日本鬼士 -JAPAN・Alternative・SAMURAI-

きりたぽん

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第四話 不屈の兵隊

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 ◇◆ 大陸旅順近く

此処はかつての清国です。この土地で少し前はロシア兵達がうろついていました。そして今は日本兵達がウロウロしています。

彼ら日本兵は武器を携帯して二人一組で市内を巡回する者達と、束の間の休息で女と酒を提供する娯楽場に向かう者達が大勢を占めており、その娯楽場2階の個室では小野稲舟おのいなふ一等兵が現地人少女の膝に頭を埋めて泣き叫んでいました。

「終わりだ……あの蜂郎と……死にたくないようぅ」

「よしよし……稲舟サン…どしたのヨ?悩みなら聞くわ…男がないちゃだめよ」

健康的に日焼けした肌が瑞々しい10代くらいの少女は、自身の膝で赤子の様に泣く小野稲舟の頭を撫でて慰めます。

ヨウちゃん……実は俺……もうすぐ死ぬぅだよぉぉ!」

「へぇ…ナンで…病気なの?…サヨナラね」

「なんでっ違うよ!?生れてから風邪ひとつ引いたことが無いさ!!…………俺、化物に殺されるんだよォ!!」

「ばけものねぇ?……どんなの?」

「10年くらい前……日本国の南には琉球王国という平和な国があったのさ……でも鎮西蜂郎という化物がやってきて住民は皆殺し、兵士も皆殺し、守護聖獣を殺して、王家の人間も皆殺しにしたんだ!!さらにその後、琉球の島を地表ごと消飛ばしたんだよォォ!!」

「アハハハ……それ面白い話ね。でもね、私そんな国は知らないヨ?」

「それは、利理子様が世界中の人間から琉球の記憶を消したからなのさ……あのお方は地球全域に記憶を操作できる力をお持ちだから……それで国に不都合な記録を常に抹消してる…らしいよ」

「はぁ?……じゃあ何で稲舟サンは知ってるのヨ」

「日本国は安倍蜻明あべのせいめい…安倍総理が常に結界で守護しているから呪いの類は効かないのさ…」

「あっそう……そうなんだぁ、それでそのハチロウは…」

「まだある!!……昔、この大陸で仙人達が召喚した神や霊獣と戦っていた蜂郎が暴れに暴れて、そのときの余波で、大陸の一部は周辺国ごと消滅したんだよォ!!コワイ!!」

「だからぁ、そんな国はないよ!……みんな知らないってば!」

「それも利理子様がぁぁ!!うわぁぁぁん!!」

「あーはいはい、よしよし、いいこ。いいこネ……稲舟サン」(……阿片でもやってんのか?…勘弁してよね)

その後、妲己を潰して食い殺したとか、10回倒さないと死なない5人いる四天王の1人を一撃でたおした。吸血鬼をカラテのワザで倒した等、少女は妄言を放つ稲舟を適当に慰めました。……そしてそのまま子供のように眠ってしまった小野稲舟を仕方なそうに自宅へと担いで運びます。

小野稲舟は現実逃避をしがら眠りに着いて、しかし夜になろうと人々が蠢く町は眠ることなく活気に満ち溢れています

日本軍は戦勝で高揚とした気分のまま享楽に耽り、現地民たちは慣れているのか軍人相手に強かに立ち回り、愛想よく彼らの懐から利益を搾り取りました。

そんな人々がせわしなく蠢いている町中で、純日本製で量産型の蒸気鎧マシンスーツ狩蟲ガルム』を装着した一個小隊になる蒸気鎧兵の一団だけは臨戦態勢の緊張感を保ち、この町でひときわ目立っていました。

彼ら第八十九小隊は遊興に耽る他とは違い任務を帯びているからです。

バケツのようなヘルメットを被り、機能性のみを追求した無骨な蒸気鎧『狩蟲』、搭載された内燃機関コアボイラの駆動音と背中の排気ファンから撒き散らされる蒸気の煙……それは歓楽街の喧騒の中でも非常に目立ちます。

しかし、自分たちに向けられる好奇の視線を無視して道行く人々の流れを逆走するかのように歩く蒸気兵団……彼ら第八十九部隊の錬度は高く、欧州連合の観戦武官であるエイルマー=ホールデンが『噛みつく猟犬バイト・ハウンド』と称す程でした。

