31 / 59
再度の取り調べ
しおりを挟む
真理ちゃんの急変とは別に、またきな臭い事件の知らせがあった。というのも、またオペレーターの一人が惨殺されたからだ。
例によって殺されたのは冴えないオッサン。五十嵐さんとか言われていたが、顔は憶えていない。ここの職場は人体の水分のように人が入れ替わる。派遣が入って、多くは壊されて出ていく。耐久性のある奴や適応力のある奴だけが生きていける。そういう職場だ。
だから梨乃ちゃんにしても真理ちゃんにしても、生き残っていられるだけどこかしらすごい部分はあるのだろう。それだけに、その五十嵐さんとやらも生き残っているなら顔ぐらい憶えていてもおかしくないのだが、やはり女の子が絡まないと俺の記憶力も薄弱となる。
これが興味の問題なのか、それとも俺がジジイ化しているせいだけなのかは自分でも分からない。まあ、仕方ないな。
例によってまた警察からの呼び出しがあった。慣れていいのか微妙なところだが、前に話した中年の警官からまた聴取を受ける。彼も俺を憶えていたようで「この前はどうも」と簡単な挨拶を交わした。
しかし警察っていうのも大変だな。ここにいる俺ですら従業員の名前や顔を全然覚えられないのに、警察の人は細胞のように入れ替わる派遣社員の顔やら名前やらをその都度把握しないといけないんだから。きっといい大学を出ているんだろう。俺みたいなアホとは違って。
中年の警察官はいきなり本題に入り、五十嵐さんが殺害された旨の説明を淡々と話す。殺害方法は前回と同様に滅多刺しのようだった。強い怨恨の可能性。専門家に言われなくても、それぐらいは分かる。
「五十嵐さんが最近困っていたとか、トラブルに巻き込まれていた様子はありませんでしたか?」
優しい物腰で訊く警察官。その目には期待らしきものは含まれていなかった。
前回と同様に五十嵐さんなんて知らないから「顔も憶えていないレべルなので何とも……」という回答をした。
「そうですか」
警察官は「やっぱりな」という顔で言うと、その話は早々に切り上げた。
「ところで、別件にはなるんですが……」
「なんでしょう?」
急に話の方向性を変えだしたので俺は思わず身構える。
「最近になって、物騒な殺人事件が増えているんです。殺害方法はいずれも鋭利な刃物による切り傷、刺し傷。それが、遺体にいくつも残った形で発見されています」
それなら写真でも見せてもらえるんですかねと軽口を叩こうとしてやめた。もちろん見せてもらえるはずがないのだが、あまりにも不謹慎だからだ。
「嫌な世の中ですね」
「ええ、本当に」
応接室に沈黙が訪れる。妙な空気になりかけたところで、警官が口を開く。
「それでね、そのマル害……じゃなくて殺された人の身元を洗っていくと、ある共通点が出てくるんです」
「はあ……」
「それはね、被害者の方全員が、少し前までにここで働いていた方たちなんです」
「マジっすか」
驚いて思わず素で訊いてしまった。歌舞伎町でも色々な理由で人は死んでいるが、連続殺人事件の渦中にいた事はない。
「はい。これはくれぐれも黙っていていただきたいのですが、ある程度事件の関連性があると判断が成された場合には捜査本部が立って、大々的な捜査が行われると予測されます」
知らぬ間にそんな大ごとになっていたのか。話によると長嶋さんを殺害した犯人はいまだ見つかっておらず、新しく殺された五十嵐さんも派手な殺し方の割に目撃者も物証らしきものも出てきていないとのことだった。そうなると、手練れた犯罪者の可能性がある。
俺が驚愕から戻らぬうちに「あくまで参考にはなりますが」と中年警察官が口を開きはじめる。
「ここの会社で何か不審な動きをしている人はいませんでしたか? どんなに些細なものでも構いませんが」
一瞬、脳裏に深夜の銃撃事件がよぎった。
――真理ちゃん。いや、まさかな。あんなにか細い女の子が連続して残忍な犯行を行うなんて芸当は無理に決まっている。
「いや……さすがに、そんなヤバい奴がいたら分かると思うんですけど、そういう人はいないんじゃないかなあ……。と、私は思いますけど」
銃を構える女は意識の外へやった。これで真理ちゃんの名前を挙げて人違いだった場合、俺たちの関係は修復不可能になるだろう。それだけは避けたかった。
――でも、考えてみたら俺も惨殺されるところだったのだろうか?
