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116話
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何を忘れていたのか、己の記憶をどこまで否定してどこまで受け入れていたのかさえも理解した時に私は目を見開いた。
手を差し伸べた彼女は記憶を失う前から信頼できると思った反面、彼女を羨ましくて憎しみさえも思い出してしまったのだ。
自分は元いた世界から異世界に召喚された聖女に当たる人間らしいが、その力を持っていないと判明すると同時に偽りの聖女と呼ばれるようになった。
ただ光属性の魔法が使えるだけの小娘、それ以外に脳がないと言われ続けた私の心は押しつぶされそうになる毎日だった。
ただ一人、私の教育係にあがった王宮魔術師のフラットさんだけは私に優しくしてくれた。
使用人によるいじめや政府からの重圧に耐えることができたのも全て彼のおかげ、感謝の気持が尽きることはない。
しかし、彼を想う度に物覚えが悪くなってきた気がする。
初めて城下町に降りてなんてことのない食事処に来店した時、山下加奈に再開して、故郷の料理を口にして涙を流したことを思い出した。
しかしその後
異世界に召喚される前の記憶が日を重ねるごとに思い出すのが難しくなってきたのだ。
最近になってようやく自分は記憶をなくしていたのだと自覚して、本当の自分はもっと本心を謙虚さや偽善で塗り固めた仮面で隠していたことを思い出した。
仮面の名残は僅かにあったが、今では仲間と認識した彼女に対して信頼を込めた毒吐きを披露する自分になっていた。
「…ねえカナ」
一呼吸も置くことなく不意に話しかけると、斜め前にいた彼女はピタリと足を止めてこちらに顔を向けてきた。
ちゃんと返事をしてまっすぐ目を見ているのは、幼女の姿をした私よりも年上の女性であることに頭が混乱しそうである。
目の前にいる奇妙な存在がまさか自分が信頼できる人物なんて思いたくはない。
この人は私の心の支えを殺した張本人なのだから
恩人を殺す代わりに牢獄から開放してくれた彼女は私に取っての憎い相手であり救世主という二面性があるのが複雑な点と言える。
更に複雑に思えてしまうのは、彼女が恩人の死体を保管している点だろうか。
「どうしたのマアヤ?」
「…いや、なんでもない」
今は聞かないでおこう
聞くべきタイミングがいつしか来ると信じよう
今はにっこり笑っているよ
奇妙な関係を続けることをそのままにして、いつかまた恩人に再会する日を待つのだ。
マアヤの独白は彼女が彼女であり続けるまで続いていく。
手を差し伸べた彼女は記憶を失う前から信頼できると思った反面、彼女を羨ましくて憎しみさえも思い出してしまったのだ。
自分は元いた世界から異世界に召喚された聖女に当たる人間らしいが、その力を持っていないと判明すると同時に偽りの聖女と呼ばれるようになった。
ただ光属性の魔法が使えるだけの小娘、それ以外に脳がないと言われ続けた私の心は押しつぶされそうになる毎日だった。
ただ一人、私の教育係にあがった王宮魔術師のフラットさんだけは私に優しくしてくれた。
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しかし、彼を想う度に物覚えが悪くなってきた気がする。
初めて城下町に降りてなんてことのない食事処に来店した時、山下加奈に再開して、故郷の料理を口にして涙を流したことを思い出した。
しかしその後
異世界に召喚される前の記憶が日を重ねるごとに思い出すのが難しくなってきたのだ。
最近になってようやく自分は記憶をなくしていたのだと自覚して、本当の自分はもっと本心を謙虚さや偽善で塗り固めた仮面で隠していたことを思い出した。
仮面の名残は僅かにあったが、今では仲間と認識した彼女に対して信頼を込めた毒吐きを披露する自分になっていた。
「…ねえカナ」
一呼吸も置くことなく不意に話しかけると、斜め前にいた彼女はピタリと足を止めてこちらに顔を向けてきた。
ちゃんと返事をしてまっすぐ目を見ているのは、幼女の姿をした私よりも年上の女性であることに頭が混乱しそうである。
目の前にいる奇妙な存在がまさか自分が信頼できる人物なんて思いたくはない。
この人は私の心の支えを殺した張本人なのだから
恩人を殺す代わりに牢獄から開放してくれた彼女は私に取っての憎い相手であり救世主という二面性があるのが複雑な点と言える。
更に複雑に思えてしまうのは、彼女が恩人の死体を保管している点だろうか。
「どうしたのマアヤ?」
「…いや、なんでもない」
今は聞かないでおこう
聞くべきタイミングがいつしか来ると信じよう
今はにっこり笑っているよ
奇妙な関係を続けることをそのままにして、いつかまた恩人に再会する日を待つのだ。
マアヤの独白は彼女が彼女であり続けるまで続いていく。
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