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機能不全
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いざ仕事が始まると案外集中出来た。金があろうがなかろうが仕事は人間が人間であるために必要なものみたいだ。まさか仕事に救われるとは。クレーマーよありがとう。
今日も変わらずクレーマーとのハーレム通話だが、クレームの処理に集中させてくれる分天使に映る。昨日の夜から動揺するようなことばかりが続いている。こうやって目の前の仕事に集中出来るのはありがたい。
――だが、この時の俺はまだ知らない。今に空前絶後の大事件が起こることを。
大部屋のチャイムが鳴る。珍しく来客だ。扉の近くにいた俺が終話したところだったので来客に応対した。来客とは言っても、ただの宅配業者だったが。
宅配で届いた荷物は通販で届くような段ボールで、コピー紙でも頼んだのかなと思っていた。それにしては、ずっしりと重く、中身が不安定なのか、動かすと箱の中でゴロゴロと荷物が動く。
「とりあえずそこに置いといて」
上司に言われて壁ぎわの床に段ボールを置いた。そのまま受電業務に戻る。だが、すぐ職場に異変が起こる。
「ん、どうした……?」
ヘッドセットを付けるも、いつもひっきりなしに鳴るはずの電話が静かなままだ。たしかに数分ぐらいの間であれば電話が止むこともある。だが、数十分待っても電話が鳴らないのはおかしい。あの補助金モンスターたちがそんなに大人しいはずがない。
「何かあったんですかね?」
上司に訊いてみる。彼らも何が起こっているのかを把握し切れていないようで、パソコンをいじっては顔をしかめる。横から画面をのぞき込むと、受電数が折れ線グラフで表示されていた。グラフはずっと上向いている。つまり、取られていない電話がたくさんあることを意味する。ということはこちらが応答していないだけで、電話自体は来ているはずだった。
「どういうことだろうな?」
上司が焦り気味にひとりごちる。
数値があるのに電話が鳴らないということは、何らかのマシントラブルが起きている可能性が高い。どれだけ待っても電話が全く繋がらないお客様たちは、さぞお怒りになっていることだろう。待たせた分、電話を取ればリミットブレイクの技もレベルが上がっているはずだ。
「……マズいな」
上司たちは焦りながらパソコンを操作する。だが、一向に状況は改善しない。することのなくなったオペレーターたちはヒマそうに天井を眺めている。
いくらか復旧作業が続いたのち、上司の一人が「うん、これは無理だな。諦めよう」と言った。
ここで言う「諦めよう」というのは仕事を放棄するという意味ではなく、エンジニアを呼び出すということを意味する。ただ、エンジニアの呼び出しは手続きなどが色々と面倒なため、極力自分たちでトラブルを処理するよう言われている。
「あれ? おかしいな」
エンジニアを呼び出そうと内線用の子機を持った上司が首を傾げる。
「どうしました?」
他の上司が訊くと、「なんか、ウンともスンとも言わないんだけど」と言った。状況を訊いた別の上司が子機を受け取り耳に当てる。
「これって、そもそも繋がってないんでは?」
「ああ、なんだ、そんなオチかよ。それじゃあ別のやつを使うか」
苦笑いして別の子機を手に取った上司。だが、ダイヤルを押してからその顔が少しずつ曇っていく。
「これも繋がらないぞ」
「ポンコツだな、おい」
上司たちの会話にオペラーターたちが笑う。
だが、今起きていることは笑いごとではない。
「会社の電話ごと落ちてるってこと?」
「マジか」
上司同士の会話に、周囲の顔が凍り付いていく。どういうわけか、現在会社の電話は内線外線ともに使用不可となった模様だ。電話線そのものを切られたのだろうか。そんなことはないだろうが、外界との連絡を断たれたのは確かだ。
電話の出来ないコールセンターは翼をもがれた飛行機のようなものだ。つまり、存在そのものが無意味な状態になる。この手の事故は下手をすると仕事を丸ごと失う事態になりかねないので、上司たちが必死になるのも分かる。
