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闇堕ちした聖母
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――なぜ、ここに織田真理さんが?
おそらく、大半の者の脳裏にはその疑問が浮かんでいるだろう。だが、俺は知っている。狩野の調査で、彼女が凶悪な連続殺人犯であることを。
その調査を行った狩野もすでに……クソが。信じたくはないが、奴も真理さ……いや、織田真理の放った凶弾の犠牲になっているはず。
大部屋へと入って来た織田真理は、日頃見せる姿とは全く違う装いで現れた。自衛隊を思わせる迷彩柄のカーゴパンツを履いており、腰回りには重火器やら弾薬、ナイフ類がぶら下がっている。見た目が低身長で可憐な少女にも見えるせいか、そのギャップは滑稽にすら見える。
だが、実際には笑いごとではない。目の前に立っているのはまぎれもなく俺たちを殺そうとしている極悪な連続殺人犯だ。
闇堕ちした織田真理の雰囲気に誰もが圧倒されていた。もはやドン引きどころじゃない。自分を轢こうとするトラックを前に固まる猫のようだった。なにしろ普通の人は連続殺人犯を見たことがないし、見ることもないまま一生を終える。歌舞伎町を根城にしていた俺でさえ、そんなヤバい奴には会ったことがない。
固まる俺たち。悪魔のような女はかわいらしさの全くない、冷たい声色で口を開く。
「何をしても無駄ですよ。ここのシステムをハッキングして、どの扉も開かず通信機器も機能しないようにしているんですから」
織田真理は見せたことのない邪悪な微笑を浮かべる。いや、俺はこの顔を見たことがある。この顔は、時折見せた般若のような顔――つまりは、時々隠しきれなかった真の姿。
あの時は気のせいだと自分に言い聞かせていたが、気のせいではなかった。嫌な伏線が回収された――遅すぎたが。
闇堕ち真理はフロアの中央付近まで歩くと足を止めた。再び重苦しい静寂が訪れる。
「織田さん……今日は、休みじゃなかったのか?」
ふいに上司の一人が場違いな質問をする。質問というよりは、目の前のヤバい奴が敵ではないと確認したい思いが強いようだった。まあ、似たような立場にいたら誰だってそうだろうが。
歩み寄る上司に、真理はショットガンを向ける。あれほどでかい銃声を聞きながらもオモチャだと思っているのか、上司は構わず近付いていく。その時――
轟音――近付いた上司が一瞬で吹っ飛ばされた。
沈黙。誰もが目を疑った。悲鳴も上げられないほどの衝撃と轟音。目の前で惨劇が起こっただけなのに、風圧で顔面が痛かった。
倒れる上司。フロアに横たわる肉体は、ただの物体と化していた。何発もの銃弾を撃ち込まれた胴体は、破裂したイソギンチャクのように内臓が飛び出していた。
数秒凍り付いたのち、誰かが悲鳴を上げると全員がパニックになった。全員が思い思いに大部屋を逃げ回る。
「うるさいですねえ。そんなに動き回ったら処理に時間がかかるじゃないですか」
闇堕ちした織田真理はシースナイフを抜くと、逃げ回る同僚へ向かってダーツの要領で投擲する。信じられないスピードと正確さで投げられたナイフは、男女ともに後頭部へと突き刺さった。くぐもった声とともに、同僚二人の命があっという間に奪われる。
「ふざけるんじゃねえええ!」
筋肉質な体育会の同僚が果敢にも織田真理へと飛びかかる。そのまま打撃で倒すつもりのようだった。
だが、海外の格闘家がたびたび銃撃で命を落とすように、鍛え上げられた筋肉も重火器の前では無力だ。それは、人体を破壊するために作られているのだから。
部屋に再び轟音が響く。悲鳴。空中へと跳び上がった巨漢の肉体が、バリアにでも撥ね返されたかのようにバウンドする。
床へと転がり落ちた同僚の頭に、織田真理はご丁寧にシェル弾の追撃を加えた。男の頭蓋骨が破裂して、周囲に脳の残骸が飛び散る。その光景を見た女性が気を失い。また銃弾の餌食となった。
――地獄絵図。目の前の景色を一言で言い表すなら、それ以上の表現はなかった。
俺は呆然とそのさまを眺めていた。何なんだ。一体何が起こっているんだ……?
君は本当にあの聖なるシングルマザーの織田真理さんなのか?
