上 下
54 / 59

■謎解き×「闇堕ちメモリアル」 狂人の思考 その2

しおりを挟む
 先ほど述べた通り、狂人はやること成すことが一般人の許容範囲を超えている場合が多いため、受け入れてもらうことが困難になります。つまり、周囲の反応は否定や攻撃的なものになって返ってきます。これは非常に身近なところでも発生しています。

 こういった現象は何もどこか遠くにあるルナティック共和国だけの話ではないです。

 分かりやすくするようにあえて極端な例を出しますが、例えば向こうから歩いて来る相手が「おはよう」と挨拶してきたのに「うるせーバカ」って言ったらケンカになりますよね?

 そこには「友好的なコミュニケーションを取る」という合意がないのです。だからケンカになるのです。

 単純に言うと、世間で言う狂人はこれに近いことをありとあらゆる場所でやっているわけです。だから誰もが彼は狂っていると思うし、誰にも彼が理解出来なくなるわけです。とてもシンプルな話です。

 ただ、こういった他者との衝突やすれ違いは私達ですら日頃から経験しているはずです。

 そんなつもりじゃないのに問題点を指摘したら相手がブチ切れたり、「音楽性の違い」でバンドが解散したり、「価値観が合わない」と恋人や夫婦が別れたり、現実性の違いから人々が仲たがいする例は無数に存在します。それらの失敗は、言わばどれもが「同意を作り損ねた」ことが根底にあります。

 賢い人は本能的にその本質へ気が付いて修正を行い、場合によってはいくらか過激な方法で合意を得る場合もあります。

 狂人も何かしらの合意は達成しようとするのですが、要はあまりにも達成出来ない合意があり過ぎるのです。それゆえに彼は狂人と呼ばれるのです。分かりますか?

 私達は一人一人が現実性を持っており、それの大きな合意点が社会であり、法律であり、文明です。私達がお金に価値があると信じるから、お金には価値があるのです。そうですよね?

 さて、ここで質問です。

 もし、それぞれ全く違う現実性を持った二人が同じ場所にいたとしたら、彼らは理解し合えるでしょうか?

 恐らく答えはノーです。出来たとしても、かなりの衝突や譲歩を経てやっと雪解けが成されるかどうかというレベルでしょう。いきなり地球人に火星人の文化や考え方を完璧に理解しろというのは無理があります。

 極端に言えば世界の紛争というのは、上記のような地球人と火星人の揉め事に近いところがあります。

 この価値観の齟齬そご(食い違い)というやつは個人間でも存在します。

 またもや回りくどい話になってしまいましたが、狂人と呼ばれる人の現実性は、あなたが持っている一般的な現実性とは全くかけ離れたものになっています。

 狂っている人に道理や道徳を説いても通じないでしょう?

 だって、そもそも見えている現実性が全く違うのですよ。それはそうなりますよ。もっと低い段階からコミュニケーションを取ってあげないといけなかったわけです。

 余談にはなりますが、現代社会において上記の状態は「はい、〇〇障害ですね」と言われてから精神疾患と診断され、しまいには社会から弾き出されるという暫定的な措置が取られています。一見解決策に見えますが、実際には落伍者の烙印を押して社会から弾き出しているだけです。

 話は逸れましたが、一般人と全く異なる現実性を持つ狂人の思考は多くの人にとって理解の出来るものではありません。理解が出来たとしても受け入れられるのが難しいものになります。

 そうなると社会は狂人を自分達の世界から占め出す傾向があるのですが、こうすることによって狂人は社会に復讐をする権利を得たような気持ちになります。なぜって、一般社会の人々は彼らを拒絶したからです。

 こうなることで、狂人の持つ現実性はより一般的な人々の持つ現実性と乖離してきます。まるで異なる宇宙が二つ存在しているかのように、全く違う価値観や思考が別個の世界で独立して存在します。

 でも、悲しいことにそれらは見せかけで、実際には同じ場所に存在するのです。「無敵の人」と呼ばれるタイプの人は、このように同じ世界を見ていても我々とは全く違う世界が見えているものと推測されます。

 彼らに見えている世界は、私達が見ているそれとは全く別物になるのです。話し合いが通用するはずがありません。

 そういった人々の中にはあえて相手を特定せず、社会へと復讐を試みる人達がいます。それが私達の言う「無敵の人」です。彼らにとって一般の人はどいつもこいつも自分を拒絶した人達なので、「誰でも良かった」と無作為に自分よりも弱い相手を選んで攻撃する傾向にあります。

 本作を読了した人は気が付いているかと思いますが、冒頭より語られる織田童夢の物語は言わば夢オチに等しい狂人の妄想です。それらを紐解くにあたり、作中の情報も絡めて自作解題をしていきたいと思います。

 本作の大半は主人公である織田童夢の妄想であり「ゲーム」です。彼にとってはそれこそが現実だったのですが。私達読者は言わば狂人の思考内部を旅していたことになります。だから解説しないと分からない箇所も多々あるだろうと思った次第です。

 オマケでは何も主人公の異常性に特化するわけではありませんが、本作をより深く理解する上での助けにもなるので、もしかしたら読了後には「闇堕ちメモリアル」の見え方が変わっているかもしれません。このオマケを読んでからもう一度読んでみるのもアリでしょう。
しおりを挟む

処理中です...