一人の上司がエンジニアを直接呼びに行こうと他の部屋への移動を試みた。だが、社員証のカードを扉でかざしても「ピピピ」とエラー音が鳴るだけで、通れなくなっている。他の上司が替わってみても結果は同じだった。反応はしているので、電源は生きているようだが。
「……まさか、俺ら閉じ込められた?」
「最悪だな」
苦笑いする上司たち。だが、その顔に余裕はない。誰も閉じ込められた場合を想定した対処法など研修では習っていない。一時的ではあろうが、俺たちは会社のビルに閉じ込められた。
社内はそれほどパニックにもならず、「困ったことがありましたね」ぐらいの感じだった。移動できる範囲内にトイレも休憩室もあり、災害があったわけでもないので、不便な時間が続くぐらいにしか感じていないのだろう。俺もそうなんだが。
上司同士が色々と話し合っている。遊んでいるわけにはいかないが実質的に仕事が出来ない状況だ。判断にはさぞ迷うところだろう。
話し合いは数分続いて、結論が出たようだった。
「ちょっと休憩を前倒しにします。復旧したら再開しますので、今の内に休んでおいて下さい」
上司の一人がそう言うと、不愛想なオッサンたちから続々と腰を上げる。休めてラッキーぐらいに思っているのかもしれない。俺も休もうと腰を上げた。コーヒーでも飲んでからタバコでも吸うか。
自販機でホットコーヒーを買って、控え室で一息つく。こうやって何も考えずにボケっとしていられる時間は貴重だ。
まだ呼び出しはない。もう少しのんびりしていても良さそうだ。椅子に座って、スマホをいじりはじめる。
ヤフーニュースでも見ようかと思ったら、また大量に狩野から着信履歴があった。今度は何だ。
夜になったら話すことにはなっていたが、この感じだと緊急性が高そうだ。まだ電話の復旧には時間がかかりそうだったので、狩野に電話してみた。数回掛け直したが通話が切れるのでおかしいと思ったら、電波が途切れているようだった。舌打ち。今のスマホにしてから結構な年数が経っているので、たまにこういうことはある。
仕方なしに通話を諦めると、留守電が入っているのに気付いた。留守電は電波が途切れる前に入ったようだった。嫌な予感しかしないが、とりあえず聞いてみることにした。
今日も変わらずクレーマーとのハーレム通話だが、クレームの処理に集中させてくれる分天使に映る。昨日の夜から動揺するようなことばかりが続いている。こうやって目の前の仕事に集中出来るのはありがたい。
――だが、この時の俺はまだ知らない。今に空前絶後の大事件が起こることを。
大部屋のチャイムが鳴る。珍しく来客だ。扉の近くにいた俺が終話したところだったので来客に応対した。来客とは言っても、ただの宅配業者だったが。
宅配で届いた荷物は通販で届くような段ボールで、コピー紙でも頼んだのかなと思っていた。それにしては、ずっしりと重く、中身が不安定なのか、動かすと箱の中でゴロゴロと荷物が動く。
「とりあえずそこに置いといて」
上司に言われて壁ぎわの床に段ボールを置いた。そのまま受電業務に戻る。だが、すぐ職場に異変が起こる。
「ん、どうした……?」
ヘッドセットを付けるも、いつもひっきりなしに鳴るはずの電話が静かなままだ。たしかに数分ぐらいの間であれば電話が止むこともある。だが、数十分待っても電話が鳴らないのはおかしい。あの補助金モンスターたちがそんなに大人しいはずがない。
「何かあったんですかね?」
上司に訊いてみる。彼らも何が起こっているのかを把握し切れていないようで、パソコンをいじっては顔をしかめる。横から画面をのぞき込むと、受電数が折れ線グラフで表示されていた。グラフはずっと上向いている。つまり、取られていない電話がたくさんあることを意味する。ということはこちらが応答していないだけで、電話自体は来ているはずだった。
「どういうことだろうな?」
上司が焦り気味にひとりごちる。
数値があるのに電話が鳴らないということは、何らかのマシントラブルが起きている可能性が高い。どれだけ待っても電話が全く繋がらないお客様たちは、さぞお怒りになっていることだろう。待たせた分、電話を取ればリミットブレイクの技もレベルが上がっているはずだ。
「……マズいな」
上司たちは焦りながらパソコンを操作する。だが、一向に状況は改善しない。することのなくなったオペレーターたちはヒマそうに天井を眺めている。
いくらか復旧作業が続いたのち、上司の一人が「うん、これは無理だな。諦めよう」と言った。
ここで言う「諦めよう」というのは仕事を放棄するという意味ではなく、エンジニアを呼び出すということを意味する。ただ、エンジニアの呼び出しは手続きなどが色々と面倒なため、極力自分たちでトラブルを処理するよう言われている。
「あれ? おかしいな」
エンジニアを呼び出そうと内線用の子機を持った上司が首を傾げる。
「どうしました?」
他の上司が訊くと、「なんか、ウンともスンとも言わないんだけど」と言った。状況を訊いた別の上司が子機を受け取り耳に当てる。
「これって、そもそも繋がってないんでは?」
「ああ、なんだ、そんなオチかよ。それじゃあ別のやつを使うか」
苦笑いして別の子機を手に取った上司。だが、ダイヤルを押してからその顔が少しずつ曇っていく。
「これも繋がらないぞ」
「ポンコツだな、おい」
上司たちの会話にオペラーターたちが笑う。
だが、今起きていることは笑いごとではない。
「会社の電話ごと落ちてるってこと?」
「マジか」
上司同士の会話に、周囲の顔が凍り付いていく。どういうわけか、現在会社の電話は内線外線ともに使用不可となった模様だ。電話線そのものを切られたのだろうか。そんなことはないだろうが、外界との連絡を断たれたのは確かだ。
電話の出来ないコールセンターは翼をもがれた飛行機のようなものだ。つまり、存在そのものが無意味な状態になる。この手の事故は下手をすると仕事を丸ごと失う事態になりかねないので、上司たちが必死になるのも分かる。
一人の上司がエンジニアを直接呼びに行こうと他の部屋への移動を試みた。だが、社員証のカードを扉でかざしても「ピピピ」とエラー音が鳴るだけで、通れなくなっている。他の上司が替わってみても結果は同じだった。反応はしているので、電源は生きているようだが。
「……まさか、俺ら閉じ込められた?」
「最悪だな」
苦笑いする上司たち。だが、その顔に余裕はない。誰も閉じ込められた場合を想定した対処法など研修では習っていない。一時的ではあろうが、俺たちは会社のビルに閉じ込められた。
社内はそれほどパニックにもならず、「困ったことがありましたね」ぐらいの感じだった。移動できる範囲内にトイレも休憩室もあり、災害があったわけでもないので、不便な時間が続くぐらいにしか感じていないのだろう。俺もそうなんだが。
上司同士が色々と話し合っている。遊んでいるわけにはいかないが実質的に仕事が出来ない状況だ。判断にはさぞ迷うところだろう。
話し合いは数分続いて、結論が出たようだった。
「ちょっと休憩を前倒しにします。復旧したら再開しますので、今の内に休んでおいて下さい」
上司の一人がそう言うと、不愛想なオッサンたちから続々と腰を上げる。休めてラッキーぐらいに思っているのかもしれない。俺も休もうと腰を上げた。コーヒーでも飲んでからタバコでも吸うか。
自販機でホットコーヒーを買って、控え室で一息つく。こうやって何も考えずにボケっとしていられる時間は貴重だ。
まだ呼び出しはない。もう少しのんびりしていても良さそうだ。椅子に座って、スマホをいじりはじめる。
ヤフーニュースでも見ようかと思ったら、また大量に狩野から着信履歴があった。今度は何だ。
夜になったら話すことにはなっていたが、この感じだと緊急性が高そうだ。まだ電話の復旧には時間がかかりそうだったので、狩野に電話してみた。数回掛け直したが通話が切れるのでおかしいと思ったら、電波が途切れているようだった。舌打ち。今のスマホにしてから結構な年数が経っているので、たまにこういうことはある。
仕方なしに通話を諦めると、留守電が入っているのに気付いた。留守電は電波が途切れる前に入ったようだった。嫌な予感しかしないが、とりあえず聞いてみることにした。
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