いや、違う。彼女の正体は全くの別物だった。LINEでもらった画像はネットで引っ張ってきた芸能人の子供だった。それを狩野が調べたんだ。狩野が……。
何とも言えない気持ち悪さと、狩野を失った事実に胃が重たくなる。油断すればその場で吐いてしまいそうだった。
だが、いまだに信じることが出来ない。ある時から全く口もきいてくれなくなったとはいえ、俺たちにも仲の良い時期があったじゃないか。それなのに、どうしてこんなことになっているんだ。
織田真理がガソリンらしきものを撒いて、火を点けた。火は瞬く間に燃え広がり、閉ざされた大部屋を包んでいく。
撃ち殺された同僚たちの遺体が燃えて、顔を背けたくなるような激臭が走る。黒い煙が漂ってきて、それを吸い込んだ俺は噎せた。
この世に地獄があるとすればこんな光景なのか、黒い煙の立ちこめる中でサイコパスの女は次々と無辜の人々を銃殺していく。まるでゲームでもしているかのように。
内臓が飛び出し、頭蓋が弾け、脳漿が飛び散る。ホラー映画でも発禁になりそうな光景。まさに鬼畜の所業そのものだった。
あまりにも残酷な光景に、時間差で感情のキャパが追い付いた。今さらのように怒りと悲しみが湧いてくる。
「なぜだ!」
目の前で次々と同僚たちを射殺していく織田真理。彼女に向って俺は吠えた。俺自身がターゲットになるかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃない。
声が届いたのか、織田真理がゆっくりと振り返る。銃声で耳がやられたのか、ジンジンと痛んだ。
「なぜ、ですって……?」
織田真理は感情のない目をこちらへと向ける。
「そんなの、決まっているじゃない。あなたのお友だちが調べ上げたように、わたしは何人もの人を手にかけている。そして、それを知った人間が職場にいた。だから職場ごと証拠と証人を消し去ってやるの。それからわたしはまた自由に生きていく。単純明快な話よ」
「だからって……だからってこんなに酷いことを……! お前には、人の心がないのか!」
殺人鬼を相手に道理を説く俺。それこそ十分に自殺行為なのだが、織田真理は存外に撃ってこなかった。
「人の心……。そんなもの、とっくの昔に捨てたわ」
彼女は冷めた目で言い、続ける。
「でも、いいでしょう。あなたもなぜ殺されるのかを知らないまま死んでいくのは無念に過ぎるでしょうから。時間もたっぷりあることだし……いいわ。あなたに教えてあげる。わたしの抱えてきた十字架を。そして、わたしの呪われた人生を」
そう言うと、突然闇堕ち真理の自分語りが始まった。
おそらく、大半の者の脳裏にはその疑問が浮かんでいるだろう。だが、俺は知っている。狩野の調査で、彼女が凶悪な連続殺人犯であることを。
その調査を行った狩野もすでに……クソが。信じたくはないが、奴も真理さ……いや、織田真理の放った凶弾の犠牲になっているはず。
大部屋へと入って来た織田真理は、日頃見せる姿とは全く違う装いで現れた。自衛隊を思わせる迷彩柄のカーゴパンツを履いており、腰回りには重火器やら弾薬、ナイフ類がぶら下がっている。見た目が低身長で可憐な少女にも見えるせいか、そのギャップは滑稽にすら見える。
だが、実際には笑いごとではない。目の前に立っているのはまぎれもなく俺たちを殺そうとしている極悪な連続殺人犯だ。
闇堕ちした織田真理の雰囲気に誰もが圧倒されていた。もはやドン引きどころじゃない。自分を轢こうとするトラックを前に固まる猫のようだった。なにしろ普通の人は連続殺人犯を見たことがないし、見ることもないまま一生を終える。歌舞伎町を根城にしていた俺でさえ、そんなヤバい奴には会ったことがない。
固まる俺たち。悪魔のような女はかわいらしさの全くない、冷たい声色で口を開く。
「何をしても無駄ですよ。ここのシステムをハッキングして、どの扉も開かず通信機器も機能しないようにしているんですから」
織田真理は見せたことのない邪悪な微笑を浮かべる。いや、俺はこの顔を見たことがある。この顔は、時折見せた般若のような顔――つまりは、時々隠しきれなかった真の姿。
あの時は気のせいだと自分に言い聞かせていたが、気のせいではなかった。嫌な伏線が回収された――遅すぎたが。
闇堕ち真理はフロアの中央付近まで歩くと足を止めた。再び重苦しい静寂が訪れる。
「織田さん……今日は、休みじゃなかったのか?」
ふいに上司の一人が場違いな質問をする。質問というよりは、目の前のヤバい奴が敵ではないと確認したい思いが強いようだった。まあ、似たような立場にいたら誰だってそうだろうが。
歩み寄る上司に、真理はショットガンを向ける。あれほどでかい銃声を聞きながらもオモチャだと思っているのか、上司は構わず近付いていく。その時――
轟音――近付いた上司が一瞬で吹っ飛ばされた。
沈黙。誰もが目を疑った。悲鳴も上げられないほどの衝撃と轟音。目の前で惨劇が起こっただけなのに、風圧で顔面が痛かった。
倒れる上司。フロアに横たわる肉体は、ただの物体と化していた。何発もの銃弾を撃ち込まれた胴体は、破裂したイソギンチャクのように内臓が飛び出していた。
数秒凍り付いたのち、誰かが悲鳴を上げると全員がパニックになった。全員が思い思いに大部屋を逃げ回る。
「うるさいですねえ。そんなに動き回ったら処理に時間がかかるじゃないですか」
闇堕ちした織田真理はシースナイフを抜くと、逃げ回る同僚へ向かってダーツの要領で投擲する。信じられないスピードと正確さで投げられたナイフは、男女ともに後頭部へと突き刺さった。くぐもった声とともに、同僚二人の命があっという間に奪われる。
「ふざけるんじゃねえええ!」
筋肉質な体育会の同僚が果敢にも織田真理へと飛びかかる。そのまま打撃で倒すつもりのようだった。
だが、海外の格闘家がたびたび銃撃で命を落とすように、鍛え上げられた筋肉も重火器の前では無力だ。それは、人体を破壊するために作られているのだから。
部屋に再び轟音が響く。悲鳴。空中へと跳び上がった巨漢の肉体が、バリアにでも撥ね返されたかのようにバウンドする。
床へと転がり落ちた同僚の頭に、織田真理はご丁寧にシェル弾の追撃を加えた。男の頭蓋骨が破裂して、周囲に脳の残骸が飛び散る。その光景を見た女性が気を失い。また銃弾の餌食となった。
――地獄絵図。目の前の景色を一言で言い表すなら、それ以上の表現はなかった。
俺は呆然とそのさまを眺めていた。何なんだ。一体何が起こっているんだ……?
君は本当にあの聖なるシングルマザーの織田真理さんなのか?
いや、違う。彼女の正体は全くの別物だった。LINEでもらった画像はネットで引っ張ってきた芸能人の子供だった。それを狩野が調べたんだ。狩野が……。
何とも言えない気持ち悪さと、狩野を失った事実に胃が重たくなる。油断すればその場で吐いてしまいそうだった。
だが、いまだに信じることが出来ない。ある時から全く口もきいてくれなくなったとはいえ、俺たちにも仲の良い時期があったじゃないか。それなのに、どうしてこんなことになっているんだ。
織田真理がガソリンらしきものを撒いて、火を点けた。火は瞬く間に燃え広がり、閉ざされた大部屋を包んでいく。
撃ち殺された同僚たちの遺体が燃えて、顔を背けたくなるような激臭が走る。黒い煙が漂ってきて、それを吸い込んだ俺は噎せた。
この世に地獄があるとすればこんな光景なのか、黒い煙の立ちこめる中でサイコパスの女は次々と無辜の人々を銃殺していく。まるでゲームでもしているかのように。
内臓が飛び出し、頭蓋が弾け、脳漿が飛び散る。ホラー映画でも発禁になりそうな光景。まさに鬼畜の所業そのものだった。
あまりにも残酷な光景に、時間差で感情のキャパが追い付いた。今さらのように怒りと悲しみが湧いてくる。
「なぜだ!」
目の前で次々と同僚たちを射殺していく織田真理。彼女に向って俺は吠えた。俺自身がターゲットになるかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃない。
声が届いたのか、織田真理がゆっくりと振り返る。銃声で耳がやられたのか、ジンジンと痛んだ。
「なぜ、ですって……?」
織田真理は感情のない目をこちらへと向ける。
「そんなの、決まっているじゃない。あなたのお友だちが調べ上げたように、わたしは何人もの人を手にかけている。そして、それを知った人間が職場にいた。だから職場ごと証拠と証人を消し去ってやるの。それからわたしはまた自由に生きていく。単純明快な話よ」
「だからって……だからってこんなに酷いことを……! お前には、人の心がないのか!」
殺人鬼を相手に道理を説く俺。それこそ十分に自殺行為なのだが、織田真理は存外に撃ってこなかった。
「人の心……。そんなもの、とっくの昔に捨てたわ」
彼女は冷めた目で言い、続ける。
「でも、いいでしょう。あなたもなぜ殺されるのかを知らないまま死んでいくのは無念に過ぎるでしょうから。時間もたっぷりあることだし……いいわ。あなたに教えてあげる。わたしの抱えてきた十字架を。そして、わたしの呪われた人生を」
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