彼らがこの町に立ち寄った理由は蝪雪の密命により、魔導書『ネクロノミコン』を探索するためです。

彼らはしばらく補給と装備の点検のため町に留まりましたが、朝になるとすぐに郊外付近にあるロシア兵たちが使用していた要塞を捜索すべく出立しました。

かつてはロシアの大陸侵攻の拠点として活躍した要塞は、幾多の戦いで無敗を誇っていました。しかし先日投入されたサムライにより15分ほどで陥落。

要塞を守っていた騎士と兵たちは全てこの世から消えましたが、複数の魔導師が協力して使役する大型の無人攻撃ドローン兵器が未だに日本兵を求めて要塞周辺を彷徨っています。故に魔力が切れるまで、日本軍による要塞奪取は行われていないのです。

(しかし我々は可能な限り早くネクロノミコンの本体……或いは有益な情報を入手せねばならない……少数なら無人攻撃兵器の大雑把な探知能力をすり抜けられる…仮に目視で発見された場合でも数体だけなら即座に排除できる…!!)

背中のファンから蒸気煙を撒き散らして無人の要塞へ進撃する第八十九小隊の蒸気兵達。

隊長である鎌瀬かませかける軍曹は蒸気鎧が背中に内蔵する内燃機関の側面部分から三八式蒸気銃を取り外すと、周囲を警戒しながら無人攻撃兵器の活動区域に入りました。

そして侵入して暫くすると此方に近づく巨大な影を確認……

『鎌瀬から第八十九部隊の各機へ、8時の方角…無人攻撃兵器のガーゴイル級が三体だ。先頭の軽装中型機は俺が取る、二名援護しろ』

『『『了解』』』

巨大な重装騎士に似た通称ガーゴイル兵と呼称される種類の無人攻撃兵器。
それは巨体に似合わぬ俊敏な動作で蒸気鎧の集団から突出してきた鎌瀬に接近…そして大槍による攻撃を放ちます!!

だが、鎌瀬は慣れた動きで蒸気鎧の脚部から小型ホイールを稼働させると、紙一重でその攻撃を回避する。

そのままガーゴイル兵の背後を奪うと、手慣れた動作で素早く三八式蒸気銃のボルトハンドルを後ろに引く、するとボルトアクションに連動して三八式蒸気銃のグリップに内蔵された小型内燃機関が稼働します。

そして蒸気機関の駆動音と共に三八式歩兵銃の排気ノズルが蒸気煙を噴出する。

鎌瀬は半自動的に、訓練と実践で馴染ませた射撃技能で、視線の先へ銃弾が命中する様に三八式蒸気銃を素早く構えると、短く隊員達へ号令を放ちます。

『撃て!』

号令と共に第八十九小隊は、蒸気鎧『狩蟲』の通常兵装である三八式蒸気銃のトリガーを同時に引く。

日本原産生物の死骸を燃料とした蒸気熱が銃身で凝縮されると、蒼き稲妻が弾けて閃光の様な銃弾がガーゴイル兵の関節など脆い部分を的確に撃ちぬく――そして僅か数秒で魔道技術の結晶たるガーゴイルを只の鉄くずに変えました。

『残数二体だ…無駄撃ちはするなよ』

『了解……では、あの一番大きな重装大型機は私が足止めします。誰か止めをお願いします』

第八十九部隊の隊員である鯉口開こいぐちかいは背中から回転式機関銃ガトリングを取り外すと、『狩蟲』の腹部と連結、此方に接近する重装ガーゴイル兵の足元に向けて回転式機関銃を掃射します。

銃弾の五月雨による威力でガーゴイルは姿勢を崩して倒れました。200発超の銃弾は対人であれば無双の兵器、だが魔力で強化された装甲を持つガーゴイル兵相手では足止めにしかなりません……しかし、それで十分なのです。

「俺が行く……援護は要らない」

隊員の剣崎大和けんざきやまとが蒸気鎧の腰部分に取り付けられたリコイルスターターのロープを二度引く、それにより蒸気鎧『狩蟲』の制限が一時的に解除されました。

制限解除された蒸気鎧の脚力で剣崎大和は脚の止まったガーゴイル兵へ即座に飛び乗ると、蒸気鎧の右肩を守る外部装甲から『対怪蟲剥離斧スチーム・アックス』を取り出しガーゴイル兵のうなじ部分を斬り裂きます!―――そしてそのまま斧で穿たれ損傷した箇所に蒸気鎧の剛力で銃剣を突き刺すと1発…2発…3発…4発…5発と銃撃……その内部攻撃でガーゴイル兵は軋みをたてながら崩れ落ちました。

「残りの1体は重装の大型機か……少し距離があるな。だれか肩を貸してくれ」
「はいよ、どうぞ肩をお使いくださいな……伍長さん」

第八十九小隊に同行している風鈴ふうりんつらぬき伍長は背中に担いでいた異様なほど巨大なライフルを取り出します。

このライフル……かつて欧州連合の一角を担う軍事大国ドイツには、歩兵の銃で魔装鎧の装甲を撃ちぬけるか?という実験の名を借りたお遊びで作られたライフルが存在しました。

当然、魔力で強化された装甲を火薬の力で撃ちぬけるはずもなく、そのまま数ある失敗作の一つとして破棄される最初で最後の一丁……しかし、その当時に天津将軍の指示で欧州連合へ外交官として派遣されていた青木周蔵が社交場の与太話でその銃の噂を聞きつけます。

そして青木周蔵は、妻である独逸貴族令嬢のエリザベートに頼み込み、彼女の父親を通してそのライフルを製造した会社の役員達と直接交渉……その結果、開発者から直接ライフルを譲り受け、そしてビールと共に日本へと持ち帰ったライフルは!!

……ビールの人気で存在を完全に忘れ去られてしまい、そのまま何処かに死蔵されてしまいます。

幾年か過ぎたある日、そのライフルは欧州連合の植民地であるアメリカから亡命してきた、日本国の特別技術顧問である天才的な科学者ジェームス=オジマン博士の目に留まり、彼の手により蒸気機関を組み込んだ対怪蟲用の兵器として完成

更にそのすぐ後、日本の技術将校である南部中将が現場の知識を反映してそのライフルを魔改造する……そして大幅なコストダウンと生身でも使用できるほどに小型化、更に命中精度の改善を成功させたライフルは三十八式蒸気銃の前身である三十年式蒸気銃とほぼ同時期に量産されました。

中級怪蟲の外骨格さえ破壊するこのライフルは、魔装鎧レガリアであろうと一撃必殺……そのライフルの名は!!

「マイザーM1900式対怪蟲ライフル!……撃つぞ!」

対怪蟲ライフル。その銃身に蒸気エネルギーが圧縮されて蒼き雷電が迸る。……と、その銃身の排気ノズルから大量の蒸気煙が噴出します。

そしてライフルの銃口から蒸気煙を切り裂くように人類の英知の結晶たる破壊力が放たれる!
―――それは光線の様にガーゴイル兵に突き刺さり、貫き、一撃で破壊!

肩を貸していた第八十九部隊の相川拓哉あいかわたくやはその光景を見て感心したように口笛を吹きます。

「流石ぁ、魔導騎士23体を討伐した恐怖の二つ名持ち『ツラヌキ風鈴スティンガープリン』ですな!!」

「その呼び方はヤメテ」

1分足らずで、第八十九小隊は本来であれば蒸気鎧の一個小隊でさえ殲滅できるガーゴイル兵数体を全て殲滅しました。

彼ら第八十九部隊にとっては無人攻撃兵器など、唯の障害物でしかないのです。
そして、予定時間よりだいぶ早く目的地である要塞にたどり着く第八十九部隊。

隊長である鎌瀬軍曹は脳内に寄生する人造怪蟲を使用して蝪雪へ連絡をします。

(蝪雪特将……第八十九部隊、現時刻で現場に到着しました。)
『ご苦労…目ぼしい物はすべて回収しろ…定時連絡は怠るな…異常があればすべて知らせろ…』
(…了解)

つい先日までロシア兵達が駐屯していた要塞は、内部でカマイタチが起きたかのような有様です。網目模様で隙間なく深い亀裂が壁、床、天井に描かれています。

そこには原型を留める死体はひとつもなく、未だに乾くことのない血と腐りきった肉の臭い、それらが合わさり地獄絵図を作り出しています。

ただ第八十九小隊は、その地獄絵図には一切関心を払うことなく、己の職務を機械の様に遂行します。

「目ぼしい物はすべて回収だ……第八十九部隊、散開しろ」

「「「了解!!」」」

第八十九部隊は、砕けた天井から熱い日差しが照らす中で、宛ら蟻の様に誰一人して口を開くこともなく黙々と要塞内部とその付近で回収作業をします。

静かな戦場跡には、第八十九部隊の蒸気鎧の駆動音と、風に乗って遠く離れた町の楽しげな喧騒が響くのみでした。

辺りが暗くなり、夜空に真丸な月が昇る時間まで、第八十九部隊が作業していると……突如として彼らの死角から音もなく侵入者が現れました。

その侵入者は、黒を基調として金で装飾された修道服を着た白髪の美しい男性。表情は非常に優しげですが、顔半分を覆う幾何学模様の刺青らしき何かが、異質な雰囲気を醸し出しています。

最初に刺青の男の存在に気が付いたのは、隊員である鯉口開です。
彼はすぐに隊長の鎌瀬軍曹に連絡――それを受けた鎌瀬は部隊を直ぐに集合させました。

刺青の男は完全装備の剣呑な雰囲気を放つ集団に囲まれて、しかし場違いなほど気さくな笑みを向けて朗らかに挨拶します。

「夜分遅くまでご苦労様です。皆さまのお時間を少しいただきたく……よろしいですか?」

刺青の男は敵意を感じさせない優しい口調で、第八十九小隊へと語りかけます。

しかし当然、蒸気鎧を装甲した第八十九小隊は、突如現れた乱入者に銃を向けて警戒します。

「止まれ!!」

自身に向けられる銃口が見えているのか、いないのか刺青の男は親しい隣人と接するように語り始めて……

「私は十字教団に所属する枢機…いいえ此処の世界では聖騎士総帥と名乗る決まりでしたね。…名前は」

「警告はしたぞ…」

第八十九小隊に同行する風鈴伍長は対怪蟲用のライフルから徹甲弾を放ちます!!

人間には過剰殺戮な代物ですが、教団の聖騎士相手に半端な手加減は命取り……当然の結末として人肉のミンチができるはずでした。

……しかし、刺青の男は不動、そして傷すらついていません。

何故なら彼は魔装鎧すら破壊する人類の英知を嘲笑うように……人差し指と薬指で放たれた徹甲弾を掴んでいたのです。

「これが蒸気機関を用いた魔装鎧ですか………魔力の代わりに技術を駆動力とするとは、なんと健気で素晴らしい工夫……いい技術ですねぇ……感動しました、嫌いではありません」

余裕ある態度を崩さない刺青の男に第八十九部隊は気圧されつつも、隊長である鎌瀬軍曹だけは冷静さを失わず、手信号で部隊を横一列に展開させて一斉射撃の陣形を展開。

第八十九部隊は思考を置き去りにして俊敏な動作で量産型蒸気鎧『狩蟲』の通常兵装である、安定した耐久力と命中率を持つ三八式蒸気銃を構えて目標を狙い、そして放ちます!!

撃鉄音と共に連続で銃弾が放たれて………しかし、刺青の男に命中する手前で銃弾は宙に静止しました。

「なに?…鯉口ガトリっぐぅぅ」

鎌瀬軍曹が次の攻撃に移行しようとして……しかし今度は突如瞬間移動したかのように刺青の男が鎌瀬軍曹の背後に現れると、そのまま腕を掴み凄まじい圧力で押し倒します。

高位の魔装鎧には及ばないとはいえ、蒸気鎧の馬力は人間を遙かに凌ぐ……だが刺青の男が放つ凄まじい圧力で鎌瀬軍曹は立ち上がることができません。

「隊長!?動かないでくださいぃ!」

部下の剣崎が蒸気鎧の脚部の間に折り畳み式で内蔵されている蒸気式散弾銃スチーム・ショットを特殊な腰の前後運動で展開!!……そして放ちます!!

なぜこの箇所に散弾銃が内蔵されているか……それは通常は邪魔にならず、そして魔導騎士と近接戦闘を行う際は両手を使うことなく腰の前後運動で零距離放射撃が出来るこの銃は、近接攻撃手段として非常に有効だからです。

実際、最初にこの散弾銃を考案した南部中将が、嫌がる部下たちに無理やり装備させたその部隊の生存率は非常に高く……その結果として、全蒸気鎧部隊への装備が義務づけられました。

さらにこの黒光りする散弾銃は非常にいやらしい……この銃は丁度、魔装鎧の装甲が手薄な股関節部分を狙える位置に付いているのです。

ほぼゼロ距離からこの散弾銃を撃たれたロシアの騎士たちは、認識外からの攻撃による驚愕と屈辱と激痛の中で死んでいきました。

……この散弾銃、通称『御蛇ノ銃口ミジャノクチ』のおかげで、兵士による騎士の撃破数が数パーセント程上昇。

「日本の蒸気鎧と白兵戦は避けろ」とは、ロシア軍に所属する前線の騎士たちが共有する暗黙の了解なのです。

しかしその蒸気鎧の股から放たれた……その細かく分散した銃弾は、刺繍の男へ命中する途中で何かで阻まれたかのように空中で停止します。

「なんだと…!」

銃撃が無効と判断した鎌瀬軍曹は、片腕が折れることを躊躇わずに、瞬時に腰から銃剣で刺青の男の頸動脈を切り裂こうとしますが、逆にその刃が折れました。

(生物の硬度ではないな…人間ではない…やはり人外の類か、おそらく高位の天使だな)

刺青の男は微笑みながら優しく鎌瀬軍曹を慰めます。

「なんと…?申し訳ありません、攻撃を防が無かったのは私の落ち度です。……事前に説明するべきでしたね、私は弱い強い関係なく攻撃を全て無効化します。これは私の意志では解除できません…最も不死なので消滅したとしてもすぐに復活しますが」

攻撃が通用しない、その信じられない光景に隊員の緑芝司みどりしばつかさは「……ゴクリ」と息をのみます。

一様に隊員達が驚愕する最中、鎌瀬の脳内に蝪雪特将から通信が入りました。

『そのまま待機だ……吾輩の虫が定着するまでな……ついでに可能な限り情報を引き出せ。ためしに能力について質問してみろ』
(了解)

「質問させてくれ……お前は無敵なのか……不死とはどういう意味だ……無敵なら必要ないだろう……」

「………会話に武器は必要ありません。申し訳ありませんが後で元通りにします。なのでこれ等は全て破壊させていただきます。……どうかご理解ください」

刺青の男は詳細不明の能力を発動して第八十九部隊の蒸気鎧を全て分解、代わりに一瞬で其々にジャストフィットする修道服を着せました。

突然の事態に部隊は皆、唖然としています。
刺青の男はいつの間にか用意された壇上に立ち、部隊の人間を見回すと微笑みながら「似合います」などと呟きました。

「な…なにをした!?」

鎌瀬軍曹は立ち上がろうと足に力を入れますが……地面に吸いつけられたように動けません。

鎌瀬軍曹だけでなく部隊全体が何かしらの術中に捕らわれています、隊員たちは皆、苦しげに呻き跪いて動けない。

一応、第八十九小隊は護符で魔術に対する完全な防御をしていたのですが、それにも拘らずこの有様です。

「やはり騎士では…魔導師ではないな…何者だ…何の能力を使った?」

「その質問にお答えする前にこちらから質問させてください。あなた方はネクロノミコンを探しているご様子……なぜでしょうか?」

刺青の男は第八十九部隊が回収した資料を手に掲げると、魔導書について尋ねます。
第八十九部隊の殺生与奪を完全に握りながら、どこまでも紳士的に話しかける刺青の男。

しかし鎌瀬をはじめ部隊員は誰も答えません。
隊員の相川は刺青の男に唾を吐きます。
刺青の男は気分を害した様子もなく、詩を朗読するかのようにむしろ第八十九部隊を称賛する。

「口は動くはずですが軍事機密は喋れないと……素晴らしい職業意識ですね。プロに心から敬意を表します」

心から称賛しているような姿ですが、隊員たちは立ち上がることが出来ません。
悔しげに隊員一人である小島辺秀こじまへんしゅうが歯ぎしりをしました。彼の口から洩れた「ありえない…だぜ」という呟きが悲しく響きます。

「しかし、あれは人の手に負える代物ではありません。故に我ら神の代行が回収します。それで……その魔導書を欲しがっているのはリリスなる悪魔ではないでしょうか?」

第八十九小隊の苦しむ声には一切関与せず、自身の事情を説明する刺青の男。

「実は十字教団なる組織は、悪魔の生き残りであるリリスを捕獲するために我々が製作しました。……そして、この組織を使役して世界中で隈なく彼女を探しましたが……しかし結局、何処にも見つけられませんでした。……ただ一つ日本を除いて、日本国は外国を拒絶する鎖国国家で、さらに日本の中心地から発生する非常に強大なエネルギー波の力により、我ら天使の探知能力サテライトが機能しません」

第八十九小隊の隊長である鎌瀬は蝪雪特将に脳内で連絡をします。

(特将……如何しましょう?)
『そのまま待機だ……鎌瀬軍曹いままでご苦労だったな』
(いえ、仕事ですので)

「なので、我々はロシアを使い日本を飲み込もうとしました。日本でリリスを捜索するために」

「なん…だと?」

「……が、皆さんの素晴らしい努力でそれは失敗するでしょう。故にだからこそ……なので、状況から考えて日本に潜伏していると考えます。リリスという存在に心当たりは?」

(悪魔リリスか……考えられるとすれば利理子様か?)

「なるほど……心当たりがあるようですね」
「なっ!?」

何時の間にか鎌瀬のすぐ目の前に刺青の男が現れました。

表情には一切表れていない筈と考える鎌瀬。しかし確信を持った様子で刺青の男は鎌瀬軍曹に問い掛けます。刺青の男は鎌瀬の顔を覗き込むと……

「『その名と居場所を私に教えてください』」

「何をい……ああっ体が!?ああああがあぎっ!?なにあああああっ」

自身が何か強大な存在に、強引に操り人形にされてしまう……鎌瀬軍曹はそれに抗おうとしましたが無意味でした。

気が付けば自身が知りえる情報を全て吐き出す壊れたラジカセのような存在に成り果てて、洗い浚い語り始めます。

「………………リリス…知らない……が……似た……を持つ……不可思議な存在を知っている…それは……グギッグガガガッグゴゴ!?」

自身が知りえる情報を全て吐き出してしまう……かと思われましたが、それは鎌瀬軍曹の腹を突き破って生まれた蜘蛛めいた化物により阻止されます。

「隊長!?」

グロテスクな光景…隊員の鯉口が鎌瀬軍曹に必死で呼びかけますが、鎌瀬は痛みを感じる間もなくすでに死亡していました。

鎌瀬の腹から生まれた巨大な血肉にまみれた蜘蛛は、外気に触れると更に大きく成長……そして俊敏な動作で刺青の男と対峙します。

「ギチィギチイィィィ!!」

蜘蛛は額から猿の顔を作成すると、その口から火炎弾を放ちます――刺青の男は、火炎弾に吹き飛ばされて壁に激突……!!
しかし、炎に焼かれて修道服は灰になりましたが、彼のしなやかだが強靭そうな真珠色の肉体はいまだに無傷です。

「ふむ……予め裏切り防止の保険を用意していたのですか、残酷ですね」

「ギチイィィィ!!グギャアアアアアアアアアアア!!」

「はい、それでは先ほどの質問にお答えしましょうか……私には何の能力があるのかな?…でしたね……御推察の通り私は無敵で不死です。そして時間、重力、磁力、空間、原子…物質世界を支配する権利があります」

刺青の男は背中から白光する翼を広げて空中に浮かびあがると、巨大な猿の顔を持つ蜘蛛に対して凄まじい重力波を放ちます。

暫く8本の足で耐えていた蜘蛛はやがて体を維持できずガラスのように粉々になり崩れ落ちました。

圧倒的な光景にただ呆然とする隊員たち……刺青の男は蜘蛛の死骸には一瞥すらせずに大地に舞い降りると鎌瀬軍曹の頭に触れました。

「では…復活してください」

鎌瀬軍曹の死体は巻き戻されたように修復されます。

「……!?…今俺は…確かに死んでいた?……何を!?」

「はい、なので死者蘇生しました。私にとっては大したことではないので、どうかお気になさらず。もう先ほどのように内側から怪物に殺されることはありませんのでご 安心ください」

隊員の鯉口は驚愕のまま刺青の男に質問しました。

「何者だ?………神なのか?」

「いえいえ、私は単なる御使いですよ、ただ名乗るほどのものではございませんが、礼儀により名乗りましょう。私は『ミカエル』と申します」

その男性は自らを神の如き者ミカエルと名乗った。

「貴方のおかげで、だいたい理解できました。リリスは間違いなく日本にいます……それでは、他に何か情報を…」

「『集束変質炸裂アシッドレイン』!!」

ミカエルが更なる情報収集を開始する直前に、突如として飛来してきた白い魔導騎士が空中で術式を展開……そして巨大な青い魔法陣が空中にいくつも現れます。

その魔法陣は周囲の水分を集めると、さらに次は水質を変化させる黄色の魔法陣に移行して集めた水分を濃硫酸に変質させます。

そして最期に硫酸を炸裂させる赤い魔法陣に移行して……硫酸の雨が第八十九部隊に容赦なく降り注ぎ……

「「―――――――!!?」」

硫酸の雨により第八十九部隊は一瞬で肉が溶けて骨さえ残らずに死滅しました。

ミカエルは己にも容赦なく滴る硫酸の雨を気にせずに佇んでいます……当然の様に無傷ですが、その顔は少しだけ憂いを秘めていました。

「なぜ殺したんですかシスターアテナ?……可哀想に死体まで溶けてしまいました。」

「逆にお聞かせください。なぜ生かして帰そうとするのですか、ミカエル様…彼らは異教徒。私たちの敵ですよ!」

白い魔道鎧がミカエルの前に立つとヘルムを外して、ふわりと柔らかな金髪があふれました。

彼女の顔立ちは西洋人種の女性で、両目を覆うバイザーをして顔の半分を隠していますが年齢は20代前半くらいでしょう。

彼女は十字教団所属『白夜十字団』の団長、聖騎士アテナ

ミカエルは憂いた表情を消して、常時の微笑みを浮かべました。

「私から見ては、大した違いはありません」

「ふんっ……天使様には複雑な人間の情勢は理解できませんか」

ミカエルの言葉をアテナは憎々しげに切り捨てます。

「不快にさせたのなら謝罪します」

「結構です!!……それで、日本に入国できる当ては有りますか?…確か結界が邪魔で日本国内にミカエル様は入れないのでしょう」

「貴方の進言に従いネクロノミコンを使用しましょうか……アレを使用すれば結界内部へ私を転送できるはずなので」

「何度も申しましたが、再度言わせてください……ネクロノミコン奪取は我々だけで十分かと思いますが……ミカエル様は我ら聖魔導騎士の能力を信用していないのですか?」

「はい、貴方達人間は非常に脆弱なので重要な案件は私が直接対応させてください」

「……探す場所に心当たりはありますか?」

「ふふふっ…天使の探査能力を甘く見ないでいただきたい、シスターアテナ……すでにある程度の場所は探知しています。急ぎシベリアに向いましょう!」

「そうですか……しかし、今日は教会の宿泊施設に戻りましょう、ミカエル様。明日の朝に本国から私の部隊を呼び出しますので、それに脆弱な私は少し疲れました……ああ、眠い」

「今から私だけで魔道書の捕獲に向っても良いのですが、シスターアテナ…」

「いけません!!尊きミカエル様とはいえ地上では我々のルールに従ってください!!勝手な行動は慎むようにとガブリエル…様からも言われているのですから!!」

アテナは問答は終わりとばかりに踵を返してこの場を去ります。
ミカエルも肩をすくめてアテナに続いてこの場を去る……その姿を影に潜む蜘蛛の眼を通して蝪雪が見ていたことにミカエルは最後まで気が付きませんでした。



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