやく人間の姿を保つところまで復活したツキカゲがいた。
優しく私を抱き起こして無理をし過ぎだと怒る彼の声はとても優しくて彼のいい匂いが私の心を満たしてくれる。
「…愛する人を、失うって…辛いことだよ…でも」
でもだからといってそれを娘や他人のせいにしていい理由にはならない。
私もきっと大切な人を失ったら底しれない悲しみに苦しんでいたと思う。
「きっと…奥さんも、ツツジさんも、あなたのやったことを…悲しむと思う。」
いくら毒になれてきたとは言えまだ苦しい、とぎれとぎれになりながらも伝えれば、彼は静かに泣いていた
自分の毒で肌を黒く染めてギラギラと光る目からは酷く澄んだ涙でなんて切ないのだろうと思ってしまった。
時間が過ぎてしまえばやってしまった事を取り戻すことは出来ない。だから何事も後悔しないように選択するようにしないと。
でも、目の前にいる哀れな鬼はそれが出来なかったんだ。奥さんを亡くして判断ができなくなったんだ。
もう10年以上前の出来事なのにそれでもなお感情をコントロールできなかった、というより必死に抑えていたのに私達が爆発させてしまったんだろうな。
でも、奥さんだけを見てきた彼がすることはそんなんじゃない
「せめて…最後くらいはアザレアさんの前では父親らしくしなよ。」
こればかりはどうにかしてほしい
アザレアさんがこの先自由に、幸せに過ごせるようにするためにせめて一言だけでも良いから
「…お父様」
ほら、あんたは父親なんだと認められてるんだから
いつの間にかカリンがアザレアさんとフラットさんを連れて来てくれたようで、彼女は死んだ大地を踏みしめてつらそうな顔でたった1人の父親を見つめていた。
ゆっくりと歩み寄って膝を着いて白くて細い指先で鬼の角をなぞった。
「私は…あなたを嫌いになれません。お母様を殺した私の血はあなたからもらったものだから。
私達鬼の血がお母様を殺した原因ならば、私とお父様2人で背負いましょう。
私の覚悟、私を置いて逝くあなたの罪です。」
それはとても悲しい声で、彼女なりの弔いの言葉なんだろう。
優しく父の鬼の角を撫でる行為に理解が出来ずにぼーっとしているとアザレアさんは優しく笑って父親にサヨナラと言っていた。
かすかに彼の口が動いて彼女に何かを伝えているようにも思えたが、本来部外者の私がそこまで首を突っ込んだら野暮ってものだ。
「…ありがとうございます、カナさん」
意識が遠のく直前、私が聞き取った声はとても優しくて泣きそうでその言葉は忘れられないものだった。
すごく眠いんだ、少しだけ休ませてもらおうかな
どのくらい眠ったかなんて覚えていない
たくさん頑張ったし悩んだし苦しかったけど最後にはやりたいことを達成出来たから結果オーライ何じゃないかな。
重たいまぶたを開いて知らない天井をじっと見つめてから起き上がろうと腕を動かした。
…全く体が動かない
なんとなく魔力と体力がごっそり減った気がするから今は5歳児の姿なのではないかと勝手に仮定する。
幸い首から上は動くからキョロキョロと周りを確認した後にここが何処なのか余計にわからなくなってきた。
宿にしては辺りの装飾品が品のある高貴な雰囲気があるから多分ここは私が狩りた宿の部屋じゃない
「水…」
そうだよ手足が動かないから起き上がることも何も出来ないんだった。
苦痛だ…こんなにストレスがかかるのかよ
「失礼します…!?大変!アザレアさま、カナ様がお目覚めになられました!」
急にドアが開いて知らない人が声を荒らげてアザレアさんを呼ぶというこの5秒で情報量が多いんだけど。
今のは…服装からしてメイドさんだよな?マジで誰なんだよ
すると遠くからドタバタと足音が聞こえて嫌な予感がするので寝たフリをしようとしたのだが遅かった。
「カナ!」
それはもうものすごい形相の見覚えのあるイケメンが派手にドアを開けて入ってきたじゃないか。
誰だコイツと思ったけどよく見たら知ってる人物じゃないか。会ったことあるのは夢の中のみだったような。
「あー…君はカリン?」
悪いけど水をちょうだいと言えば青年は慌てて部屋を出ていった。
彼が本当にカリンならあんなに冷静さを欠いたやつだっただろうか。
静かに息を吐いて目を閉じると今度は複数の足音が聞こえてきた。
派手に音をたててドアを開くのは先程の青年とツキカゲ、そしてシロさんとマアヤだった。
「感謝しなさいカナ。あんたはツキカゲとカリンの主のおかげで死に損なった…じゃなくて生き残ることが出来たんだから。」
シロさんの発言が物騒だしなんなら私に恨みというか呆れが顔からにじみ出ていた。
マアヤがベッドサイドに膝を着いて頭を支えて体を起こすとポーションを少しずつ飲ませてくれた。
ありがたいことに喉が潤んで体も少しだけ楽になった
「毒と疲労で三日くらい眠って筋肉が弱っているけど安心して、子供の姿だから一日走り回って置けば元に戻るわよ。」
なんかシロさんとマアヤが似てるな…というか雰囲気とか魔力の波長が似てるな。
ゆっくり布団の中から手を出して結んで開いて感覚を思い出していると、するりとその手を大きな手が優しく包み込んで離さないので視線を向けた。
ただ静かに目を閉じて手を握りしめてそのまま時間が過ぎていくから、何も言わずにサラサラで艶のある黒い髪の毛をぐしゃぐしゃになるまで雑に撫で回した。
そうすれば珍しく目を丸くしてこちらを見て来るから笑ってやるんだ。
「たくさん迷惑かけてごめんねツキカゲ、そばにいてくれてありがとう。」
「そのとおりだが…いや、言いたいことは色々あるがまずは無事に終わって良かった」
珍しく冷静に私を労ってくれる私の相棒はかなり優秀に成長育ったのではないか。
しかし気づいてしまったのだ
彼の手はカタカタと震えていてそれでいて私を見つめるツキカゲの目は潤んでいた。
自分でも気づかないほどに静かに流れる涙を指先でそっと拭うが更に涙を流して止まらなくなってしまった。
ツキカゲはこれほどに泣き虫だっただろうか?そう思いカリンとシロさんに視線を移して助けを求めると、あちらは呆れてため息を着いてた。
「ほらツキカゲ、カナが困ってるんだから泣き止みなさい。
ほんと昔っから落ち込みやすいんだから」
シロさんは彼の襟元を無理やり掴むと無理やり引っ張って部屋の隅に連れて行った。扱う際の容赦の無さは流石は姉弟と言ったところか。
するとカリンは私にごめんと謝ってきた。
「ツキカゲは昔からすぐに落ち込んで洞窟に引きこもるなんてことよくやってたんだよ。
俺と喧嘩して俺の尻尾を噛みちぎったりしたときやシロ…じゃなくてカミツレと口喧嘩しただけで落ち込んで洞窟に引きこもってしまうなんてことはざらにあった。」
ドラゴンはいつでも喧嘩しないと気がすまないのだろうか…と思ったが力こそ全てであるドラゴンたちにとって喧嘩は一種の習性みたいなものなのか。
確か150年前から険悪な仲となったツキカゲとカリンがいくつかの島を地図から消してしまう規模の喧嘩をしたって言ってたし。
それにしても聞き慣れない言葉が聞こえたのは私の気の所為だろうか。
「…カミツレ?」
「そう言えばカナは寝ていて知らないものね、私と契約して正式な名前を手に入れた元シロさん、現カミツレよ。」
マアヤの口から聞いた説明に私は二度見どころか五度見した。
そんな急展開ありえるのか?まあ私とツキカゲの契約も急展開なんてものじゃなかったけど。
契約したなどの話を聞いて上機嫌にマアヤの肩を掴んで話しだしたのはシロさんことカミツレだった。
「あの日、領主がまいた毒を完全に中和させるために私から契約を持ちかけたのよ。
契約すれば私は魔力の回復が出来てマアヤは魔力の限界値を増やす事が出来る。
そうすれば毒を完全に打ち消す策がある…ってね。」
一種の詐欺商談じゃねぇか
だけどマアヤはそれに応じてカミツレと契約して街の毒を打ち消したということか。
でも一体どうやって
「それにしてもあの領主には驚かされるわね。
あれ程の種類の毒花を管理するのも流石だけど、万が一の対処法についても徹底していたみたい。
まさか…全ての毒花がツツジの蜜で中和されるなんてね。」
カミツレの言葉にピクリと反応した
最近になってツツジという言葉を何度か聞くようになった。
カミツレの話すツツジはおそらく花の名前
そして私が聞くようになったのはあの領主の口から、死んだ奥さんの名前だった。
私の世界にもあったツツジの花には腹痛を起こす毒にもなる。
でもよく子供が蜜を吸うからひやひやするよね。
「ツツジの密には僅かな魔力があってあれ程の種類あった花の毒を全部打ち消す効果があるのよ。
蜜を集めて多量の魔力を混ぜ込んで霧散させることであれだけ撒かれていた毒を無かったことに出来たってこと。」
カミツレの説明はわかりやすいのもそうだけどあの場では最善策にもなったのか。
マアヤのドーム型結界は毒などの有害な物質は閉じ込めたままだけど私やカリンは外から中に入ることが出来た。
あれ程に有能な結界は無いわね
「カナ、アザレアさんのいた塔の上でツツジの花見つけたの。
お母さんと同じ名前の花がアザレアさんのいたあの空間の毒を打ち消すように作用してた。」
それはフラットさんの魔法でもない、領主のような人を傷つけるものでも無い。
子供を守りたい母の愛が花に込められていたのか。
私がそう結論をつけようとしたが、それは違うと否定したのはドアの前に佇む美女だった。
「あれは父の魔力でした
ツツジの花に魔力が込められて部屋に入り込んだ毒の中和が出来るように、あの塔の上だけは毒の脅威から守れるように。
フラット叔父様ほどの優秀な魔導師が仰るのですから間違いありません。」
「アザレアさん…!」
いつ見ても息を飲むほどに美しい顔である
雪のように白い肌に深紅の瞳がよく映える
父から受け継いだ2本の鬼の角はこめかみの上あたりから生やしており、それだけで彼女は人間とはまた違うのだと思わされる。
それ以上に気になるのは額の真ん中にある瞳
そう、彼女は鬼人でもあり三つ目の持ち主だったのだ。
「鬼の三つ目は滅多に見られない、真実の目で災害を予知する神として神話に出てくる程だからな。」
「三つ目ってそんなにすごいの…!?」
流石目がひとつ多いとえらいことを起こすのか
ツキカゲの説明に驚きアザレアさんの目をじっと見つめてしまったけど、彼女は驚きながらも優しく笑ってた。
「普通は忌み子と呼ばれてもおかしくないのですが…私は優しい人達に恵まれているようですね。」
忌み子…?アザレアさんほどの超絶美人が忌み子とか世も末ではないかと思ったけど何となく察してしまった。
人間は特に自分達と違う点を指摘する、人と違う事を嫌い恐れるのだ。
なぜなら何も知らないから怖いんだ
「だってアザレアさん可愛いじゃん」
「それ理由になってないと思う…」
マアヤの的確なツッコミは置いといて、私はひとつ気になっていたのだ。
「あれ…ナザンカは?」
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柊
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「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
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