いや、銃殺された人がいるとは警察も言っていないし、あの後ニュースにもなっていないようだった。となるとやはり俺の見た夢だったか、それとも疲れすぎて幻覚でも見ていたのか。
そんなことを考えていると中年警察官は収穫なしと判断したのか、俺は事情聴取から解放された。捜査本部のことは口を滑らせたそうなので、絶対に言わないよう釘を刺されて……。
しかし冗談じゃねえな。もしかしたらそんなにヤバい殺人鬼があのオッサンたちの中に潜んでいるってことか? ホラー以外の何物でもないな。
最近は「無敵の人」とか呼ばれる、失うものが何もない人間による凶悪犯罪が増えている。本来であれば彼らも助けないといけないところだろうが……うん、来世で頑張れ。
たかだかクレーマーに罵倒される程度のことに悩むのがどれだけちっぽけな悩みなのか、ショック療法で教えられた気がした。殺されるよりは罵倒される方がずっとマシだ。
例によって殺されたのは冴えないオッサン。五十嵐さんとか言われていたが、顔は憶えていない。ここの職場は人体の水分のように人が入れ替わる。派遣が入って、多くは壊されて出ていく。耐久性のある奴や適応力のある奴だけが生きていける。そういう職場だ。
だから梨乃ちゃんにしても真理ちゃんにしても、生き残っていられるだけどこかしらすごい部分はあるのだろう。それだけに、その五十嵐さんとやらも生き残っているなら顔ぐらい憶えていてもおかしくないのだが、やはり女の子が絡まないと俺の記憶力も薄弱となる。
これが興味の問題なのか、それとも俺がジジイ化しているせいだけなのかは自分でも分からない。まあ、仕方ないな。
例によってまた警察からの呼び出しがあった。慣れていいのか微妙なところだが、前に話した中年の警官からまた聴取を受ける。彼も俺を憶えていたようで「この前はどうも」と簡単な挨拶を交わした。
しかし警察っていうのも大変だな。ここにいる俺ですら従業員の名前や顔を全然覚えられないのに、警察の人は細胞のように入れ替わる派遣社員の顔やら名前やらをその都度把握しないといけないんだから。きっといい大学を出ているんだろう。俺みたいなアホとは違って。
中年の警察官はいきなり本題に入り、五十嵐さんが殺害された旨の説明を淡々と話す。殺害方法は前回と同様に滅多刺しのようだった。強い怨恨の可能性。専門家に言われなくても、それぐらいは分かる。
「五十嵐さんが最近困っていたとか、トラブルに巻き込まれていた様子はありませんでしたか?」
優しい物腰で訊く警察官。その目には期待らしきものは含まれていなかった。
前回と同様に五十嵐さんなんて知らないから「顔も憶えていないレべルなので何とも……」という回答をした。
「そうですか」
警察官は「やっぱりな」という顔で言うと、その話は早々に切り上げた。
「ところで、別件にはなるんですが……」
「なんでしょう?」
急に話の方向性を変えだしたので俺は思わず身構える。
「最近になって、物騒な殺人事件が増えているんです。殺害方法はいずれも鋭利な刃物による切り傷、刺し傷。それが、遺体にいくつも残った形で発見されています」
それなら写真でも見せてもらえるんですかねと軽口を叩こうとしてやめた。もちろん見せてもらえるはずがないのだが、あまりにも不謹慎だからだ。
「嫌な世の中ですね」
「ええ、本当に」
応接室に沈黙が訪れる。妙な空気になりかけたところで、警官が口を開く。
「それでね、そのマル害……じゃなくて殺された人の身元を洗っていくと、ある共通点が出てくるんです」
「はあ……」
「それはね、被害者の方全員が、少し前までにここで働いていた方たちなんです」
「マジっすか」
驚いて思わず素で訊いてしまった。歌舞伎町でも色々な理由で人は死んでいるが、連続殺人事件の渦中にいた事はない。
「はい。これはくれぐれも黙っていていただきたいのですが、ある程度事件の関連性があると判断が成された場合には捜査本部が立って、大々的な捜査が行われると予測されます」
知らぬ間にそんな大ごとになっていたのか。話によると長嶋さんを殺害した犯人はいまだ見つかっておらず、新しく殺された五十嵐さんも派手な殺し方の割に目撃者も物証らしきものも出てきていないとのことだった。そうなると、手練れた犯罪者の可能性がある。
俺が驚愕から戻らぬうちに「あくまで参考にはなりますが」と中年警察官が口を開きはじめる。
「ここの会社で何か不審な動きをしている人はいませんでしたか? どんなに些細なものでも構いませんが」
一瞬、脳裏に深夜の銃撃事件がよぎった。
――真理ちゃん。いや、まさかな。あんなにか細い女の子が連続して残忍な犯行を行うなんて芸当は無理に決まっている。
「いや……さすがに、そんなヤバい奴がいたら分かると思うんですけど、そういう人はいないんじゃないかなあ……。と、私は思いますけど」
銃を構える女は意識の外へやった。これで真理ちゃんの名前を挙げて人違いだった場合、俺たちの関係は修復不可能になるだろう。それだけは避けたかった。
――でも、考えてみたら俺も惨殺されるところだったのだろうか?
いや、銃殺された人がいるとは警察も言っていないし、あの後ニュースにもなっていないようだった。となるとやはり俺の見た夢だったか、それとも疲れすぎて幻覚でも見ていたのか。
そんなことを考えていると中年警察官は収穫なしと判断したのか、俺は事情聴取から解放された。捜査本部のことは口を滑らせたそうなので、絶対に言わないよう釘を刺されて……。
しかし冗談じゃねえな。もしかしたらそんなにヤバい殺人鬼があのオッサンたちの中に潜んでいるってことか? ホラー以外の何物でもないな。
最近は「無敵の人」とか呼ばれる、失うものが何もない人間による凶悪犯罪が増えている。本来であれば彼らも助けないといけないところだろうが……うん、来世で頑張れ。
たかだかクレーマーに罵倒される程度のことに悩むのがどれだけちっぽけな悩みなのか、ショック療法で教えられた気がした。殺されるよりは罵倒される方がずっとマシだ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クアドロフォニアは突然に
七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。
廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。
そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。
どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。
時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。
自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。
青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。
どうぞ、ご期待ください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる