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53話
しおりを挟むふわふわとした感覚がする
身体はピクリとも動かなくて意識だけが働いているようなこの感覚
なにか大切なものを忘れてしまった気がしてならないのだ。
私は今までなにをしていたか
何故こんなことになっているのか
疑問が浮かび上がれば浮かび上がるほど自身が何者かもわからなくなってきた。
ダメだ、これ以上考えてはいけない
私は誰だ?
誰かが恐怖を感じて泣き叫んでいる
まるで化け物が目の前にいるのではないかと思ってしまうほど
それを確認しようとゆっくりと目を開けた
視界がおかしい…いつの間にか私は横になっていたのか
重たい体を起こして周りを見ようと首を回すと私は目を見開いた。
そうなるのも無理はない、こんな非現実的で非科学的な現象が目の前で起きているのだから。
「光の一撃!!」
私のそばでそう叫んだ男性は発光物を手に触れることなく浮かしてそれを弾丸のように速く飛ばしている
そして光の弾丸が撃たれたその先にいたのは黒い炎を身にまとい真っ黒な瞳でこちらを見てくるなにか
人の形をしているのにどうしてここまで恐ろしいという感情が心を満たすのだろうか
黒い髪と黒い瞳、それに反して肌は白く懐かしい顔をしている
ただ熱いという固定概念をもつ炎を身に纏うという異常な光景があるから恐ろしく感じるのだろう。
弾丸が当たった肩だと思われる場所はぽっかりと穴が空いており、想像を超えた痛みがあるはずだ
なのにソレは痛みで顔を歪ませることなく冷静な顔で歩み寄ってきた。
「ひっ…近寄るな悪魔がっ!」
しまいには恐怖の対象の総称を口に出していた
あれ?
どうして私は悪魔という言葉を理解出来たんだろうか?
自分の名前も家族も生まれた土地もわからないのに
「本当に私は…何者なの?」
その時初めて声に出した言葉は少し掠れていた
声を聞いた者たちは一斉に私の方を向いて驚いた顔をした
まるで私が目覚めることがありえないと言っているようなそんな顔をしてる
「おぉ…目が覚めましたか聖女様!」
聖女…様?
それが私の名前なのだろうか…それともなにか別の呼び名なのだろうか
先程から光の弾丸を撃っていた男性は私が起きていることに気づくとこちらにやってきて私の体の様子を隅から隅まで診ていた。
なんだろう…手つきが気持ち悪い
「なんなの…あなたは一体誰?
この状況はなんなの…あれは何?」
まただ
次から次へと疑問が浮かび上がってきて自分を忘れてしまう
目の前に差し伸べられた手も無意識に叩き落として後退りをするほど私はどうしようもない人間なのか
それとも思い出すことの出来ない前の私の元々性格なのか?
「……なんてことを…っ!」
そう言ったのは黒い炎をまとった何かだった
見た目に反して鈴のように可愛らしい声は多くの人々を魅了するだろう
そんな彼女の表情は怒りに満ちており、あまりにも恐ろしくて恐怖の声をあげてしまった。
「……!」
今一瞬だけ彼女がこちらを見た気がする
目が合った瞬間に悲しそうな顔をしてすぐに目をそらすと、また怒りの表情を浮かべて男性の胸ぐらを掴んだ。
「お前はなんてことを…!
真彩さんの記憶を奪ってなにがしたいんだ!?」
声からも怒っているのはわかる、なのにどうしてそんなに悲しそうに目を潤ませるのだろう
彼女はきっとその真彩さんという人物が大切だったのだろう
だからここまで怒っているんだ。
私は…その真彩さんという人が羨ましいな
「悪魔族が…聖女様の名を気安く呼ぶなっ!!」
突然そう叫んだ彼は身体中から光る何かを放出してそれを彼女に向けて飛ばした。
「グッ…!?
なにが聖女よ…!
真彩さんは聖女じゃない!
私も悪魔族じゃない!
彼女も私と同じ人間よ!」
その言葉を聞いた瞬間、私は目を見開いた。
胸の奥にまで刺さる言葉だ
痛いようで痛くない
苦しいようで苦しくない
とても力強くて優しい言葉
なんで私は真彩さんじゃないんだろう
嫉妬しちゃダメなのに
憎いと思っちゃダメなのに
今の私の心は、真彩さんという人に対する羨ましいという感情があった。
どうして私は真彩さんじゃないのだろう
どうして名前も年齢も思い出せないのだろう
どうして私は私なんだろう
「真彩さんっ!!」
誰かに呼ばれた気がした
あぁいけない
私は名無し、真彩さんじゃないのに反応してしまった。
その鈴のような声の彼女は受けた攻撃の箇所を手で抑えながら私の方を向いて叫ぶように言ったんだ。
「あなたは自分のなにを覚えてる?
私はあなたの名前を知ってる、あなたの生まれた世界をよく知ってる!
そして、あなたがここにいちゃいけないことも知ってる!」
どうして?
さっきからその「どうして」という言葉が頭の中をいっぱいにするんだ
どうしてあなたはずっと私の事を心配してくれるの?
……あれ?
どうして今、私はずっと私の事を心配してくれるなんて思ってしまったのだろう
本当に私は全てを忘れてしまったのだろうか?
無意識に彼女が差し伸べるその手を、私は取ろうとしてる
気味の悪い黒い炎を見に纏った姿は誰か見ても絶望の象徴に見えてしまうだろう
だが、私にとってはそれが希望に見えてきたのだ
あの手を取ってみたい
記憶にもない彼女の真っ直ぐな眼差しが私に勇気をくれるなら
力強さの中にある優しさに触れても良いのなら
私は彼女のそばにいてみたい
どうしてここまで彼女に惹かれるのだろうか
よく分からないけど、信用してもいいのかもしれない
「ダメだ…そんな汚らわしい手をとってはいけない!
魔力封じ!!」
背筋が凍ったような気がした
私の周りを囲むのは稲妻のように光る檻
触れたら痺れるどころじゃないのは本能的に理解出来る
どうしてこんなことをするのだろうか?
「なんで…?
どうして私を…?」
檻の向こうで不気味に笑う彼の目はどこを見ているのだろうか
黒炎を纏った彼女はまた怒りに満ち溢れていた。
「ダメだ…聖女様の記憶から悪魔の存在を消さなくては…!
あいつもあいつもだ…
アイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツも!!」
ようやく気づけた
私を慕ってくれたように見えた彼が本当の悪魔なんだ
……あれ?
なんで彼は私のことを慕ってくれてると知っていたんだろう?
頭の中がごちゃごちゃになって来てまた自分が何者かわからなくなってくる
こうやって自分が何者かわからなくなるのは何度目なのだろうか
「あぁ泣かないでください…
いっその事そんな悲しい感情を忘れてしましょう
私だけの聖女様」
何を言ってるのだ…?
もう何も持っていない私からまたなにを奪おうとするの?
こんな鳥籠の中で羽ばたくことの出来ない鳥のように生きなければならないというのか…
それならいっそ殺してくれ
恐怖で身が震えて無意識に下を向いた
ぽたぽたと床にこぼれ落ちたものが涙なのか汗なのかもう何もわからない
歪んで見える世界を見るなら自分だけの世界に逃げてしまった方がいいのではないかと思い込むのもありだろう
何も覚えていない真っ白な四角い世界に一人
「…いい加減にしろ!クソ魔法野郎!!」
凛とした声が聞こえた
鈴のように優しく可愛らしいのに力強くも感じる
身に纏った黒炎がさらに燃え上がり瞳には怒りを孕ませているのがわかった。
「伏せてなさい、真彩さん!」
言われるがまま額を床につけ、頭を手で守るように体を伏せるとなにかが壊れた音がした。
恐る恐る顔を上げればそこには私を囲む光の檻はない
壁にもたれかかって顔を下に向けてる彼がいる
ヒビの入った壁からして彼女が彼を吹き飛ばすついでに檻も壊れたんだ。
「これであなたは選択することが出来る
ひとつ、ここでさっきみたいに鳥籠の中にいる鳥のように静かに感情を殺して生きるか」
冗談じゃない
こんな所でそんな悲しい人生なんか送りたくない
こんな所で立ち止まればそうなってしまうのも必然
ならば今すぐここから逃げ出さないと…
今この場で動かないと後悔してしまう
後悔してしまう前に早く
「もうひとつは…
私達に攫われて自分の居場所を見つけるか
あと10秒で選びなさい」
私に目線を合わせてくれるほど優しいのに言葉遣いが冷たいな
本当の悪魔になれていない部分を見ると、彼女は悪魔なんかじゃないとわかってしまう
「ふふっ…あなたはそうやって冷たい声で言うけど全然怖くないよ…」
「……そういうあなたは全然笑えてないわよ」
こんな時に私たちは他愛のない話をするんだ
あぁそうか…記憶がなくて戸惑っていたけど、最初からこうすればよかったんだ。
「…助けて
私をここから連れ去って…!」
「…任せて!」
脱いだマントを被せてきて私の存在を隠すようにするとニカッと笑って頭を撫でるんだ。
急に優しくしないで欲しいな…なんて言ったらまたあなたは冷たいことを言うのかな?
もう目の前にはいない彼女がくれたマントをぎゅっと握り
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