45 / 171
43話
しおりを挟む「おじ様、このベーコンを二キロ分ちょうだい」
「あいよ!」
夕日の輝く市場
家路を辿る人もいれば寄り道としてここに集まる人もいる
そして私は……
「ベーコン二キロ分…多すぎやしないか?」
よく分からんワカメ頭が隣にいる状態で買い物をしている。
ナゼ私がベーコンを二キロ分買っただけで引くんだよお前はよ…
いっその事ツキカゲの食事情を話してみるか?
「ナザンカ…うちにいるあの男がいるだろ?」
「あー…いるな
あの仮面男がどうしたんだ?」
「その仮面男ことツキカゲって言うんだけどな」
「おう…」
「あいつ、牛一頭分の肉をおやつとして食べることも出来る食欲お化けなのよ」
「………!?」
彼はけっして声に出して驚くことは一切なかった
しかし三段階に分けて驚く顔がレベルアップされたあの瞬間は面白かったよ
最初真顔だったのに次は目を真ん丸くしてその次は口を開けてた。
さて、そんなツキカゲだが流石にそれはドラゴンの時の姿の場合だ
普段はわざわざ人間の姿になって私と同じ物を食べるという優しい子なのだ。
しかも量は私が食べる量の二倍程度
このベーコン二キロ分だって今日の夕食分ではなく明日の朝ごはんにも使う予定だ。
「お嬢ちゃん可愛いね~
そら、オマケにこれやるよ!」
ニッコリ笑顔の肉屋のおじさんがベーコンと一緒にくれたのはまさかの鶏肉
「隣の彼氏に美味い料理でもご馳走してやんな!」
なんて優しいおじさんなんでしょう…私感動しちまったよ
でもね、ひとつ言わせておじさん
「この隣にいるワカメ頭は彼氏ではありませんよ
ただのストーカーです」
なんの躊躇いもなくにっこりと爽やか笑顔でワカメの存在を否定すると頭を掴んでくるやつが一人
「だ~れ~が~ワカメ頭だ!!」
「あなた以外にいると思ってるのナザンカ…
いや、ワカメ!」
傍から見れば見苦しい喧嘩に見えるだろう
だけどこれだけは言わせてくれ
こんなワカメの彼女なんて絶対にお断りだ!
「まったく…お前のせいで夕飯の支度が大幅に遅れたじゃないか」
結局あの喧嘩は肉屋のおじさんが止めてくれた
鬼のような形相で営業妨害するなら他所でやれとか言ってさ…
ナザンカよりもあの肉屋のおじさんの方が何倍も怖い
その結果、私はナザンカに対する恐怖心が完全に抹消されたのだ。
よく考えたら私、ヘンリー王国で初めて彼と出会って戦った時ナザンカをぶっ飛ばしてたもんな…。
いやいやそんなことよりも今は夕飯の支度だ
「今日はカルボナーラと食後の酒のつまみに刺身かな
さすがにカルボナーラと刺身を同時に出すのはね…」
なんて呟きながらパスタを茹でたり、パスタソースを作ったりしているのだが…
できるだけ無視していたけどやっぱり気になるなこの視線
ちらりと見て私は驚いた
視線と言っても宿の厨房を貸してくれてる宿主の人とかかな…って思っていたのだが
「なんでナザンカがここにいるのさ…私の護衛はもう終了しているはずよ」
「夕食時でどの酒屋も飯屋も混雑していて席がないのは当たり前だろ?
せっかくだしなんかご馳走してくれよ
金は払うぜ」
よし、最高に美味いものを作ってやる
「金は払う」という言葉を聞いた瞬間ワカメにご馳走してやるのが面倒臭いとか嫌だとかそんな考えは一瞬にして心の奥底にしまわれた。
私って…現金なヤツなのかな?
まあいいや
「なら残さず食えよ…
完成、私特製のカルボナーラだ!」
「なんて?
かるぼ…なーら……?」
皿の上に綺麗に盛り付けられたそれは濃厚なクリームの匂いだけで鼻も心も満たされる気がする
しかし、まだフォークをとっていない
あんにゃろう椅子に座って私の料理を待っていたくせして食べないのかよ…そんなに私の料理がおかしかったのか?
「なんだ食べないのか?
それともこの未知の料理が怖くて食べれないなんて馬鹿なことが…」
「食べるよ…食べるからそんな未知の料理とか本当のことを言わないでくれ」
なんだ、未知だったのかよ
この世界にはカルボナーラもないのか?
じっとフォークに巻取られたカルボナーラを見て不安げな表情を見せてくるナザンカ
ぎゅっと目を瞑って口にそれを入れるとピタリと動きが止まった
「なっ…なんだこれは!?」
再び動き出したかと思ったらその手が止まらなくなっている
あー…美味しかったんだね
私も味見として食べたのだが、確かに美味かった
白く濃厚なクリームの絡んだこの平たいパスタがモチモチしていてとても美味い
そしてそのカルボナーラのてっぺんにのる黄金の卵黄
それを潰してパスタと絡めたらどうなるか…そりゃあもちろん
「なっ…!?
さらに美味くなった!」
このとおり…予想通りのリアクションである
そういえば前にツキカゲにカルボナーラを作ってあげたら全く同じ表情をしてたな
普段無表情に近い顔をしているのに食事をする時だけ、目をキラキラと輝かせて頬をうっすらと紅く染めて食べてたな。
「(ツキカゲ…遅いわね)」
確かに私から情報を集めるように頼んだのは事実だけど、いつもよりも帰りが遅いと心配になる
しかも彼は人間ではなくドラゴンだ
トラブルに巻き込まれた瞬間、強大なドラゴンの力を使って国を滅ぼしてしまうのでは?
小さくため息をついて壁にもたれかかったまま、オレンジから紺色にグラデーションのかかった空をじっと見つめるのだ。
「………あの男の帰りを待ってるのか?」
不意にそう聞いてきたのはもう既にカルボナーラを完食させたナザンカだった。
あの男…ツキカゲのことを言ってるのか
「…彼は私の大事な相棒なの
たとえ契約して生まれた関係だったとしてもね…」
それ以上ナザンカはなにも聞いてこなかった
ただ、その場の空気に消え入るような声で「そうか…」と言って座っていた椅子から立ち上がり私の手を勝手にとった。
無理やり手を開かせてそこに置いたのは銀貨が五枚
「いや…なんで銀貨を五枚も渡してきたのよ?」
私の質問に答えることの無いナザンカ
私がこんなに要らないと言って返そうとしてもけっして受け取ることをしなかった。
それどころか
「お前のアプレの実を使ったおやつも、このカルボナーラもそれ程の価値があるってことだ
次会う時にその金で材料を買ってまたなんか作ってくれよ」
それってまた会おうぜって遠回しに言ってるのか?
いやいや明後日会うだろうが…
でも私はにっこりと笑ってナザンカに近づくと銀貨を持つ手とは反対の手…いや腕で肘打ちをした。
「ふん…金を貰ったからにはやるしかないじゃない
今度会う時までにメニューを考えてあげるわよ」
なんて偉そうに生意気なガキのような笑顔を浮かべながら言ってやったのだ。
ナザンカが帰って行ったあと、私はまだツキカゲの帰りを待っていた。
おかしいな…時間を確認したらもう夜中の0時になってるよ
いくらなんでも帰りが遅過ぎる
なにかトラブルに巻き込まれたと考えるのがいいのか…?
夕飯の材料を一度インベントリにしまって部屋に戻ると私は一度本当の姿に戻った。
黒い長髪と瞳を隠すためにマントのフードを深く被り唯一ある部屋の窓から離れた位置にあるツキカゲのベッドに近づく
彼の優しい匂いがする
毎日外に干してお日様の香りがするこの布団からもツキカゲの匂いがする
マントの上からそれを被っていると彼に包まれている感覚になって口元が緩む
「ツキカゲ…早く帰ってきて」
「………今帰った」
1
お気に入りに追加
688
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く


冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる